恩着せがましい男はモテない



「そんでよォ、俺のジャンプが」

隣に座る男が喋る度、銀色の髪が居酒屋の鈍い照明に照らされてキラキラと光った。それを頬杖を付きながら眺めてフと思う。そういえば、いつの間に肩を並べて酒を飲むような仲になったんだっけ。間延びした語尾でべちゃくちゃ話を続ける隣の男、坂田銀時は眉間に皺を寄せ、気倦げな眼で私を見た。

「ありえなくね?」
「……やっぱり最強は正露丸だよね!」
「いや知らねーよ!なんの話してんだテメェは!俺ァ磯村君のせいで今週のジャンプが海の藻屑になったっつってんの!」
「なんだ、それならそうと早く言ってよ。……っていうか磯村君って誰?」
「今その話し全部したっつーの!オメーが聞いてなかったんだろーが!!」

バンッとお行儀悪くカウンターテーブルを叩く坂田銀時こと銀さんに、私は誤魔化すようにまあまあと徳利を差し出した。銀さんは口をへの字に曲げながらもお猪口の中身を一旦全て飲み干し、それを私の方に差し出してきた。文句垂れてるくせにお酒はしっかり頂くらしい。トトトとお酒の注がれる小気味良い音が店内の騒音に紛れる。「だいたいオメーは」と未だに話を聞いて居なかった私に対して文句を垂れてる銀さんは、顔を赤く染め、怒りの沸点が低くなっているようだった。うーん、だいぶ出来上がってきてるな。当たり前のように私の頼んだ焼鳥盛り合わせをムシャムシャ頬張るその図々しい姿は初めて会ったあの日から何も変わっていない。なにがどうしてこんな酒を飲み交わす仲になったんだか。と、性懲りもなく過去に思考を巡らせた私の耳に、銀さん声はもう届いていなかった。


――銀さんと私は半年程前、この居酒屋で出会った。夫婦二人で経営するこの小さな居酒屋は、お酒の種類はそこまで豊富ではないけど、オヤジさんが取り寄せてくれる田舎の地酒がすごく美味しくて、仕事帰りにふらりと立ち寄った日から私のお気に入りだった。

かぶき町の、居酒屋で、女一人。それだけの条件が揃ってるのだから、男から声をかけられることもそう少なくは無かった。大抵は逃げたり断ったりしてしまうけど、気紛れで一緒に飲むことも稀にあった。まあ、殆どの男は私よりも先に潰れるからお持ち帰り回数は勿論ゼロ。だから一緒に飲んだ所で何ら問題はないのだ。さらに言うなら、潰れる前に会計はどっち持ちかしっかり言質を取っておくのがポイントだ。これはあくまでテクニックなので詐欺なんて人聞きの悪いことは言わないでほしい。

銀さんと出会った日も知らない男二人組に声をかけられ、一緒に飲まないかとしつこく誘われていた日だった。無視しても断っても折れない男達にめんどくさいから飲み比べでも吹っかけてしまおうか、と考えはじめた頃、ガラリと店の扉が開いた。耳に小指を突っ込み、気倦そうに入ってきた一人の侍。それが銀さんだった。

扉に目を向けていた私と入り口で突っ立ってる銀さんの目が合った。銀さんは直ぐに私から目を逸らし、後ろに立つ男達に視線をずらした。数秒後、コツコツとブーツを鳴らして近付いてきた銀さんは、当たり前のように私の隣の席の椅子を引く。後ろの二人組は銀さんの行動を呆然と眺めていた。かく言う私もだけど。

『お兄さん達ごめんね〜。コレ、俺の連れだから』

やる気のなさそうな声でそう吐き捨てながら、邪魔するなと言わんばかりにシッシと手で男達を追いやった。引いた椅子に何食わぬ顔で腰を下ろすその仕草はとても自然で、きっと店の中にいる客全員が本当の待ち合わせだと信じたと思う程。

まんまと騙された男二人は男連れかよとシラけた声を上げると、舌打ちを残して直ぐに店を出て行った。その様子を尻目に隣に座った銀さんを盗み見ると、ニィと勝ち誇ったような笑みを浮かべて私を見て居た。

『あ、あの……』
『言っとくけど、タダじゃねーからな』
『……は?』

ニタニタと決して綺麗とは言えない笑みを浮かべながら私の方に腕を伸ばしてくる姿を見て「ああなんだ、こいつもナンパか」と、ため息が溢れそうになった。けれど伸びてきた銀さんの腕は私の肩を抱くわけでも、手を握るわけでもなく、目の前の焼き鳥を掻っさらっていく。

