強欲モンスター
王子様が迎えに来てくれる、などという夢を見たことはない。王子様が居さえしてくれれば、こちらから迎えに行くのに…。そう思って過ごす、なんてことない日々の中で視界に入る、美しくも平凡なテラコッタ。……ああ、見つけた!私の王子様。
「ヴィルくん、今少し時間いいかな?」
「あら、久しぶりね。いつも通り22時までには帰ってちょうだい。」
「うん、ありがとう。」
唯一の女子生徒ではなくなった。後輩にも同性がいるのが嬉しいし、女子会と称した集まりを不定期に行って買い物したりするのだって楽しい。それでも取り繕わずに話せるのはやっぱり彼だけなの。最も古く、最も美しいポムフィオーレ寮の頂点に君臨する親友は二年前と変わらず…いや、もっと美しく笑って私を部屋へと招いてくれた。
「突然ごめんね?」
「いいわよ、それで?」
「あのね、好きな子が出来たの。一年生なんだけど…とっても可愛くって、格好良いの!」
「ふうん?じゃあ、その男にするのね。」
紅茶を口にする所作は私よりきっと綺麗、これでもちゃんと教育を受けたのに悔しい。ピンと伸びた背筋と骨盤が歪まないように配慮された、それでも組まれる長い脚。ニッコリと笑って見せれば彼は深く溜息を吐いて付き合ってられないとばかりに払うように手を振った。そうして過去の記憶を手繰り寄せる、確かあれは、二年前の秋頃だった。
「私ね、婚約者がいるの。でもその人とは結婚したくないからお父様に相談したらね、卒業までの間に結婚したいくらい好きな人が出来たらいいって言って貰ったの。元…ううん、殆ど男子校だからきっと見つけられると思うんだ。」
「それで?出来るだけ良い条件の男を探そうってわけね。」
「ううん。出来るだけ普通の男の子がいいわ。権力もお金もなくていいの、普通の男の子。」
「はあ?今の婚約者より好条件を探すじゃなくて?」
「だってお父様はこれ以上ないくらいの相手を見繕ってるんだもの。今の人より条件が良いなんて一国の王子様くらいよ?……だからね、普通が良いの。」
「よく分からないんだけど。」
「"普通"の男の子に恋して"普通"の恋愛をしたいの。それにほら、…権力だけしか取り柄がない人間が家の為の結婚とはいえ、何もない普通の男の子に負けるって可哀想で愉快でしょう?」
「アンタって子は…。」
そんな言葉の往復をしたなぁ、とカップに口を付ける。うん、やっぱりこの部屋で飲む紅茶が一番美味しい。一人でくすくすとと笑っていたらヴィルくん…否、ヴィルはあの時みたいにやっぱり呆れた顔をした。性悪ね、と顔に書いてある辺り私の名前で俳優の仮面は被らないみたい。でも、その為のお茶会。世界的俳優の仮面もお嬢様の仮面も脱ぎ捨てて、言葉を交わせる唯一無二のお茶会ですもの。
「で?アンタの王子様って?」
「あら、ヴィルも知ってると思うけど。一年生のエース・トラッポラくんよ。」
「とんだトラブルメーカーじゃない。」
「それが良いのよぅ、悪戯っ子ぽくて可愛いの。年相応に友達と戯れて授業中に居眠りして…ふふ、どうやったら私に気が付いてくれるかしら?ベタにハンカチを落としてみるのも良いけど、食堂で隣に座るとか?でも…少ぉし、邪魔なのよね。」
「……その顔ブスだから今すぐやめなさい、追い出すわよ。」
「だっていつも彼と一緒に居るんですもの。」
態と怒ってます、という顔をすればヴィルが深々と溜息を吐き出してカップをソーサーへと戻す。ブスね、ともう一度言った彼は頬杖を付いてくだらなそうに、興味のなさそうに口を開いた。
「アンタはアタシが唯一認めてこの手で磨いた女よ、たかがじゃがいもを落とすのにウダウダしないでちょうだい。」
「んもぉ、ヴィルってば。」
「あんなのアンタが通り過ぎ様にニッコリ笑ってやればイチコロでしょ。顔だけは良いんだから。」
「あら、家柄もよ?」
「性格が全てを相殺するのよ。」
「酷いなぁ。…ふふ、ねぇ、ヴィル。私彼に告白してもらうの、その時はどんなメイクが良いかしら?」
「そういう所よ。…そうね、アンタはイエベだからテラコッタも良く映えるんじゃない?」
「じゃあまず、彼色のリップを探しましょうっと。」
ふふふ、と笑えば世界的俳優の筈の彼は心底疲れたと言わんばかりに、そしてわざとらしく大きく溜息をついて時間だから出て行ってと部屋を追い出されたのだった。
「愛の狩人、あれはルークじゃなくて正真正銘アンタの称号ね。」
「あら、褒めてくれてるの?」
「宣言から二ヶ月しないでまんまと新ジャガを手に入れたアンタへの賛辞よ、おめでとうと言った方が良いかしら?」
「ありがとう、ヴィルのおかげよ。」
