拝啓、顔も名前も知らぬ人へ


年齢操作、捏造含む



ふと目を覚ます、体の節々が痛み小さく唸り声が漏れたが隣で眠る男は未だ目を覚ます様子はない。最近黒く染まった髪はまだ見慣れないんだよね。相変わらず存在する龍は剥き出しだが色だけでここまで印象が変わるとは思わなかった、なんて思いながら黒髪に指を通す。紆余曲折しながらも取り付けた約束である週一のトリートメントで初めて髪を洗ってやった頃よりは随分と指通りが良くなったものだ。とりあえずその辺に散らばった服を手繰り寄せて下着を身に付け、Tシャツを引っ掴んで頭から被る。あ、やべ。よく見てなかったけどこれ堅の服だ。まあいいや、私の家にある服だから広い定義で言えば私の服ということにしよう。

ベッドから這い出てまず洗顔やら何やらを済ませて、朝食作りに取り掛かる。冷蔵庫を開けば、まあ、それなり作れそうな感じ…油揚げと玉ねぎの味噌汁、卵焼きまではさっさと決まったけど主菜に困る。シャケ焼くか?それともいっそ卵焼きじゃなくてオムレツにして、ミネストローネと食パン焼くのも手?いや、堅は朝食に和食を出すとなんか喜んでくれるからやっぱり和食にしよう。丁度作り置きの胡麻和えが二人で分けて一食分だし。鼻歌混じりに朝食作りをして居れば影が落ちて、大きな体に包まれる。

「起きた?」
「…なんで居ねぇんだよ。」
「ふふ、ごめんごめん。」
「そんで、なんでオレの服着てんの?」
「くじ引きの結果…?」
「なんだそれ。」

おはよ、と声を掛けながら振り返り顔を上げれば挨拶と共に軽い口付けが落とされ、半裸のままのしのし歩いてどこかに行った堅を見送る。多分洗面所だろう、朝食作りに戻って丁度盛り付けまで終わったところでまたでっかいのがキッチンに戻って来たので配膳を手伝って貰い二人で向かい合って朝食を取る。ニュースをBGMにお互いの予定を確認し合うと、堅は午前中だけバイク屋に顔を出さなくてはならなくなったらしい。弁当を作る時間はないな…なんて考えてたら昼過ぎには帰れると言うので私も仕事をすることにした。堅が支度を済ませている間に洗い物を済ませて玄関先まで見送りに行く。軽くキスをして送り出したら私も着替えてさっさと仕事部屋に向かう。


あんだけ進路に迷ったが、私は結局音楽の道へ進んだ。楽曲提供を本業にしつつ、YouTubeで弾き語りのチャンネルも並行している。顔出しはしてない、手元だけ。勿論楽曲提供とは別の名前で、ひっそりセルフカバーなんかもしていたり。最近だとYouTubeの方が稼げてしまっているような気がしないでもない…基本はカバーを中心に活動しているがたまーにチャンネルでオリジナル曲としてボツ作品などを歌っている。先日リクエストされた流行りの曲をやろうかなぁ、とギターを取り出す。音の微調整をして、先ずは一度通しで。30分ほど調整をすれば本撮り、PCで確認してから編集を済ませ18時に予約投稿して…と。ついでに一週間程前に上げた動画のコメントを流し見してExcelにリクエストを打ち込んでいく。その中に高校時代のバンドメンバーが歌う曲があって頬が緩む。プロになりたいって言ってた彼女がこうして世間に知れ渡り嬉しい限りである、打ち込んだ文字をそっと太字に編集してなるべく早い段階でやろうと決めた。まあ、中にはとんでもない暴言なんかも混じっているがこちとらヤンキーに囲まれて育ったみたいなもんなので別段傷付くこともなく…元気だなぁと思うばかり。ネット社会になって暫く経つけどやっぱり匿名だと好き勝手に書く人が多いよなぁ。

