寒い日だって
しあわせ時空
捏造だらけ
はー、と吐き出した空気が白い。冬も本番というか、師走の末も末…寧ろ年末なのだから当然か。寒いと小さくぼやくと二人も同調するように寒いね、寒いなァと左右から返ってくる。制服の下にヒートテックは着てるしタイツも厚手の物にしたが寒いものは寒い。ポケットに手を突っ込んで少しでも暖を取ろうとしたら煙草の箱が指先に触れるがこの寒さじゃ一服する気にもならない。駿がくしゃみをして、空護が一歩前に出ると私たちの前を歩こうとする。自分よりも私達の方が寒いのだろうと風除けにでもなろうとしたのだろう。
「大丈夫だよ、空護。」
「ンー?」
「前に出なくていいから真ん中来て、カイロして。」
「お、おお?」
ポケットから手を出すのも億劫でマフラーに顔を埋めたまま言うと空護が間に入り、徐に私達の制服のポケットに手を突っ込んで来た。信じられないくらいあったかいんだけど、筋肉って凄くない?冷えた手で申し訳ないけど一回り大きな手を掴めば握り返される。やばい、右手めちゃくちゃあったかい。じんわりと熱が伝わって来て、小さく溜息として溢れた。駿も同じ事をしたのか、それとも空護からしたのかは分からないけれど駿からもあったかい、と声が上がる。
「爽、まだ掛かるかな。」
「どーだろォ、多分ぶっ飛ばして来ると思うけど。」
「安全運転だと良いんだけどね。」
「爽ならある程度スピード出しても大丈夫でしょ。」
ぽつぽつと言葉を交わしながらなんとなく見上げれば、キラキラと星が輝いていて、寒いのは嫌だけどこうして綺麗な景色が見れるのは悪くないなぁ、なんて思う。ちょっとだけ、悟さんを思い出す。左手薬指の冷たくなった指輪を指先でひと回しして、凄く嫌だけど左手をポケットから出して腕時計を確認すれば日付が変わるまであと数分。
「もう年明けるわね。」
「多分なァ。」
「帰ったらあったかい物食べようよ。」
「そこは蕎麦じゃん?」
「夏油先生用意してくれてっかも?」
「車に乗ったら兄さんに頼んでみようか。」
「とりあえず熱いお茶飲みたい。」
「わかるゥ…。」
「寒いもんね。」
なんとなく手を握り込みながらそんな話をしているとスマホを確認していた駿があ、と声を漏らす。空護と二人で覗き込むと駿が眉尻を下げて端末をこちらに向ける。丁度日付が変わった所で、0:00と表示された下に1月1日という文字。ぱっと顔を見合わせて数秒、そして。
「あけましておめでとう」
見事に三つ声が重なって、三人で肩を震わせる。こんな綺麗にハモるか?とかなんとか言いながら一頻りケラケラ笑って、そのまま空護を引っ張って二人の前に立つようにして駿とも距離を詰めたら真ん中の空護が引っ張られてちょっと変な声が聞こえた。気にせずポケットから左手を出して、そのまま駿のポケットに手を突っ込んで私より冷たい気がする手を握り込むと駿の手も握り返してくれる。
「今年も宜しく、親友。」
「駿も喜雨もよろしく!」
「よろしくね、二人とも。」
三人で笑い合ってたら私の携帯が鳴って、なんとなく全員手を離して端末を手に取れば爽からの着信。指先を滑らせ受信し、スピーカーをオンに。もう直ぐ着くから五分待って!と捲し立てるみたいに焦った声が聞こえて、安全運転ーと三つの声で答える。はぁい!と返事が来たので運転中の人にやらせるのも申し訳ないからこちらから電話を切る。
「五分も掛からねェと思う。」
「爽さんっていつも早めに言うもんね。」
「二分くらいじゃない?」
「半分…。」
「そんなもんでしょ。」
「そんなモン。」
私達の予想通り二分弱で目の前に車が停まって、三人で車に乗り込む。三人で後部座席に座るからぎゅうぎゅうになるんだけど私達はいつもこうだから問題なし。寧ろくっついて暖が取れるから私は有難いくらい。車内は暖房が良く効いていて、爽の優しさが沁みる。
「待たせてごめん!交通規制忘れてた…!」
