夏油傑と、後の五条夫婦


非術師の為に、どうして、と。傷付く仲間を見て思う。ガリガリと胸の柔い場所を無遠慮に引っ掻かれ土足で踏み込まれるような不快感に嫌気が差し、あんなに大切だった弟のことすら愛せなくなりそうになっていたとある日のこと。親友である悟が会わせたい人が居ると言って来た。私の他に友人なんて居たのかと傲慢を具現化した男に思う。失礼?私と悟の関係だから構いやしないさ。兎も角、指定された喫茶店へと赴けば目立つ白い頭を見つけて近寄る。悟が私より先に着くなんて…と驚いてはいるが努めて表情には出さずに声を掛けた。

「お待たせ、悟。」
「おー、来た来た。」

ひょい、と片手を上げれば同じように手を上げられ向かいの席へと腰を下ろす。会わせたい人とやらはまだ来ていないのかな、なんて思っていたら私の斜め向かいに胸の辺りで切り揃えられた黒髪の少女が目を瞬かせて私を見ていた。もう一度言う、少女だ。どう見たって小学生くらいの。依先生のことを差し引いたって少女でしかない。

「悟、彼女は?」
「傑に会わせたいって言ってた子に決まってんじゃん、俺の婚約者ね。」
「…悟くんがお世話になってます。」
「うん!?」
「悟くんもしかして何も説明してないの?」
「してないよ。」


ダメでしょ、と怒られる親友が珍しいとか思う暇もない。なにごとだ、とパニックである。悟くんとか可愛い呼び方されてるんだねなんて揶揄ってる精神的余裕はない。婚約者ってあれか、何れ結婚するって約束してるあれか?嘘だろ、こんな子供だぞ。

「ええ、と…?」
「愛染喜雨です…この間10歳になりました。」
「10歳…?」

弟と同い年である、ドッキリか?ドッキリであってくれ。最近元気がないからとソワソワしていた親友からのちょっとした悪戯心であってくれと心の底から願ったが、否定されることはない。嘘だろ、悟。キミってばツラ良し家柄良し術師としてパーフェクト、但し性格でマイナス点だとは思っていたがそこに畳み掛けるかのように幼児趣味だったのか。置いていかれるとキミの才能に劣等感を抱いていた私に謝って欲しい。


「驚かせてしまってすみません…ほら、悟くんもちゃんと謝って。」
「勝手に喜雨の話するわけにはいかないでしょ。とりあえずなんか頼も。」
「…私はブラックコーヒーにしようかな。」
「喜雨は?」
「抹茶オレがいい。」
「俺メロンソーダとパフェにしよー。」

混乱する私を置いてきぼりに悟が注文し、届くまで二人のやり取りをぼんやり聞いていた。私に対しては敬語だけど悟には随分砕けた態度だ、精神年齢の問題かな。届いたパフェとメロンソーダが喜雨の前に置かれたが二人は何も気にせず交換していた。なんか慣れてない?

「で、どういうこと?」
「家が婚約者決めろってバカみたいな量の見合い写真持って来てさ、面倒だから一番年下にしておいてって言ったんだよ。結婚出来る年齢までに時間稼ぎ出来るし。」
「最低だな。ていうか本人が居るのに…!」
「あ、既に聞いてるから大丈夫ですよ。」
「本当に最低だ。」
「16の頃には喜雨との婚約決まってたんだよね。色々あって傑に会わせるのに時間掛かっちゃったけどさ。」

色々?とカップに伸ばした手を止める。悟はちらりと喜雨を確認したが一つの頷きで返し、彼女は私の方へと腕を差し出した。薄くはなっているがそこには痣や古傷があって、目新しいミミズ腫れも確認出来た。なんだ、これ。硬直した私に悟が口を開く。

「愛染って五条ウチの派閥の一つでそこそこ地位があるんだよ。でも喜雨は相伝術式がないからって結構な目に遭ってて。出逢った時もボロボロだったし俺と婚約して一年くらいは軟禁状態が続いてたから会わせるの難しかったんだ。」
「これは、親が?」
「悟くんが特別変なんですよ。術師家系に生まれたら私みたいなのそんなに珍しくないっていうか…禪院も相当だったと思います。」
「ま、そういうこと。」

悟が苺パフェに乗った大粒の苺を指で摘んで彼女の口元に寄せると大人しく口に含んでいた。なんてことない顔をした二人にこっちがどんな顔をしたらいいのかわからない。そんな私を見て喜雨は眉尻を下げて笑った。


