柔く、甘い
2004年くらいの話
いつもの抗争、喧騒の中に混じることなくいつも通り少し離れた場所で見るだけ。偶にこっちに来るけど適当にぶん投げて関節を捉えてしまえば何の問題もない。そもそも皆が私の方に来ないようにしてくれているので別段困ることはなかった。ぼんやり見つめて、ああそろそろ終わりかぁなんて思ってたら凄い勢いで迫って来る人が来て身構えたら我らが副総長だったので気を緩める。綺麗に編まれていた筈の三つ編みはボサボサではあるもののそこまで怪我はしてなさそう。報告だろうと辺りを付けて数歩近寄る。
「終わりそ?」
「……。」
「ドラケン?」
真っ黒な瞳が私を見つめる。喧嘩後特有のアドレナリンどばどば状態だな、これ。報告じゃなくて少しクールダウンしに来ただけなのかも、なんて思っていたら急に手首を掴まれる。え?と溢れた言葉はドラケンには届かなかったらしく、強い力で引っ張られるばかり。抵抗しようと思えば出来なくもないんだけど…様子が可笑しい。とりあえず連れて行かれるまま足を進めていれば物が山積みになった、誰にも見られず、誰も見えない場所へと辿り着く。困った、意図が読めない。というか失恋決定とはいえそういった目で見ている此方としては大分困った状況である。役職柄二人で話す時間は確かに多いけれど、いつだって周りには人が居たから二人きりとなると落ち着かない。ドラケンは黙ったまま、私の手首を離さないでいる。
「どうしたの?」
努めて平常を保った声音で聞けばドラケンが私の手首を解放した。こんな風に意図的に人を避ける程の何かがあったのだろうし…その何かを話す気になってくれたのだと思った、瞬間。ドラケンの腕が私の腰に回り、顎を掬い上げ唇が重なった。今の私の顔はきっと水をぶっかけられた猫みたいになってる、それくらい理解が追い付かないのだ。そんな私を気付いていないのか知らないフリをしているのかは不明だがドラケンの舌が私の唇に触れる。まるでこじ開けるみたいに。きゅう、と胸が締め付けられるような感覚。どうしたらいいか分からない、でも、なんて考えてたら呼吸の確保の為に口が開いてしまう。それを待っていたかのようにドラケンの肉厚な舌が咥内に滑り込んできて、私の舌を捕らえる。思わず目をキツく瞑ってしまったのが間違いだった。視界が閉ざされた分、他の感覚が鋭くなってしまう。唾液を絡めるみたいに舌を合わせたかと思えば歯列をなぞり、舌先を甘く吸われ、柔く歯を立てる。まるで食らうかのような口付け。呼吸もままならなくて、そんなつもりもないのに私の口からは合間に甘ったるい声が漏れて情けない。
「ふ、…っん、ぁ、」
「っ、は…、」
止めなきゃ、と思うのにどうしたって止められない。だって好きな人がキスしてくれてる。これを逃したらきっと一生ないって分かってるから拒絶しきれないのだ。でも、そんな個人的な意見を通し続けるわけにもいかない。なんとか腕の中から逃げようと身を捩れば更に力が篭ってドラケンの体で胸がひしゃげるくらいに抱き締められる。
一度離れた唇が角度を変えてまた舌を潜り込ませて来て、まるで口の中にある何かを探すみたいに隈なく舐められては思い出したかのように舌を絡ませて舌腹を擽ぐられるとどんどん力が抜けていくのが自分でも分かる。飲み込みきれない唾液が顎を伝う。荒い呼吸を繰り返すのに一向に終わりの見えない口付け。なんだか悔しくなってきて、やり返そうと思うのに上手く動けない。舌が痺れたみたいになって、多分ドラケンが支えてなかったら膝から崩れるだろう。なんて思っていたら急に口付けと腕が解かれる。予想通り崩れてへたり込んだ私の背後には壁があったからそこに凭れて呼吸を整えようと浅く肩を揺らしていればまた、ドラケンの顔が迫って来る。壁に背を預けてしまったせいで逃げられもしない。
「ドラケ、…待って、なにし、……ッん、…は、」
もたつく舌を必死に回したというのに無情にもその声は彼の行動を止めることは出来なかった。へたり込んだ私をまるで隠すみたいに覆いかぶさって甘く痺れる舌先に犬歯が触れ、傷付かない程度に甘噛みされてわざと音を鳴らして吸い付く。二人分の荒い呼吸とくちゅ、と水音がやけに響いて凄くやらしいことをしてる気分になる。いや、やらしいんだけど。でも、なんで?