暫く仕事に勤しんでいると軽快な音楽と共に端末が震える。堅からの通話だったからすぐに出れば今から帰るとのこと。勢いよく時計を確認すれば時刻は13時手前、完全に時間感覚を失っていた…くそぅ。

「ごめん、仕事しててお昼作ってないや。」
「じゃあ帰ったら速攻シャワー浴びて着替えっから外に食い行こうぜ。」
「おっけ、化粧しちゃうわ。」


堅の職場からうちまではバイクで10分程度、つまりあと30分しか時間がない…慌ててPCのデータ保存をして予約投稿が出来ているかを確認してからシャットダウンし、急いで化粧を始める。丁度ベースメイクが終わった辺りで堅が帰って来たのでまた玄関先まで迎えに行けば柔く唇が重なって、ぽんと軽く頭を撫でた後さっさと浴室に向かう。別にこうしようと決めたわけじゃないけど、なんとなく玄関先まで行ってしまう。深い意味はない、ただ顔が見たいだけ。さて、さっさと化粧を終わらせてしまおう。

流石にもう桃の協力を仰がなくても化粧くらいは出来るし、簡単なヘアメイクも覚えた。撮影用の服から着替えて髪をセットし、リップを引いたタイミングで堅がお風呂から上がってくる。髪は既に乾かしてあったので着替えてアクセサリーを付けたら行けそうかな。鞄の中に必要最低限を詰めて準備OKである。


「紗織。」
「はーい。」
「ん。」

差し出された右手の薬指に指輪を通す。高校時代に揃いで買ったのだが、こいつが意外と長持ちなのだ。真っ黒でゴツいハワイアンジュエリーはどちらかと言うと堅の好みだけど今はもうないと落ち着かないレベルになっている。あ、私も撮影の時外したんだった。机に置きっぱなしになっていた指輪を摘んで堅の掌に乗せる。

「ん!」
「おー。」

今度は私が手を差し出すと堅の指先がまるで宝物に触れるみたいに私の手を取って定位置へと指輪が収まる。そのままなんとなくキス…されそうになったのを顔面を掴んで止めた。

「なんだよ。」
「口紅取れちゃうもん。それに、堅だって口紅付くの嫌でしょ?」
「塗り直せばいいし、拭えばいいんだよ。」
「やだ、これ堅がくれたやつだから大事に使う。」
「……口紅を贈るのは少しずつキスして返せってことだろうか。」

結局手首を掴まれキスされた。堅の唇が薄ら赤くなってしまったが特に気にしてないようで適当にティッシュで拭っていたので私も乱れたリップを塗り直す。今度からティントにしようかなぁ…でもあれ乾燥するんだよね、悩みどころ。グロスはあんまり好きじゃないし…うーん、今度桃に相談しよう。


そのまま右手を取られて玄関を出る、堅が合鍵で締めたのを確認してから歩き出す。バイクで行くのかと思ったけど今日は徒歩らしい。

「何食べるー?」
「最近出来た中華料理屋行きたいって言ってたろ、そこ行こうぜ。」
「やった、天津飯!」
「わかったわかった。」

バイクで出掛ける日が殆どだけど、偶にこうして手を繋いで歩く日がある。一応高校卒業と同時に運転免許証は取ったのでレンタカーを用いて遠出したりもする。堅はなんかいつの間にか色んな免許取ってた、懐かしい記憶だ。中華料理屋で一品ずつと摘めそうなものを数品選んで注文し、雑談混じりにそれを突く。

「そういや、この間気が付いたけど私たち付き合って10年になるらしいよ。」
「……そういやそんなもんか。」
「あの時堅が中二で私が高一だったもんなぁ。」
「…色々あったな。」
「中三の時死にかけたのまだ許してない。」
「悪かったって…!」

