珍しくもなんともない
未来の話、モブ視点
エスがライブ配信をする、という情報を得て速攻仕事を終わらせアルコールとつまみを用意して即帰宅。シャワーを浴びてご飯を掻き込み、開始予定時刻5分前には晩酌セットを用意。ヘッドフォンを装着して待っていれば待機中の画面がぱっと明るくなり、見慣れた背景が映る。その中でカメラに向かって手を振る女性。エスだ…!
「あー、あー。聞こえてる?画面問題ない?…お、大丈夫そう。コメント凄い流れてくじゃん。」
どれくらいの時間ライブするかは分からないけど一つくらい拾ってくれたらいいな、なんて思いながらキーボードを打ち込む。エスがカメラの前で動作確認の為に軽く手を振るとまたコメントが流れていく。
「勝手が分かんないから不手際あると思うけど大目に見てね。じゃあ…えーっと、何しよう。とりあえず弾き語りだけの予定だったんだけど流れてくるコメント見ながら考えるね。……ん、ああ、その曲今流行ってるやつだ。最初ソレやる?」
カタカタ、文字を打ち込んでいく。【エスのこと知りたい!】と送信する、とエスがギターに伸ばした手を止めた。
「私のこと知りたいの?」
拾って貰えた…!歓喜のあまり勢いよく缶ビールを落としそうになった。私のコメントに続くように似たようなコメントが流れていくのを見て、エスがギターを近くに置いてからOKのハンドサインをする。
「じゃあ軽く自己紹介からしようか。とは言ってもあんまり話すようなことないんだけど…とりあえず貰ったコメントの中から返せそうなのを返していくスタンスにしよっかな。……えっとー、年齢?二十代後半だよ。音楽は中学生の時から、兄の真似で始めた。…弾けない楽器?え、いっぱいある…動画内に出てるの以外は弾けないかな。……うん、お兄ちゃん居るよ、私は末っ子。」
エスがポツポツと質問を拾うから流されるって分かってるけどどんどん質問が投げ掛けられる。秘密に包まれていたのだ、みんな気になるんだろう。
「YouTubeを始めたキッカケは、友達がやってみたら?っていうからノリで。カメラとかパソコンとか結構揃えるのに苦労した記憶があるわ…最初は普通に演奏だけの予定だったけどね、折角なら弾き語りしろよって言われて。歌はそんな自信ないんだけど、今は結構楽しいよ。……本業もあるね、そっちもまだ駆け出しみたいなもんだけど。」
普段は歌う声しか聞いたことないから、こんな風に喋るんだなぁなんてありふれた感想しか出てこない。だが、そんなことは関係ないとばかりにテンションだけが上がっていく。ヒートアップするコメント欄、私もその中の一人だけども。
「家族構成?えーっと、両親と兄と…夫と子供が三人かな。今は夫が子供たち寝かしつけてくれてる。」
「夫!?子供!?」
と思わず声に出てしまったが私の手は忠実にそのままキーボードを打ち込む。似たようなコメントで全部流れた、こんなもんもう質問どころではない。エスは私たちリスナーがビックリしたことに驚いている様子だ。
「……音楽に関係ないからいっかーと思ったらみんな結構食いつくねぇ。うん、夫も子供いるよ。今?なにしてんだろ、ライブやるからこっちの部屋入るなって言ってあるし別室でこれ見てるかも。…呼ばない呼ばない、呼んでどうするのさ。必然的に子供たちも起きちゃうからそれは却下で……ん?ああ、旦那とは10年ちょっとお付き合いして結婚したよ。」
衝撃事実である、しかもこのコメント欄を旦那さんが見ているかもしれないと思うとちょっとした緊張感。【エス好きだったのに旦那さん居たのか…】なんて間抜け過ぎるコメントが流れて、でもエスはなんにも気にしてないようだった。スルー力高い、そんなとこも好き…。不意にエスが画面に近寄って、何かを取る。ちょっとドキッとしてしまった、同性なのに…!エスは何も気にしてないのか端末を操作した。
「あ、携帯見てごめんね。なんか通知きたから仕事関係かと思って。…旦那からだった、やっぱ見てるっぽい。子供たちは…あ、全員爆睡中なのね。…そんでなんでLINEで曲のリクエストをしてくるんだ、アイツ。…とりあえず一旦質問締めて歌うね。……曲?旦那のリクエストはちょっとコテコテのラブソングだったからやだな…最初にリクエストくれたやつにするよ。」
エスがギターを手に取り前奏が始まる。映画の主題歌にもなったラブソングだ。制作したアーティストがこの年に出した曲をこの間エスが動画として上げていたので一通り聞いていたがやっぱりエスってすごい。私、これカラオケで歌ってぐっずぐずになったのに。アルコールも相まって泣きそうになってきた、やばい。まだ一曲目…!