引き続きパニックの私だがドラケンは止まらない。時には柔く啄み、舌先で上顎をなぞり、頬の内側まで舐められてもう口の中に溢れる唾液が自分の物なのか、ドラケンの物なのかなんて判別が付かない。どうしよう、腹の奥が疼くような感覚。もっとしたい、なんて欲望が顔を出す。咥内のどこに触れられてもぞくぞくと背筋になにかが走るのに自分の意思じゃ全く動かないくらいに鈍くなっていて。口付けの合間に名を呼べば返事みたいに舌が甘く噛まれる。
「…ッ、どぁけ、」
「……紗織、」
甘ったるい声に反応したみたいに今度こそ口付けが解かれる。完全に腰が抜けた、自覚済み。口元が唾液で濡れているけど拭う余裕もなく、兎も角上手く回らない舌でも意図を聞き出さなくては。
「急に連れ込んで、彼女でもないのに、キスしたらダメ、でしょうが…っ、」
「彼女なら良いのかよ。」
「そりゃ、恋人なら…人によると思うけど、……ていうか、なんで急に、ッ、」
また唇を塞がれる。続く言葉を遮る為なのか、先程までの咥内を荒らすような口付けではなく、甘ったるさすら感じる程に唇を合わせるだけ。偶に下唇を食んだり甘噛みしたとしてくるから思考がじわじわと溶けていく。ドラケンの手が太ももに触れてスカートの中にギリギリ入らないくはいの位置で指先を滑らせて来るからその度に体が跳ねる。ちゅ、ちゅと子供じみたキスをする癖に手付きは完全に性を感じさせる物で。指先がスカートの中に潜り込みそうになって、堪らずドラケンの肩に手を置き押すけれどびくともしなくて。は、と呼吸を零すとドラケンと視線が絡む。熱を帯びた、欲を孕んだ男の目だ。
なんで?エマが好きなんでしょ?なんてぐるぐると思考が回る。でもそれを言葉にすることは許さないとばかりに口付けは続き、いい加減唇の感覚が薄れてきた。どうしよう、このまま流されたい。でも誰かの代わりになるなんて嫌だ。目一杯肩に置いた手に力を込めて押すとドラケンが太腿から手を離して私の頬を包む。なんでそんな目で見るの、そんな、愛しいものを見るみたいな、どうしようもないような顔で私を見るのか。息を呑んだ私を見たドラケンがまた開いた口に舌を捻じ込み絡め取られる。呼吸すらままならない、ぎゅうと彼の特服を握り込んだ。
「ケンチン、さっちん何してんの?」
聞き慣れた、我らが総長の声。その声に反応したドラケンが私の口から離れて、そのまま腕の中に抱き込まれる。色んな匂いが混じってるのに、ドラケンの匂いは分かっちゃう自分にちょっと嫌気が差した。いや、それどころではないのだけれど。…なんて説明すればいいんだ?ドラケンが暴走してエマと私を勘違いしたとか?もしくは喧嘩で昂った気持ちを発散する為なのか、ねちっこいキスで使い物にならない頭を回転させるけど何が正解か、わからない。
「さっちんってケンチンのヨメ?」
「そうなりゃいいと思ってる。」
「え、ヨメじゃないのに手出したの!?ケンチンってばハレンチ!!」
ん?なんか今凄い単語が飛び交った気がするんだけど?ヨメになったらいい?ドラケンが好きなのはエマでしょ?
