馬に蹴られてなんとやら


夏油傑生存if、しあわせ時空です



家に呼ばれているから行ってくる、と我等のリーダーが言ったので親友と共に任務に行った。補助監督の人に言われてた通り二級の呪霊が何匹か居たけどおれらには大した問題じゃなくて予定よりも早く戻れることになったから、喜雨も昼頃には帰ると言っていたし合流して三人でメシでも行こうと一度高専に戻ったンだけど…、数時間前までは平和だったはずの空間がもはや地獄絵図だ。なんだコレ。


「なんで分からないんですか!」
「そっちこそ自分が何言ってるか分かってんの?」


校庭の至る所に空いた大穴、崩れてる壁、その中心で血だとか埃まみれになってる親友と綺麗なままのその夫。なにごと?と駿と目線を合わせてとりあえず保護対象である補助監督を背に庇う。夫婦喧嘩は犬も食わないとは言うけど、これは…そういう次元のモン?止めに入ろうとしたら親友がそれはもう、校舎中に響き渡るような大声を上げた。

「っだから!世継ぎが必要だと!言ってるでしょう!!」
「じゃあ今すぐ僕に理解させてみろよ。まあ、触ることすら出来ないだろうけど。」
「ええ、そうでしょうとも。それでもだからと言って此処で引いたら私が貴女に嫁ぐ意味がないんですよ。」
「お前が僕に勝てると思ってんの?」

あ、コレ止めなきゃいけないやつ。頼りの夏油先生も今は任務中だった気がするぞ。補助監督を駿にパスして駆け出し、血塗れの親友を掻っ攫って自分の部屋へと連れて帰った。そういう大事な話は校舎の真ん中で、大声で言うことじゃねェぞ、喜雨。五条先生は追って来なかったし止めなかった。



部屋に戻ってもぶすくれたままの親友は駿の手当てを受けながらも舌打ちを零す。やめろって、駿が怯えてるって。なんならおれも怖ェよ…お前そんな激情家じゃねェじゃん。

「………何があったの?」
「…朝、本家に顔を出すって言ったでしょ。出会い頭三分で世継ぎがどうのこうのって話になってね。」
「セクハラじゃん。」
「は?五条家の術式を受け継ぐ世継ぎが必要だから私が充てがわれたんだから当たり前でしょ?何言ってんの。」
「お前が何言ってんだ?」
「大体、男が産まれる可能性だって半々なのに産まれた嫡男が必ずしも優秀とは限らないじゃない。育てる事に関しては乳母が居るからなんとかなったとしても次の子を作るのにどれだけの時間が必要だと思ってるの?何のために九つも下の女が用意されてると?優秀な子を選別する為にも数が必要だからであって、」
「落ち着いて、喜雨落ち着いて?」

苛立ちを隠しもしない喜雨がツラツラ言葉を並べて、駿がそれを止めようとするけど逆効果だったみてェでおもっきり肩を鷲掴まれて揺さぶられてる。吐く、駿が吐いちまうから!

「そりゃ婚約が決まった時の私は七つの子供よ。性的興奮もクソもないでしょうよ、そうでしょうよ。でも、でもねえ。もうとっくに生理も来てるし結婚可能な年齢にはなってるわけ。高専卒業するまで正式な手続きも踏まなかった時点で気がつくべきだったのよ。あの人家の為に世継ぎを残す気なんて一ミリもなかったって事でしょう?はあ?じゃあなんで私はあの人に嫁ぐのよ。年齢差のせいで子作りに支障を来たすかもしれないからってあの人の好みに沿う為にって大人っぽく見せる為の髪型とかメイクとか、スタイル維持に掛けた手間と時間は何だったの!?」
「そう、そうだね、お願いだから、落ち着いて、」
「きーう、色々やべェから、な?」
「なによ、私の十三年間なんだったの?干支が一周する程の時間があったわよ。自分の役目を理解してからそれだけ経ってるの。もっと早く言ってくれたら私にだってもっと選択肢があったのに。……あの時、…姉じゃなくて、私を選んでくれて、嬉しかったのに。」

どんどん小さくなっていく声に比例するみてェに喜雨の体から力が抜ける。その体を抱き寄せて背を撫でる駿を見ながらどうしたモンか、と頭を過ぎる。ぶっちゃけほぼ一般家庭のギリ術師家系のおれと非術師家系の駿にはわかんねェ問題だと思う。御三家がどれくらいの力を持ってるとか、どれくらい作用するとかその辺は分かるけど。それでもやっぱ五条先生に面と向かって喧嘩売れる術師なんてのは一握りなわけで。五条家自体も、五条悟という男には下手に噛み付けないだろォし。その中噛み付いた親友にすげェなと思うけど、多分アウトだろォな。ま、おれらにゃ関係ねェか。親友が傷付きましたって言ってンのにそれを責める必要ねェもん。

