龍の誓い
集会もなく、二人で出掛けた週末。なんとなくその辺を散策して服を見たり甘い物を食べたりしながら過ごしていればふと視線に入ったシルバーアクセサリーを取り扱うショップを見つけた。並んだ指輪が実家にある兄の私物に似ていて思わず足を止めてしげしげと眺めてしまう。あの指輪達が英の手を飾るところは見たことないけど多分似合うんだろうなぁ…でも、こういうの堅にも似合いそう。ちらりと横目に堅を見たらなんか難しそうな、考えてるみたいな顔をしていた。結局何を考えているのか聞く前に店内にいる店員さんと目が合ったので二人でその場を離れたのだけれど。
「…堅が可笑しい。」
数週間前のその出来事から恋人の様子がなんか可笑しい。口元に手をやり何かを考え込むようにしたと思えば視線が合うと逸らされるかなんでもないような話を振られる。私がやれ学校やら部活やらと過ごしている間に何かがあったのだろうか。でもチームのことでなにかあればすぐに相談や報告をしに来るからチームのことではない気もする。プライベートの何か?聞き出そうにも今日は集会だから中々二人の時間も取れないし、今も何か三ツ谷と話し込んでいるから割って入るわけにもいかず。さて、どうしたものか。帰りに送ってもらうからその時に家に上がってもらって聞き出すか…でも、なんかあれば即報連相を口酸っぱく言ってきたにも関わらず堅から来ないなら私がなんとか出来る問題ではない可能性もあるし…悩む。
「さっちーん。」
「わ、びっくりした…!」
後ろからがばりと抱きつかれて驚くけど、衝撃はあまり来なかったのでふらつくこともなくそのまま私を抱き締める腕に手を置く。お腹空いたのか?なんかあったかな、なんて考えてたらマイキーが目を瞬かせて後ろから私の手首を掴み指を見つめて首を傾げる。
「さっちん、指輪しねぇの?」
「は?指輪?」
「ケンチンが買ってたヤツ。」
「なにそれ?」
意味がわからない、とマイキーを見ればなんとなく気まずそうな顔をして小さくやっべ…とか呟いてる。何が何だかわからない。指輪?堅が買ったなんて話は聞いてないし、マイキーの勘違いだろうと思ったけどなんかこう、場の気まずさ的な問題でなんとなく察しがついてしまった。堅がどうやら私に渡す用の指輪を購入したことは間違いないようだ。
「まだ渡してないと思わなかった…忘れて!」
「いや、忘れられるか!」
爆弾を落とすだけ落として忘れろとは。つまりなんだ、今日やけに落ち着きがないというか普段となんか違うなと思ったら私に指輪を渡すタイミングを測ってたってこと?なんだそれ、というかサプライズ的なつもりで堅が指輪を用意していたならとんでもない失敗に終わるのだが。混乱する私を抱き締めたマイキーはにっこりと笑ってそのままふらっとどっかへ行ってしまった。嘘だろ、こんな状況で置いてくか?
「……どうしろと…。」
人が増えていく様を見ながらそんな弱音を吐くくらいしか選択肢がなかった。とりあえず集会中に私がぼんやりしてるのは許されないので一度頭の隅に追いやり、集合をかける声を合図に定位置へと向かった。
「紗織ー!飯食いに行こうぜ!」
「先に私の予定を確認しなさいっていつも言ってるでしょうが…あーもう、千冬もおいで。」
「ウッス!」
集会が終わると同時に駆け寄ってくる圭介、堅に近寄る前に捕まってしまった。少し遠いところで待ってた千冬も呼んで少し二人と話す。千冬、最初は圭介以外には懐かなそうだと思っていたが特に問題もなく私たちに従ってくれるのは有り難いことである…が、それはそうとしてどうしたものか。本当は堅に送ってもらって話を聞くなりなんなりしたかったのだが、今日は無理そうかも。遠くに居る堅がマイキーと何かを話しているのを一瞬視界に捉えたけれど直ぐに目の前の二人に意識を向けた。
「偶には紗織もペヤング食うか?」
「いや、三人で食べるもんじゃないでしょ…アンタたち育ち盛りなんだからちゃんとしたもの食べなさいよ。」
「美味いのに。」
「美味しいと栄養面は別の話だわ。」
べちんと圭介の額を叩くとケラケラ笑いながら千冬と戯れ始めたのでとりあえず良しにする。今日も今日とてこの二人は仲良くペヤングを突くことになりそうだ、ちゃんとした飯も食えと言いたいところではあるけれど。溜息を吐き出すと同時に後ろから肩を叩かれて、振り向けば三ツ谷が居た。
「紗織、ちょっと良い?」