「どらけ、」
「…ん?」
「エマじゃ、ないの?」
「ッぶ、ははは!ケンチン!何も伝わってないじゃん!」
「マァイキー…!」
なんだか我らの総長はご機嫌である。副総長はなにやら気難しいような顔をしているけれど。二人がぎゃあぎゃあやってるおかげでとりあえず息は整ってきた、まだ微妙に舌ったらずな気もするが…あんなことしてたらそうなるか。いや、知らないけど。なんせファーストキスでしたし。
「終わったからオレら先帰ってんね。さっちーん、ちゃんとケンチンに送って貰いなね!」
「…う、うん?」
爆弾を落とすだけ落とした総長様は特服を靡かせさっさと行ってしまった。しん、とした空気が流れる。そりゃそうだ、急にあんなことして、それを身内に見られるとか穴掘って埋まりたくなる案件である。やばい、桃に会いたくなって来た。全力でヘルプを出したいという意味で。とりあえずドラケンは私のことを一度解放して欲しい…嬉しいには嬉しいんだけど、ちょっとそれどころではない。
「……悪かった。」
「…ファーストキスだったんですけど。」
「いや、キスしたことに謝ったわけじゃねぇ。後悔してねぇからな。」
アッサリと言い切りやがった。キスしたこと後悔してないって、コノヤロウ。いくら相手が自分の恋愛対象としても流石に怒っていい気がして来た。いや、多分ずっと前から怒ってよかったんだろうけれど。
「順番間違えて悪かった、って意味。」
「順番…?」
「好きだ、オレの彼女になってくれねぇか。」
「そん、なの…え、だって、ドラケンはエマが、」
エマの名前を出した瞬間、さっきまでは隠す程度に抱き寄せられていた腕が痛いほどに強くなって抱き締められる。ドラケンの唇が耳に触れて、そうして低く、甘く…縋るような声で囁かれる。
「……なぁ、いい加減気付けよ。」
「わ、私の方がずっと前から好きだった!」
半ばヤケクソのように叫んでやれば驚いたのかドラケンが固まる。が、それも一瞬で何が何だか分からないうちに壁ドンみたいな状態になった。匠かよ、言ってる場合か。鼻先がくっつきそうな、それでもきちんと顔を見れる距離感で真っ直ぐ見つめられると顔を逸らしたくなる。でも、なんかそれは負けた気がするから視線は逸らさない。
「ずっと前っていつ。」
「え、…東卍結成して二ヶ月、くらい?」
「オレは中学上がる頃には好きだったけど。」
「エマは!?」
「オマエはなんでそんなエマに拘ってんだよ…普通に妹みてぇなモンだっつの。」
「…私、ドラケンはずっとエマのことが好きなんだと思ってた。」
「家族愛、っつーと可笑しいかもしれねぇけど、親愛ってヤツ。少なくとも性的対象じゃねぇ。」
「言い方ァ!」
ずい、と顔が近寄って来て、いつの間にやらネクタイが解けてボタンを一つ多く外された。どう考えても中二の男子ではない。そのまま剥き出しになった肌にドラケンの唇が触れて甘く吸い上げられる。じくりとした痛みを感じて身を震わせるとドラケンがアッサリと離れる。鏡を見なくたって分かる。コイツ、キスマーク付けた。ちらりと下を見てみれば胸にしっかりと残って…え、これどうやって隠せばいいの?当たり前だけどブラとかで隠せない位置なんだけど。
「胸へのキスは所有欲と独占欲、らしいぜ?」
「〜ッ、バカじゃないの…!」
「あと、返事聞いてねぇんだけど。」
「聞く前にねちっこくキスしたり、痕付けたりしたのドラケンでしょうが!」
「オラ、早く。」
「もおぉ…!私も好き、彼女にして…責任取ってよね。」
年下の男に振り回されることになろうとは。いや、結構前から一虎とか圭介とかには随分振り回されたけど!ドラケンと三ツ谷だけは大人しくて手の掛からない良い子だと思ってたのに…いや、圭介と一虎が段違いに人様に迷惑をかけるプロなだけか。マイキーは普段が幼児で、パーはバカなだけ…あれ、うちのチーム大丈夫か?なんて思考が回り始めたらドラケンの手の甲が私の唇を撫でる。
「ちと腫れてんな。」
「は!?…誤魔化す為にちょっと一発顔殴って。」
「何言ってんだ。女を殴る趣味はねぇしヨメを殴る趣味はもっとねぇわ。」
「ンンン…!」
嬉しいのと恥ずかしいのとなんか悔しいので感情がぐちゃぐちゃになって来た。ドラケンのヨメ、ずっとなりたくて、でもずっと諦めてたことだ。だから嬉しいんだけど、でも恥ずかしいものは恥ずかしいし、しれっと言い放つ余裕そうなドラケンにも腹が立つ。
