桃色ほっぺ



「せろぉ、抱っこぉ。」
「ん?ほら、おいで。」

手を伸ばせば男はその長い腕を広げて私を呼んだ。慣れてるなあ、なんて思いながらその胸に飛び込む。薄いけれど確かに男の子の体で、その薄い背中に腕を回して隙間無く抱き着いて息を吸い込む。嗅ぎ慣れた瀬呂の匂い。ぐりぐりと胸元に額を擦り付けて甘えると振動が伝わってきて笑ってるんだろうなって分かった。でもいつもの事だから気にしないで存分に彼を堪能することにする。


付き合ってる若い男女が同じ部屋に二人きり、しかもベッドの上ともなれば色っぽい雰囲氣になる事は少なくはないけれど今日はこの後、勝己や電気や鋭児郎、由花が来るからそうはいかない。勉強会をしようと言い出したのは誰だったか、確か電気だったと思う。雄英に入学しているからみんな頭が悪いわけではないけれど、それでもトップクラスの学校という事を考えるとやっぱりそこら辺の公立校とは勝手が違うから勉強を怠る訳にはいかない。私もそんなに頭が良い方ではないし、勉強会には大いに賛成して勝己と由花に先生を頼んでお昼頃から開始することになっている。勉強会が開催される部屋は大体、電気か鋭児郎か瀬呂の部屋が恒例になっていて、今日は瀬呂の部屋の番。因みに女子の部屋は…と言われ私と由花は不問、勝己は他者を部屋に入れるつもりがないらしい。でも確かに先生頼むのに場所まで提供して、なんて言ったら勝己は断りそうだからその形に落ち着いた。余談だが私が既に瀬呂の部屋に居るのは昨晩お泊まりしたからである。

膝に乗り上げて肩に顎を乗せると頭を撫でられてなんとなく睡魔が襲ってきそうになるけど寝る訳にはいかない。あと三十分もすれば人が集まりだして、一時間もすれば勉強会が始まる。瀬呂はそんな私を知ってか知らずか相変わらず優しい手付きで触れて来るからある意味堪らないような気持ちになる。落ち着くのなんて今更で、生まれてから殆どの時間を一緒にしていたからか当然に近い。だからこそ私と瀬呂の二人きりの時間というのは案外言葉数は多くない。態々言葉にしなくてもお互いが何となく求めてることがわかるし、言わなくても何を考えて居るのかは何となくわかるから。偶に思い出したように言葉にしては何となく笑ってしまうような、そんな空間は案外心地好い。瀬呂相手だからっていうのも少なからずあるんだろうけど私は他の男を知らないから詳細は不明。ただ心地好い相手、それだけで良いだろうから考える事はない。考えるのは得意じゃないし。


「起こすからうとうとしとけば?昨日結構起きてたし眠いでしょ。」
「んん…へーき。」

お言葉に甘えたいけれど寝起きはどうしても切り替えが上手くできないなら今寝てしまうと勉強に集中出来ない。由花は兎も角勝己に爆破されるのは避けたいから何とか意識を繋ぎ止める。瀬呂にくっついてるから眠気を助長して居るのは分かっているけれど、これから数時間はこの体温を感じることが出来ないと思うと離れ難く思ってしまう。普段からスキンシップは多いけどそれはそれ。愛しい恋人とは一分一秒でも長く傍に居たいと思うのは女として当然の心理だと思うし。

「起こしてあげよっか?」

頭を撫でて居た手が滑って頬に触れる。大きな掌に収まった私の顔を固定して瀬呂の顔が目の前に迫り、自然と目を瞑った。予想通り唇が触れて、逆に眠くなりそうだなんて考えていたのも束の間であっという間に唇を破り開かれる。長い舌が驚いて引っ込んだ私の舌を捉えて絡みつく。なんだか瀬呂の舌が熱くて溶けちゃいそう。首に腕を回して距離を詰め、仕返しにとこちらからも舌を伸ばす。瀬呂の犬歯が私の舌を甘く噛んで吸われる。そのまま口腔内を荒らされて肩で息をし始めた頃、やっと唇が離れて銀色の糸が伸びた。それを切ってから瀬呂を見上げればにっ、と笑みを向けられる。

「目覚めたっしょ?」
「覚めたぁ…ね、もっかい。」

今度は自分から距離を詰めた、その時。コンコン、と扉が叩かれる音がした。時計に目を向ければ集合時間の十五分前。多分由花だろうな。仕方ないから瀬呂の唇に一瞬だけ唇を落として膝の上から降りて扉に向かって足を進め勢い良く開いたら予想通り由花がそこに居て、でも由花は少し気まずそうに目線を彷徨わせている。どうしたのかな、なんて思ってたら突然視界が真っ暗になって、どうやら目元を瀬呂に覆われているのだと気がつくのに少し時間を要した。


「ごめん、邪魔した。一旦部屋戻るよ。」
「…五分だけ待ってて貰っていい?」
「うん、勝己たち迎えに行ってくる。」

私を除け者にして二人で話を進めるのを聞きながらとりあえず口は噤んでおく。多分、今何かを言っても瀬呂に怒られるだけだろうし。足音が遠くなって、やっと瀬呂が手を離してくれたので向き直ると何故か苦笑を浮かべていて尚の事意味が分からない。

「せろ?」
「あのね、なんて顔で迎えてんのよ。」
「顔?」

ぺた、と自分の顔に触れる。なんとなく熱を持っている感じはあるけれど…それはさっきまであんだけねちっこいキスしてたら顔に熱が集まるのは別に不思議な事ではないと思う。ん、あれ?なんか気が付きたくない事に気が付いた気がする。一人でぐるぐる考えていると瀬呂の唇が耳元に寄せられて、囁かれた。

「…オンナの顔してる。」

嗚呼、決定打。どうやらさっきまでヤラシイ事してましたと言わんばかりの顔で出迎えてしまったらしい。瀬呂の部屋から私が出て行くだけで勘繰られるだろうに更にその要素を前面に押し出していたとは。せめてもの救いは由花だったって事だなあ…。ていうか、なんで態々耳元でえっちな言い方するかな。

「…びっくりさせちゃったねえ。」
「とりあえず顔戻しな。」

わしゃ、とやや乱暴に頭を撫でられたから両手で頬をぺちん、と軽く叩いておく。別に弁解するような事でもないし、由花もある程度は予想つくだろうし良しにしてしまおうかな。最後に見た友人の薄く色付いた頬を思い出して、彼女の想い人に見られて勘違いされない事を願っておく。

また扉から音がして、瀬呂の反応で顔を確認してから扉を開いて元気いっぱいの電気を迎え入れて他のみんなの集合を待つ事にした。因みに一番最後に来たのは由花と勝己で、なんか疲れたような顔をしている気がするけど気が付かない振りをしておいてあげよう。勉強会が終わったらフォローしておかなくちゃなとひっそり心に決めて瀬呂の隣に腰掛ける。

でもとりあえずは、勉強しますか。



タルト有馬す。