「よーしよし、ちょっと寝よォぜ?駿も寝不足だっつーし、二人でくっついて寝とけって。」
「え?ボク…、」
「な!」
「……はい。喜雨、一緒に寝よう?」
「……ん。」


二人をベッドに放り込んでから部屋を出る。とりあえず学長ンとこ行って頭下げねェとなァ。ひょこ、と曲がり角を曲がればそこは談話室で、酷く苛立った様子の五条先生と笑顔を浮かべたままの夏油先生が居た。あ、あっちもあっちでやってンなァ。こそっと隠れて盗み聞く。普段ならおれに気が付くだろうけど気が立ってるからか二人がこっちを向くことはなかった。


「大体さ、僕は本気で好きで愛してるから奥さんになってってプロポーズしてるわけ。それに対して分かったって言ったし指輪も受け取ってくれた。なのに、なんで家のこと出して来るかなぁ。」
「はは。」
「ふっつーーーーにまだ清い仲なのに、恋人すっ飛ばして結婚したのは間違いだったと思うよ。でもさぁ、まだ愛を確かめ合いましょう的なセックスもしてないのに子作り?冗談だろ。夫婦の時間とかないわけ?折角成人するまで待って漸く恋人みたいに過ごせるなーって浮かれてた僕のこの気持ち返せよ。」
「うんうん。」
「つーか、家、マジ。世継ぎとかどうでも良いだろ。どうせ僕と同じ条件で産まれてくるわけじゃないじゃん。千年に一度だぜ?六眼と無下限を合わせた人間の遺伝子が組み込まれててすぐ産まれるなら僕は千年越しじゃねぇだろ、ばーーーーっか!!」
「それで?」
「普通に愛情表現の一環としてのセックスなら兎も角、世継ぎが必要ですからって業務みたいに言われるの意味わかんない。」
「困ったねぇ。」
「お前聞いてないだろ。」
「聞いてる聞いてる。」


……あっちもあっちで、だな、うん。夏油先生あれ絶対半分も聞いてねェし。ていうかあの二人まだセックスしてねェんだ、意外。五条先生は喜雨にベッタリだし普通に泊まりして添い寝とかしてるって言ってたから言わないだけでやることやってると思ってた。清いまんまかァ。二人の年齢差考えると中々手を出すのに躊躇すンだろうけど。


「で?お前の可愛い子は絶賛私の弟と一緒にいるようだが?」
「知らね。頭冷やせばいんじゃねえの。」
「私に駿を返せと言っているんだよ。」
「それこそ知るかっつーの。」

やばそうな雰囲気なので退散する事にする。おれの名前が上がらなかったから気が付かれてたのかなーと思うけど、だとすれば夏油先生からの離れろって合図だろうから大人しく言うことを聞く。センセーの言う事は聞かなきゃな。頭の後ろで腕を組んで足速に立ち去る。



学生時代に喜雨に聞いたンだけど、御三家に嫁ぐのに家柄は大事らしい。それなりの家柄は必要、でも余り強いとダメなんだと。血筋を大事にしてるからこそ、その血に混じって御三家の血を汚したらダメとかなんとか。その辺に一番緩いのは五条家らしい。一番キツいのが禅院、だったと思う。"禪院家に非ずんば呪術師に非ず、呪術師に非ずんば人に非ず"だっけ?あの家は頭のネジぶっ飛んでそうだよなァ…ま、術師自体イカれたヤツしか居ないンだろォけど。五条家は五条先生が強過ぎてよくわかんねェ。ぶっちゃけおれからすれば血筋云々でその家に嫁ぐだとかなんだとか、今何時代だっけ?って感じなんだけどさ。

愛染の家は古くからあって、喜雨のじーちゃんと姉は術師なんだって。隔世遺伝ってやつ?あとあれ、従兄弟だかなんだか。そんで、姉は愛染家の術式で、喜雨は独自の。愛染の術式がどんな術式かは聞いてねェけど、家は術式を残したいから姉を本家に残したくて喜雨が五条家に嫁ぐって話になって…その時の喜雨は呪術上、呪力のコスパ悪くて出来損ない扱いだったから満場一致で喜雨の嫁ぎが決定。でも五条先生は全部知ってた上で喜雨を選んで…らしい。六眼で見えてたからどっちが優れてるかとか分かってんだと。すげー。