『……ちょ、それ私のなんですけど』
『あ?だから言ったろ、タダじゃねーって。助けてやった報酬だよホーシュウ』
『……別に、助けてなんて頼んだ覚えないんですけど』

串から豪快に抜き取られ、あっという間に銀さんの胃袋に収められる焼き鳥に内心あーあと嘆いた。カランと串入れに放り投げられた竹串を目で追っていると、銀さんはケッと悪態を吐く。

『可愛くねェ女』

ピキ、と私の眉間に青筋が浮かんだ。まあ確かに?助けられた身分で多少生意気な事を言ったとは思う。けど、自分一人でもどうにかできたし?目の前の焼き鳥は私が頼んだものに変わりはないし?どうぞお食べくださいなんて一言も言ってないし?

『……図々しい男』

仕返しと言わんばかりにボソリと呟けば、今度は銀さんの眉間に青筋が浮かんだ。睨み上げるように銀さんを見れば、同じように私を見下ろす顔と目があった。助けた男と、助けられた女の奇妙な口喧嘩まであと――


――ってな具合の色気もクソもない出来事が私と銀さんの出会いだった。第一印象は最悪な筈なのに、今となっては愚痴を溢す酔っ払いにお酌をする仲だ。相も変わらず私の焼鳥を頬張る銀さんは「焼鳥もっと食いたくね?」と、催促までしてくる始末だ。まあね、私はね、どっかの誰かのせいで食べ足りないから追加注文したいくらいですけどね?でもそれをその張本人に催促される覚えは……ってオイそれ何本目だ。私まだ一本しか食べてないんだけど。

「銀さんは初めから私の焼鳥だけが目当てで近付いたって言うの?」
「なんだよその身体だけが目当てみたいな言い方。やめてくんない?銀さんを食い意地張ってるどっかのバカと同じ扱いすんの。俺ァね、このまま会計うやむやになってあわよくばお前が会計全額負担してくれることを期待してるだけなんだよ!」
「威張んなクズ」

素直は銀さんの長所なんですぅ、と開き直りながら銀さんは最後の一本になった焼鳥に手を伸ばす。取られる前にそれをヒョイと拐うと銀さんは「あ゛」と変な声を上げた。無視して口に頬張ると、鶏肉の柔らかい弾力と程よい塩気が口内に広がった。うん、んまい。不満そうに眉間に皺を寄せた銀さんは、行き場のなくなった手を仕方なくその隣のだし巻き卵に伸ばした。それも私のだっつーの。

「いいね、銀さんは悩みがなさそうで」
「エッ、なんで今突然喧嘩売られたの?キレていい?キレていいよねこれ」
「じゃあ銀さんにもあるの?悩み事」
「もちろんありますぅ、銀さんにだって悩みの1つや2つくらいありますぅ」
「ふーん、たとえば?」
「……本当は、こんな事言いたくねーだけどよ」

突然、ワントーン下がった声色でこちらを見つめてくる銀さんに、なにを言われるのかと思わず少しだけ身構えた。

「お金貸して」
「……少しでも期待した私がバカだった」
「なぁ名前ちゃん頼むよォ!15万!いや、10万だけでいいからァ!」
「多いわ!誰が貸すか!」
「今月の生活費も家賃も全部スってもう俺の財布には来週のジャンプ買う金すら残ってねェんだよォ!」
「救い用のないパチンカスだな?!知らねーよ!!」

ガンッとカウンターに額をぶつけるまで頭を下げて懇願する銀さんに思わず顔が引きつった。店に入るなり、先に飲んでた私を見つけた銀さんがやけに機嫌がよさそうだったのは、初めから今日の会計を私に押し付けるつもりだったのかもしれない。っていうか一文無しで居酒屋来るなよ。思わず溢れそうになるため息を、いかんいかんと首を振って振り払った。こんな下らないことでため息なんか吐いてたら、世界一の幸せ者でもすぐ不幸のどん底だ。私はお猪口の中身をクイッと煽ると、口いっぱいに広がった幸せの味に堪らず「ク〜ッ」と声を漏らした。やっぱりオヤジさんの田舎の地酒が一番だ。

「……そういうオメーはどうなんだよ」
「なにが?」
「あたかも自分は悩んでますみてーな言い方しやがって。んな幸せそうに酒飲む女に悩みなんてあるようには思えねーんだけど」

