無造作に置かれた一番上の一冊を見やる。開かれた本には真っ白なページに動く映像が浮かんでいる。仕事をしているひなと、少しばかり厄介なお客。
ああ。ひなはまた記憶に埋もれている。
「……ひな」
俺はひなに呼び掛けた。本の中のひなはハッとして顔を上げた。
俺はひなが気付くと同時に、ひなの手を掴んでその中に飛び込む。そうして別の部屋へと連れて行く。連れて行く、というより二人で世界の中の世界を飛ぶ、と言う方が正しいか。他の連中より俺はそういったことをこの世界で許されていた。ひなができることは大抵俺でもできる。だから、瞬時にこの景色を変えることなど造作も無い。
「また記憶に浸っていたのかい」
「……うん」
ひなは真面目過ぎる。ひなのそういうところに惚れたのは事実だが、同時にひなの悪いところである。あらかた予想はつく。一人で大反省会でもおっ始めていたんだろう。
「嫌な記憶のことなんか、考えてくれるなよ。そうして自分をいじめてちゃあ、元も子もないだろう」
「……でも、私も悪いところがあったし」
ひなは言う。だが、記憶の本によると、ひなが悪いわけでは無さそうだった。人間のやることだ。言ってしまえば、運が悪く相性が悪いこともある。生理的に嫌われることもある。今回はそんな事例だった。とはいえ悪いことばかりではなく、ひなの今の上司たちは皆、ひなの頑張りを知っている。
――ひなは悪くない。皆が口を揃えてひなの味方をしていた。
「きみの上司とやらもひなが悪くないと言ってくれているんだろう? 確かに気をつけにゃならんこともあるかもしれない。だがなあ、ひな。自分を責めるのは良くないぜ」
俺はひなの頭を撫でた。ひなは泣かなかった。