幸せ
現パロ特殊設定
ハッピーではないので注意
上映期間を逃し、漸く観ることが出来た映画は宣伝だけなら面白そうだったのに随分と陳腐なラブストーリーでしかなかった。期待値が高かったから酷く落胆したような気分になりテレビの電源ごと落とすと先程までと異なり一気に静かになる。一人暮らしなんてこんなもんか、なんて思いながら二時間の疲れを誤魔化すように背伸びをしていれば静かな部屋に間抜けな音が部屋に響いて、のろのろと手を伸ばす。送られてきたメッセージに目を通せば嗚呼、いつものか。簡素に返信をしてから端末を弄り、目的を達成したらローテーブルに置いて浴室へと向かう。
手早くシャワーを済ませてから化粧を施し、着替えて家を出る。予約の時間まで余裕を持たせたつもりだったけれど予想より少し押しているから早足に駅へと向かう。そのまま電車に揺られて二駅、目指すのはいつもの美容院。デートですか?なんて美容師の言葉に苦く笑って返し、トリートメントとカットを済ませれば時刻は二十時前。約束の時間まで少しあるかな、なんて思いながらコーヒーショップに向かって歩いていると通話を知らせる音がして、端末を取り出して耳に当てる。
「もしもし?」
「あ、喜雨?今どこ?」
「早く着いたから時間潰しにいつものコーヒーショップに行くとこ。」
「マジ?僕もちょっと早く着いちゃってさ。駅来れる?」
「ん、わかった。」
じゃああとで、なんて言って通話は切れる。直ぐに合流するのだから余り長引かせる必要もないけれど。端末を鞄にしまって、足速に駅へと向かえば存在自体が目印みたいな男がいつもの場所にいる。
「お待たせ、悟。」
「ううん、僕が呼び出したんだから気にしなくていいよ。」
「そう?じゃあ、気にしない事にするわ。…行こっか。」
「いつものとこでいい?」
「私はどこでもいいよ。」
いつもの個室のバーに行って、正面に座る。彼は下戸だから飲みはしないのに私の好みに合わせてくれているのだろう。二ヶ月に一度来る程度ではあるがマスターにも既に顔を覚えられているのだから少し笑えない。いつも騒がしくしてすいません、本当に。
「僕シンデレラにしよっかな。」
「私はアラスカで。」
「それ美味しいの?」
「アルコール度数35〜45度だからやめときな。」
「絶対飲まない。」
飲み物を頼んで、何となくお互いの近況報告をしながらグラスを傾ける。ノンアルコールカクテルの何が良いのか私には分からないけれど、悟は美味しそうに飲んでるからそれはそれで良いんだろう。彼に私の好みが合わないように、私は彼の好みには合わない。
「んでさぁ、駿ってば僕と居るのに傑の連絡優先すんの。兄弟だからって酷くない?折角二人で出掛けてたのにさ。」
「駿のブラコンなんて今に始まった事じゃないでしょ。それに付き合ってるわけじゃないんだから、普通に友達と遊びに行ってるとしか思ってないよ。駿鈍いし。」
「はー…傑絶対分かっててやってる。僕が駿のこと好きなの知ってるくせにさぁ。」
「悟が駿の事を好きなのなんて駿以外は皆知ってるよ。」
この人なんでノンアルコールなのに酔っ払いみたいになってるんだろう、場酔いってやつか。私が飲んでるカクテルの匂いで酔ったとかだったら流石に…いや、いつもこんなもんか。煙草に手を伸ばして火を付ける私をぼんやり見ていた悟が口を開いて、そうして溜息を吐き出す。
「喜雨みたいに気軽に会えないのに。」
「おい、私が暇人みたいな言い方すんな。」
「だって呼んだら来てくれるじゃん。」
「悟は放っておいた方が面倒でしょうが。今日だって一日映画観て過ごす予定だったんだからね。」
「ごめぇん、でも僕のが優先じゃん?」
「はいはい、そーですね。」
流すなよとか言いながら、結局話は私の親友に戻る。そりゃそうだ、そもそも駿の話がしたくてこの男は私の事を呼び出しているのだから。悟の前ではしない駿のことを話したり、二人でデートした時の話だとか、そんな話を永遠と繰り返す。デートに関しては悟談であり、駿はただの外出としか思ってないけどね。それが嫌ならさっさと告白しろ。