「公私混合する気はないから、普段は…皆の前では副総長と相談役で居るからね。」
「おー、構わねぇよ。」
「……創立メンバーには、言ってもいい。」
「了解。」
髪をひと束掬い上げて口付けるドラケンは悔しいけど格好良い。自分から手を伸ばしてこめかみの龍に触れるとちょっとだけ驚いた顔が見れた。この龍の意味は知らないけどきっと彼にとって大切な物なのは間違いない。だから撫でるくらいしか私には出来ないけれど、でもそれでもいい。ずっと欲しかった龍は私のものになってくれた。まあ、今後もお互いマイキーとチーム優先だろうけど。
「好きだよ、堅。」
「……二人きり以外で呼ぶなよ、ソレ。」
「皆の前で呼んだらあからさま過ぎるから呼ばないよ。」
「顔、完全に女のソレだからな。」
「……ばか!」
完全に恥ずかしさの勝利、べちんと音を立てて引っ叩くとその手を掴まれて指が絡み繋がる。見つめられたら何をしようとしてるのか分かってしまう。大人しく目を瞑るとやっぱりキスされて、でもさっきみたいに口をこじ開けたり甘噛みしたりしない、優しく触れるだけのキス。
「……送ってく。」
「……ん。」
結局その日は家に送られ、ドラケンはそのままゼファーでどっか行った。多分マイキーのとこだろう。まだドキドキしてる、何だこれ。とりあえず夕飯は作り置きでいい、お風呂はしっかり入ろう…色々疲れた。ゆっくりお風呂に入ってから冷蔵庫にある緑茶をコップに注いで飲む。存在を忘れてた携帯を取り出して開けば受信メールが六件。めちゃくちゃ嫌な予感がするけど操作して一番古いのから開いていく。
マイキーに圭介、パーに一虎に若干の誤字を含んだ三ツ谷。内容はおめでとうとかそんなん。伝わるの早過ぎだろ。誰だよ、マイキーか?ドラケンか?なんて思いながらとりあえず感謝と今後も変わらず接して欲しい旨を伝えて送る。最後の一件は、ドラケン。かち、と携帯を操作する音がヤケに大きく聞こえた。
【おやすみ、愛してる。ちゃんと戸締まりしろよ。】
簡素でいて、そのくせなんて恥ずかしい内容を…!くそ、確かにメールのやり取りなんか誰にも見せないけど、だからってフルアクセルで踏み込んで来るヤツが居るか、バカドラケン。そっちがその気ならこっちだって、と負けず嫌いスイッチが入る。そうして打ち込んだものを恥ずかしくなって消す前に送信した。
【愛してる、私の龍。おやすみ。】
ぽんと携帯をベッドに放り投げてそのまま寝転ぶ。恥ずかしいのでもう返信はしない、なんて思ってたら携帯が着信音を鳴らす。桃かな?なんて気軽な気持ちで携帯を手に取り発信者を見ればマイキーの文字。なんだ?と思ってそのまま電話に出る。
「どしたん?」
「ケンチンが壊れちゃった。」
「は!?」
「今三ツ谷と三人で遊んでたんだけどさー、携帯見た瞬間にケンチンが動かなくなった。さっちん何したの?」
「……なんで私って決め付けるのよ。」
「ケンチンがこんなポンコツになるのさっちん相手だけだもん。オレらが中学上がる時だってさっちんに彼氏が出来たらどうしようってオレらにめちゃくちゃ…うわ、やべ!」
「は?え?マイキー?」
「……ドラケンとマイキーが取っ組み合い始まったワ。」
「バカじゃないのか、アイツら。」
「いやでも本当おめでとな。」
「…ありがと、とりあえずおめでとうついでにバカ二人を止めてちょうだい。」
「努力はするよ。」
「とりあえず切るよ?あんたら、明日の学校遅刻したらぶん殴りに行くからね。」
「二人にも伝えとく。…あ、ちょ!」
なんだもう、騒がしいな!マイキーの声が途切れたと思ったら三ツ谷になって、また三ツ谷の声が途切れる。もう勝手に切ろうかな、なんて思ってたら急に低い声が電話越しに聞こえた。
「聞かなかったことにしろ。」
「ドラケン…アホやってないで早く帰って寝ろ。」
「分かったから、忘れろ。」
「何も聞いてないわよ。だから…いや、うん。……寝る前に、最後に声聞けてよかった。おやすみ、堅。」
えい、とそのまま電話を切る。あとはもう何も知らない。例え彼が多少石化しようがマイキーがそれを揶揄おうが三ツ谷が苦労しようが私の知ったこっちゃない。明日も学校なので、私はさっさと寝よう。布団に潜り込んで疲労感をそのままに眠りに付いた。