のんびり屋のサンタクロース



突然ですがここで問題です。ケーキ屋が一年で一番忙しい日ってい〜つだ。そう、ご想像の通りクリスマスである。ケーキ屋を営む私にとってクリスマスは家族や恋人と過ごす幸せな日なんかではない。あれは血反吐を吐きながら生クリームと苺と乗り越える戦場だ。
そして終戦の後にやってくるのはそう、平和。まあ要するにクリスマスを過ぎた後のケーキ屋はあの忙しさが嘘のように暇なのである。普段はショーケースの中を彩る様々なケーキ達も随分と数を減らし、ちんまりと飾られている。
そして今日は年内最後の営業日。一週間近い休みになることもあって傷む食材は全て使い切らなくてはならない。普段よりだいぶ少ない数ではあるが、やはりクリスマス後となるとケーキの売れ行きは芳しくない。閉店間際に半額の値段まで下げても結構な数売れ残ってしまった。
少数であれば持って帰って自分で食べるものの、この数を自らの胃に収めるには骨が折れる。というか溶ける。仕方ないとため息をつくと処分のため全てのケーキをショーケースから取り出した。
残しておいたってダメにするだけだと分かっていても、丹精込めて作ったケーキをゴミ箱に放る瞬間はいつも心が痛む。ごめんね、と呟きながらケーキを載せたトレーをゴミ箱に向けて傾けようとしたその時、はたと一人の男の顔が脳裏に浮かんだ。
……恋人と過ごすクリスマスはもう過ぎてしまったけど、今からでも間に合うだろうか。
私は傾けようとしていたトレーを元の位置に戻し、一番大きな箱を数個持ってくるとその中に全てのケーキを丁寧にしまった。店の電気を消すと自宅へ帰るわけでもなく、両手いっぱいのケーキを持って痛いくらいに冷え込む夜道へと繰り出した。


“ピンポーン”

インターホンを鳴らしてすっかり冷え切った手を摩りながら中の人の反応を待つ。やってきたのは“万事屋銀ちゃん”。お世話になっているお店でもあり、まあ、その、なんというか、ここの店主と私は恋仲なのである。といってもクリスマスという繁忙期を控えていた私はケーキのことで頭がいっぱいで、彼のことなんかすっかり抜け落ちてしまっていた。連絡だってしばらく取っていない。そういえばいつから会っていないだろう。一ヶ月は会っていない気がする。その頃にはケーキの予約や材料の調達で忙しく、彼に会う暇なんてなかった。そしてそこまで思考を巡らせて気付いた。
あれ、私って女として結構ヤバいんじゃない…?
寒いはずなのに顳顬を汗が伝った。扉の向こうから聞こえてくる足音に何となく姿勢を正した。

「こ、こんばんわ〜サンタクロースで〜す」
「……」
「…なんちゃって」

ガラリと扉を開けたのは一ヶ月ぶりに見る顔で少しだけ意外そうに目を見開いた後、呆れたように小さく息を吐いた。

「サンタさん、生憎クリスマスはもうとーっくに終わってましてェ、世間はすっかり年末ムードなんですよ〜」
「ええ?そうなんですか?いや〜私あわてんぼうの逆バージョンでして、のんびり屋のサンタクロースなんです〜あらら〜またやっちゃったな〜困ったな〜」
「そりゃまた随分と困ったサンタがいたもんだ。……ったく、鼻真っ赤にしちゃって本当はトナカイの間違いなんじゃねーの」
「んぐッ!」

室内にいた暖かい銀さんの手が真冬の冷気で冷え切った私の鼻を摘んだ。変な声を上げるも、気にする様子のない銀さんはそのまま私の鼻を容赦なく引っ張った。「痛い痛い痛い痛い!」と訴えても離してくれる気はないらしい。涙目になったまま銀さんを見上げると、眉間に皺を寄せ怪訝な顔で私を見下ろしていた。……あれ?これってもしかしなくても……。

