あまえんぼ
いつもだったら兄弟と揃って部屋に来て朝まで居座る筈の恋人はいつも通り部屋へと訪ねて来たが何故か出迎えたぼくの手を引いた。ぼくと入れ違う形で部屋に入ったジェイドが迷わずアルのベッドへと足を進めるのを横目に無情にも扉が閉まって、引き摺られるようにしてフロイドの後ろを歩く事しか出来ない。普段から気分屋で、その時のテンションだけで行動するから読めないけれどいつも以上に考えが読めない。
「どこ行くの。ねえ、聞いてる?」
声を掛けたけれど聞こえないとばかりにつかつかと歩くフロイド。どうやら本格的に御機嫌斜めらしい。さてどうしたものかと溜息を零すと急に足を止めるから広い背中に思い切りぶつかった。ちくしょう、慣性の法則め。ぶつけた鼻が痛い。なんだと言うんだ、なんて文句を言おうとしたら思い切り腕を引っ張られて嫌味な程長い腕が背中に回って巻き付く。此処まだ廊下なんだけどなぁ、なんて思うけれど余りある身長差でぼくの体はすっぽりと埋まるから諦めて胸元に顔を埋め、抱き着く。
「ちびちゃん、いつもと違う。」
「それはフロイドの方でしょ。」
「ちげぇし、ちびちゃんが違う。」
困ったことに心当たりがないのだ。違う?何が?いつも通りぼくの体は恋人の体に隠れる程の大きさしかないし、匂いが変わると機嫌を損ねる可能性があるのでシャンプーだって変えてない。何もわからないまま彼に従うのも嫌でぐるぐると考える。元々気分屋ではあるが、フロイドはいつだってぼくに甘くてこういった八つ当たりじみた行為はしない。というか、ぼくにはしない。だからこそ今の彼が分からずに小さく唸ってしまうし、無意識に溜息を零すと腕の力が強まった。
「フロイド?」
「ちびちゃん、」
不安そうにも聞こえる、細い声。本当に困った。彼のことを良く知る幼馴染たちや何かあれば物理的に手を貸してくれるぼくの同室者も居ないこの状況で一体どうしたら良いのか。とりあえずいつまでも廊下に居るのは避けたいからぼく達の部屋に戻るなり、双子の部屋に行くなりしたいのだけれど。背中を叩いて意図を伝えるもフロイドは離してくれなくて、体温を離すことを嫌がるように体を擦り付けるみたいにしてくるからこんな状況なのにも関わらず愛しさが胸を締める。このままで良いんじゃないか、なんて考えが頭を過るけれど流石に…困ったなぁ、なんて思いながら宥めるように背中を撫でる。
「フロイド、部屋行こう?」
「やだ。」
「いやいや、こんな所アズールに見つかったら怒られるし、こんな風に甘えてくれる君を他の人に見られたくないよ。…ぼくはフロイドの部屋に行って、ベッドで思う存分くっついてたい。素肌同士でくっつくのフロイドも好きでしょ、ね?」
「…ん。」
漸く頷いたフロイドが名残惜しそうに巻き付けた腕を解いて、片腕に座らせるみたいにしてぼくを抱き上げる。少し早足にも感じる歩幅で部屋まで歩みを進めて、乱暴に扉を開ける。後ろ手に鍵を閉めて、そうしてぼくをベッドへと降ろした。自分の靴を脱いで放り、ぼくの靴を脱がせて足元へ。そこから手慣れた手付きでパジャマに手を掛ける。ボタンを一つ一つ外していくフロイドをぼんやりしていたらあっという間にショーツのみになっていて、なんとなくぐしゃぐしゃのシーツを手繰り寄せて胸元を隠す。フロイドはそんなぼくを咎める事もなく、さっさと自分の服まで取り払っていって、お互いの素肌を晒せばフロイドが片腕を取り引く。
「こっち。」
「ん、はぁい。」
シーツを外して胡座をかいたフロイドの脚を跨ぐようにして座り込む。胸同士がぺたりと合わさって温かい。首筋へと鼻先を埋めると硬い胸板でひしゃげたぼくの胸にフロイドの機嫌が少しだけ直ったのがわかった。お互いを抱き締め合うようにしてゆっくりと目を瞑ればちぐはぐだった二人の心拍が同じになるみたいに感じて心地好い。素肌を合わせるのが好きなのはきっとぼくの方だ、なんて思ったけれどフロイドも好きなのは変わらないから言葉にはしない。微睡みすら感じそう、このまま眠ったらきっと良く眠れるだろう。そんな風にしていたらぐらりと体が揺れて、あっさりとベッドへ背中が触れた。大きな手が支えてくれたから無茶な体勢も衝撃も、何一つないまま、フロイドがぼくを見下ろす。重力に従って垂れた彼のチャームポイントが素肌に触れて少しだけ擽ったい。
「痛くしていい?」
大凡の予想はあるから投げられた問い掛けに一つ頷く。やり易いようにと喉を反らせばフロイドがぼくの首筋に唇を寄せて、口付けが落ちる。そのまま生温い、濡れた舌が肌を滑りそうして鋭い歯が食い込んでは離れる。甘噛みを繰り返される度に小さく体が跳ねてしまうのは反射か、食べられてしまうという恐怖なのか、それとも…期待?
