不器用にも程がある



「オイ」

乱暴に沖田さんが私を呼ぶ。
彼は先程急に現れたと思ったら、いつものムカつくアイマスクを取り出して当たり前のように畳に寝転んだ。
いや、ここ私の部屋なんですけど。そう思っても口にすることはない。すればどんな目に合うか分かったもんじゃないからだ。
彼が現れてから半刻程経っただろうか。ぐうすか寝ていると思っていた沖田さんは、親指でアイマスクを引っ張り上げるとその隙間からこちらを覗いていた。その眼差しがしっかり私を捉えている事から、もしかしたらはじめから起きていたのかもしれない。

「はい?なんですか」
「キスしていいですかィ」

筆を滑らしていた手が止まる。いや今この人なんて言った?キ、……え?聞き間違い?
唐突すぎる沖田さんの発言に頭の整理が追いつかない。間抜けな顔で沖田さんを見ると彼もジッとこちらを見つめていて、私の返事を待っているようだった。
いよいよ沖田さんも頭がおかしくなってしまったのだろうか。私たちは恋仲でもなければ爛れた関係を築いているわけでもない。好き勝手街を破壊する警察失格のクソ隊長と、そのクソ隊長の後処理に追われるしがない事務処理要員。それが私と沖田さんだ。
それ以上でも、それ以下でもない。

「……ダ、……ダメですけど……」
「なんでィ、ケチくせぇ」
「えっ……、えっ?ケチとかそう言う問題なんですかコレ」

あれ?もしかして私、知らないうちに記憶の一部失ってる?それともこの世の倫理観が私の知らない所で変わってる?そう勘違いして無理矢理自分を納得させでもしないと状況を飲み込めない程に、私と沖田さんは噛み合っていない。

「……あ。もしかして沖田さんって私のこと好きなんですか?」
「んなわけねーだろクソアマ自惚れんな」
「もうわけわかんないよこの人なんなんだよこの人」

私の発言は絶対に間違っていなかったはずだ。寧ろそれ以外に何があると言うのだ。
キスをせがむ相手が好きな相手では無いと言うのなら、沖田さんの言葉の意図は一体どこにあると言うのか。好きでもない相手にキスをせがんで何がしたいというのか。これは決して自惚れなどではない。

「じゃあなんで……キ、……とか言ったんですか」
「モジモジモジモジ気色わりィな。もっとしゃんと喋れみっともねェ」
「……えぇ、そんな、」

「理不尽な」そう続くはずだった言葉が私の口から出てくる事はなかった。

(…………は?)

目を瞑ることもなく至近距離で私を見つめてくる腹立たしいほどに整った顔。いつの間にこんなに近くに来ていたのか。ずっと沖田さんを見ていたはずなのに、物理的距離が縮まったことに気付くことすら出来なかった。
恥ずかしくなるようなリップ音と共にゆっくりと顔が離れていく。「……あれ?さっきの質問意味なくね?」なんて、見当違いなことを考えた。

「なんでィ、つまんねー反応しやがって。これじゃキスし損じゃねェか」

相変わらず沖田さんの態度は淡白で、期待外れだとでも言うように息を吐いた。
……いや、キスし損ってなんだ。自分で勝手にしといてなんでがっかりされてんだ私。そんな事言うなら、初めから得する相手を選べばよかっただろう。勝手に奪われて、勝手に幻滅されて、損したのはこっちの方だ。

「……っていうか私、ダメって言いましたよね」
「なんで俺がお前の言うこと聞かなきゃならないんでィ」

沖田さんは呆れたように言った。なんと言う自己中。空いた口が塞がらない。
彼の質問は質問でありながら何かを尋ねる目的なんて持っていなかった。言うなればただの犯行予告だ。そうと始めからわかっていればこっちだって警備を強化して待ち構えたというのに。
そもそも沖田さんの目的はなんだ。一体なんの理由があってこんな事をするのか。私の反応を見て楽しむだけの愉快犯だとでも言うのだろうか。

「……理由が全くわかりません」
「俺ァオメーみたいな腑抜けた面した女なんかじゃなく、気ィ強い女が好きなんでィ。そういう女を黙らせる瞬間が一番たまらねェ」
「……いやなんで急に性癖暴露大会になったんですか」

一連の行動の意図がまるで読めない。なんなら沖田さんの性癖も一ミリたりとも理解できない。
それでも沖田さん的に目的は達し満足したのか、部屋の隅に置いていた刀を手に取ると襖に手をかけた。まさかこの状況で置いてきぼりにするつもりだろうか。信じられない。桂よりよっぽどテロリストだ。頼むから説明してくれ。

「だからオメーみたいな女、俺が惚れるわけないんでィ」

沖田さんの髪が彼の動きに合わせてさらりと靡いた。パタンと静かな音とともに襖が閉まる。

「……は?」

唐突に現れて、好き勝手して、急に居なくなって、本当に勝手な隊長だ。後処理に悩む私の気なんか知ったこっちゃない最低な上司だ。
私だってサディステック星の王子なんかじゃなく、しっかりしていて甘くて優しいクリーミー系男子が好きなんだ。そんなの態々口にする必要もない事くらい分かっていた筈だ。お互いがお互いの守備範囲に入っていないことなんか分かりきっていた筈。
それなのになんで、髪の間から覗く沖田さんの耳が赤かったのかなんて、聞けるはずも無く。