物語の語り部

 他人の空想は覗ける。
 それは、ひなの言葉だ。本を読むことの意義は知識を得ることだけではない。自身が体験していないのに、あたかも体験しているような没入感をもたらしてくれる。たくさんの文字の羅列が見知らぬ土地に俺たちのような読者を招いてくれる。
 ひなも語り部の一人だった。それも、どこにでもいてどこにもいない誰かと、他人の空想上の人物の話を語る専門の語り部だった。彼女の語る話は、日常であるはずなのに非日常であり、戦の中であるのに何故か安心できる、不思議と心が痛くなるような、しかしそれを抱いていたくなるような優しい話が多かった。驚くには少し予定調和すぎるかもしれない。しかし、それでも俺は彼女の話が好きだ。
 彼女が語り部でなければ、俺はここには居なかっただろうし、出会うどころか、産まれることすらできなかった。

 俺に教えてくれたことなんて、きっと、きみは忘れているんだろうなあ。

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