「告白しないの?」
「勝てる勝負しかしないことにしてんの。」
「勝ち負けじゃないでしょうが。」
「振られたくなんかないでしょ、こんな好きなのに。」
ズキズキと胸の辺りが痛むが、誤魔化すようにグラスを煽って空にすると悟がメニューを差し出してくる。ライラを頼んで、また会話に戻る。レーズンバターを一つ摘んで口に放り込むと悟が深く溜息を吐いて、唸った。
「報われねー。」
「伝えてもないのに報われる筈ないでしょ。それに、悟のアピールって小学生と一緒なんだもん。あれじゃ告白したところでまた揶揄って遊んでるくらいにしか思われないよ。」
「ひっでぇの。」
「改めなさいって話でしょ。応援してるから、わざわざこんな呼び出しに応じてるんだからさ。」
「はー…特別扱いしてるのにな。」
惚気六割、愚痴四割の会話に付き合っていればいつのまにかライラも飲み終わっていて、次はブランデー・クラスタ。悟は今日はずっとシンデレラを飲んでるらしい。三杯目を空けたタイミングで、不意に悟が私を見る。
「そういや終電何時だっけ。」
「いつも通りタクシーで帰るから気にしなくて良いよ。」
「そ?じゃあ今日は目一杯付き合って貰おうっと。」
「今日も、でしょ。」
楽しそうに笑った悟はいつもありがと!なんて口先だけの言葉を吐く。毎回このやり取りをしてるんだから一々聞く必要はあるのか?明日も休みだと分かっているから誘って来ているのに、…あ、勝てない勝負はしない主義ってこういうとこにも出て来るのね。面倒な男。変な意地を張らず、巫山戯ずにお前が好きだと言えば駿は二つ返事で返すのに。だって、駿は少しずつ悟を意識している。今一生懸命話している先週のデートだって、私は駿から聞いていたから知っている。前までそんな事なかったのに「僕の服って地味?」なんて言いながら、あの日の為の服を買いに行った。さっきは否定したけど意識し合ってる二人と思えばそれは立派なデートか。
「早く付き合いなよ。」
「だぁから、それが出来れば苦労ないっつの。」
「ずるずるやってるのが悪い。今駿に連絡して、明日約束取り付けな。そんで、デートして告白すればいい。」
「え、いやでも先週出掛けたばっかだし。」
「いいから、連絡。」
私の圧に負けたのか、それとも単純に駿に連絡する切っ掛けが欲しかっただけなのかは分からないけれど大人しく端末を操作し始めた悟を眺める。長い睫毛は髪と同じ白銀で、誰が見たって整った顔立ちをしているし普段は小学生みたいな男だけどちゃんと、大人の男なのは知ってる。誰よりも、私が知っているよ。
「……明日、良いって。」
「じゃ、明日告白ね。」
「いやでも、」
「明日告白しなかったらもう呼び出されてあげないから。」
「大事な大事な唯一無二の幼馴染に冷たくない?」
「そんな根性無しの幼馴染なんかいらん。」
「はー…振られたらちゃんと慰めてよね。」
「振られたら泊まり来れば?キッツイ酒用意して待っててあげる。」
「絶対行かない。」
うん、来ないだろうね。でもそれを言うのは悔しくて仕方がないから、絶対に言ってやらない。またぎゃあぎゃあ言い始めた幼馴染を適当に受け流しながら明日のデートプランを一緒に考えてやる事にする。
「じゃ、気を付けてね。」
「ん、悟もね。明日…というかもう今日か。頑張れ。」
「酒以外も用意しといてよね!」
「おやすみー。」
「おいこら!おやすみ!」
後ろ手に悟に手を振ってタクシーに乗り込み、運転手に目的地を伝えて目を伏せる。アルコール度数がキツいものばかりを飲んでしまったが意識がふわふわする事もなく、思考は至って冷静だ。運転手は私が眠っていると思ったのか声を掛けてくる事もなく、ただ静かに車が走る。マンションに辿り着いた辺りで目を開いて会計を済ませ、自分の部屋へと向かう。はやく、家に帰りたい。オートロックを抜けてエレベーターに乗り込み、自分の部屋まで真っ直ぐ戻って乱暴に鍵を開けさっさと家に入り扉を閉める。と、同時に視界が滲んでボロボロと涙が溢れた。
