「ねえ、私のどこが好きなの?」

「…はい?」

はく息は白く、まだ夕方の五時だというのに、いつの間にかあっという間に日が短くなって、辺りは昏い。身を刺すような寒さにマフラーに口元をうずめた。冬のおとずれを鮮明に感じる今日この頃だ。

ポツンと何気なさを装って呟いた言葉に、ハルくんは少しきょとんとした顔をして、それからあきれたようにハッと笑った。

「なんで笑うの…」

「いや、またその話かーって思って。それ先週も訊かれたんですけど」

「え、そうだったっけ?」

確かに、訊いたかもしれない。

でも、その時ハルくんは突然どうしたんだよって感じで笑ってたぶらかかしてきたから意味がない。ハルくんは私がどれだけ緊張して、どれだけ真剣にそう聞いてるかなんてきっと分かりっこない。

ハルくんとは、二年生の頃初めて同じクラスになった。そして三年に進級する春休み前になぜか私に告白してきて、半信半疑ながらもオーケーして、付き合うことになり今に至る。今思えばなんでハルくんは私に告白したんだろう。たぶん、一生で一番の謎だ。

今は三年の二学期が終わろうとしている時期で、受験生特有のピリピリしたムードが感じられる。そんな中、付き合っているカップルたちは距離を置いたり別れたりすることが多いのに、私とハルくんの間には、そういうものが一切ない。別れたい、とかそういう気持ちがあるわけでは決してないけれど。

たしかに事実なのだけど、付き合って半年以上経とうとしているのに今だに付き合っていることを、事実として受け入れられない。というか全部自分の妄想ってオチの方が信憑性高い気がしてならない。

それ位、ハルくんはすごいひとなんだ。

なんで私と付き合おう、なんて言ってくれたんだろう。


「ていうか、なんで最近そういう話題振ってくるの?」

「えっ…だって…」





つい先日の出来事を思い出す。大学の赤本を借りに行くために図書室へ足をふみ入れたときのことだった。

お目当ての本を探している最中、奥の書棚の方から聞こえてきた会話を偶然耳にしてしまった。

『え、あんたこんなレベル高いとこ目指してたの?』

『うん。だって、ここハルが行くし』

ハル、という名前が出てきたことにびっくりして思わず声をあげそうになってあわてて喉元でぐっと堪えた。ちらり、と声のする方に目をむければ、何やら見たことのある派手めな顔の女の子がそこに居た。その子は昔からハルくんに好意を持っているというので有名な子だった。

会話からして、私とハルくんが付き合っていてもまったくあきらめてはいない様子だった。…ていうか、それは、私が眼中にないからなんじゃないか。

そんなことよりも、ハルくんのおそらく行くであろう進路先を知ってしまって、衝撃が走った。

今まで何度かハルくんに進路先をたずねてみたけれど、答えは決まっていつも「まだ決めてない」とか「どこだと思う?」と言ってたぶらかして、なかなか私に教えてくれようとしない。逆に、ハルくんが私にそう尋ねることも一度もない。

なのに、どうして彼女じゃないこの子が、知っているんだろう。

しかもその進学先は私の視野にはなかった国立大学だし、偏差値的にも到底届かない。E判定どころか要検討なんて言われてしまうに違いない…。

一緒の大学に行ける、とは全く思っていないけどもしかしてあのひと自然消滅でも見計らってるんじゃないか…。ハルくんと喋るの、結構楽しかったのにな。順調かも、なんて思っていたのにな。全部私の思いちがいだったのかな…というメガティブな感情が次々とさざ波のように押し寄せてきて、なんだか泣きたい気持ちになってきた。