結局のところ、彼へのアプローチは"彼の近くの人間"に挨拶したつもりが、というところから始めた。第一印象は強い方が良いもの。それからさり気なく座学の隣に座ってみたり、食堂で席が取れなかったからと態と斜めにあたる位置に座ったり。あえて会話は少なくしたけれど、その分偶然触れるような機会は設けた。ペンを落として拾ってもらったりふらついて支えてもらったり、ね。これは三人に抱き止められて予想外だったけれど。…そうして向こうの警戒が解けた頃に課題で煮詰まっていれば手を貸したし食堂で席を探す彼にきちんと四人分の席を空けてあげたりして合流までの短い時間の会話を増やす。
折角だから彼女…否、彼か。監督生くんにも声を掛けた。話を聞いたら中々生きにくそうな性質であったし彼に好意はなかったので問題なさそうだった。曲者揃いの先輩たちに囲まれて大変だろうから何か困ったことがあったら相談してねと笑いかければ彼の警戒心を解くのは容易い、優等生くんもね。初めは異世界人である彼への害を心配していた筈の彼はすれ違えば声を掛けたり手を振ったりしてくれるようになった。その際に小走りで近寄って少し会話を楽しみ、購買で会ったら「お友達には秘密よ」とお菓子を買ってあげたりもした。あのグループから【なんの対価もいらない、優しい先輩】という称号を得たらあとはもう簡単。共に食事をする日や課題を手伝う日も増えて、さり気なく二人きりで秘密のお話を交えていればアッサリと彼は私のものになったのだ。
「彼ってばね、先輩はぽやぽやしてるし仕方ないからオレが守ってあげるって言ってくれたのよ。」
「この計算尽くの女のどこがぽやぽやなのかしら…。」
「ふふ、家のこともあの人のことも話したんだけどね?そんなの変でしょって、なんかあったらオレんとこ来てよって。私の方が卒業が早いから心配だけど、それでも自分が卒業したら輝石の国まで迎えに行くからその後は薔薇の王国で暮らそうって!」
「はあ……アンタなに付き合うどころか結婚の言質まで取ってんのよ…。」
「どうして?折角告白してくれたんですもの。きちんと誠実に、将来結婚しなきゃいけない相手がいるって伝えただけよ?」
「相手が見つからなければ、って言わなかったくせによく言うわ。本当に性悪女ね。」
「褒め言葉として受け取っておくわ。」
ヴィルはもう聞きたくない、なんて言うけど私のカップが空になったのを一瞥したら用意してくれる。そうやって私のことを甘やかすから何度だってヴィルの部屋に来てしまうのに、本当に不器用で優しい人。
「ねえ、ヴィル。」
「なによ。」
「ヴィルに好きな子が出来たら応援するからね。」
「余計なお世話!」
ツンとしたくせに、私と目が合えば二人でくすくすと笑ってしまう。ああ、なんて良い友達だろう。いつかヴィルに好きな人が出来たら相談されてみたい。こんなに良い男が好きになる子だもの、きっととっても素敵な子だわ。ヴィルは素直になるのが苦手で、でもきっと好きな子の手を引きたいから相手の子は少し大変かもしれないけれど…でも私の親友ですもの、そんなことで挫けちゃうような簡単で安い人は論外ね。
「週末に向けてチェリーパイでも作ろうかしら。」
「好みもリサーチ済なわけね。」
「あら、一緒にご飯を食べたりお菓子を買ってあげたのはそれを知る為の投資よ?」
「アンタみたいな女とだけは付き合いたくないってことだけは確かよ。」
「トレイくんの作るチェリーパイには味が劣っちゃうのが難点…あ、少し焦がしちゃうのも手よね。付き合ったばかりの彼女が慣れない手付きで作った、なら味のアドバンテージは埋められるかも。きっとトレイくんの作った方が美味しいって言いながら部屋に戻ってルームメイトに狙われても全部一人で食べようとするの。」
「まあ、そうでしょうね。アンタがお菓子作り好きなんて一部しか知らないから通用すると思うわよ。それにしてもアンタ、新ジャガの迎え行くんじゃなかったの?」
「…もうそんな時間?わ、補習終わったみたい。少しだけ帰りが遅くなっても良い?」
「21時までには自室に戻るなら好きになさい。」
「ありがとう、ヴィル。大好きよ。」
美味しい紅茶ご馳走様、行ってきますとわざとらしく簡素なカーテシーをして見せれば呆れ顔で送り出してくれた。きっと今頃惚気はコリゴリ、なんてボヤいている頃だろうな。零れる笑みをそのままに鏡を通り抜けて校舎へと向かった。
「エースくん、デュースくん、ユウくん、グリムくん!」
「イザベラ先輩?」
「イザベラ先輩!お疲れ様です!」
「あーもう!転ぶから走らねえの!」
「ふふ、ごめんなさい。皆が見えたら嬉しくなっちゃったの。」
キョトンとしたユウくん、勢いよく頭を下げるデュースくん、怒ったみたいな顔して走り寄ってくれるエースくん。グリムくんはユウくんの腕の中で眠そうに欠伸をしていた。
「イザベラ先輩、これからエースとデートですか?」