空になったお猪口にお酒を注ぎ足していると銀さんが頬をカウンターに付けたまま、顔だけをこちらに向けていた。唇尖らせちゃって、まるで拗ねた子供みたい。

「あるよ、悩み」

そんなの当たり前でしょ、とでも言うよう告げた言葉に、銀さんは意外そうに少しだけ目を開いて体を起こした。

「へぇ〜どんな悩みよ?ほれ、銀さんに話してみなさいって」
「相談にでも乗ってくれるの?」
「え〜?そんなに銀さんに相談に乗ってもらいたいって〜?…ったく、しゃーねーなァ。ここは万事屋銀ちゃんがお前のくだんねェ悩みパパッと解決してやるよ。あ、依頼料は今日のお代でいいからね」
「抜け目ねーなオイ」

本当に万事屋銀ちゃんの相談コーナーでも始めるつもりなのか「んじゃ、決まりな」と言うと銀さんは間延びした声でオヤジさんを呼びつけ、当たり前のように追加注文を取り出した。了承した覚えはないけど、この男の中で今日の会計が私持ちなのは決定事項らしい。注文が終わると随分といい笑顔で「んで?」とこちらを振り返る。その笑顔に、あわよくば私の悩みを酒の肴にしようとしているんだなと理解した。

「じゃあ言わせて頂きますけども」

それでも口を開いたのはいい機会だと思ったからだ。ニタニタと笑う顔がうんうんと頭を縦に揺れる。その顔が数秒後にどんなふうに崩れるんだかとほくそ笑むと同時、話の続きを催促するその頭の悪そうな顔に、なんでこんなやつとも思う。

「銀さんのことが好きです」

ヘイお待ち。オヤジさんが新しい蛇の目の徳利を差し出す。お礼を述べながらそれを受け取って、空になった徳利をオヤジさんに差し出した。

「……」

銀さんはと言えば、隣でフリーズしていて、ニタニタとしていた顔がスンッと真顔になった。かと思いきや口をあんぐりと開けて、何かを言おうとパクパク餌を求める魚のように開閉を繰り返す。それでも言葉が定まらなかったのかイヤイヤと首を振って眉間に皺を寄せて、額に手をついて焼き鳥の空になった皿を見つめながらぶつくさ呟き始めた。予想以上の困惑が見て取れる。

「なに一人で百面相してんの?」
「……いやいやいやおまえ、え?なに?おかしくない?今銀さんのお悩みコーナー開いてたんだよね?あっれ?もしかして幻聴?銀さん流石に飲みすぎちゃった?」
「銀さんは幻聴にしたい?」

バッと顔が勢いよく私の方を向く。おお今度は顔が真っ青だ。特に深い意味は無かったんだけど、なにやら地雷でも踏んだと思ったのか、銀さんは「いや」「その」「あれだ」などとしどろもどろに言葉を紡ぐ。

「聞いてくれるって言うから話したのに、困っちゃったの?」
「困っちゃったの?じゃねーだろ!!いや、つーかなんでお前そんな落ち着き払ってんの!?なんで俺の方がこんな取り乱してんの!?あれ?もしかして俺からかわれてる?!わっかんねーよこんなん久しぶりすぎて銀さんどうしていいかわかんねーよォオ!!もしかして心臓バックバクいってんのも俺だけェ!?」
「…………へぇ」

煩い銀さんを他所にお酒を煽ろうとお猪口に口をつけたところで、銀さんの思わぬ言葉に思わず手が止まった。へぇ、ふぅん、あぁ、そうなんだぁ。緩む口元を隠しきれない。

「銀さん、ドキドキしてんの?」
「…ッ!」

意地悪く笑うと、銀さんの頬にお酒とは違う赤みが刺す。バッカお前チッゲーヨ!と説得力の欠片もない言い訳を述べようとモゴモゴ口を動かすも上手くいかず、結局は誤魔化すようにお酒を煽ってガンっと乱暴にお猪口を置いた。その姿が可笑しくて、喉の奥でクツクツと笑った。

「銀さん、酔ってるね」
「……酔ってねーよ」
「酔ってる、ってことにしときなよ」

私はお酒を全て喉に流し込むと、カウンターテーブルに今日のお代にしてもお釣りが来るくらいのお金を置いた。仕方ないからお釣りも相談料として銀さんにくれてやろう。なんてったって私は今、思わぬものを見れて大変気分がいい。

「今回だけは忘れても許してあげる」

だからまたね、銀さん。と席を立った。扉を開けて振り返っても銀さんはテーブルに突っ伏して居て顔は見えなかった。それでも髪の隙間から覗く耳が赤くて、案外相談した甲斐があったんじゃないかと私はさらに笑みを深めて店を後にした。

ピシャリと閉めた扉の奥で、項垂れる侍が呟いた一言は誰の耳に届くこともなく、店内の騒音にかき消された。

「……忘れられるわけねェだろ」