騎士様二人
※百合、男装指揮官
海洋が七〇パーセントを占める海の惑星で、突如、謎の海洋勢力「セイレーン」が出現し、我々人類は九割の制海権を喪失。甚大な被害を受けた。
この強大な海の脅威に対抗するため、人類は各国家間で生じていた問題を棚上げし、「ユニオン」、「ロイヤル」、「鉄血」、「重桜」の四大国家を中心とした軍事連合「アズールレーン」を結成。不特定多数の人間の集合意識、すなわちイメージを具現化させることができる「メンタルキューブ」を用いて、我々はKinetic Artifactual Navy Self−regulative En−lore Node――艦船を生み出すことに成功した。艦船は武装した少女たちのコピーを幾つも生み出し、我々はそれを星の守りとした。そして、彼女らの力を借り、我々人類は一丸となって反抗を開始する。
やがて、アズールレーンの活躍で制海権の奪還に成功。しかし、総力をもってしてもセイレーンを完全に殲滅することはできなかった。その後、対セイレーンの方針をめぐり、各国家間で意見が対立。セイレーンとの戦いで戦利品として手に入れた彼女たちの技術や力を積極的に導入し、人類のさらなる発展と革新を目指すという思想を持った鉄血と重桜、そして分裂してしまったもう一つのアイリス国家・ヴィシア聖座は、アズールレーンを離反。もうひとつの軍事連合である「レッドアクシズ」を結成した。
対立する二つの陣営は、やがて「人類の未来」という道筋をめぐる本格的な武力衝突へと至ることとなる。
私もアズールレーン陣営に所属する指揮官の一人である。私の母港には、アズールレーン陣営に所属する艦船はもちろん、鉄血や重桜などに属する艦船も存在する。本来であればレッドアクシズ側にいるはずの艦船がこちらに所属するのは一応理由がある。彼女らを構成するメンタルキューブが様々な可能性を示す不思議な道具であり、私の母港に居る彼女らは、もしかしたらそのままアズールレーン陣営にいたかもしれないレッドアクシズ陣営の艦船なのだという。
まあとにかく、様々な国の艦船がいるこの母港は今日も賑やかだ。そりゃあそうか。彼女らは何体もいるのだから。
着実に強くなっている彼女らのおかげで戦果は上々。仕事も順調。
しかし、ここ最近、私の頭を悩ませていることがあった。
「この馬鹿! どこ見てんのよヘンタイ!」
「おかえり、お兄ちゃん……今日も出撃なの?」
「なあに? 駆逐艦にも変なことを考えているの?」
それは、みんなが私を男だと思っていることである。
指揮官は男が多い。女性指揮官は極めて珍しいとされている。更に、制服が着痩せするタイプなのか、女性としての特徴が現れにくいデザインとなっている。決して男装をしているわけではないのだが、指揮官という職業柄、女だと思われると舐められやすく、仕事に支障が出るという理由から男性のような振る舞いをしていた。そのせいでみんなが私を男だ勘違いしてしまい、そうだと思い込んだまま接してくる。そうこうしているうちに、本当のことを言い出しづらくなってしまったのだ。
今では、この母港で初めての艦船であるラフィーと、初期にこの母港へやってきたインディアナポリス、ヨークタウン、プリンツ・オイゲンしか私が女である事実を知らない。ラフィーやインディアナポリス、ヨークタウンは初期の私の様子を知っている。また、彼女らの性格もあるのだろう、私が女であることを言いふらすような子たちではない。プリンツ・オイゲンは多分、面白いからとかいう理由で黙っているんだと思う。
それにしても、なんでみんな気付いてくれないんだろう。半年くらい経つんだ、そろそろ気付いてもいいんじゃないかとは思う。
しかしながら、私を男だと思って憧れを抱いてくれている艦船も居るのが事実だ。ユニコーンはその典型的な例で、私を「お兄ちゃん」だと思い込み、慕ってくれている。そんな彼女らの夢を壊したくはなかった。
本当の私に気づいて欲しい。しかし、バレたくもない。母港にある食堂の壁際席で、私は下を向いてため息を吐いた。
「ハイ、指揮官! 今日も……うん? 今日は元気そうじゃないな」
すると、上から声がした。クリーブランドだ。艦船が好んで飲む、酸素コーラの入ったコップを手にしている。休憩中だったのだろう。ちょうど良かった。出撃のことで彼女と話をしようと思っていたところだったからだ。
彼女は私の顔を見るなり、心配そうに顔を覗き込んだ。
