宣戦布告


カタカタと静かな部屋にキーボードを叩く音が響く。文字列に誤字や脱字、言葉の間違いなんかがないかを確認しながらキーボードを叩く、叩く。疲労感からグラスに手を伸ばすも飲み切った後の底が見えて肩を落とす。仕方ないと立ち上がって冷蔵庫へ向かうとポケットの中の携帯が震えた。こんな時間に誰だ?桃がレポートに飽きたのだろうか、と発売と同時に親友と揃いで買ったiPhoneを取り出すと発信者に【三ツ谷】の文字。あれ?デザインにでも詰まったのか、と指を滑らせる。

「もしもし、三ツ谷?あんた電話掛けられたっけ?」
「紗織はオレのことなんだと…メールの件は忘れろって言ってるだろうが…。用事あるんだけど今平気?」
「はは、冗談だって。レポートやってるけどまだ時間あるし大丈夫だよ。…それで用事って?」

電波越しに三ツ谷が少しだけ言葉を詰まらせるのがわかる。頭を過ぎるのは少し前の、葬儀。数秒の間の後、三ツ谷が漸く口を開いた。

「今から会えないか。」
「…着替えてすぐ向かう。いつものカラオケでいい?」
「ああ、ありがとな。」

電話を切ってからグラスを流しに置き、寝室へと向かう。他に誰か居るのか聞いてはないけれど少なくとも軽い雑談で済む話ではないのだろう。化粧は…良いか。髪だけ整えて鞄の中に必要そうな物を入れてヒールを引っ掛け一人暮らしの部屋を出た。向かうはいつものカラオケ。そう、七人で良く足を運んだ、あのカラオケだ。


「お待たせ。」
入口前には三ツ谷の他に八戒や千冬、乾に…花垣。よ、と片手を上げれば一番に三ツ谷が反応を返して八戒と千冬がお疲れ様です!と勢いよく頭を下げてきたからとりあえず拳で殴っておく。姐さんまで言ってたらぶん投げる所だったけど。とりあえず三ツ谷と二人で残りを引っ張りカラオケで少し広めのルームに通される。適当に飲み物とポテト辺りを頼んでそれが届くまでは軽い近況報告会。無事受け取れば、室内には静寂。深く溜息を吐き出して切り出してやることにしよう。

「それで、要件は?」
「マイキーくんと…関東卍會と抗争します。紗織さんにも手を貸して欲しくて。」
「なんで私?」
「それは、その…。」

花垣はまだ迷っているような、そんな話し方だ。私と花垣自体、そこまで深い交流はないから当然だろうけど。あくまで相談役と壱番隊隊長しての関わりはあったが、どちらかと言えばヒナの方が仲は良かったし。というか、三ツ谷から話をされると思っていたからそこは驚きだけど。

「創立メンバーはもう殆ど残ってないんですよね。」
「そうね。圭介とドラケンは死んだし、一虎は暫く出てこない。」
「マイキーくんを止められるのは、やっぱり相談役だった紗織さんかなって思ったんです。」
「私がマイキーを?無理無理、アレを止められるのはドラケンだけだよ。」

カラン、と氷が溶けてガラスの中で泳ぐ。アイスティーをストローでひと回しして、口を閉ざしてしまった花垣を一瞥する。それから、三ツ谷へと視線を移した。

「三ツ谷も分かってるでしょ?」
「…おう。」
「真一郎くん、圭介、エマ、ドラケン…数年経たずに立て続けにマイキーの大切な人間が死んだ。頭おかしくなっても仕方ない状況だよね。それに私が介入してどうにかなる問題だとは思えない。戦力的問題として言えば…まあ、動けなくはないだろうけど雑魚蹴散らすくらいしか出来ないと思うよ。」
「だよなぁ…。」

がっくりと項垂れる三ツ谷。千冬と八戒は何かを訴えようとしているけれど私が言ってる事も理解出来ているのか言葉にはならず、乾は黙ったまま。それでも花垣の目は、まだ死んでない。圭介を思い出すなぁ、なんて少しだけ思った。

「敢えて言うよ、私は二代目東京卍會に参加する予定はない。私が持つ東京卍會の肩書きは初代東京卍會相談役だけで十分。……けど、少しだけ力を貸せるかもしれない。」
「え?」
「まあ、アレがその気になってくれないとだから確約は出来ないけど。」

iPhoneを取り出し指先を滑らせる、操作はまだ慣れないけど電話掛けるくらいならわけはない。発信履歴から目的の人物の名前をタップして呼び出す。今日は仕事がない筈で、多分昼寝してるかもしれないけど…まあ、仮に寝てたとしても起きるだろう。数度呼び出し音がした後、気怠そうな掠れた声が聞こえた。

「もしもし、英?今暇?」
「寝てる。」
「昨日話したやつ、やるから来て。」
「…ん、どこ。」

住所と店名を伝えて電話を切る。五人の目が此方を向いていて、まあ事情も分からなければそうかと一人納得する。携帯を鞄の中に仕舞ってアイスティーを口に運ぶ。

「えっと、今のって…?」
「ああ…もしかしたら力になれるかもしれない人間。見た目はちょっと威圧感あるけど、急に殴り掛かったりはしないと思うから大丈夫。ああ、男だから八戒も気にしなくて良いよ。」
「しないと思うから!?」


