甘えたい年頃

ある夜の事。
今日の内に終わらせないといけない仕事があるから先に寝ておいてくれと我愛羅君に言われた私は、一人ベッドでゴロゴロとしていた。

もう夜もだいぶ更けている。
我愛羅君がいないと眠れない、という訳でも別にないんだが、ただ今日はなんとなく眠れない。
その理由はなんとなくわかっていて、
それは今日の夕食時の出来事にあった。


今から遡る事数時間前、私を含め我愛羅君、シンキ君と、三人で夕食を取っていた時。
我愛羅君は早々に食事を済ませて、溜まっている書類の山を片付けないといけないらしく執務室へと戻って行った。

その後、残された私達二人も食事を終え、私は洗い物に取り掛かっていたんだが、フと背中に暖かさと重みを感じて振り返ると、そこには私の背中に背中をくっつけてきているシンキ君がいた。所謂、背中合わせの状態だ。

中忍試験が終わって、元の世界に帰れなくなって、これから先ずっと我愛羅君とシンキ君が住むこの家で世話になる事となった私だが、シンキ君が心を完全に開いてくれたとは思っていなかったので、その行動に素直に驚いた。

洗い物をしながら、一体どしたの?と声をかけてみるものの返事は貰えず、結局シンキ君が何をしたかったのかも分からずに暫くすると離れて行ってしまった。


そんな小さい事だったけど、アレは一体なんだったんだと気になっている。
そして眠れない。


「シンキ君、なんかあったのかな」


中忍試験で、化学忍具を使われてはいたが結局負けてしまった事を悔しく思ってるとか?
でもそれで私に背中をくっつける様な行動を取るんだろうか。

ぐるぐる、シンキ君の事を考えて、でも分からなくて、気づけば寝転がっていた身体を起こして月明かりが差し込む窓の外を覗いていた。


「ん?あれ、…シンキ君?」


なんとなく窓際に置かれているサボテン越しに窓の外を見てみると、風影邸の出入り口の辺りに居るなんだか見知った後ろ姿が視界に入ってきて、フワフワと揺れる砂鉄を纏っているところからすぐにシンキ君だと分かった。

あんなところで何してんだ。
しかもこんな時間に。

時刻はすでに深夜を回っていて、いつもならもう寝ているだろう時間だ。


「ちょっと行ってみるかな」


普段から静かで何考えてるのか分からないけど、私より遥かに大人びた少年シンキ君。
それが今日、私に背中を合わせてきたりなんかしちゃって、もしかして甘えたかったとか?なんて勝手に考えた私は、シンキ君の心境がただ気になった。

手近にあった羽織りを持って、部屋を出てからこの邸宅の入り口へ。
扉を開けた瞬間、やっぱり羽織り持ってきて良かった〜と思いながら目当ての後ろ姿に声をかけた。


「シーンーキーくーん」

「…なんだ」


小学生が友達を呼ぶ時の如く、後ろから呼んでみると、チラリと振り返りながら返事をくれる。
私的には「はーあーいー」と返して欲しかったが、それをシンキ君に求めるのは無謀、というか頼んでもそんな返事してくれないだろう。
そんな事を考えながら、そっけない返事をくれたシンキ君の横に、同じように座ってみる。


「こんな夜中に何してんの?天体観測?」

「…何も。お前は何をしている」

「…つれないなあ。窓からシンキ君が見えたから来てみただけだよーだ」


天体観測には突っ込んでくれず、素っ気ない態度で何もしてないなんて言うもんだから、口を尖らせてワザとらしく拗ねてみる。
だけどそんな拗ねた顔にも何も反応してくれない。


「ねえねえ、なんか考え事?大人のお姉さんが相談に乗ってあげようか」

「…」


黙ったままのシンキ君に、とりあえず何か相談でもあれば乗るよと言ってみるが、少し考える素ぶりを見せるものの相変わらずその口は開かない。

うーん、どうしたものか。
何かあるには間違いなさそうなんだけど、肝心なそれをどうやったら喋ってくれるかを考える。
でも打開策なんて見つからなくて、暫くお互いが無言の状態でいると、何を思ったのかシンキ君は私の方を見ず、真っ直ぐ前を向いたまま話し出した。