「はは、だっさ。」
化粧が崩れるとか此処はまだ玄関だとか、そんなのは分かっているけどもうそれを気にする余裕もない。迫り上がってくる嗚咽を飲み込む事も、声を上げて泣く事も出来ずただ口元を覆って涙が引くのを待つ。
唯一無二の幼馴染って言うなら、少しくらい興味持てよ。整える程度だけど切ったばかりの髪が虚しくて、こんな事ならいっそ知り合いの誰が見ても分かるくらいにバッサリと切ってやれば良かった。髪の長い子が好きだなんて、そんな幼馴染の言葉を信じて伸ばし続けた髪に彼が触れることはない。ネイルやメイクを変えたって、腰に届きそうな髪を肩まで切ったって、悟がそれを私に「似合うね」なんて言うことはないんだ。分かってたよ。ずっと隣に居た私じゃなくて、私の親友を好きになった時点で…好きになっていく過程を一番近くで見ていたから痛い程にわかっていた筈なのに。
好きな人の好きな人の話だなんて聞きたくないに決まってるじゃないか。それでも呼び出される度に会いに行ったのは会えないよりは少しだけ、少しだけマシだと思ったから。どうせ隣に居たって辛くなるだけだって知っていても、それでも会わずには居られなかった。どんなに悟が駿の事を好きかも私じゃ絶対に叶わないことも、知っていたけれど、諦めきれなかった。
この恋心が見つからないように、悟の幸せを願う。それくらいしか私には出来ないから、必死に隠していた結果として悟が私の気持ちに気が付くことはなかった。何も知らない幼馴染の横顔を見てるだけだった私が泣く権利なんてない。こんなに好きになる前に諦められたらどれだけ良かっただろう、淡い初恋の思い出にして二人におめでとうと笑えたら。たらればなんて考えていたって仕方ない。それでも、私の方が先に好きになっていたのに。駿が悟を好きになるより前に、悟が駿を好きになるよりずっと前に、私は悟の事が好きになっていたのに。早く好きになったから報われろだなんて可笑しいし、私が悟を好きなのと同じくらい悟が駿を好きなのは分かっている。だから、悟が幸せになるのならその隣に居るのが私じゃなくてもいいんだ。私じゃ無理だから、私である必要はないから。
「がんばったよ、さとる。」
ぐしゃりと、自分の頭を乱暴に撫でる。随分と昔に彼がしてくれたみたいに、犬を撫でるみたいに髪を掻き乱すとあの日の事を思い出してまた涙が滲んだ。それを手の甲で拭って、酷い事になっているであろう顔をマシにするべくまた浴室へと向かった。
お風呂から上がってそのまま寝室に向かい、ベッドへと寝転ぶ。未練たらしく滲んできた涙を拭う気にもならなくてそのままに、リモコンで電気を消して真っ暗な部屋の中、腕を乗せて目元を覆う。明日の夜頃には付き合えたと興奮気味に喜ぶ幼馴染から連絡が来るだろう。きっと親友からも友達として、あと恋人の幼馴染宛てとして、連絡が来る。嗚呼、悟からは幸せそうな二人の映った写真が送られて来るかもしれない。そう考えたらこうして被害者ぶってる自分が情けなくて滑稽で笑いが込み上げて来る。泣きながら笑うとか、頭可笑しい人じゃんね。
好きだった、悟以外の男を異性としてなんて見れなかった。でももうそんな私にもお別れしなくちゃいけない。浮かれた幼馴染と、少しだけ気不味そうな親友の幸福を祝って、心から喜びたいのだから。二人が幸せならそれで良い。何処の馬の骨かも分からない頭が足りない女と付き合うくらいならば、大事な二人が互いを選んだ方が良いに決まってる。これが一番のハッピーエンド、当て馬に光など不必要。
不意に端末からメッセージの受信音がした。その辺に放ったままの端末を手繰り寄せ手に取って確認すると泣き続けた目には光が少し痛くて眉根が寄る。誰だろう、と指を滑らせると駿からのメッセージ。
"今通話出来る?"