「はー、やっぱこの人の歌難しいね…その内動画で出すからリベンジさせて。……そうそう、一人で全部やるシリーズ。まだピアノがちょっとね、追い付いてないからもう少し先になるけど夏中には出すから。次はー…うっわ、また難しいやつじゃん…いいよいいよ、やるからみんな画面前で踊ってて。私あの踊り覚えてないけど。」
夫が居ると分かったからだろうか、リクエストは怒涛のラブソング祭りだ。次は連続ドラマになったエンディングでダンスが有名になったやつ。エスが踊っててというのでうろ覚えながら音楽に合わせて手振りをしてみる。客観視するとめちゃくちゃシュールだけど楽しい。終わりと同時に缶ビールを煽る、暑い!楽しい!またキーボードに向かって打ち込む。ここまできたらアップテンポな曲も聴きたい、とCMソングに起用されたものをリクエストする。
「あ、この曲好きー。でもこれ多分ギターよりドラムのがいいよね?ドラムだと声ちょっと聞こえにくいかな?ちょっと試そっか。待っててねー。」
うわー!また拾って貰えた!しかも普段滅多に見れないドラム!画面がお待ちくださいになってしまったのはちょっと残念だけど、画角合わせとか色々あるんだろうな…今のうちに冷蔵庫で冷えていた酎ハイを取りに行って、戻ってきたら丁度画面が変わった。後ろから撮るみたい、エスの手元がヒラヒラして、画面の端に何かが映ってる。なんだろ?
「あー…ごめん、ちょっとマイク映ってるね。許して。よし、じゃあやってみよー!」
わー!わー!すごい!かっこいい!マイクなんて気にならないくらい意識が持っていかれる!テンションはち切れそう!白くて細い腕が綺麗なのに力強い!きゃあきゃあ騒いでる間に終わってしまったのが残念だけど、最高以外のなにものでもない。
「よいしょ、っと…カメラ戻すねー。ちょっと疲れたから休憩がてら話に戻ろうか。」
テンションMAXでコメントを打ち込む。拾って貰えたら嬉しいけどこの気持ちを残せたらもうそれで十分!
「おお、凄いコメント来てる。ありがとー……ていうか今気が付いたけどみんなスパチャくれてるじゃん!ごめーん!待ってねー、最初から全部読むから。」
最初から一つずつ拾って感謝の言葉を告げるエス。偶に歌のリクエストがあったのかそのまま手元にあった紙に書き込んでるみたい?
「結構曲のリクエストもくれてたねぇ…いくつかはその内動画で出す予定だったからもう少し待ってて。はー、あっつ……ん?あ、これはただのお茶。なんの変哲もないおーいなお茶。」
【旦那さんへの即興ラブソング聴きたいです!】
えい、とスパチャで送ってみる。酔った勢いもあるけど…でも、どんな人なのか知りたくて。ドキドキしながら画面を見ればエスの手が止まる、やばい、迷惑だったかな。
「旦那へのラブソングはねー、今作ってる最中なんだ。まだ納得のいく段階まで仕上がってないからもうちょっとだけ時間頂戴?とびっきりのラブソング作る予定だから。……え、旦那からのリクエストはなんだったのかって?秘密ー、でもみんなが知ってるラブソングだと思うよ。ヒントはねぇ…」
ひょい、とギターを取ったエスがサビの部分を弾いてくれる。確かにめちゃくちゃ有名なラブソング…!某アイドルが随分前に出した、今でも人気の高い曲。あれ、これプロポーズみたいな曲だったよね?
「この曲、結構二人で聞くんだよね。ドラマの方は見てないんだけど、この曲は結構思い入れがあるというか…うん、私にとって結構、大切な曲かも。」
聞きたい、エスの声でこの曲が聞いてみたい…!私と似たような人が沢山いて、コメント欄が聞きたいで溢れる。エスの笑う声が聞こえて、少しだけ映った肩が震えているから相当笑いを堪えてるんだろうなぁ。嫌かなって思ったけどそのままギターを用意してくれるから、きっと歌ってくれるつもりなのだろう。歌詞を思い出して、なんか一人でドキドキしてしまう。
「わかったわかった。じゃあ、歌うね。本当はピアノのが良いんだろうけどギターで我慢してくださいなっと。」
サビの少し前からの流れで、エスの声が甘くなった気がしてもう、凄い破壊力だった。リクエストした旦那さん実は天才なんじゃない?凄いよ、100年先も愛を誓うって何百人どころか何万人の前で歌わせるって…!恥ずかしくなるくらいラブラブなんじゃないか?
