「俺、君と結婚すると思うんだよね」

出会い頭にこんな事を言われる経験って、あまり無い事だと思う。


12番テーブルのプロポーズ


「ご注文がお決まりでしたらインターホンでお知らせください」

なにか嫌な予感がしてそう言って客のもとから離れた。信じられない。
小走りでカウンターへと戻れば、あのお客は、まだこちらを見ている。まっすぐな目で。

「なまえちゃん、ベルなってる!」

呆けているとちがうお客さんからの注文が入る。私は頭を振ってもしかしたら聞き間違いかもしれない、と切り替えることにした。

「ご注文をどうぞ」

そうだよ、聞き間違い。
知り合いって訳でも無いし、軟派な態度だ。もしかしたら罰ゲームとかそういった類のもので、私をからかっているだけなのかもしれない。
しかし妄想とは恐ろしい。ありもしないのに、もしそうだとしたら…と仮説を考えるだけですごく腹が立ってきた。兎に角今は業務に集中しよう。アルバイト中に不真面目すぎた。
注文を伺った際にチラリと視界に入ったあの人は笑顔で私を見ていて、なんだかすごく変な感じがした。


しばらくしてピンポーン、と軽快なインターホンが鳴った。テーブルは12番。
−あの客だ。

いや、気にすることはないんだ。そうそう。伝票を手に取りお待たせしました、と注文を伺おうとすれば彼は何故かメニューには目を通さず、私を凝視している。

「あの…ご注文を…」
「君、#name2#さんって言うんだね。俺、松野おそ松。長男ね、長男!よろしく〜」

名前がばれてしまった。
松野おそ松と名乗った彼は注文だよね、と漸くメニューを開き、どれにしようか、だなんて悩み始めた。呼ぶなら決めてからにしろ!だなんて言えるわけでもなく、どっちがいいだろう、と二つの品を見て頭を抱えている彼を私は見ていることしか出来なかった。

「ねぇねぇなまえさん」
「な、なんでしょう、か」

いきなり呼ばれたことで声が上ずってしまったけれど彼はそんなことは気に留めていないようで、悩んでいた料理を私に見せてどっちがいいと思う?となんと私に選択権を委ねてきた。
悩んでいたのはうちの定番メニューのハンバーグとカルボナーラか。うん、料理のチョイスはなかなか。けれど私の個人的なお勧めは定食です。そんなこと言わないけど。
こうやって悩むくらいならどちらも頼めばいいのに、そんな念を送っていたら、じゃあどっちも食べてみよう、と本当にどっちも頼んできた。内心マジでか(嘲笑い)と驚きを隠せなかったものの、念のための注文復唱したら間違いないです、俺腹減っちゃったなんて軽い返事が返ってきて、私はそそくさとその場を後にしオーダーを伝えた。

数分後、料理が出来上がりそれを見計らい空いているテーブルの片付けをしようとしたのに他のホールスタッフにお見通しのようでニヤニヤとした顔でよろしくね、と渡されてしまった。
ねぇ、いまさっきの見てたよね!?恨む。なんて言えるわけもなく、料理を両手に抱え再び12番テーブルへ。


「お待たせいたしました。カルボナーラとハンバーグセットですね。ご注文は以上でお揃いでしょうか?」
「いや、揃ってないね」


首を横に振る松野さんに、私はオーダー取り漏れがあっただろうかとハンディを確認しようとしたところでその手を引かれ松野さんの隣に座らされる。


「うん、これで揃ったかな!」


いただきまーす!とむしゃむしゃ食べ始める松野さんに呆気に取られてしまっていた私はホールから再びニヤニヤとした視線に我に返り、バイト中なので困ります、と立ち上がろうとしたところいいじゃーんと駄々をこねる松野さん。
こんな時に限って社員が居ないから困った。



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