「浮かない顔だな……なんだ、悩みごとか?」
私が任務の話をしようと口を開こうとしたところ、彼女が先に問うた。私は、
「ああ……少し、な」
と、短く返した。
「私で良ければ聞くぞ? 妹が多い分、愚痴は聞き慣れてるんだ。だから、何でも話してみてくれ」
クリーブランドは私の隣に座りながら、そう言った。優しい子だ。私は、彼女の好意に甘えてみることにした。
「なあ、クリーブ。クリーブは、自分が兄貴と呼ばれることについて、どう思う?」
「……ん? 私のこと!?」
私は問うた。彼女は戸惑いを見せたがすぐに答えを口にした。
「……そうだな。『私は女の子なんだぞ!』って思うことも多いけど……どうしたんだ、急に」
「……悪いな。質問を変えよう。私は男に見えるか?」
私はもう一度彼女に問うた。
「え? う、うーん……そうだなあ……」
彼女は口ごもり、
「難しい質問だな……」
と、呟いた。気を遣って答えを口にするのを躊躇っているように見えた。
「いいんだ。正直に言ってくれ」
私は率直な意見が聞きたい一心で、彼女に話を促す。彼女は、悩みながらも答えてくれた。
「……体格は男っぽくない。むしろ、私たちより華奢だ。指揮官、ちゃんとご飯食べてるか? そんなだから非力なんだぞ」
子供を心配する母親のようなことを言うクリーブランドの言葉を受けて、私はいつもの食事量を思い出しながら、
「そこそこ食べてるつもりなんだがな……」
と笑いながら呟いた。
クリーブランドは、
「でも、」
と、話を続ける。
「私たちがどう戦えばいいか、私たちの進むべき道はどこなのかを示してくれる……なあ、指揮官。私は指揮官のこと、とても尊敬してるんだぜ」
彼女は私の手を両手で包むように握ると、
「だから、自信を持っていい! 指揮官は自分を過小評価してるのかもしれない。だが、私はちゃんと見てるぞ、指揮官のこと!」
と、強く言った。
こういうところが、みんなからの信頼に繋がっているのだろう。彼女が兄貴と慕われる理由はここにあるのだと、改めて私は思う。
他の艦船も確かにいい子たちばかりなのだが、クリーブランドは妹が多いという言葉通り、面倒見がいい。彼女は、自分が迷ったときに道を示してくれるのが私だというが、実際、私の方が彼女の真っ直ぐな心に救われている。
「……眩しいな、クリーブは。まるで騎士様だ」
私がそう笑うと、
「『まるで』じゃなくて、本当に海上の騎士なんだけどな」
と、彼女はそう笑った。
「私が女で、クリーブが男なら、間違いなく惚れていたよ」
冗談交じりの私の台詞に悪意がないこともそれが誉め言葉であることも理解している彼女は、
「よせやい。指揮官に言われると、照れるじゃないか」
と、同じ調子で返した。
「まあ、女の子扱いされることに慣れていないような可愛いところも、クリーブの魅力なんだがな?」
私はなんの意図も裏もなく、ただ自分の思っていることを付け加えた。少し、口説き文句のようになってしまったかもしれない。すると、クリーブランドは呆けたような顔を数秒見せたあと、顔を赤らめた。
「な、な……!」
照れているのか、口をぱくぱくさせる彼女が可愛くて、
「ふふ、クリーブは可愛い」
と、つい頭を撫でてしまう。
「……狡いぞ、指揮官」
彼女は目をそらしながら呟いた。
私は撫でるのをやめ、彼女と向き合う形で、
「ありがとう、クリーブ。きみと話せてよかった」
と、礼を言った。
「……あ、ああ! 指揮官の力になれたなら、何よりだ!」
クリーブランドはいつもの調子を無理矢理取り戻したように、笑顔で答えてくれた。
「クリーブも悩みがあればいつでも相談してくれて構わないよ。今度は和室で茶でも飲みながら、ゆっくり話をしよう」
私はそう言いながら、ちらり、と時計を見る。
「……おっと。のんびりしすぎた。そろそろ時間だ」
立ち上がる私に、クリーブランドが、
「行くのか?」
と、問う。
「私だけじゃない。きみもだよ、クリーブ」
私がそう答えると、彼女の顔がぱあっと明るくなった。艦船は人に使われる道具である。それ故か、彼女らは私たち使い手に頼られるのを好む。自身の戦果を誉れとする彼女らは、戦場で闘う機会を与えられることを喜ぶのだ。
「実は、丁度クリーブたちに声をかけようと思っていたところさ」
「……第一部隊の出撃か! 腕が鳴るね!」
察しが良くて助かる。意気込む彼女に、私は、
「いつも通り闘っておいで。信じているよ、きみたちを」
と、彼女を笑顔で送り出すのだ。