「亮介。帰ろう」
またね、と私に告げ席を立つ彼は私の思い人だ。
また明日ね、と私はうまく笑えていただろうか。純からすればどうにも気持ちの悪い笑顔らしい。失礼な。
「お前、よく耐えてんな」
「無謀なのは知ってるよ。ついでに亮介が彼女の事なんか好きじゃないことも」
「いいのかよ、お前はそれで」
「うん、仕方ないよ」
亮介が持てるのは分かっていたことだし、どうせあと数日もすれば別れてまた新しい女の子と付き合っているだろう。亮介は自分の渇きを潤してくれる人を探しているだけだ。
要するに誰だっていいんだ。好みの顔で賢い子であれば。
「その好みの顔、と賢い子に該当しないから行動しないだけだよ」
「俺はそうは見えねぇけどな」
「それにこの関係も崩したくないし」
彼女を除けば、亮介と一番距離が近いのは私だって断言できる。実際に彼女達には言えないことを、私は亮介本人から口にされることもあるのだから。
「これで満足してるんだよ」
「そう思うようにしてんだろーが」
「そうだね、語弊だった。でも純も本当物好きだよね。私なんか放っておいたらいいのに。もしかして私が好きだとか?」
「ナマ言ってんなよ。俺は好きな奴には話しかけれねぇタイプだ」
「うっわ、ウブな純気持ち悪」
「んだとっ!?」
「はいはい落ち着いた落ち着いた」
短気な奴は持てないよ、と言えば、渋々ながらも黙っていた。ほう、純の彼女候補の子はうちのクラスじゃないんだ。なんかドンマイ。
憐れむような目で見ていればそれを察したようにうぜぇ、と一喝された。
「お前が納得いく恋愛してんなら文句ねぇよ。でもお前全然納得してねぇだろ」
「…よくわかってるねぇ」
「だてに3年間同じクラスやってねぇ」
3年間同じクラスだったというのに、私は純の好きな子すら見当もつかなかったんだけど、と皮肉を交えて言えば、それは掘り返すな、と少しだけ顔を赤くした純に睨まれた。そうね、なんか、ごめん。
「純が女だったらよかったのになー」
「き、気持ち悪い事言ってんじゃねぇよ」
「うん、なんか想像したら怖かったからやめておく。でも、ありがとう純。…あんたが居るからあたし弱音吐けるんだよ」
「泣いたらネタにしてやるよ」
「性格悪」
そう言ったら、じゃあ俺の居ないところ以外で泣いたらそうしてやる、と言われてつい涙が出そうになったことは内緒だ。
* * * * * * * *
―俺が思うにあいつら本当は両思いなんじゃねぇかと思う。
それを亮介に言えば純には関係ないだろ、と一掃されるが、どうしてもモヤモヤする。
なんで遠回りしてやがんだ。亮介も亮介であいつの見えない所でなまえにまとわりつこうとする男子どもを上手く牽制している。それはなまえが見るからに亮介に好意を寄せているということが分かるからなのかもしんねーが、そんな事をするくれぇならお前がそばにいてやればいい話だろう、と思うのは俺だけじゃないはず。俺も大分野球一筋でやってきてっから、恋愛には疎い方だと自覚している。
それでもなまえの亮介に対する行為とか、女心は分からねぇがなんとなく嫉妬ってやつは分かる。だから今まで亮介の歴代彼女共になまえが呼び出されていたことはなんとなく知ってるし、亮介がそれに対して何もしなかったことには頭にだってきた。
3年間共にしたのは亮介もだが、同時になまえともそうだった。こういったらからかわれるのは目に見えっから口にはしねーけど、俺はどちらも大事に思っている。だが、漫画みたく恋のキューピット役ってやつをやるなんてガラじゃねーし、俺には向いてねぇ。
「…手のかかる奴らだな」
「自覚してるよ」
コイツらみたいな奴等のことを大馬鹿者だという事を知っている。
「諦められねぇんだろ」
「うん」
「頷いてばっかじゃなくて行動しろ。何も始まんねぇぞ」
「行動力ないよ」
「だぁーっ!うじうじすんじゃねぇ!」
「純はいいよ…片思いだもん…まだ見込みはあるかもしれないんだよ」
「んな文句聞いてねぇ!そもそも見込みないとか思ってんじゃねぇよ。なんでお前はこういう所鈍いんだよ…クソッ。愚痴でも何でも聞いてやるから、まずアクション起こしやがれ!」