…あーあ、今は少しだけ、アンタとは話したくなかった。トン、と指先で画面を操作して通話をかけると三コールもしない内に繋がった。
「どした?」
「や、その…なんとなく、声が聞きたくて…?」
「アンタは私の彼女か?」
「違うけど!?……喜雨、泣いてた?なんかあった?」
「んーん、なんもないよ。」
嘘だ、と言わんばかりに本当に?と繰り返す親友に笑みが漏れて、ゆっくりと瞼を伏せる。
「駿。」
「なに?どうしたの?」
「………、悟ってさ。」
「へ?」
「面倒くさいし情緒って言葉を知らないし万年思春期だし、何でもできる癖に変な所ポンコツだし、決して分かりやすいとは言えないけど…でも、いい男だよ。」
「…なんで悟くん?」
「なんとなーく。」
「なにそれ。…ねえ、本当に何もない?」
「私はあのバカ幼馴染にも大事な親友にもさ、誰よりも幸せになって欲しいなって思ってるのよ。ほら、空護は爽と幸せそうじゃん?あとアンタらだけだなーって。二人が誰かと幸せになったら私も恋活とやらをしようって決めてるからさぁ。二人が付き合ったら私も早めに恋人探し出来るじゃん?」
「……わかった、喜雨酔ってるでしょ。また悟くんと飲んでた?」
「下戸と飲んでただけだからほろ酔いですー。」
「もう…今日はもう水飲んで寝な?」
「ん、そうする。……駿は?本当になんもない?」
「あー…喜雨が酔ってない時にするよ。」
なにかを考えるみたいな駿に、明日のことかなってなんとなく思った。でも今はその話を聞けるだけの精神の余裕がないから気が付かないフリをして、そう?なんて白々しく返す。駿はこれ以上私から何かを聞くことは無理だと判断したのかそのまま終わりにしてくれるみたい。
「急にごめん、ゆっくり寝てね。」
「ん、おやすみ。」
「おやすみ。」
「……誰よりも、幸せにしてあげて。」
通話が切れた事を確認してから漏れた言葉は、本心だ。駿ならきっと悟を幸せにしてくれる。二人で幸せになって欲しいと、今はそれだけではないけれど。ぐちゃぐちゃに混ざった感情を親友の優しい声が解いてくれたからさっきよりかは楽になった、気がする。本当は能天気な親友の声も聞きたいけれど今空護の声を聞いたら泣き噦る自信しかないから大人しく諦めた。
私の涙を拭ってくれていた、優しい人たち。でもその人たちはもう大事な人が居るのだからあんまり凭れ掛かるのは良くないなぁ。空護も駿も悟も、みんなが幸せなら、それが私の中での一番の幸せ。幸せをお裾分けしてくれるみんなを大事にしていこう。それが私に出来る唯一なのだから。
「好きだったよ、悟。」
明日が二人の大切な日になりますように。そう願って、瞼を伏せた。酒の入った泣き疲れた体がすぐに意識を手放そうとするのを感じながら、遠くで端末が鳴った気がしたけれど、それを確認する前に眠りについた。
"喜雨の連絡先を知りたいって人が居るんだけど、教えても平気?起きたら連絡欲しい。"