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「今出してきた」
『ありがとう』
「なにを?」
「婚姻届」
「おお、おめでとう!」
『ありがとう』


楽屋で名前と今ハマっている音楽の話をしていると、甲斐くんがちょっと疲れた顔で楽屋に入ってきた。甲斐くんの話を聞いて遂にか、と驚くと同時に、喜びで胸が弾む。目を見開いて隣に座っていた名前をみると、ちょっと照れたような笑顔を向けていた。僕の大切な人である名前と亮が結婚をした。こんなにめでたいことはない。嬉しくなって背中に手を回してギュっと力を込めた。頬にチュッと唇を当てると、口角がグッと上がって今度は満面の笑みが浮かんでいる。そこに、もう1人の祝い人が楽屋へと帰ってきた。座っていた椅子から立ち上がり、両手を広げながらそれを迎えると、キョトンとした表情をしていた。


「亮!おめでとう!」
「ん?ああ、ありがとう」
「無事提出してきました。おめでとう」
「甲斐くん、ありがとう。なんの問題もなかった?」
「問題と言えば、なぜか俺がドキドキしながら役所に行ったってことくらい」
「なんで甲斐くんが緊張すんねん」
「わかんねえけど、なんでか自分の婚姻届出す時よりも緊張した」


甲斐くんがソファーに勢いよく座った。お疲れ様、と声をかけると右手をヒラヒラとさせて答えてくれた。この人も、長年僕たちを支えてくれている家族のような人だけど、本当にマネージャーなのかと思うことがある。それにしても、タレントのプライベートも管理をしないといけないマネージャーっていう仕事は大変やな。ほんまにいつもありがとう。


「みんな集合」
「集合してるでー」
「ああ、今亮と名前の婚姻届をさっき提出してきた」
「おお、おめでとう」
「おめでとう!」
「今って今朝?」
「ついさっき」
「おお、おめでとう」
「おめでとう」
『ありがとう』
「ありがとう」
「はぁ…」
「お前なあ、なんでため息なんかついてんねん。まずはおめでとうやろ」
「…」
「それで、今後の予定だけど。今日の午後、各関係者各局に結婚報告のFAXを流す。その影響でしばらくは色んなところで色々亮と名前について聞かれるかもしれないからそのつもりで」
「返答は?」
「隠すことも別にないし普通に答えてよし。あんまり変な質問は…まあその時の自己判断で」
「なんや適当やな」
「今更だろ。ちゃんと節度をわきまえろよ」


普通なら、アイドルの結婚というのは色々規制や制限があって、プライベートは一切話さへんとかこんなことは答えたらあかんよ、とかあるやろうけど。こんなにもオープンなアイドルっていうのはなかなか居らんと思う。



「はーい。じゃあ…今夜空いてる人!」
「はーい」
「はい」
「なんやねん」
「お祝い、せえへんの?甲斐くん、お店の予約お願いしてもよろしいでしょうか」
「ああ、いいけど」
「村上くんは?」
「俺20時くらいに仕事終わるから、その後合流するわ」
「大倉は?」
「ああ、ごめん。今日は予定あんねん。…ちょっとコーヒー買ってくるわ」
「え?コーヒーならここに…」
「マル」
『…忠義?』


甲斐くんの話を聞いてから、ずっと黙って少し様子がおかしかった大倉が楽屋から出て行った。様子がおかしい原因は、この部屋にいる半数の人間がわかっているかもしれない。確実に、大倉が出ていく姿を眉間に皺を寄せてみていた渋やんはわかっていたんやと思う。すぐには追いかけなかったのは、きっと大倉が今は1人になりたいやろうなと思ったから。
珍しく仕切っているマルは甲斐くんと今夜の打ち合わせを始めたり、横ちょはコーヒーを啜ったりとみんな自分のやっていたことに戻る中、名前は大倉が出て行った方を見たままで。一瞬追いかけようと立ち上がろうとしたけど、甲斐くんに呼ばれてしまった。あんなに悲しそうな名前の笑顔はいつぶりだろうか。どちらの気持ちも分かる気がして、僕も胸が苦しくなった。




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