「…俺は、義父上の何なんだ」

「…んん?」


何を言うのかと思えば、いきなりの超絶難問を繰り出してきたシンキ君。
年頃の考えなんだろうか、実父じゃない我愛羅君に、今更ながら違和感を感じて悩んでいるんだろうか。

私は養子へ出た事はないから、正直な所シンキ君の気持ちは汲み取ってはあげられないし、なんと返してあげればいいのか分からないけど、なんだか寂しそうなシンキ君の横顔をいつもの元気な表情(無表情だけど)に戻ってほしくてここは得意の冗談めいた口調で話す事にした。


「どしたの。いつにも増して難しい事考えるね、何、我愛羅君がお父さんなのが不満になっちゃったの?無表情だもんね我愛羅君は。そりゃ嫌にもなるかな?ははっ」

「……七代目火影を大筒木という奴らから助け帰って来たあの日、うずまきボルトだけではなく、うちはの娘までもが、自分の父の帰りを喜び駆け寄っていた。そして七代目火影やうちはサスケも然り、家族で抱きしめ合っていた」

「…え、ちょ、あれ、無視?私の話無視?」


まるで私なんか居ないと言われているような、フルに無視をしながら話し続けるシンキ君に、がっくりと項垂れる。


「…俺は、義父上の本当の息子ではない。母親もいなければ本当の家族と言うものをよく知らない。素直に父の帰りを喜び駆け寄って行くうずまきボルトを、俺はあの時羨ましいと、…だが義父上はそんな事、望んでいない。俺に力の使い方を教え、この里を守って行く後継ぎでしかないと考えていると思うと、心が騒つく。俺は一体どうすればいい」


淡々とだけど、いつも強気なシンキ君が珍しく弱音を吐いている。
なるほど、ボルト君達家族を見て、自分も素直に我愛羅君の帰りを喜んでいいものなのか、駆け寄りたいのに、我愛羅君はそんなの望んでないと思ってできないのが苦しいのか。

シンキ君は気づけばこちらを見つめいて、その目はまるで助けてくれと言っている様だった。


「シンキ君は本当、難しく考えるよね」

「…」

「我愛羅君はシンキ君の事、ちゃんと息子だと思ってるって私は思うけどなあ。血は繋がってなくてもちゃんと家族してる人達だっていっぱいいるよ。甘えたいなら甘えちゃっていいんだって。拒否なんかしないよ我愛羅君は。むしろ嬉しいんじゃない?」


我愛羅君はどんだけ愛情を注いでやっていないんだ。こんな可愛い砂鉄君に。なんて思うも、我愛羅君は我愛羅君で不器用なんだろう。
愛情が無い訳じゃ絶対ない筈。
どうやって愛情というものを伝えればいいのか分からないだけなんだと、今だ難しい表情をしているシンキ君を諭すように続ける。


「それにさ、その、ほんとのお母さんじゃないけどさ、母親役なら、私でもできるよ。シンキ君への愛は私結構あるから。可愛いし、萌えだし、めちゃ可愛いし。だから寂しくなったらいつでも私の胸に飛び込んでおいで!…………わ、!」


可愛いを連呼した後、両手を広げて、どんと来い!の姿勢でシンキ君に向き直るものの、
シンキ君は多分「冗談はよせ」とかなんとか言って拒否してくるんだろうなと考えていた私の胸辺りに重い衝撃。

驚いたのも束の間で、まさかのシンキ君は本当に私の胸に飛び込んできた。


「あ、ああああの、シ、シンキ君、?」

「…ははう、え」

「?!!」


なななななななんだこの可愛い生き物は…!!!
至福…!天使…!天使ぃぃいいい!!

シンキ君の、突然のデレデレに頭がついていかなくて、広げたままの両手が宙を舞う。
少年我愛羅君もかなり可愛かったけどシンキ君は…!上回ってくる…!ぐう…!