「えっと…今日会えてなかったから少しでも会いたくて、エースくんに無理言っちゃったの。エースくんにも予定があるだろうしデートではない…かな?」
「そういえば今日の昼イザベラ先輩が居ないってエースがキョロキョロしてたな。」
「エースが寂しがってました!」
「デュースも監督生も余計なこと言うなっつの!」
「まあ、そうなの?本当なら嬉しいなぁ。今日はヴィルくんと少し打ち合わせがあって一緒にお昼したの。」
「打ち合わせ?」
「金曜日の放課後にヴィルくんの撮影に少し付き合うの、顔は映らないようになるけど…予定してた女優さんが都合悪くなっちゃったみたいで、ヴィルくんには普段からお世話になってるから少しでも恩返しになったらいいなって。……恥ずかしいからみんなは見ないでね?」
ユウくんとデュースくんの目がキラキラしている、雑誌に載るのは初めてじゃないんだけどこれは秘密。でもエースくんだけは少しだけ嫌そうな顔、可愛いなぁなんて思ってたら友達の前なのに私の手を取って軽く繋ぐからビックリして見上げたら視線が絡んだ。どきっとしちゃう。
「先輩、土曜の予定は?」
「うん?ええと、その…午前中は少し用事があるけどお昼からの予定はないかな?」
「じゃあ土曜日デートしよ。」
「ふふ、喜んで。」
「エースがいちゃついてんだゾ。」
「しっ、グリム邪魔しちゃダメだよ。」
「エースがデレデレしててちょっと気持ち悪いな。」
「おい、聞こえてんぞ!デュース!!」
くすくす笑いながら仲良し三人組…いや、四人組かな?を見る。それでも繋いだ手をぎゅうっと握り返して少しだけ距離を詰めたら耳を真っ赤にしたエースくんが目線を逸らして二人と一匹を追い払うみたいにして去っていく背中を見届けた。
「……ヴィル先輩との撮影、あんまくっつかないでよ。」
「ヤキモチ?」
「当たり前でしょ、先輩俺の彼女なんだから。」
「…私もいつもユウくんと仲良しなの、妬いちゃうからおあいこにしましょう?……なんて、大人気ないね。」
恥ずかしいから忘れて、と付け足せばエースくんが意地悪く笑ってさっきまでの不機嫌がなかったみたいにそのまま私の腕を引っ張って歩き始める。メッセージでやり取りしてもいい筈なのに態と遠回りして土曜日の予定を立てようと提案してくる年下彼氏の可愛さたるや!…あ、午前中の予定のことも伝えておいた方が良いよね、前日がヴィルと過ごす予定だから勘違いさせちゃうし。
「あのね、その…土曜日の午前中、チェリーパイを焼こうと思ってたの。トレイくんが作る方が絶対美味しいんだけど…受け取ってくれる?」
「彼女の手作りなんだから貰うに決まってるでしょーが。デート終わったら部屋に送るからその時にでいい?」
「うん、頑張って作るから良かったらみんなで食べて?」
「はー?オレが一人で食べるっての!」
「もう、お腹痛くなっても知らないよ?」
ゆらゆら繋いだ手を揺らしながら歩いていたら中庭でエースくんの足が止まる。どうしたの?と声を掛けたらエースくんがもう一回強く私の腕を引っ張って、柱の影へと二人分の体が隠れる。ちゅ、と軽い音がして何かが頬に触れて、そして何が起きたかを理解すれば顔に熱が集まるのが分かる。こんなところで、と言おうとして唇を開くけどあっという間に腕の中に抱き込まれてしまえば真っ赤になった顔をそのままにするしかない。文句もきっと、許してくれない。ばくばくと心臓が壊れちゃいそうなくらい高鳴って、それでも何とか彼の名前を呼ぶ。
「エースくん、」
「ほんと、オレ以外に簡単に触らせないでよね。先輩ぽやぽやしてんだから。」
「ご、ごめん…?」
「……キスしてくれたら許す。」
「こ、此処で?」
「此処で、今すぐ。」
「今日のエースくん、意地悪よ…。」
爪先で立って、少し屈んでくれたエースくんの唇に自分の唇を重ねる。触れるだけのキス。それでもやっぱり恥ずかしい。自分でするのとされるのって全然違うのね、と零せばエースくんがまた意地悪く笑って、そのまま噛みつかれるみたいにキスされる。深くはしないけど、何度も合わせては離し、また合わせる口付け。
「っは、…もう、こんなところで……エースくんのえっち。」
「我慢した方ですー、ヴィル先輩と仲良すぎ。」
「友達なのにぃ…!」
「オレも他の人と近付き過ぎないようにするから、先輩もちゃんと気をつけてよね。」
「…はぁい。」
最後にもう一度強く抱き締めてからパッと離れてまた手を引かれる。可愛い、格好良い、好き。自然と緩む頬を隠しその背を追った。やっぱり土曜日のチェリーパイ、頑張って見た目も拘って作ろうかな、なんて思ってしまう私も彼の友人らが言うように浮かれているんだろうなぁ。鏡の前でもう一度キスされて、そのままヴィルの部屋へと戻ったのはエースくんにも、みんなにも秘密。