「大丈夫だよ、気にしないで。」
「ボクらももう少し早く連絡すれば良かったですね、すみません。」
「あ、爽あけおめー。」
「うっそ!年明けてるの!?ごめぇん…とりあえずこれ飲みなね、寒かったら暖房強めるから言って。明けましておめでとうございます、今年も宜しくお願いします。はい、出るよ!」
今年も宜しくーと返しながら手渡された助手席からビニール袋を真ん中に座った空護が受け取る。コンビニで買っておいてくれたであろう温かい飲み物たち。ほうじ茶と緑茶とミルクティーとココア。多分余ったのを爽が飲む気なんだろう。空護がココアを手に取り、なににする?と首を傾げる。駿は余ったの、とか考えてそうなので問答無用でほうじ茶、私のは…ミルクティーかな。爽って甘い飲み物飲んでる印象ないし。ほうじ茶を駿に渡してからミルクティーを膝に乗せて赤信号で車が止まったタイミングで緑茶を爽に渡した。
「ありがと、喜雨。」
「いーえ。爽は緑茶で平気?ミルクティーでも良いけど。」
「やー、緑茶で。」
「袋縛っといた!」
いただきまーす、はーい、なんてやりとりの後三人で飲み物を口に含む。冷えた体が内側から温まる感じがして、無意識に溜息が漏れた。あったかい、そしてうまい。普段そこまで甘いミルクティーは飲まないけれど偶に飲むと美味しいよね、こういうのって。ちらりと助手席を覗き込むと爽が着ていたであろうコートがあって、私達の為に暖めた車内が彼女には少し暑いのがわかった。でもそれを指摘しても彼女はきっと暖房を弱める事はないし、そんなことは気にしなくていい!と言うだろうからそっと視線を逸らすことで終わらせた。動き回った上に暖かい車内、微振動と眠気を促す要因しかない状況に空護は相当眠そう。元々早寝早起きだから眠い時間だろう。駿は疲労からかぼんやりとしているみたい、兄の事でも考えていそうだな。
面倒になる前にある程度報告書やってしまうか、と思い至り鞄からiPadを取り出して運転の邪魔にならないように画面の明るさを調整する。手慣れた物なのでそこまで考える必要もないし、と必要な情報を埋めていく。報告欄にはなるべく詳細かつ簡素にを心掛ける、再提出面倒だから。ええと、発生は一級呪霊三体に二級呪霊四体…あとは、四級も二体居たか。駿が取り込んだのは一級、二級から二体ずつ。残りは私と空護で祓った。それと…非術師への被害はなし。場所は新宿区内の廃病院で報告者の私の名前を書き込んで、と。問題点…事前報告になかった四級呪霊の事を書いておく。聞いてねえぞ的な意味ではなく、窓の人たちにこういう場合もあるから事前に行う情報収集の際には気を付けてという意味で。ペンを走らせ終わり必要事項が埋まっているか確認したらなんとか起きてた駿に渡して確認して貰う。伏せられた睫毛の下で緑色の瞳が動くのを見守ると一つ頷いた。
「……うん、ボクは大丈夫。」
「あとは空護…起きてる?」
「ギリ起きてるゥ……ン、見して。」
「はい。」
空護がさっと視線を通してから大丈夫だと言うのでこれで報告書はお終い。紙に手書きだった頃は高専に戻ってからじゃないと出来なかったけれど、iPadで報告書を出せるのは有難い。これであとは寝るだけ!とか出来るし。空護からiPadを受け取って送信して、少し温くなってしまったミルクティーを飲む。はー、甘くて気が抜ける。
「ご飯どうする?蕎麦食べて帰る?」
「アー…二人はどうしたい?」
「私は悟さんが騒ぎそうだから高専戻ってご飯のが嬉しいかな。」
「ボクも…兄さんからご飯作ったよって連絡来てた。」
「おれは爽と食えれば何でもー。」
「ん、じゃあ戻っちゃおうか。」
窓の外を見ればもう高専近く、あと十分前後で着くだろう。私も確認しておこうとスマホを取り出すと新着二件、どちらも悟さんからだった。昨日の日付が一件と数分前に一件。
"今日中に任務終わりそう?"