「…暖かい」

「ふぁ?!」


小さく喋ったこの可愛い生き物の顔を覗き込めば、目を瞑って私の鎖骨辺りに顔を擦り寄せていて。
思わず意識が飛びそうになったがぐっと堪える。

こんななんでもない女にすり寄ってくる程、シンキ君は悩みに悩んでいたのかと、考えながら宙を舞っていた両手をシンキ君の背中に回した。

一瞬シンキ君の身体が跳ねた気がしたが、そのまま片手で頭を撫でてみるとどうやら落ち着いたようだ。


暫くして、お尻から伝わってくる冷んやりした地面の感触に、流石に砂漠の夜は冷えるなと思い、持ってきたブランケットをシンキ君の肩にかけてやろうと身動ぎをすると、微かだが腕の中から寝息なるものが聴こえてきた。


「…!っ、か、」


可愛いいいいいいいい…!
ね、寝てる…!何このザ・無防備!!いいの?そんな無防備でいいの?!

このままずっと無防備な寝顔を見ていたい…!
だけど流石にここで一晩過ごす訳にもいかないし、かと言って起こすのもなんだか可愛いそうだ。

このまま上手いこと担いで部屋まで上がるか。
いやいや、幾ら12、3歳で華奢なシンキ君でも私に持ち上げられるだろうか。
…落としてしまったら嫌われる。せっかくデレてくれたのにそんな事は避けたい!

どうしよう〜〜〜〜、


「名前、と、…シンキ?」

「あ、が、我愛羅君…!」


寝ているシンキ君の背中をナデナデしながら、この後どうすればいいのか、思考を働かせていると、救世主が舞い降りた。
こんな所で何をしていると、いつものトーンで言う我愛羅君に、咄嗟に「シー!」と小声で声を抑える様指示を出す。


「寝てるの。シンキ君。ごめんだけど抱いて部屋まで連れてってあげてくれない?」

「…一体なにが、」

「それは後で説明するから、」


我愛羅君からすれば一体この状況はなんなんだと、気になる所ではあるだろう。
だけど今はとりあえずシンキ君を抱えて上げて欲しい。この体勢も辛くなってきたし何より寒い。

後で説明するからと言った私に我愛羅君は疑問の表情をしながらも一応理解を示してくれ、座っている私の腕の中からシンキ君を抱き上げた。
本当軽々と持ち上げるよなあ。


「お前も中へ入って暖まった方がいい」

「うん、そうする。我愛羅君ありがとね」


所謂お姫様抱っこをされて眠っているシンキ君の寝顔を、我愛羅君の横に並び歩きながら覗き見て、やっぱりまだまだ子供なんだなあ、なんて考える。

肌なんてピチピチだし、プニプニだし。
なんて可愛いんだこの野郎。

そのままベッドへと降ろされたシンキ君に、我愛羅君と二人で小さくお休みと声をかけ部屋を後にした。




……

次の日、シンキ君となぜああいう状況になっていたのかを我愛羅君に説明すると、
我愛羅君は何故か、今日の任務を請け負う為に執務室へとやって来たシンキ君を突然抱きしめるという行為に走った。
いや愛情が伝わってなかったからって唐突に抱きしめても意味分かんないでしょーよ。

そこにはスリーマンセルのチームであるヨドちゃんもアラヤ君もいて、二人は驚いていた。うん、当たり前だよね。

でもシンキ君はなんだか嬉しそうで、たまたま執務室に来ていた私も、その様子を見て嬉しくなった(ニヤニヤした)

ま、まあ、シンキ君が嬉しそうなら
めでたしめでたし。なのかな?


でもその後、私も便乗してやろうと思い、我愛羅君から解放されたシンキ君を抱きしめようと近づいたら無言でススス、と避けられた。

悲しい。
ま、いっか。



おわり

名無し様リクエストでデレるシンキ君でした!
なんだかデレるというより只の甘えた君になってしまいましたが…!
可愛いシンキ君を書くのがとても楽しかったです(自己満足)
リクエストありがとうございました〜〜!