おりゃ、と堅のエビチャーハンのエビを奪い取るけど怒られることもなく。マイキーの暴走を含めて怒涛の数年を過ごしたのだ、因みに去年エマが結婚した。中二の時から口説かれ、中三で付き合い始めて去年…まあ、そこそこ長く付き合った方だろう。桃たちは結婚という形を取るのが大変そうだし今更色々変わらなさそうだからあんまり考えてないみたい。三ツ谷はもう少し自分がデザイナーとして稼げるようになったらプロポーズすると、この間うちに飲みに来た時に話してたな。パーとぺーはタイミングを測ってるっぽい?マイキーはよく分かんないけど引っ叩いたあの一件から多少私に依存傾向がある…ような。完全にお母さん認定されてしまった。あと私と堅が一緒に居ると嬉しいから見てたい!と頻繁に遊びに来ていたことを考えると…ううん。花垣は相変わらずヒナのことばっかりだし、理央と薫も相変わらず二人セットである。色々引っ掻き回した稀咲が今どうなってるかは知らないけど彼女が人の道に戻してくれたようだしそこまで心配してない。英と春千夜も変わらず…未だに双方から無自覚惚気と惚気爆弾をされるがあの何考えてるから分からないらしい兄の傍に居てくれるのなら良いなと思う。

……そして、私たちはなんとなく結婚という問題を先送りにしている。両親はイカつい男が来たと最初ビックリしてたけど性根が真っ直ぐな堅に結構簡単に絆されていたので問題はない。なんで結婚しないの?と投げかけられれば、お互いタイミングを逃した説が濃厚なのだけど。いや、私が一虎が出て来るまでは結婚したくないと言ったのも大きいか。兎も角、そういう話が出なかったわけでもそういう雰囲気にもならなかったわけではない。今日のように歩いてデートする日なんかは公園で遊びまわる子供をじっと見ている堅だって何度も目撃したし。結婚願望は、お互いある。子供だって欲しい。でもなんか…公園で遊ぶ子供を見守る母親を見る目を見てるとちょっと不安になるのも事実。とはいえ結婚も妊娠出産も一人でするものではない、私が一人で考えても仕方ないことなので天津飯の最後の一口を口に運んだ。


「ご馳走様でした。」
「ご馳走さん。」

堅に持たせている共有財布で支払いを済ませてまた二人で手を繋いで店を出た。その辺を適当に歩きながら他愛もない話をしていると堅がピタリと足を止めた。ふと視線を堅の見ている方向に向ければ楽しそうなカップルが一組、ジュエリーショップに入るのを見ているようだった。

「……堅。」
「あ、悪ぃ。どこ行く?」
「家帰ろう。」
「は?」
「その前に本屋かコンビニ寄ってゼクシィ買うぞ。」
「は!?」


未だ混乱中の堅の手を引っ張って近くの本屋で結婚雑誌を手に取りさっさと帰路につく。堅は何も言わないまま、ただ私と繋いだその手を見ていた。無事帰宅し、数時間前に朝食を済ませたダイニングテーブルへと促して机の上にゼクシィを放り投げるように置き、そのままテーブルに手を乗せる。

「大事な話をしよう。」
「いや、オマエ…。」
「コーヒーいる?」
「……頼む。」

さっさとキッチンに向かってインスタントコーヒーを二つ用意し、揃いのマグカップをお互いの前に置いてから私も席に着く。堅が終始何とも言えない顔をしているが、それは多分、一人で考えたって仕方のないことだから。

「付き合って10年、今までも2回くらい結婚の話題が出たけどなんとなく先送りにして来たよね。」
「…おう。」
「二人とも働いてるし、堅の方は詳しく知らないけど私はある程度のまとまった額で貯金は出来てる。それに在宅ワークが中心だから妊娠出産に問題はない。一虎もこの間出て来たから私には結婚を先送りにする理由はもうないよ。」
「……貯金はしてるし、店も軌道に乗って来てる。」
「別に今すぐプロポーズしろ、なんて言わない。でも、何か思うことがあるなら伝えて欲しい。」

