君の好きな人



隣の席の北くんが、2年の女の子に告白されたらしい。
昼休み、5組のみっちゃんから聞いた話を思い出しながら、隣に座る北くんを見る。北くんは次の授業の準備をしていた。私は腕を枕代わりにし、机に突っ伏して彼の座る左を向いた。

「聞いたで、告白されたんやって?北くんってモテるんやなぁ」
「誰から聞いたん?」

準備をしていた北くんの手が止まり、暗い茅色の瞳が私を捉える。席が隣になって数ヶ月経つけど、私には未だにその瞳が何を考えてるのか、よく分からない。
北くんの、真っ直ぐ射抜くような眼差しが苦手だと言う人は結構いる。けれど私は北くんと目が合うのが好きだ。北くんは真面目で丁寧な人だから、人の話を聞く時、それが相手の顔が見える状況であれば、しっかりと相手の目を見てくれる。北くんと目が合うと、ああ今私の話しを真剣に聞いてくれてるんやなぁって思えて、彼の優しさが目に見えるようで嬉しかった。

「みっちゃんが告白現場見てもたー!て興奮気味に言うてたで」
「そうか。ならみっちゃんにそういうことは言いふらしたらあかん言うとき」
「しっかり言うとくわ」

視線を手元に戻し、授業の準備を再開した北くんに「返事は?したん?」と再び声をかければまた私の目を見てから返事をくれる。律儀やなぁ。

「みっちゃんから聞いてへんのか」
「みっちゃん、告白現場に遭遇した言うてたけど、最後まで見るなんて野暮なことはせんかった!って胸張っとったで」
「胸張るとこやないやろ」

あ、笑った。
北くんは落ち着いていて、すごく大人っぽい。けれど笑うと年相応。いや、それ以上に幼く見えるかもしれない。本人に言ったら嫌がるだろうから言わないけれど、笑うと北くんはかわいい。私は、自分から笑わせに行くほどお笑いに長けてはいないが、私の言葉を聞いて北くんの頬が緩むのを見ると、その日一日のやる気ゲージが1.5倍増になるバフの効果を得られたような気がしてくる。

「で、返事。したん?」
「そんなに気になるんか」
「そりゃなるやろ」

北くんはじっと私の目を見つめた。言おうか言わまいか悩んでいるのだろうか。もしかして、こういう話しを根掘り葉掘り聞かれるの、北くんは嫌だっただろうか。でも嫌だったら北くんの場合「そう言う話に首突っ込んでくるん趣味悪いで」くらい言ってきそうである。もしそんな風に言われたなら素直に気分を害したことを謝ろう。それまでは自分の好奇心に従わせてもらう。だって北くんの告白の行方なんて、誰でも気になるやんか。

「断ったで」

北くんの返事は予想していた通りの言葉だったのに、納得したような気持ちと一緒に、どこか張り詰めた空気が和らいだ様な気がして、気付けばほっと息を吐いていた。

「そうなん?まぁ男バレ全国控えてるもんなぁ」
「その前に好きでもないのに付き合うなんて相手に失礼やろ」
「そういうもん?付き合ってから好きになることもあるってヨーコは言うてたで」
「俺はヨーコやないしな」

確かに、ヨーコの様な考え方は北くんには似合わない。北くんは一言で表すなら誠実。付き合ってから好きになることが不誠実だとは思わないが、もし好きになれず、結局別れることになった時、一度持ち上げた分だけ相手をすごく傷付けてしまう。北くんは厳しいけど優しいから、どうせ傷付けてしまうなら最初から相手の手を取る様な事はしなさそうだ。きっぱり、誠実に、その場でお断りを入れるのだろうな。

「折角なら好きな奴に好かれたいもんやな」

北くんの座る左ばかり見ていたせいで痛んできた首を労る為に、組んでいた腕に顎を乗せ正面を見つめた時、ぼそりと、独り言の様に呟いた北くんの言葉が耳に入った。意味を深く考えず、心の中でそれな、と同意してから一秒後、思わず上体を起こして再び左側に座る北くんを見た。