「そんな顔しないでください。私は術師として育って来たから悟くんと出逢えたんです。だから、良かったと思ってるんですよ。」
「けれど、」
「悟くんから傑さんのことは聞いてます、凄く真面目な人だって。だからきっと、今とても嫌な気持ちになってるんだろうなって…ごめんなさい。」
「キミが謝ることじゃないだろう。」
「ふふ、本当に優しい人なんですね。」

子供じゃないみたいだ、と思った。弟と同い年なのに、最後に会った弟は私の後ろを追いかけて兄さん兄さんと甘える可愛い子供だったから。そこに優劣があるわけじゃないけれど、別の生き物のようだと。口を開きかけた瞬間、悟の携帯が鳴って不機嫌そうに相手を見た悟が顔を顰めたまま立ち上がる。

「補助監督かよ。ちょっと席外す、待ってて。」
「はい、いってらっしゃい。」

悟の手が喜雨の頭を優しく撫でた。キミそんなこと出来たのか、なんて。撫でられた彼女も心地良さそうに笑うだけでさっさか歩く背中を見送っていた。というか二人きりになってしまったんだが。微妙な気まずさを覚えて誤魔化すようにコーヒーを飲んでいたら喜雨がカップをソーサーに置いた。


「気味が悪いって思います?子どもらしくないって。」
「…そんなことはないよ。」
「こういうの、私たちにとって普通なんです。これを異常だと思ってくれる傑さんは人一倍優しくて、正義感が強い。この世界は生きにくいでしょう?」
「私は…」
「無理しなくていいんです。面倒ごとばかり起こす赤の他人じゃなくて、家族を守っていいんですよ。」

一線を引くような口振りで、優しいような突き放すような言葉だった。喜雨は相変わらず困ったような顔をしていて、次の言葉が出て来ない。8つも年下の子供に何を諭されているんだと冷静な頭が言うけれど否定する言葉がどうにも思い付かなかった。非術師を守るという大義が、私にまだあるとは言えないから。

「悟くんは規格外みたいな人で、根っからの術師だからきっと本当に分かり合うのって難しいと思います。私だってまだ全然、わからないことだらけ。きっと傑さんの方が悟くんのことを知っているし対等です。多分だけど、悟くんが私を選んでくれたのは傑さんの影響だから。」
「私は何もしていないと思うけれど?」
「悟くんを人間にしてくれたのは傑さんですよ。私は聞いただけですけど、昔は棘しかない人で有名でしたから。」

確かに高専入学時に、なんだこの男はと思った。思えば丸くなった方ではあるけれど自分の与えた影響かと言われると擽ったいような気持ちにもなる。私がしたことと言えば常識を教えることくらいだけれど。

「御三家を筆頭に歴史の長い術師家系はどうしても知識に偏りが出ます。呪いを祓う為に産まれ死んでいく…そういう生き方しか知りませんから。」
「随分な物だね。」
「物心つく頃には既にそう在るべきだと教え込まれていますから、異常だとは思わないんですよ。」

喜雨はガラス越しに見える悟の背中を見て、笑った。


「今日はありがとうございます。悟くんがいつも楽しそうに傑さんとのことを話すから…会えて嬉しかったです。」
「また会えばいいだろう。」
術師私たちに"またね"は、難しいでしょう?」

悟がこちらを見て、手を振る。二人で手を振り返すとサングラス越しの双眸が細まった。嗚呼、そうか。二人はお互いを尊重して大切に想い合っているんだ。それが恋情ではなかったとしても二人は傍に居て支え合って生きていく。守るべき存在で、大切にしたい相手なんだ。政略結婚と同情がキッカケだったとしても些末なことなのだろう。そこには確かな愛があるんだ。悟から目を離して喜雨に向き合えば大きな目を丸くして首を傾げる。年相応の顔が漸く見れた気がして思わず頬が緩んだ。

「……私には喜雨と同い年の弟が居るんだ。甘えん坊で寂しがりで人見知りの…すぐに私の後ろに隠れてしまうような、可愛い弟が。」
「ふふ、それは可愛い。」
「今度は弟も連れて来るよ、遊んでやってくれないかな。」
「……でも、」
「最近、弟を含めて非術師に嫌気が差していたんだ。それで弟とも暫く会っていない。でも二人の話を聞いていたら案外術師も救えないのかもしれないと思ってね。呪霊を生み出さないなら少しマシかも、くらいに思えて来たよ。」
「…そうですか。」
「避けてたから二人で会うのが少し気不味いんだ。間に入ってくれると嬉しいんだけど。」
「そういうことなら喜んで。同世代の友人って居ないから嬉しいです。」