七つの頃に決まった婚約を喜雨は受け入れて、五条悟の婚約者として今まで生きてきてる。周りの大人たちにどんな扱いを受けてたかはわかんねェけど、アイツのメンタルの強さ?というか、負けず嫌いはそっから来てンだろうなァ。まあ、誰も逆らいたくないけれど目の上の瘤みてェな男の婚約者ともなれば上からすりゃ面倒な存在だし、五条家に取り入りたい人間からすれば邪魔だろう。実際に聞いたことはねェけど、大変だったことは違いない。ンな面倒が付き纏うのに一緒に居たのは多分義務感と情…愛とかもあンのかな。おれはそういうのねェから好きな女と付き合えたけれど、力のある家に産まれると面倒事が多いわ。

考え事をしながらとりあえずと部屋に戻ると二人は身を寄せ合って寝ていて、少し捲れた毛布をかけ直してやる。駿の胸元に顔を埋めてるから喜雨の表情は見えないけど多分疲労感やらなんやらで熟睡してるんじゃねェかな。駿は寝かし付けるだけの予定が喜雨があったかくて寝たとかだろォな。

「世継ぎ、ねェ。」

真希の恋人は同性だからまた一悶着あンだろうなァとか、思うけれど。加茂家ってどうなんだろ。確か京都の…でもいつも傍に居るあの子が婚約者なりなんなりだろう。あっちも家が決めてなのか、それとも恋愛結婚になンのか。おれが知る必要もねェけど。とりあえず盛大な夫婦喧嘩の落とし所を見つけっかァ、と二人の髪を撫でた。



一時間もしないで起きた喜雨は駿の腕の中から抜け出して眉間をぐりぐりしてる。二人が飲むからと部屋に置いていたコーヒーを差し出すと短い礼と共に青いマグカップが喜雨の両手に収まる。

「頭冷えたか?」
「それなりに。はー…どうしよう。」
「五条先生だいぶ怒ってたもんなァ。」
「何にそんな怒ってんのか…世継ぎ問題なんて随分前からせっつかれてるし、あの人も適齢期だし…別に童貞でもないのにさ。」
「そりゃまァ、初めてのセックスが子作り前提が嫌なんじゃね?五条先生は喜雨のこと本気で好きじゃん。」

ごふ、と喜雨が盛大に咽せた。なにをそんな驚く事があンだ?と思うけどとりあえずティッシュを差し出しておく。

「……なんで初めてって、」
「さっき五条先生が夏油先生に話してンの聞いた。」
「なんつー話をしてんだ、あの人。」
「それはお互い様だろ。…最初はどうであれ、好きな女に自分の子供作る為だけに結婚したって思われるのが嫌なんだろ。その辺は喜雨も悪ィぞ。」
「……分かってる、けど。」

マグカップの中で揺れるコーヒーを見つめる喜雨の横顔を見る。喜雨は少し考えるみたいな間を開けて、消えそうな声を漏らす。

「………私の生殖能力がなくて世継ぎが出来ないのなら、考え直すぞって、言われたから。」
「は?」
「愛妾を作って子を産ませるか、それか私との結婚をなかった事にして次の人を見繕うかって話。」
「あいしょう?」
「愛人のこと。」
「…家が見繕った不倫相手の子供を、世継ぎにするってこと?」
「そ、私が産んだことにして…みたいな。男が理想だけど五条は禅院程厳しくはないから優秀なら女でも嫡子になるだろうね。」
「じゃあ喜雨があんな怒ってたのって、五条先生が他の人と子供作るのヤダったから?」
「……そうですけど。」


薄ら赤く染まった顔を隠すみたいにマグカップを煽る親友になるほど、と一人納得した。つまりアレだ、やっぱ夫婦喧嘩は犬も食わない。多分その離婚やら愛人やらが嫌だから自分との子供を作りたい喜雨と、理由も知らず大事にしてた子にせっつかれた五条先生って感じか。すげェ、おれでも理解出来てンのになんで頭良い二人がわかんねェの?