同棲は、堅が断った。頻繁に泊まりに来て半分同棲状態だけどそれでもこの家に一緒に住むという話も出ない。これに関しては深く追求しないつもりでいた。二人で暮らすだけの広さはあるけどそれだけじゃないのも分かってるから、いつか堅が吹っ切れるまでは待つ気でいた…んだけれども。

「一人で考え込まないで相談しなさい、ずっと言ってきたつもりなんだけど。」
「それは、」
「堅が結婚する気はない、子供はいらないって言うのならこの話は終わりにしよう。肩書きにばかり拘る必要はないし、このままの関係が良いなら私はずっとこのままでも良いよ。」
「違う、結婚してぇしガキも欲しい。」
「うん。」
「ただ、オレはあそこで母親を待つって、思ってたから。」
「お母さんが来るの待つ?それでもいいよ?」
「…どうケジメをつけたら良いか分からねぇ、式すんなら、親類席空いてんのもだろ。」
「じゃあ、式やるならうちの親も呼ばないでいんじゃない?」
「は!?」
「東卍メンツだけかき集めてその辺だけの身内の式にしようよ。あ、春千夜の猛抗議が凄そうだから英だけは呼ばなきゃだけどそこは許して。あと桃は呼びたいから灰谷も来るな…東卍だけとはいかないか。」

完全に混乱している堅だが、コーヒーを飲んで一息つく。

「いや、でも、戸籍とかあんだろ。」
「うちに婿養子でも良いけど…でも、堅は私に龍宮寺になって欲しいでしょ?」
「まあな。」
「別に義母も義父も気にしないよ。あ、マサウェイさん居るから義父は居るのか?」
「オマエ、そんなあっさり…。」
「あのねぇ、確かに結婚は家の繋がりだけど根本は当人たちがどうしたいかなのよ。私は堅が何かあった時に家族じゃないからって理由で詳しい事情を知れない方が嫌。だから結婚したいと思ってる。結婚なんてしたい人がすれば良いし、子供だって授かりものなんだから今から考えたって仕方ないでしょ?」
「紗織はそれでいいのかよ。」
「はぁ?アンタと結婚したい気持ちにアレもソレもあるか。堅と幸せになりたい、それだけよ。」

堅が黙った後、肩を震わせる。そのままゲラゲラ笑い始めたので、もう大丈夫そうだ。漸くマグカップに手を伸ばして温くなり始めたコーヒーを煽り、そのまま私の左手を取る。

「結婚すっか。」
「不束者ですが、…世界で一番幸せな花婿にしてやるから覚悟しておけ。」
「おいなんか可笑しいだろ、それ。」
「堅は私のことを幸せにしてね?」
「任せろ。」


指輪がねえな、とお互い笑って今から買いに行くかなんて話をする。とりあえずいつまでも向かい合って間にゼクシィがある図が滑稽なのでソファに並んで座り手を繋いだまま堅が口を開く。本当は結構前から結婚の為に色々考えていてくれたことを教えてくれて、今日見かけたジュエリーショップにも何回か足を運んだことがあるらしい。これには結構ビックリした、金額やらデザインの下見してたんだってさ。

「そういや婚約指輪、いるか?」
「いらない。」
「じゃあ、結婚指輪だけ買うか。」
「……それに、コレが婚約指輪じゃない。」

右手の薬指にあるペアリングを見せれば堅が笑って、思い切り抱き締められる。いつかキチンとした物を贈るからと手渡された時点で私たちは誓ったも同然だ。それにこの指輪は確かに私たちの10年を繋いでくれていた、これ以上ないくらいに婚約指輪として活躍してくれたでしょう。

「流石に結婚指輪がこんなゴツい指輪は嫌よ。」
「下調べ中にオレらが好きそうなデザイン探しておいたから任せろ。」
「ふふ、忙しくなるねぇ。」


神に誓って、なんて私たちらしくない。誓うならそう、私たちを巡り合わせてくれた一虎やマイキー達が良い。騒がしい式を想像して込み上げる笑いのまま、そっと誓うように唇を重ねた。



タルト有馬す。