それから二十分もしないで急に扉が開く、細身とは言え190cm近い体躯に紫色のメッシュ。相変わらずの死んだ目に咥え煙草の男が入ってきて私以外の全員が戦闘態勢になってしまった。まあ、気持ちはわからないでもない。

「煙草一本ちょーだい。」
「ダメ。」
「自分は未成年から吸ってたくせに…。」
「んで?」
「ああ、その一番冴えないのが11代目…現黒龍総長。」

呑気に会話してる私たちに唖然とする三ツ谷と八戒と千冬、急に話を振られて挙動不審になる花垣。そして…立ち上がり花垣を隠すように前に立つ乾。そういや初代黒龍と関わりあったんだっけか。私より初代黒龍に関しては詳しそう。

「なんで、ハナブサくんが、…っ!」
「せ〜いしゅ〜?お前は黙っとけ…わかんだろ?」
「っ、でも!」
「オマエが口出し出来ると思ってんの?」

少し身を屈めて、横目にひと睨みすれは乾は唇を強く噛んだまま、どかりと座り直す。私が呼んだ人間、というのが強いのか三ツ谷や千冬は黙ったまま、八戒を抑え込んでくれている。英は何も気にしてない様子でのろのろと花垣の前へと立った。威圧感からか花垣の顔が青く見えるのはきっと気のせいではないだろう。

「オマエが今の黒龍総長?」
「は、はい…。」
「寄越せ、総長の座。」
「は!?」

まあ、そうもなる。私からすれば言葉足らずなのはいつものことだけど初対面ではしんどそう。が、花垣には申し訳ないが総長を継ぐということは、こういう風になるのが普通らしい…私も詳しくは知らない。だが、日頃万物に対して興味が薄いこの男でも黒龍の名を出せば思う所はあったのだろうからそれだけ思い入れは深いんだろう。…まあ、勢い余って家を出るレベルには。アイスティーを半分ほど飲み込んだところで、一部温度がなさそうになってる部屋の中で千冬がそろりと私に近寄り声をかけてくる。

「あの、紗織さん…。」
「どったの、千冬。」
「あの人誰っすか?彼氏さんとか?」
「ああ、兄貴。」
「兄貴!?」

最後の一言だけは三ツ谷と八戒の声も重なっていた気がするが、まあ、そうだろう。歳離れてるのは兎も角、あまりにも顔似てないしね。この辺のメンツは私に兄がいるのは知ってたし、一時期不仲だったのも知ってるのでそれなりに驚くか。何度も私と英を見る三人は放置。

「えっと、その、そう…言われても…。」
「聞こえなかった?」
「いえ、だから、」
「寄越せっつってんだよ。俺が。」

花垣の目玉のすぐ前、その辺りに英の吸いかけの煙草が向けられる。一応抗争する気だから暴力はなしの方向でと頼んでいたんだけど、これはもう精神的暴行な気がするよ。まあ、英だなぁって感じではあるけど。

「オマエは二代目トーマンと11代目黒龍の総長どっちもやる気か?」
「あ…。」

漸く行間を伝えてくれた、英くん、よく出来ました。備え付けの灰皿を手渡してやれば花垣の目の前から漸く離れて揉み潰される。でっかいんだから隣に座ってあげれば良いのに、とは思うが私が口を挟む事ではない。総長ってのは誰でもなれる、肩書きだけなら。本当は殴り合いも必要ない、だって強ければ総長なのではなく、誰しもがその背中に憧れと忠誠を持てば…それが総長として初めて成り立つ瞬間。真一郎くんが、マイキーが、そうであったように。

「イヌピーくん、俺…。」
「…ハナブサくんなら、大丈夫だ。初代黒龍の創立メンバーだから。」
「……わかった。12代目黒龍、お願いします。」
「ん、じゃあオレ帰るわ。」

意を結したような乾と花垣のやりとりを本当に聞いてたかと疑いたくなるようなスピード。私以外が動揺の嵐だが、なんかもう慣れっこなので気にしない。アイスティーの残りを英に差し出すとそのまま二口程度で飲み切って、オマエは?と視線が問う。

「話終わったっぽいし私も帰る。今日泊まっていい?」
「良いけどなんもねぇぞ。」
「いつもじゃん。…じゃ、そういう事だから私帰るわ。次会う時はトーマンじゃないけどよろしくー。」
「は!?ちょ、紗織!?」
「私と英の利害の一致だよ。マイキーを止める手伝いと雑魚蹴散らすくらいしてあげる、けど…次会う時は12代目黒龍として。私たちはどっちのトーマンにも手を貸す気はない、それだけは覚えておいて。」

財布から一万円札を取り出して三ツ谷に預ける。余ったらトーマンにでも使えば良いよ、と。混乱しっぱなしの年下達には申し訳ないが、これ以上語る事もない。あくまで私たちは今敵となったのだから。

「お待たせ、英。」
「腹減った。」
「じゃあご飯食べてから英んち行こ。」

英の腕に自分の腕を絡めて捕獲し、そのまま部屋を出た。カップルのソレではなく、単純に気まぐれにどこかへ行く英とはぐれるの防止である。その後のカラオケで何が行われたのかは私が知る事はないし、必要もない。クチバシの後ろに乗って、風を受ける。


さて、暫く忙しくなる。やることが山積みだからレポートは早めに終わらせなくては。全てが終わるその時、今度こそ誰もその命を落とさない為にも私が出来ることをやろう。私を乗せている時だけは安全運転に寄せてくれている英の大きな背中に抱き着いた。

「ありがと、英。」



タルト有馬す。