「あいよ、今行く。」
ぐしゃぐしゃと圭介と千冬の髪を撫で回してから二人で飯食えと残せば元気の良い返事が返って来た。一番隊はそういうところが結構可愛いなと思う、バカな子ほど的な意味合いではあるが。三ツ谷は邪魔して悪いなと片手を顔の位置に上げてくるが、単に犬に戯れつかれていただけだと返せば垂れ目を更に下げて笑った。コイツもコイツで犬っぽいよなぁ、なんて考えてたら本題に入ったので頭を切り替える。必要事項を纏めてその中で一番効果の高いものを選ぶのが私の仕事みたいなものなのでここで気を抜いたり適当に返事をするわけにはいかない。要らない怪我は避けたいし。
「サンキュ、なんとかなりそうだワ。」
「また不都合出て来たらすぐ相談して来てね。」
「おう。そんでさぁ…。」
「ん?」
「……今日の帰りドラケンに頼む?」
「いつもそうだし、今日もそうするつもりだけど…なに、なんかあんの?」
「だよなぁ。…いや、なんもない。」
なんなんだ。いや、なんとなくの予想はついてるけれど。とはいえ私から指輪の話題が出るのも不自然だろうから知らないフリをして、隠し事を咎める目線だけ向けておく。三ツ谷は困ったように笑うばかりで何かの答えをくれるわけじゃないが、ここで腹の探り合いをしても仕方ない。わざとらしく溜息を吐いてやれば安堵したみたいに笑うから本当に隠す気あるのか心配になるけれど。
「マイキーもドラケンも三ツ谷も変なの。」
「まあまあ、男の子の事情ってことにしてよ。」
「どんな事情よ。」
敢えて三人の名前を出したけど流石にこれは流される。マイキーがうっかり口を滑らせた事は誰にも言ってない…筈。堅に言ってたらどうしよ、だとしたら三ツ谷が私に誰に送るかの確認をして来たのもちょっと納得ではあるが。あれ?じゃあこれ意図して私のこと引き留めてる?
「私そろそろ帰りたいんだけど…。」
「もうちょい待ってな、ドラケンまだマイキーと話してるから。」
「…あの二人の話なら私が入っても問題ないと思うんだけど。」
「まあまあ。」
「もー、お風呂入りたいのに。」
三ツ谷は笑うばかり。どうしたもんかと思うが…いやでもどうしようもないよな。仕方がないからこの分かりやすい足止めに乗ってやろう。そういえば、とまるで話すタイミングを逃していたみたいな口調で雑談を振る。三ツ谷に教えてもらったレシピを何故か兄が気に入ったことを伝え、暫く強請られそうだと零せば嬉しそうな顔。英のことを詳しく話したことはないから、初代黒龍の創立メンバーであることはみんな知らない。別に話す必要もないし。マイキー辺りは真一郎くんが話して名前だけ知っているかもしれないけど…聞いたことないな。でもとりあえず肩書きだけ話したら数人に食い付かれそうなのでやっぱり秘密にしておくことにしよう。英には有事の際に動いてもらうつもりなので隠し玉的な位置にいて欲しい。実兄の扱いよ、と我ながら思うけど英もそれでいいって言ってたし問題ない筈、だよね?アイツなんも興味ないって感じだもんなぁ…他所様に迷惑かけてないか心配になって来た。今度泊まりに行った時にそれとなく交友関係聞いてみよう。
「紗織んとこも歳離れてるんだっけ?」
「そうそう、八つ上。」
「うちと似てんなー。」
兄貴がヤンキーなとこも含めてソックリである、ルナとマナが私と同じ道を辿らないことを祈るばかり。なんて話してたらマイキーが私を呼ぶので三ツ谷に断りを入れてから向かう。
「どした?」
「さっちんもう帰る?」
「送りが誰か次第だわ、はよ帰らせろ。」
「悪ぃ、送ってく。」
「さっちんばいばーい。ケンチンまた明日ね。」
「おー。」
なんとなく無言のままゼファーに乗って広い背中に抱きつくようにしてしがみ付く。三年くらいずっとこうだから、お互いなんとなくの勝手はわかる。最初の頃はまあまあ怖かったけど…三ツ谷と堅は私が乗ってれば安全運転してくれるけど圭介辺りははしゃいでしまうので絶対嫌。マイキーは…そういや後ろ乗ったことないかも。今度乗せてもらおうかな。準備が出来たの合図、回した手でぽんぽんと腹の辺りを叩けば緩やかに景色が変わっていく。見慣れた道を進む、結局堅の口からは何も聞いていないからどうなるのかはサッパリだけど…広い背中に頬をくっつけて色々考え事をしていたらあっという間に家に着いた。エンジンが止まったのを確認してから半分飛び降りる、背が低いとこうなるのは仕方ないし今更だけどやっぱりちょっと腹立つな…。
