「センパイ…」


休み時間になると、大抵は現れる、後輩の降谷暁君。どうしたの?と尋ねれば、綺麗な両手を差し出されて、ああ、と納得する。


「マニキュア塗りなおそっか」


そういえば無言でうなずく彼を教室へと入れて、私の席へと座らせた。
友人は、またいつものことだと笑って自然に話を中断してくれるから有り難い。
最初の頃は、彼も私の席に座るのを渋ったり、話している最中に乱入すると言う事に責任を感じていたみたいだけど、今じゃ違和感も無く座ってくれるようになった。友人はまるで飼い主と犬だといったけど、降谷君を犬にするには少し忠犬さが足りない気がする。


彼から拝借したマニキュアを手にするとノズルを回してハケに液をつける。はみ出さ無い様にと慎重にしたとしても、短い休み時間内に終わる。保護液だって即乾性だから乾く前に触ってぶれてやり直し、だなんてことも少ない。

終わったよ、と両手を確認すれば、少しだけ嬉しそうに私にお礼を告げて、私の席から立った。
毎回、その時の表情がファンからすると大歓喜という声を聞いて、彼も人気者の一員だと実感する。
さて次の授業まで後6分。


「今日は柔軟、手伝うから頑張ろうね」


何を話そうかと迷った挙句、出たのは部活の話だった。降谷君は体が硬くて、長座体屈の結果が悪く監督から、柔軟は欠かさないように言われていたのを見たことがある。確かに、あまり軟らかくなさそうな感じはしていたけど、実際に彼の柔軟を見てみると、余程の硬さなんだと苦笑いするしかなかった。案の定、御幸にそれを突っ込まれていたのだけど。

どうやら沢村君にも言われ言い返せないことが余程悔しかったらしく、その日から降谷君の柔軟には手伝う様に言われた。…あぁ、その頃だったか。彼が私に懐き始めたのは。


「どうやったら…先輩みたいに軟らかく成れますか」
「一見聞くと、それが名前の身体のこと言ってるみたいだ…」
「ちょ、ちょっと!」


友人の横からの突っ込みに私は慌てて言葉を遮った。ほらそんな言い方すると、ファンの子から痛い視線を頂くって言うのに!
悪気もなさそうに謝ってくる友人に溜息をつくと、降谷君も何かを考え込んでいるようで、右手を口元にやって俯いていた。そういえば、彼の質問を返してなかったなと自分の柔軟さについて口を開けば、いきなり身体を固定されて、私は状況についていけずキョトンとしていた。

教室は黄声をザワつきで一杯になり、耳元でした「確かにやわらかい…」とい降谷君の声がとても近かった。


我に返り、ベリッと効果音が付きそうな位に引き剥がせば当の本人は何食わぬ顔でやわらかかったです、と言う感想を残してそのまま失礼しますと私のクラスを後にした。
一方、残された私は友人に爆笑され、クラスメイトから一目を置かれた存在となるのだった。



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