「……ん?」
「どした?」
「……えっ、ん?…北くん、好きな人おるの?」
「おるよ」

あっさり告げられた言葉に今度は目ん玉が溢れるんじゃないかってくらい大きく目を瞠った。一緒に溢れそうになった叫び声は喉につっかえて出てこなかった。

「そ、そんなサラッと、私聞いてへん…」
「聞かれてへんしな」
「いやまぁそれはそうやけど」

北くんの好きな人。それはそれは驚いた。けれど少し噛み砕いてしまえば驚き以上に興味が湧いてくる。
へえぇ、北くんの好きな人かぁ。
頬杖をつき、考えてみる。どんな人なんやろ。北くんもその人の前では照れたりするのだろうか。相手を知りたいと思ったり、触れたいと思ったり、触れた指先から人肌とは違う熱を帯びるような恋を、北くんは今、しているのだろうか。
私と北くんは隣の席で、毎日会って毎日会話をする。それなのに私の乏しい想像力じゃ、恋をする北くんはうまく想像できない。それでも一瞬、脳裏に過った柔らかい笑みを浮かべる北くんの姿。どうにも眩しくて、実際に笑顔を向けられてるわけでもないのに目を細めた。その笑みを向けられてる、顔も知らない女の子が何処かにいる。息を吐くと、溢れる様に口が言葉を吐いた。

「ええなぁ」

北くんが視界の隅で、少しだけ驚いたように私を見た。気がする。

「北くんに好きになってもらえるなんて、その子羨ましいわぁ」
「なんでなん?」
「なんでってそりゃ…なんでやろ?」

腕を組み、正面に向き直ってからうーん?と少しだけ考えてみる。北くんは私の返答を待っている様で黙って私を見つめていた。視線が左頬に突き刺さる。

「なんでって聞かれると難しいなぁ。でも、北くんの好きな女の子は、なに考えてるか分からん顔で正論パンチかましてくる北くんの胸を、ぎゅーって締め付けることのできる唯一の存在なんやろなぁて思ったら…」

たまに見せてくれる笑顔よりも特別な、他の誰もが見たことのない北くんの表情を、その子は見たことがあるのだろうか。その子が呼んだら北くんはどんな顔で振り返ってくれるのだろう。射抜く様な瞳の奥に、熱を見た事はあるのだろうか。クラスも、学年も、そもそもこの学校の生徒なのかすら分からない北くんの好きな女の子。けどその子しか知らない北くんを想像すればするほど。

「私のここもぎゅーってなったわ」

少しだけ、苦しい。

「それ」
「ん?」
「田村崎の好きな奴にもそう思うんか?」
「たむちんの好きな人…?え…?なんで…?」
「仲ええやろ」
「仲、ええけど…」

突然出てきたクラスの仲のいい男子の名前に私の頭は疑問符で埋め尽くされる。疑問符で埋め尽くされた脳では北くんの聞いてきた質問の意味がわからず、正常に思考が働かない。未だに返答をしない私に北くんが「なぁ」と返答を促すように声をかけた。

「思うん?」

真っ直ぐ、相手を射抜くような鋭い眼光。私の好きな北くんの目。それなのに今は私を捉えるその瞳の奥を見ていられなくて、考えるフリをして北くんから目を逸らした。そしてそのままいつまでも働こうとしない脳を必死に動かし、北くんの言った言葉の意味を考える。
たむちん、たむちんの好きな人。たむちんは元気で面白くてクラスのムードメーカー的存在。裏表がないけど少しアホ。面白いから喋るのは好きだけどそういう色の感情は一切湧かない。それに、たむちんはしょっちゅう好きな人がかわる。3組の三浦さんが好きだと言っていたのにその数ヶ月後にはテニス部の一年生に恋をしていた。それを悪いとも思わないけれど、三浦さんにもテニス部の一年生にも羨ましいなんて感情、一切湧いてこなかった。
けど、じゃあ、もし。北くんの好きな人がたむちんみたいにコロコロ変わったらどうだろう。北くんが、半年前に好きだった女の子、今好きな女の子、これから好きになる女の子。答えは容易く出た。
私はその子達、全員が羨ましい。
一週間でも、一瞬でも、北くんが私のこと好きになってくれればいいのに。なんて、それじゃあまるで。

「北くんに、…北くんやから、好きになってもらいたいみたいやわ」

長考の末導き出した結論を口にしたら、北くんが驚いた様に目を見開いたまま私を見ていた。今自分が口にした言葉を振り返ってみた途端、完全にやらかしたことを理解した。じわじわと変な汗が噴き出てくる。

「ご、ごめん、変なこと言った。今言ったこと忘「忘れへんよ」

弁明しようと口を開いたけど、咎める様に北くんに言葉を遮られ、思わず押し黙る。私は今、自分の気持ちを、北くんに対する恋心を理解したというのに、この気持ちは芽吹くことなく散ってしまうのだろうか。謝った勢いで下げた頭を恐る恐る上げ、北くんの表情を伺った。今度目を瞠るのは私の番だった。そこには見たことない柔らかい笑みを浮かべる、まるで私の想像の中の北くんがそこに居て。

「それに、もう好きやしな」

射抜く様な鋭い眼差しの奥に、熱を見た。脳内の顔も知らない女の子が、誰よりも見知った顔に姿を変えた。