「振られたら立ち直れないよ!」
「振られてもないくせにんな事言ってんじゃねぇ!今からでもいいから亮介あの女から奪って来い!ハッ、どうせ出来ないんだろうな、お前は!」
俺より更に大きな声で反論するなまえに更に大きな声で答えてやった。
そうすると、なまえは悔しそうに俺を睨んだ後、俺に寄り掛かってきた。
「純が…むかつく」
「なんとでもいえ。前も言ったが愚痴ならいつだって聞いてやる」
「今の純なら、きっとモテるようになるよ。お墨付きだよ」
「お前に付けられたって嬉しくねぇよ」
言って来い、といって頷いたなまえがいつか見た漫画のライバル女に立ち向かう主人公のようで思わず笑った。
数日後、なんだか吹っ切れた様子のなまえが居た。なにがあったんだと聞いてやれば、どうやら亮介に思いを伝えるどころか戦線布告したらしい。まぁ、コイツらしいっていうかなんっていうか。
まぁ安心した。
* * * * * * * *
なまえが俺の事を気にしているのは薄々気づいていた。
俺は基本、他人はどうでもいいと思っているし、こうやって俺に媚を売ってくれば付き合ってくれる、だなんて薄っぺらい考えを持った女が特に大嫌いだった。
今はもう引退したけど、青道高校野球部というブランドだけで女子は寄ってきた。俺自体どうでもよかったから、そういった女から告白されればそれに答えたし、別れをつげられえればそれを追う事もなかった。中には別れを切り出してきてすがってほしい、と言う女子もいたようだけど、生憎彼女たちに何の感情も抱いていない俺にそれを求めるのはお門違いだと思った。
女子が皆それだけじゃないのは知っているけど、俺にはどうしても女子が皆そういう集団に見えて苦手だった。だから、入学してからずっと傍に居たなまえの存在にも気が付かなかった。
いつだったか純に言合われたことがある。あいつは疎ましく思わねぇだろ、って。
純のくせに。けれど言ったことは的を得ていた。
だから無意識になまえをほかの奴らに独占させるのが嫌で陰で牽制していた。彼女を独占していいのは俺だけだって。でもそんなのも俺のエゴにしか過ぎなかったけど。
最近自覚した事だけど、たぶん、俺はなまえが好きなんだと思う。
けど、友達と言う期間が長かったからかそれの終わりの告げ方がよくわからない。
こんなことを相談するのは一部始終をよく知った純が一番最適なんだろうけどそれじゃあ癪だ。
今日だってどうにかなまえと話し合いたいと機会を練っていたのにそれを告げようとしていたのに名ばかりのオンナの邪魔が入った。
彼女と言う手前邪険には出来ないけど、そろそろ潮時なのかもしれない。
俺はわがままになりすぎた。
「ねぇ、別れてくれる?」
オンナは何も言わずに泣きながら去って行った。その時ばかりは興味のなかったオンナにひどく同情した。
久しぶりに一人の下校。と言っても寮生活だからほとんど歩くことはなく自室に着く事は出来るのだけど、その扉の前に立っている人影を発見したとき、不覚にも動悸が早くなった。―なまえだ。
「どうしたの」
「あ、亮介」
鼻の頭を赤くしたなまえはあのね、と言ったまま口を開こうとしない。
「用がないならどいてくれる?疲れてるんだよね」
「あ…ごめん」
思っても無い事を言ったが、案外手早くドアから引いたなまえを凝視してしまう。何か用があってきたんじゃないのか。何かがしぼんでいくような気持ちになった。…期待していた自分がばかのように思えた。なまえは下を向いていて表情は窺えなかった。
「何か用があるんじゃなかったの」
痺れを切らしてそういえば、顔を上げたなまえは急に俺の目の前まで来て頬に一つ唇を落とした。
「亮介なんか…亮介なんか一週間で落としてやるんだからね!バーカ!」
そんな宣戦布告が聞こえて、やっぱりなまえだけは一人飛び抜けてるなって走り去っていく後姿に俺はクスリと笑みが零れ、憶測が確信に変わっていったのが分かった。
「もう落ちてるよ、バーカ」
2012.03.03
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