その日はなんとなく居たたまれなくなって図書室を後にした。







…そういうことがあったからだよ、なんて、絶対本人に言えるわけない。


「どうせ千里のことだから勝手にひとりであたふた焦ってるんでしょ」

「…別にそういうわけでは、ない!…ないけど、」

めちゃくちゃ大嘘だけど。

「ハルくんこの前も私のどこが好きなのか聞いたら答えてくれなかったし、誰でもそんな返事されたら私のどこが好きなんだろうって不安になると思うわけですよ」

「うーん……」

ハルくんのどっちつかずな態度にますます不安が募る。

そんな素振り見せられたら、ますます自信なくしちゃうじゃないか。


「俺が思うにさ」

ハルくんは突然立ち止まって、ゆっくりと空を仰いだ。ほのかに白い光を帯びる街灯を頼りにハルくんの視線の先を眺める。冬の空は少しだけ別れのにおいがする。なんだか感傷的な気持ちになる。

「誰かを好きになるのに理由とか別にいらないんじゃないかって」

「はい?」

あまりに予想の斜め上をいく発言に、思わず目を丸くする。

「え、それってじゃあハルくんは私のどこも好きじゃないってことに、なるじゃないですか…」

「そういうことじゃなくてね。じゃあ逆に聞きますけど、千里は俺のどこが好きなの?」

「え………」

なんか、面接でもされているみたいだ。

「私は……かっこいいところ?」

「うん?」

「っていうと、他の女の子もそう言いそうだから、なんかなあ、とか思っちゃうけど」

ハルくんはかっこいい。要領が良いし、何もしていないようにみえて、実は努力家でもあるし、喋っていて心地良いし、人から好かれる能力をたくさん持っている。

そんな魅力的な人のとなりに、いてもいいんだろうか。ハルくんの彼女はわたしだって、分かっているのに、時々そんなことを考えてしまう。



「つまりそういうことだよ」

……ん?どういうこと?

首を傾げてみせると、ハルくんはふはっと笑ってみせた。その笑顔に胸がキュンと鳴る。

「あえていうなら、素直なところとか、頼みごとを断れなくてなんでも引き受けちゃうところとか、あー好きだなあって思うけど。でもそれって、千里の周りのひとならだれでも思うんじゃないの。なんていうか、うーん。つまり、千里自身が好きなわけだから、理由なんてそう簡単にうまく説明できるものじゃないっていうか。分かった?」

…なんか私、今すごいこと言われてないか。なんだか照れてしまって、ハルくんの顔をまともに見れなくて、コンクリの地面に目をおとした。

「恋愛って哲学だね、なんか」

「だよねー。俺はそんな漠然したことにいちいち気にやむ千里の将来が心配でならないよ、受験勉強とかはかどってるの? もしかして、オレが自分の進路先とかちゃんと言わないから、こんなこと聞いてきたの」

ギクリ、と心臓が飛び跳ねそうになる。そんなこと、口に出したつもり全然ないのに。もしかしてハルくんってエスパーなんじゃないの、という我ながらあほらしい結論にたどり着いたところで、思いがけない言葉が待っていた。

「そんなんで××大、受かる見込みあんの?」

「っえ??!!!!!」

今年ももうすぐ終わってしまうけれど、もしかしたら今年で一番驚いたかもしれない。どうして、私の志望校知ってるの、という意をこめて口をパクパクと動かした。

ハルくんは余裕そうに微笑む。

その笑顔が、好きだって思ったけれど、同時に少しだけ憎い。

恋をするって行為は、なんて、矛盾しているんだろう。

「なんか不安にさせてるみたいだから言うけど、俺千里と同じ大学受けるよ」

「…うそでしょ??!!だって、ハルくんは、国立、って…」

ハルくんは怪訝そうに眉をひそめた。

「噂なんて簡単に信じるもんじゃないよ」

「じゃあなんで私の志望校知って………」

語尾が、震える。

「机にあんな堂々と赤本おいてたらさすがに気づくよ」

あーあ、とハルくんはため息をつく。

この人は、本当にいつもいつも私の想像の斜め上のことばかり考える。


「本当は驚かせたかったんだけど。これでもう大丈夫? 心置きなく勉強集中できるでしょ」

なにが大丈夫か、なんて。

それが分かるのは私のだいすきな彼が、春みたいなあたたかい笑顔を浮かべる三秒後。



「千里が思っている以上に俺、大分キミに依存してるから」




春のしじまがひそやかに

title / メルヘン




ALICE+