「言えばいいじゃん。」
「言えるわけないでしょ、貴方と離婚したくないし愛人の子を育てたくないから今すぐ私と子作りしてくださいって?アホか。」
「それが言えてねェからえらい事になってンじゃん。」
「……私だって、初めてくらいは、家のことなんか考えたくないわよ。」
「それも言えばいいだろォ、別に明日に妊娠してなきゃいけねェわけでもねェし。」
「早いに越した事ないわよ。お互い、いつ死ぬか分からないんだし…。」


自分で言っておいて置いてかれるのを想像したのか悲しそうな顔をするから、わしゃわしゃと乱暴に撫でる。喜雨は唇を噛んで、左手に視線を向けた。喜雨の為に作られた、キレーな指輪。それか意味する事だって賢いこいつなら分かってる筈なのにな。

「ちゃんと話そうぜ?おれには家の面倒事とかわかンねェけど、五条先生と話す時に一緒に居るくらいは出来るし。」
「……今顔合わせたらまた喧嘩する自信ある。」
「五条先生は理由を聞いたら怒らねェと思うよ。」
「…だと、良いけど。」


あんだけ愛されてるのに自覚が薄いヤツ。ま、逆に言えばガキの頃からああなら特別扱いが当たり前になっててそれが特別扱いだってわかんねェか。

「……謝りに行ってくる。」
「一緒行く?」
「んーん、二人で話してくる。コーヒーご馳走様。」

立ち上がった喜雨がマグカップをシンクに置いて、そのまま部屋を後にする。その背中を見てからベッドを振り返って、気不味そうな顔をした駿と目を合わせると駿は微妙な顔をして、起き上がった。

「起きたなら起きたって言えばいいのによ。」
「喜雨がああやって話せるのは空護相手だからだよ。ボクが聞いてるって分かってたらあんなに素直に話してないって。」
「おれが気が付いてたんだから喜雨だって気ィ付いてるよ。ま、別に良いけどさァ。」

行くだろ、と声を掛けたら駿が頷いたから二人で喜雨の後を追い掛ける。盗み聞きとかじゃねェんだよ、止めないとやべーからだから、うん。




五条先生はまだ談話室に居たみたいで、喜雨を見た夏油先生はあっさりとその場を離れて…おれらに合流した。この人の場合心配だからっつーよりも面白そうだからとかなんだろォけど、また取っ組み合いの喧嘩になった時に五条先生を止めるように居て欲しいから何も言わないでおく。

「さっきはすいませんでした。」
「頭冷えたの。」
「…はい。」

おれらの良く知る五条先生じゃねェみたい。なんつーか、呪霊相手にしてる時みたいな、なんかそういう冷たさ?人間らしさがない?感じ。喜雨はそれに怯えるでもなく、五条先生の隣に腰を下ろした。アイツ肝座ってンな。

「……で?」
「…家に、世継ぎが産めないのなら愛妾か離婚を、と。」
「はああ?バカなの?アイツらバカだろ。」
「五条と愛染からすればその為の幼少期からの婚約であり結婚ですから。でも、…私は、悟さんが他の人と子を作るのは、嫌です。本来貴方が望むのであれば愛妾を持つなとは言えない立場ですけれど……いや、です。」
「いや、持つ気ないし。僕は喜雨を愛してるから家とか関係なく結婚してくれって言ったよね?」
「それはそうですけど、その…私は、五条家には、逆らえません。」
「はー…んっとに。……おいで、」


五条先生が小さく震えた喜雨の手を取って、引き寄せる。腕の中に収まった喜雨の耳元に口を寄せてなんかを話してるけど…流石に聞こえねェわ。読唇術とか使えねェし、そもそも唇の動きすらよく見えねェ。でも、五条先生がなんか言ったら喜雨の顔がじわじわ赤く染まってって、そのまま五条先生の胸に埋まっていったから、喧嘩は終わったらしい。そンで五条先生が喜雨の顎を持った瞬間、おれの目の前が真っ暗になった。

「駿?」
「……兄さんが、見ちゃダメって言うから…。」
「二人にはまだ早いよ。」

トーテムポールみたいになってたから、多分駿の目元を夏油先生が塞いで、おれの目を駿が塞いでるんだと思う。わざわざ隠さないでも夏油先生ならおれら二人くらい簡単に引きずってけそうなのになァ。


「じゃあ、私たちはそろそろ退散しよう。悟たちも部屋に行くみたいだしね。」

おれの心を読んだみたいに回収された。ちょっぴり親友が心配ではあるけど、夏油先生が大丈夫って判断したなら大丈夫なんだろう。わかんねェけど。ともあれ一件落着。昼飯を食い損ねたおれの腹が盛大に文句を言ったから、結局夏油先生と三人で飯に行った。夏油兄弟withおれ。



明日にでも親友にどうなったか聞いてみようと思う。まァ、あの独占欲の塊みてェな人がおれらに会わせてくれたら、だけどな。



タルト有馬す。