「なんか恥ずかしいね。恥ずかしいついでに…この曲ね、旦那がカラオケ行ったら歌ってることが多いんだ。だから私が歌うってちょっと変な気分。……ふふ、そう、惚気かも。みんな好きな人に歌って欲しい曲とかある?」
有名なアーティストの曲から聞いたことない曲まで、沢山の曲名がコメント欄に流れていくけど【今のエスの聞いてしまったらもうこの曲しか出てこない!】なんてコメントも沢山あった。わかる、私も恋人が出来たら歌ってほしいって思っちゃったもん。まあ、恋人なんて…無理だけど。
「世の中にはさ、同性が好きな子が居るでしょ?そういう人にも届く曲をいつか作りたいなぁと思ってるんだよね。」
どきり、と心臓を掴まれたみたいな感覚。喉の声が張り付いてキーボードを叩く手が止まる。同性愛、私が…悩んでいること。
「私は当事者じゃないから所詮他人事にはなっちゃうけどさ、別に何も違わないと思うんだよね。人が人を好きになるだけじゃんって。100%叶う恋がない、なんて異性間でも普通にあることだし。だから色んな人が抱える『もう少しこうなら感情移入しやすいのに!』がないような曲をね、作りたいんですよ。難しいけどさ、そういう"隠さなきゃいけないと思っている"恋をしている人たちがすっと聞けるようなのが良くて。私は別に隠す必要ないと思うけどね、実際男友達に男が好きって言われて私も男が好きかなって返したことあるし。……え?別にカミングアウトを軽んじてるつもりはないよ。私になら言ってもいいと思ってくれたことは凄く嬉しい。でも私がそこで重く受け止めても仕方なくない?必要なのは彼がどんな人を好きで居ても私との友人関係には関係ないって理解することじゃん?」
【エスは同性を好きになったことある?】
「うん?ないかなー、でも酒飲んだノリだけでキスはしたことあるよ。今でもしょっちゅう会うくらい仲良くしてるし、普通に好き。別にキスに嫌悪感はなかったけど、私はその子のことを友達って思ってる。……その友達以上って表現あんまり好きじゃないんだよね、必ずしも恋愛が友愛を勝るとは限らないじゃない?だから以下とか以上とかじゃなくて、私は"友達として好き"ってだけ。」
ぽたり、と涙が溢れた。エスは多分、いい意味で私たちに無関心だ。当たり前のことだと否定もしないし変に騒ぎ立てるようなこともしない。普通じゃん、と言い切る。無責任だと騒ぐような人も沢山居るだろうけど、でも私にはその態度がとても、涙が出るくらいに嬉しかった。
「人が人を好きになるって本当はとっても難しいことだよ。でも全員に理解されなくたっていいじゃん。自分達が幸せだって胸を張って言えるのならそれに勝るものはないよ。…あ、でも恋愛をしちゃいけない相手ってのは居るからね?浮気とか不倫とか。他に恋人がいるのに手を出してくるような人には関わっちゃダメ、結局自分がしんどいだけだから。好きになってしまった、までは許されるけれど恋愛をしていいかどうかはまた別よ。あと未成年に手を出す大人とかダメだからね?」
【ありがとう】
これを打つのが精一杯だった。他にも悩んでいたけれど誰にも言えなかった恋や辛い思いをしてるであろう人たちが沢山のコメントを残すのを滲む視界で捉える。エスは笑っていた。
「なんかしんみりしちゃったね、明るい曲でも歌おうか。そうだなぁ…じゃあ、これはとっておき。まだ未公開なんだけど来てくれたみんなへ、悩むみんなへ。私からのエール、ってことで。」
ギターが鳴る、アップテンポとも言えないような、それでも明るくなるような音楽に乗せてエスが歌う。大切な人を大切に出来る私になりたい、と紡がれた言葉に今度こそ涙が止まらなくなって声を出して泣いた。
優しい君が愛する者を愛せますように。そう歌ったエスは、見えないけれどきっと美しく笑っていたと、そう思う。
「……フルはまた今度、ちゃんと出すね。少しでも皆が幸せになれるように、辛い思いをした時に救われるような曲を作っていけたらなーって思ってるから応援してくれたら嬉しいな。…よし、じゃあ今日はおしまい。沢山の人が聴きに来てくれて嬉しかったよ。ライブは暫くする気はないけど…機会があればまた立ち寄って行ってね。それじゃあ、おやすみ。良い夢を。」
ぷつん、と動画が切れる。惜しむ声が多かった。アーカイブは残してほしいな、何度でもあの言葉を聞けるように。涙を拭ってそれだけ書き残し、酎ハイを煽る。この恋が、気持ちが、悪いことじゃないんだって思えた。ほんの少し、半歩ほどかもしれないけれど進めた気がする。
「明日、誘ってみようかな。」
好きなあの子に、連絡する勇気をくれたエスにとびきりの感謝を。いつか本人に伝えたい、あの一言で救われたのだと。さあ、普通の恋を始めよう!