約束ですよ、と笑った喜雨に笑顔で返した。ら、彼女の小さな体がデカい男に包まれた。短く悲鳴を上げた喜雨に少々同情した。

「なになに、仲良くなってんじゃん。」
「悟、可哀想だろう。」
「おかえり、悟くん。」
「ただいまー。」

パッと離れて着席し、半分溶けたパフェを大きな口で食べている悟に喜雨と二人で目を合わせて二人で笑った。

「そういえば、悟くんだなんて随分可愛い呼び方をされているんだね。」
「そう呼ばないと拗ねるので…。」
「悟様とか呼んだ喜雨が悪いでしょ。」
「本来は御三家にこんな態度許されないんですよ!?」
「喜雨、敬語。」
「許されないんだよ!」
「ええっと…どういうことなの、悟。」
「ん?あー…夫婦になるんだから今の内に対等な関係に慣れさせようと思って。」


歩み寄り方が可笑しくないかな。砕けた口調はどうやら意図的なものだったらしい。うーうー唸ってる喜雨の頭をやや乱暴に撫でている、微笑ましい気のする光景。さっきまで随分と大人びていたが…悟が喜雨を子供らしくしているのかもしれない。精神年齢だけなら悟の方が多分年下だけど。

「せめて悟さんって呼びたい…。」
「籍入れたらね。」
「最低6年…!?」

戯れる二人を微笑ましく見守っていたら悟が時計を確認して、喜雨の頭から手を離す。

「どうかしたかい?」
「喜雨帰してやんねーとヤバい。」
「一人で帰れるよ。」
「いつもの迎え呼んであるから。」
「はぁい。」
「私たちも出よう。」

椅子から降りた喜雨を確認してから悟が伝票を手に取る。財布を出そうとしたけど呼んだのは俺だからと受け取る気はないみたいで有難く奢られることした。会計中にふと喜雨の乱れた髪が気になって手を伸ばすと薄い肩がびくりと跳ねて勢い良く私を見る。しまった、家庭の事情を聞いたのに安易に触るべきではなかった…と手を引こうとすれば小さな手が指を掴む。

「ごめんなさい、びっくりしちゃって。傑さんは怖くないです。」
「私こそ女性に急に触れようとしたのだから怒られて然るべきだ。…悟がぐちゃぐちゃにしてしまったみたいだから、髪に触れてもいいかい?」
「ありがとうございます。」

細い指が解かれて子供特有の柔らかい髪を指で解く。出来たよ、と声を掛ければもう一度丁寧に感謝の言葉を述べて頭を下げる。悟に爪の垢を煎じて飲ませたいくらい良い子だな。会計の終わった悟と外に出れば車が停まっていて、悟と喜雨を視認すれば後部座席のドアを開いている。喜雨はもう一度私たちに頭を下げてから年相応に、眩い程の笑顔を見せた。


「次は四人で会えるの楽しみにしてます!」

バイバイ、と手を振って車に乗り込む少女を見送り、二人で歩き始める。四人ってもう一人硝子?と聞かれたから私の弟だと話せば興味があるのかないのか分からないトーンで気の抜けた返事が返ってくる。

「傑。」
「なんだい?」
俺ら・・は呪術師以外の生き方なんて知らないけどさ、オマエは選べるんだから無理にコッチに残らなくていいよ。」
「……ふは、キミまでそんなこと言うの?」
「は?」
「夫婦は似るって言うけど流石に早すぎるね。」
「喜雨も言ってたの?」
「うん、似たようなことを。」

悟は考え込むような仕草を見せた後、口を閉じた。なんで言えばいいのか考えているけれど思い付かないんだろう。まさか10歳の女の子がそんなことを言うと思っていなかったという反応だ。

「思うことはあるよ。それでもたった一人の可愛い弟を嫌いになる理由になり得るかはまだ分からないんだ。」
「ふぅん。」
「会ってみないとわからないけれどね。」



後日、四人で会うことになり駿を見た悟がオッエーと顔を歪め、非術師だと思い込んでいた弟が私の"守らなくては"の呪いで呪霊が見えなかっただけだと言われ、盛大に机を殴りつけることになり、そうして小さな未来たちに怯えられ親友に笑われたのだった。



タルト有馬す。