誰のせい



ごくりと一飲みするごとに動く銀さんの喉仏から目が離せない。人間、自分にないものを持っている人に惹かれるという話はあながち間違いではないのかもしれない。女である私にはないビー玉のようなそれが上下に動くたび、吸い寄せられるように目線がそこに向かってしまう。触れたらどんな触り心地なのだろうなんて、変態か私は。

「んな物欲しそうな目ェしたってやんねーぞ」

先程まで忙しく喉を動かしていた銀さんは直飲みしていた牛乳パックから口を離すと、それを大事そうに抱き抱える様な素振りをしながら、随分と見当違いなことを言った。
そもそも私は物欲しそうな顔なんかしていないし、彼の愛して止まないいちご牛乳など心底どうでもいい。

「いらないよ」
「じゃあ何をそんな熱心に見てんだよ」

なんて答えるべきか正直言い淀んだ。けれどここで黙っても怪しいだけ。何か隠し事が有りますと言っているようなものだ。
そしてそれ以上に「銀さんの喉仏に見惚れていました」だなんて死んでもバレたくない。下品な笑い方で揶揄われるに決まってる。とんだ羞恥プレイだ。絶対に嫌だ。
そう思い急いで動かした口から紡がれた言葉は「人が飲んでる姿見ると喉渇くよね」となんとも言い難い言い訳だった。嘘下手か私。

「んな事言って本当は飲みてェんだろ?しょうがねェから一口だけやるよ」
「いや、だからいらないって」
「折角人がやるっつってんのによ。喉乾いたんじゃねーのかよ」
「それは、まぁ、そうだけど、……そもそも私バナナ牛乳派だし」

いやだから嘘下手か私。あ、いや、バナナ牛乳が好きなのは嘘ではない。いちご牛乳かバナナ牛乳かと聞かれれば完全にバナナ牛乳派だ。だからと言って断る理由にそれはどうなんだ。今この場でそれは絶対に百点の返答ではない。こんな変な言い訳しか出来ないなら初めから有り難くいちご牛乳を頂戴しておけば良かったのではないか。
流石に不振がられるかと思い銀さんの様子を伺えば、彼はまた見当違いなことを考えているのか、何かを閃いたように手を打った。そのまま腰を上げると向かいのソファに座っていた私の隣に腰を下ろす。

「…………え、なに?」
「なにって、ナニだろ?バナナ牛乳って銀さんのバナナから出る牛乳が飲みたいって意味ブベラッッッ!!」
「殺すぞカス」

あまりに最低すぎる銀さんの発言に口より先に手が出た。躊躇いなく顔面を殴り飛ばすと銀さんは悲劇のヒロインのように床に転がった。殴った頬に手を添えて涙目で見上げてくる。なんだその姿勢。いちいち腹立つな。

「んだよォ!ちょっとした冗談だろォ!彼氏の可愛げある冗談に少しぐらい付き合ってくれてもいいだろーがよォ!」
「可愛げなんか1ミクロンもなかったけど」
「3ナノくらいはあっただろーが!」

涙目でぎゃんぎゃん喚く銀さんに思わずため息が漏れた。こんな下ネタ大王についさっきまで見惚れてたとか自分の神経が疑わしく感じてくる。何がビー玉だ。良く言ってもクソデカイ吹き出物だあんなもの。

「ったくよォ、いつからそんな我儘なお姫ィさんになったのお前」

心の中で精一杯悪態を突いていると、悲劇のヒロインモードから復活した銀さんは徐に立ち上がりガシガシと頭を掻くと、ソファに戻る事なく玄関の方へ足を進めた。

「どこ行くの?」
「決まってんだろ、コンビニだよ」

なんでコンビニ?と小首を傾げた私の心中を察したように「バナナ牛乳、飲みてェんじゃねーのかよ」と銀さんは振り返った。
態々買いに行ってくれるなんて思っていなかった私は思わず呆気に取られ「…あ、うん」と覇気のない返事しかできなかった。けれど直ぐに置いていかれないよう隣に並ぶ。

「それとも」

隣に並んだ途端、銀さんに手を握られて上へ持ち上げられた。家の中から手を繋ぐはずもなく、連れていかれた私の手が何かに触れる。
硬いけれど人の肌の柔らかさのある、私の身体にはない感触に思わず目を瞠った。

「お前は銀さんのココに見惚れてただけだったりして」

一気に顔に熱が集まる。銀さんの喉仏に触れた指先から全身が硬直する。
銀さんははじめから分かっていた。私がいちご牛乳を見ていた訳じゃないって事も、バナナ牛乳が飲みたい訳じゃないって事も。全部知った上で鎌をかけるようにやり取りをしていたんだ。そう頭で理解した途端、顔から火が出そうだ。あああ穴があったら入りたい。
「あれェ〜?もしかして図星だった〜?」とニヤニヤと想像通り下品な顔で私の顔を覗き込んでくる銀さんに青筋がピキリと音を立てる。クソ、クソ、最悪だ。
私は感情に任せて触れているそこを思いっきり押し込んだ。万事屋に木霊する悲鳴は絶対私のせいじゃない!