そんな心象はさておき、私は高校進学と同時に一人暮らしを始めたので堅が上がっていくことも少なくない。今日もそうなるのかなんて考えてたら堅はバイクに跨ったまま微動だにしない。なんだ、何事だ。
「上がってかないの?」
「アー…いや、ちょい待ち。」
特服のポケットに手を突っ込んだまま、項垂れるように動かなくなった堅にそろそろ本気で心配が勝って来た。マイキーに何かしらは言われたんだろう、そして多分その一言が堅の立てた計画を崩した。どうしたものかと顔を覗き込むと目線が合って、徐に堅が上体を起こしバイクから降りて私の前に立つ。
「ッシ、……手出してくれ。」
「手?」
はい、と両手の平を上にして差し出す。だってどうすればいいかわかんないし。堅がそのまま私の右手を取ってくるりと反転させ、ポケットから出したそれを薬指に嵌めた。
「……ごっつい。」
「…こんな感じの見てただろ。」
「ん?ああ、英が持ってるやつに似てるなーって…あれ?」
「は?」
なんというか、多分、十中八九失言である。何故って、私は“兄貴が居る”とは公言しているが全員あの兄の名前を知らない。恋人に指輪を貰って、その上で他の男の名前が出すのは流石にアウトなくらいわかるので慌てて堅の手を握る。
「兄貴、英って言うの。こんな感じのアクセサリーが実家にいっぱいあっから、なんか懐かしいなと思っただけ。」
「…つまり紗織の趣味ではねぇ、と。」
「自分で買った事はない。でも、嬉しい。」
確かに自分で持っているのは華奢なシルバーのリングが多いけれど。だが、太いタイプは持ってなかったからその内欲しいなと思ってたのも事実。ハワイアンジュエリーによくある波の模様は確か幸せを運んでくれるとかいうやつだったと思う、これはあとでちゃんと調べよう。…私の指に嵌ってると確かに少しばかり浮いているようにも見えるが服装次第でなんとでもなるし、なにより。
「堅が選んでくれたなら、どんな物でも嬉しいよ?」
「……んなら、いいけど。」
「私も堅に買うね、この間のショップ?」
「いや、買わなくていい。」
食い気味に言い切られてしまった。なんでだよ、と抗議の目を向ける。堅の指に視線を向けるけど相変わらずアクセサリーの類はない。折角ならペアリングにさせろと口を開いた瞬間、堅の手が首元に伸びて、服の中からチェーンが覗く。その先には私の右手薬指に収まっている物と全く同じ指輪、視線を数往復させてたら堅が私の右手を掴んでそのまま大きな体にすっぽりと収まる。
「左手はちゃんとしたの買うから待ってろ。」
「…ん、二人で選ぼうね。」
「あとこれ絶対外すなよ、虫除けだから。」
「堅は?」
「オレは喧嘩するから普段はしねぇな。デートん時とかはすっけど。」
「いやお前も普段からしろし。」
特服に顔を埋める。色んな意味で両方にサプライズみたいになってしまったけど、その驚きが落ち着いて来たのもあって今更嬉しさがじわじわと胸を占めてきて恥ずかしいやらなんやら。とりあえず嬉しいことだけは伝わって欲しいのでぎゅうぎゅうと抱き付く。外で何やってんだ、とも思うけど嬉しいのだから仕方ない。女の子は贈り物をされたら目一杯の笑顔で感謝を伝えるべき!と言い切った親友の言葉を信じ、胸元から顔を上げて笑顔を向けた。
「ありがと、堅。大好きよ。」
「…おう。」
上がってく?と聞いたら頷きが返って来たので二人で手を繋いで部屋へと向かう。絡んだ指に埋もれる指輪がやっぱり擽ったくて笑ってしまう私に堅は不機嫌そうな顔をして、玄関の扉が閉まると同時に色々怒られたけれど。明日はきっと親友に揶揄われるなぁなんて思いながらも爪先で立って堅の頬へと口付けた。
「もしもし、英?」
「ンー…」
「寝んな、ちょっと聞きたいことあるんだって。」
「…なに、どした。」
「英が実家に置いてった指輪とか、どこで買ったか教えて。プレゼントの候補に入れたいの。」
「……今度連れてくから一通り回収して来て。」
「はいよ、じゃあおやすみ。」
電話を切って、隣で眠る金髪を撫でる。起こさないか心配だったけど問題なさそうだ。…さて、やられたらやりかえすの精神に基づき今度は私からプレゼントしてやろう。髪が落ちないように手で抑えて身を屈め、眠る彼の龍に口付けを落とす。
「楽しみに待っててね。」