「……銀さん、怒ってる?」
「……べっつにー怒ってなんかいませんけどォ?最後に会ったっきりめっきり万事屋にも来ねェしお前の家に行っても出ねェし連絡は取れねェし、心配して店に行ったらそりゃあ元気に働いてるお前の姿を見ても銀さん大人だから?ゼーンゼン怒ってませーん」

思わず目を見開いた。銀さんが家に来てくれていたなんて知らなかった。思えばあの時期は忙しくて家に帰るなり玄関で寝落ちするような日も何度かあった。そのタイミングで訪ねてきてくれていたのなら夢の中の私が気付く術はなかっただろう。銀さんの手が鼻から離れると私は申し訳なさから俯いた。

「ごめんね、本当に忙しくて……」
「だから怒ってねェっつったろ」
「……でも」
「ただ」

俯いていた私の頬を温かい両手が包む。そのままゆっくりと上へ向けられれば再び銀さんと目が合う。強制的に合わされた視線に、逃さないと言われている気がして少し体が強張った。

「銀さん、ちょーっと寂しかったんですけど」

真剣な眼差しで何を言われるかと思えば、銀さんの口から出た言葉は長時間お留守番をしていた子供のような台詞で、穴が開きそうなほどの熱い眼差しと拗ねた口調が随分とミスマッチで少し可笑しかった。

「なに笑ってんだよ」
「ごめん、ちょっと可愛くて」
「天パで死んだ目ェした男が可愛い訳ねーだろ。これだから女の可愛いは信用ならねんだよ」
「嘘じゃないよ。ちゃんとお留守番してたんだねぇ、よしよし偉い偉い」
「……あのー?サンタさん?急に何のプレイ?そういうの銀さん大歓迎だけど、どちらかと言えば甘えるより苛めたい派なんですけど?」
「いい子にしてた銀時くんにはサンタさんからとっておきのプレゼントですよ〜」
「あれ?サンタさん?急に耳が悪くなったね?」

下ネタを繰り広げる銀さんは無視して「じゃ〜ん!」と彼の目の前にケーキの入った箱を差し出せば、不満げに細められていた目が一気に見開かれた。

「おま…、これ…!」
「お店の残り物で悪いんだけど、プレゼント兼お詫びってことで銀さんにあげる。みんなで食べてね」
「これ全部いいのか?!」
「もちろん!」

箱を受け取った銀さんは大事そうにケーキの入った箱を抱きしめ、神様にでも祈る様な声で「サンタさん…ありがとう…」と呟いた。
喜んでもらえた様で本当に良かった。
元々ただケーキ作りが好きなだけでケーキ屋になったけれど、大切な人にこんなに喜んでもらえるなら職業にした甲斐があるってものだ。来年はお店の残りではなく、銀さんのためにケーキを作ろう。きっともっと喜んでくれるはずだ。

「それじゃ私はこれで」

用も済んだしそろそろ帰ろうとそう言い、踵を返すため足を踏み出すと強い力がそれを拒んだ。犯人は勿論一人しか居ない。振り返って確認すると、銀さんの手が私の腕をしっかりと掴んでいた。

「なーに当たり前のように帰ろうとしてんの」
「え?」
「泊まってけっつってんの」

銀さんの言わんとしていることが分からないほど子供でもない私は徐々に顔に熱が集まるのを感じる。それは、えっと、つまり、朝まで時間を共にするという事で、泊まれば毎度起こる営みというものがあって。

「言ったろ?寂しかったって」

獲物を狙う捕食者の目をした銀さんから、私は逃れる術を知らなかった。
結局その日はご想像の通り銀さんにめっためたに愛される事になってしまい、彼に寂しい思いをさせてはならないと学んだ一夜だった。意識が朦朧とする中、暫く泊まりは辞めようと誓いながら眠りについたはずの私は、翌朝枕元に積まれたパチンコの景品とも思える大量のお菓子のプレゼントに、昨夜の思いは一瞬にして溶けて消えてしまうのであった。