確信犯の勘違い
「「あ」」
間抜けな二人の声が重なった。道端でばったり。そんなのはよくある話だ。普段ならなにやってるの?どこいくの?など世間話に花を咲かせてもおかしくない場面。けれど私は今、バイト先である蕎麦屋の出前の最中。早く行かないと蕎麦が伸びてしまう。
更に今出前に来ている此処は吉原桃源郷。常世の世界。そんな所で男が腕に女を侍らせているとあれば暇であったとしても声をかける方が野暮ってものだ。私は一度合ってしまった目線を逸らし、すたすたと歩を進める。重なった声の持ち主である銀さんが視界の隅でダラダラと冷や汗を流すのが見えた。
「いやいやいやいや違う違う違う違う!!」
「なになになになに怖い怖い怖い怖い!」
同じ言葉を連呼しながら瞳孔の開き切った顔でこっちに迫ってくる銀さんは恐怖以外の何者でもない。思わず同じような反応をしてしまい、銀さんから距離を取る。けれど歩幅が違うせいかあっという間に距離は縮まり、銀さんは私に追いつくと冷や汗まみれの顔で私の顔を覗き込んできた。腕に絡まっていた遊女はどうやら店の前に置いてきたらしい。
「違うからね、お前が思っているようなことなんて何もないからね、俺ァただ仕事で来てただけだからね!」
「私まだ何も言ってないんだけど」
「聞かなくても分かんだよ!お前ぜってェ勘違いしてっから!さっき「うわ……」って顔してたの銀さん見たから!」
「別にそんな顔してないし!」
何を勘違いすることがあるというのか、銀さんは必死の形相で私の誤解を解きたいらしい。そもそも誤解などしていないというのに、銀さんは自分の言い分ばかりで私の話など聞いちゃいない。
「マジで違うから、マジで依頼だから」
「わかったって」
「つーか俺にそんな金ないってこと知ってるよね?名前ちゃんなら銀さんの財布事情も把握してるもんね?本当にわかってるよね?」
「しつこいな!そもそも私、銀さんがどんな依頼受けてどんな方法で依頼主満足させてスッキリした顔で店から出てきたかなんて全然興味ないし!」
「してるよねェェエ?!絶対勘違いしてるよねそれェェエ!!だからちげーって!俺はただ月詠に頼まれて」
「なるほど満足した依頼主は月詠さんっと」
「名前ちゃンンン?!一旦聞こ?!一旦銀さんの話聞こ?!ね?!」
先程以上に必死の形相で私の横をキープし、大声で喚き散らす銀さん。いよいよ腕に縋り付いてきて、歩きにくいったらありゃしない。私は呆れたようにため息をつくと、歩みを止めて銀さんを振り返った。
「っていうか私が勘違いしてた所で何か問題あるわけ?」
「あるに決まってんだろーが!俺の尊厳に関わるわ!」
「別に誰にも言わないよ」
「そういうこと言ってんじゃねェんだよ」
「じゃあ何?」
恋仲でもないのに何をそんな必死になる必要があるというのか。問い詰めるような眼差しで銀さんを見上げればぐっと押し黙ってしまった。目を泳がせながら「あ〜だからそれは〜その〜アレだ」なんて曖昧な言葉ばかりこぼす姿に私はもう一度ため息を吐く。
「ともかく、私今出前中だから。またね」
「待てって」
私は踵を返し、腕を振り払おうとしたが、私の腕を掴むその力は離れるどころかさらに強い力で引き寄せてくる。力で敵うことがないのは分かっているけれど、どんだけ馬鹿力なんだこの男。振り返るどころか足が一歩も動きやしない。
「俺ァ本当に依頼でだな」
「底抜けた床の修理してたんでしょ?」
「………………へ?」
「知ってるよ、新八くんから聞いてたし」
銀さんが驚きのあまり大声をあげた。右手に蕎麦を持ち、左手を掴まれてるとあれば私が耳を塞ぐ手段はない。至近距離であげられた大声に耳がキーンと痛む。思わず顔を顰めた。
「だから最初から言ってるじゃん、勘違いなんかしてないって」
「いやいやいやいやどう考えてもそういうニュアンスで喋ってたろーがお前!」
「そうだっけ?」
「おまっ、人のこと弄びやがって……!」
お店を出たときに腕に侍らせていた遊女は大方修理した床の礼に遊んでいかないかとでも誘っていたのだろう。こんなちゃらんぽらんの天然パーマでも吉原では救世主様なわけだから矢鱈モテる。
誤解が解けたおかげか銀さんに掴まれていた腕も解かれる。ちらりと掴まれていたところを見れば赤みもなければ痣もない。逃げられない程度の力を込められながらも跡や痛みの残らない器用な握力コントロール。それに加え着飾った遊女を振り解き、真っ先に私の元まで駆けつけた銀さんの形相を思い出すと思わず口元が緩みそうになる。
「じゃあ私出前途中だからもう行くけど、あとで万事屋行くから。その時ちゃーんと教えてよね」
「……あ?なにをだよ」
「私に勘違いされたら困る理由」
ぎくり。銀さんの方が震え、引いたはずの冷や汗が再び噴き出す。今まで散々泳がせていたけれど私も我慢の限界だった。いつまでものうのうと逃げられると思ったら大間違いだ。
「じゃないとそれこそ勘違いしちゃうけど?」
にやにやと隠しきれなくなった笑みを浮かべてそう告げれば、銀さんはついに腹を括ったのか短く息をつく。めんどくさそうにガシガシと頭を掻きむしると、私から視線を逸らし呟いた。
「……それもう勘違いって言わねーだろ」
仄かに赤い頬もきっと勘違いじゃない。