「っは、…ロビン、」
「…へーき、だから、」
低く紡がれた、ぼくの名前。今フロイドの中でぼくは守るべき稚魚じゃなくて、愛を紡ぐ番なんだと思い知らされる。落ち着きを取り戻そうと浅く呼吸を吐いて両手を伸ばし髪を掻き抱くとフロイドは小さく、そして上機嫌に笑った。
「可愛いねぇ、ロビン。噛まれてきもちぃ?」
「ッ、ばか!」
「やーらしいね、オレの可愛い稚魚ちゃん。」
ちゅ、とわざと音を立てて素肌に口付け痕を残す。ちくりと痛むけれど束縛が嫌いな彼の独占欲は仄暗くて甘い感情をチラつかせ、でもそれ以上に心地好い。ぞくん、と背筋が震えたのはピッタリとくっついたフロイドには伝わってしまっただろう。体がこの雄を欲しいと騒ぎ立てるけれど、このぬるま湯のような時間が失われるのは勿体無く感じてしまう。下着越しの陰茎が硬くなっている事に気が付いたけれど知らないフリをして胸元へ頭を抱き寄せる。忙しない心臓の音は聞かれてしまうが、気にせず彼の髪へと唇を押し付けた。
「ちびちゃん、オレちんこいてぇ。」
「だめ、もうちょっと。」
「…寝たら許さねえから。」
拗ねたみたいな言い方。でもご機嫌斜めも不安そうな声音もどこへやら、その声は楽しそうに弾んでいる。胸の膨らみに口付けたり悪戯に歯を立てたりを繰り返しながらぼくの良しを待つ気分屋で我儘な、可愛い可愛いぼくの番。キスしたくなって腕を解けば待っていたと言わんばかりに唇が重なった。触れ合うだけの口付けに物足りないと舌を伸ばせば長くて肉厚な舌がぼくの咥内へと潜り込む。喉の奥まで入るから少し苦しい、でもこの溺れそうな感覚がぼくは案外好きだ。舌へと甘く歯を立てるとフロイドは驚いたみたいな顔をしたけれど咎めることはしなかったので吸い上げてから解放し、身を委ねた。
舌が絡んで表面を擦り合わせるとどんどん熱を孕んで、頭がぼんやりとしてくる。唇が解放されると一種の安堵と一緒に名残惜しさが体を襲う。うっすらと目を開けば二つの色と絡む。フロイドの瞳には確かに欲が見えて、けれど彼の瞳に映るぼくも随分と期待した顔をしている。笑っちゃうくらい簡単に発情してしまった。
「もういーい?」
「…ん、フロイドがしたいようにしていいよ。」
「じゃあ、いーっぱい締めてね?」
翌日、身支度を整えに部屋に戻ったついでにジェイドに片割れの不機嫌だった理由を聞いてみたところ、にっこりとあの胡散臭い笑顔でウツボの発情期だと言われた。嘘だ、なんて言おうと思ったけれど眠そうなアルの首筋にしっかりと残った歯形に強ち嘘ではなかったのかもしれない。クローゼットから数々の痕を隠すタートルネックへと手を伸ばした。