天上のいちばんぼし

 僕は帽子をかぶった途端スリザリンの名を叫ばれたことにほっと一安心を覚えながらも、グリフィンドールの机に座って仲間たちと愉快そうにふざけあっている兄に複雑な感情を覚えていた。成績優秀で人望も厚く、顔立ちの整った兄。両親の期待を裏切り、僕に全てを押し付けてゆく兄。兄がもしもブラック家の長男としての責務を果たしてくれていたならば、僕は。
 羨望なのか嫉妬なのか、はたまた恨みなのか。わけのわからない鬱屈した気持ちを抱えながら席に着いた僕に、声をかけてきたのが彼女だった。

「はじめまして!私はなまえ・みょうじ。よろしくね」
「レギュラス・ブラックです。よろしくお願いします」

 握手に応じると彼女は嬉しそうに照れ笑いを浮かべる。気持ちが素直に顔に出る人だなと半ば感心していると、彼女は誤魔化すかのように隣に座る黒髪の上級生を引っ張り出して色々とまくしたてたり、しもべ妖精に頼んで作ってもらったのだというダンゴやらヨウカンやらの"ワガシ"を勧めてきた(なんだかどれも甘くてもちょもちょとしていた)。

「それでね、セブは魔法薬学オタクなんだよ。薬を煎じるのがすごくじょうずなの」
「お前が下手すぎるだけだろ」
「なっ!褒めたのにひどい!」

 ギャンギャンと言い合いを始める彼女たちは本当に仲が良さそうだった。スリザリンはもっと静かで気高いイメージがあったけれど、どうもそうとは限らないらしい。

「すまないね。いつも二人はああなんだ。気にしないでやってくれ。私はルシウス・マルフォイ。よろしく」
「げ、ルシウス先輩」
「げ、とは何だげ、とは」
「レギュラス、ルシウス先輩は監督生なの。ナルシッサ先輩にデレデレなんだよ」
「こらなまえ。余計なことを言うんじゃない」
「セン、パイ?」

 聞き慣れぬ単語に首を傾げると、セブと呼ばれている上級生が「なまえの故郷では上級生のことを"先輩"と呼ぶんだ」と説明してくれた。彼女はアジアの島国の出身のようだ。

「下級生のことはコウハイって呼ぶの。だからレグは私の"コウハイ"だよ」
「じゃああなたは僕の"センパイ"ってことですか?」
「え?う、うん」

 そうなるのかな、と言った彼女の声はとっても小さかった。僕は彼女の名をそっと舌の上で転がしてみる。案外悪くない響きだった。なまえ先輩。ーーーーふと顔を上げると、彼女はびっくりしたように大きく目を見開いたまま、赤面して固まっていた。

「……なまえ先輩?大丈夫ですか?」
「おい。おい、なまえ。息してるか」
「なまえ、大丈夫かい。……楽しみにしてたみたいだからねえ、後輩が出来るの」
「まったく、今更恥ずかしがって何になるんだ……」
「なまえ。聞こえているかい。せめて息はしなさい」

 ルシウス先輩にちょんちょんとつつかれたなまえ先輩がガバリとセブルス先輩に抱きついたものだから、今度はセブルス先輩が赤面する番だった。なまえ先輩は楽しい夢でも見ているかのように、ふにゃりと笑った。

「レグが、私のはじめての後輩だよ」
「っ!」

 なまえ先輩のやわらかな笑顔は、ーーーー僕に対して、何だかふしぎな効果があるみたいだった。兄さんへのぶつけようのない感情も、背負わざるを得ない両親の期待も、プレッシャーも、何もかもが遙か彼方へ吹き飛んで行ってしまう。魔法みたいだと思ってしまった。ばかみたいな話だけど、本当に心からそう思ったのだ。どうやらなまえ先輩の魔法にかけられたのは僕だけじゃなかったようで、僕の隣に座るルシウス先輩も、なまえ先輩に抱きつかれたままのセブルス先輩も、ルシウス先輩の横で静かに紅茶を飲んでいたナルシッサ先輩も、順番になまえ先輩の頭をわしゃわしゃと撫でた。

「私のことを『先輩』って呼んでくれたのはなまえが初めてだったわ。そう考えるとある意味、私のはじめての『後輩』はなまえなのかしら」
「懐かしいね。私もそうだ。なまえがはじめての後輩」
「あら、あなたは『私のことも先輩って呼んでくれ』ってなまえに土下座して頼み込んだんじゃなかった?」
「シ、シシー!何故それを!いやそれは……違くって!おまえがあまりにも自慢げだったものだから……」

 スリザリン名物・ルシウス先輩とナルシッサ先輩の夫婦喧嘩が始まっても、なまえ先輩はセブルス先輩の横でふにゃふにゃしていたし、セブルス先輩はどこか呆れたように、だけどちょっぴりやさしい目で「仕方がないやつだな」とふにゃふにゃななまえ先輩を見つめていた。先輩方にならって僕もなまえ先輩の頭を撫でるべきなのだろうかと思ったけれど、年下が年上の頭を撫でるのはおかしい気がしたし、それにしてもなんだか照れ臭くて、僕はなまえ先輩のお皿を取り上げた。

「わ、レグどうしたの?」
「さっきからお肉ばっか食べてるじゃないですか。バランス良く野菜も食べないと」
「そ、そんなことないよ!食べてる食べてる!」
「……まったく、本当に先輩はばかだなあ」









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