"蕎麦用意してるね!"
ふ、と頬が緩む。やればなんでも出来る人だけどご飯を作って待っている悟さんってレアだからなんか嬉しいような擽ったいような気持ちになる。キーボードに指を滑らせ返信を打つ。
"今スマホ見ました、遅れてすみません。あと十分前後で高専に着きますよ。お蕎麦楽しみにしていますね。"
そっけない文章になってしまったのでゆるめのスタンプを一つ追加。帰ったらただいまとおめでとうと宜しくを伝えなくては。なんだかんだ、夫婦になってから初めての年越しだと言うのに申し訳ない。あ、明日は家に顔を出すのかどうか聞かなきゃ。行かなくて良いなら二人でのんびり過ごしたい所ではあるけれど…流石に正月から特級相当が呼ばれる事はないだろう、多分。分からないけど術師にも正月休みくらいくれというのが本音である。欲を言うのであれば三ヶ日は休みが欲しい。
「お風呂入りたい。」
「ボクも…埃っぽかったから。」
「山じゃないだけマシよ。」
「おれ汗かいた。」
「今、真冬よね?」
「これが運動量の違い…。」
まあ、空護は動き回ってるから当然と言えば当然なのかもしれない。目が覚めたらしい空護を含めのんびり言葉を交わしていたらあっという間に高専内。車を入り口近くで停めてくれたので有り難く三人で降りて先に戻らせて貰うことにした。
「お疲れサマンサー!おかえり、三人とも!」
「おかえり、お疲れ様。」
「ただいまァ!」
「戻りました。」
「た、ただいま。」
私達三人を纏めて抱こうとした悟さんを片腕で押し退けながら夏油先生が駿に近寄る。腕に掛けてるのは…ブランケット?
「駿、寒くはないかい?これ羽織っておきなさい。」
「車の中であったまったから大丈夫だよ。ありがとう、兄さん。」
「傑、オマエさぁ!」
「私より先に駿を抱こうとした悟が悪いよ。」
「そもそも汚れてるので抱き付かないでください、悟さん…。」
「そうそう、先生ら風呂入った後だろ?」
「こーら、玄関先で戯れてない!」
「爽!メシ食お!腹減った!」
「はいはい、分かったから。」
爽も合流したのでそのまま、なんとなく三組に別れた。向かう先は多分、空護は爽を連れて自室へ、駿は夏油先生の部屋かな。悟さんの方を見上げれば眩い程の笑顔を浮かべて私の手首を取り、そのまま歩き始める。歩調を合わせてくれるので緩く取られた手を滑らせて手を繋ぐ。こっちのが良い、と言っていたし私もこっちの方が良いしね。繋いだ手を揺らしながら歩いていたらあっという間に部屋へと辿り着く。結婚してからは滅多な事がない限り悟さんの部屋に居るからもうこっちが家って感覚。扉を開けて中に入るとほっと気が抜けて、そのタイミングで悟さんの長い腕が私の体に巻き付いた。
「おかえり、喜雨ちゃん。」
「ただいま、悟さん。…こら、汚れるってば。」
「後で二人で風呂入ればいいだけじゃん?」
「もー。」
止めても聞かない人なのでこれ以上はもう何も言わないけれど。首元に回された手が動いて顎を掬われ、目を閉じれば唇が重なる。軽く触れただけで直ぐに離れるのは、これは挨拶だから、らしい。家を出る時とか戻った時とかはこういうキスをするのでなんかもう習慣になり始めているのがちょっと怖いところではある。
「お腹すいた。」
「ん、食べよっか。楽な格好にしておいで。」
「はぁい。」
