小さなため息が聞こえた気がして、目をあげる。目の前の相澤先生のかたかたと立て続けに聞こえていたキーボードの音がやんだ。デスクトップの向こうにある目と目が合う。彼の目元で分かった。あ、これは疲れているな。

「あの、どうかしました?」

「いや、」

聞いたところで、無駄が嫌いな彼のことだ。教えてはくれないのだろうけども。彼の目線は再びパソコンへと映る。がやがやと騒がしい外の音に、私は首を伸ばして確認する。誰かを囲むマスコミの1団が見えた。

「ああ、ええと、あれですか?オールマイト?」

「だろうな。早く帰れ」

彼の一言に苦笑して、席を立つ。自分のカップと彼のカップにコーヒーを入れて差し出した。彼は、そのカップと私を交互に見てちょっと固まる。

「どうぞ?」

「…どうも」

どことなくぎこちなく受け取った彼に少し笑いそうになったが、睨まれた気がして表情を引きしめる。もうすぐ予鈴が鳴りそうだ。そろそろ行かないとなぁ。コーヒーを飲み干して両手に参考書を抱えこみ、立ち上がる。いや、立ち上がろうとしたところで、その1番上の参考書が滑り落ちたと思ったのだけれど。

「う、わ…?あれ?」

「何してんだ、ほら」

床に落ちる前に差し出された手に収まった参考書。俊敏な動きはやっぱりヒーローそのもの…いや、なんというか猫のようで。

「……ありがとうございます」

「何だ、その間」

「いや、猫みたいだなーって。…あ、すいません」

「…」

思わず謝ったのだけれど、彼は、微妙な顔をしていた。


2020/01/16