部屋着に着替えても良いけど、風呂上がりに着る物と別にしたいから洗濯物が増えてしまうので、ジャケットだけ脱ぐ事にした。呪具の類いを外していつもの場所に一纏めに置いておく。ついでにタイツも脱いでしまおう、少し寒いけどいつまでも履いてるの嫌だし。身軽になったのでそのまま洗面へと足を運びタイツを籠に放ってから手洗いうがいを済ませ、髪を高めの位置で括る。ダイニングに戻るとお出汁の良い香りがして空腹感がぐっと押し寄せて来た。元々お腹空いてたし、と言い訳しながら悟さんの所に向かうと両手に器を持っていたので他の物を用意する事にする。二人でやればそんなに時間もかからないしね。
「美味しそう。」
「召し上がれ。」
「いただきまーす。」
あ、海老天蕎麦だ。卵まである、豪華なお蕎麦。両手を合わせてから箸を持ち、ひと掬い。昆布と鰹節の合わせ出汁だ、うまい。サクサクの内に海老天食べちゃえ。
「美味しい…はー、沁みる。」
「気に入った?」
「好きです、お出汁も凄く美味しい。」
「良かった。また作るよ。」
悟さんは私の反応を見てから箸を手に取った。凄くどうでも良い話だけどこの夫婦箸、なんか照れる。夫婦茶碗とかだし今更なんだけど未だに照れくさい気持ちになるのは何故なのか。誤魔化すようにお蕎麦に意識を集中させた。
「ごちそうさまでした。」
「はい、お粗末さま。」
「洗い物私がやりますね。」
「明日で良いよ、お風呂沸いてるから入ろうねー。」
「あ、ちょっと!」
二人分の食器を流しに置いたのを確認してからまた緩く手を繋いで浴室へと連れて行かれる。そんな時間も掛からないのに、とは思うけれど何だかんだでもう一時も回っているみたいなので大人しく従うしかない。ささっとお風呂を済ませて眠りたいのも事実だし。悟さんは私を浴室に押し込んだ後、そのまま服を取りに行ってくれたのでその間に髪を洗ったりしておく。今日はヘアパックはしない日なのでこの長い髪が終われば後はもうこっちのもん。丁度、諸々を洗い終わって湯船に浸かったタイミングで悟さんが入ってきた。軽く体を洗うだけだから多分もうお風呂は済ませた後だろう。いや、さっきシャンプーの匂いはしてたから分かってたけども。いつも通り背中側に入った悟さんの胸板に凭れると腹に腕が回ってぴったりと肌を合わせる。そういえばなんか、忘れているような。
「あ、」
「うん?」
「明けましておめでとうございます、今年も宜しくお願いします。」
「あけおめー。今年も宜しく、奥さん。」
「ふふ。宜しくね、あなた?」
お風呂でやる挨拶じゃないかもしれないけど、なんかまあ、これはこれで私達らしいだろう。体を軽く捻って合わせるだけの口付けを何度か交わす。それからほんの少しだけ今日の任務の話をしたり悟さんの受け持ちの生徒の話を聞いたりしてからお風呂を出た。ベッドに入る頃にはもう二時近かったけど、気にしないことにして。悟さんの腕を枕にして背中に腕を回して胸元に擦り寄ると大きな手がまだ僅かに濡れた私の髪を撫でる。
「明日のご予定は?」
「喜雨ちゃんと部屋でいちゃいちゃかな。」
「ん、おせちなくて良いの?」
「いらなーい。」
「じゃあ、気が済むまで寝よっかな。」
「構って欲しくなったら起こすよ。」
「ふふ、しないくせに。」
心地好い微睡み。大好きな体温と大好きな声しかないのがこんなに幸福だとは思わなかった。なるべく離れないように、悟さんにしっかりと抱き着き直して瞼を伏せる。顔が見れないのは残念だけど、仕方ない。おやすみ、とどちらからともなく声を掛けてゆっくりと意識を手放した。
親友たちも部屋に引き篭もっていたと知ったのはそれから二日後の事だった。最後に会った駿より随分疲れているのを見てそっと空護と並んで両手を合わせた、そんな幸せな年初め。