抜擢

ある日の事だった。いつも通り疎な参拝客に挨拶しながら父の指示通りに掃き掃除をしていると神社に一人の男が来て辺りを見回した後、私を発見して何か紙を見て一つ頷くと此方に近寄って来た。参拝かと思ったが違うだろう、それじゃあ一体?と警戒しているが男はなんの迷いもなく私の目の前に立った。

「柊菜津未さまでしょうか?」
「…ええ、そうですけれど。」

答えると男は私に手紙を手渡して来る。疑問符を浮かべながら差し出されるままに受け取ると頭を深々と下げてそれ以上の言葉もなく彼はそのまま踵を返して去って行った。電子が普及したこの時代に今時手紙が届くなんて珍しい。久方振りに目にした郵便宅配員に驚きつつその背中に頭を下げておく。一旦箒を置いて縁側に腰を下ろして手紙を見ると表面に私の名前、裏面には何も書いていない、真っ白な封筒。首を傾げながら封筒の上部分を破り開き三つ折りにされた紙を広げると1番上には私の名前、その下には少し大き目のフォントで「おめでとうございます!貴方は審神者に選ばれました!」という文字が並べられていた。

「はあ!?審神者!?」

驚いて見直すも文字が変わるはずが無い。続きに目を通すがどうやら悪戯などでは無く、時の政府から送られてきた本物の様だ。それはそれで頭が痛い案件ではあるのだけれど。


西暦2205年。歴史の改変を目論む「歴史修正主義者」によって過去への攻撃が始まった。時の政府はそれを阻止するため「審神者」なる者を各時代へと送り出す。
審神者なる者とは、眠っている物の想い、心を目覚めさせ、自ら戦う力を与え、振るわせる、技を持つ者。


「なのは、知ってるけどさあ…。」

小さく溜息を吐き出してみるもそれで私の運命が変わるわけではないし、基本的に審神者になる者に拒否権はない。政府側は一応本人の意思を尊重すると謳っているものの審神者は選ばれた者のみなれる為、それを蹴る事は歴史を改ざんする事に賛同すると捉えられ社会的に抹消される…らしい。詳しいことは知らない、噂話程度にしか聞いたこともない存在なのだ。都市伝説かと思っていた、そのレベルで詳細不明の機関。長い事巫女なんてモノをやっていた所為か、私にはその審神者の力とやらが規定数を満たしていた、と。詰まる所選ばれたらしい。気紛れな神とやらに。

もう一度、今度は大きく溜息を吐き出して立ち上がり事情を説明するべく両親への元へと向かった。



着慣れた緋袴を身に纏い、息を大きく吸い込み襖越しに失礼します、と声を掛け了承を得てから襖を開いた。その場にはスーツとサングラスの男が数名、奥に着物の男性が居た。きっと彼が私の担当とかいうやつだろう。迷わず彼の前まで足を進めて頭を下げる。

「この度はこの様な貴重な人材として選んで頂き感謝致します。未熟者故貴殿の期待に添える働きが出来ぬかもしれませんが精一杯お力になれるよう精進致します。」
「そんなに固くならずとも良い。此方こそ協力感謝する。まあ、其処に座り給え。」

定型文と言えばそうだろう。手短に済ませたいから故の最低限の挨拶を口にすれば、男性は小さく笑って思ってもなさそうに言葉を連ねるので心中小さく舌打ちしながら一声掛けその場に膝を付いた。男性は面白そうに私を見て、自身の顎の髭に触れ撫でもう一度口を開く。

「手紙に同封された書類には目を通してくれたかな?」
「はい。読ませて頂きました。」
「……では、君は何をしに行くか、また、規則を教えて貰えるかな?」

クソジジイ、なんて思いつつ一息置いてから口を開く。


「我ら審神者の力により力を得た付喪神と共に歴史修正主義者による過去への攻撃を阻止し、歴史を守る事が私たち審神者に与えられた任務です。また、規則は…"審神者は刀剣を道具として扱い、刀剣に己を隠し、刀剣を悪用せず、また刀剣の価値を落とすようなことをしてはならない"……でしたか?」

目を見据えて言葉を並べれば満足そうに手を鳴らす。上出来だ、とでも言うように笑みを浮かべる男に恐縮ですという格好の為だけに軽く頭を下げた。

「久し振りに優秀な人材を得たよ、君は審神者としての力も十二分だが何より人が出来ているようだ。君のような人に協力を得られて我々は幸福だね。」
「…勿体無き御言葉です。ですが私は当然の事をしたまでですので。」
「謙遜しなくて良い。さあ、君には此れを授けよう。」

後ろで控えているスーツの男が私に手渡したのは綺麗に折り畳まれた薄紫色の紐で彩られた千早だった。千早の紐は赤だった筈だが、と少し悩んでいると男は口を開く。

「我々…というか私の管轄ではその千早で審神者の力を判断しているんだ。君は私の管理する審神者で二番目に力が強いと判断させて貰ったからね。君のには藤色を捧げよう。」

…成る程、これでパッと見て力関係を把握出来るという事か。千早を手早く身に纏い胸元を紐で固定する。藤色のそれは見慣れないがそれに文句を言うようなことではないし、言葉にして面倒なことを言われるのも避けたいのでそっと口をつぐむ。

「下は説明する必要はないから省くが一番上は槿だ、君には槿になる素質があると私は思っている。是非目指して欲しいものだね。」

色…恐らく古い時代のモノを使っているらしい。槿、藤と来たという事は聖徳太子の時代の冠位十二階の色で選別しているのだろう。全く意味が分からないが、少なくとも此れで新入りだ何だと圧迫される事は少ないだろう。せめてもの救いか。それに私の管轄、ということは別の担当者もやはり存在するようだ。筑前とは別に他の国もあると見て間違いはない。思考を巡らせていれば男が髭を触りながら言葉を続ける。

「規則にもあったが刀剣には名を知られてはならないよ。名を問われる事は無いが、審神者同士でも会議などがあるからね。その時にはその色を名として扱ってくれ給え。」

つまり藤色を与えられた私は藤、と名乗れば良いのか。此れは真名ではないから刀剣に知られても良い名前らしい。分かりました、と頷くと男はスーツの男たちに目配せした。

「…それじゃあ、初めの刀剣を選んでくれるかい?なあに、此処で選ばずとも直ぐに他の刀も集まるから気軽に選んでくれて構わないよ。」

男がそう言えば五振り、刀が運ばれて来る。ざっと目を通して一番最初に目に付いた一振り選び、指を指すと男は刀の名を私に教えた。名を呼べば刀剣は審神者の力により姿を変える…んだったか。手紙で得た情報に少なからず疑問を持ちながら"彼"の名を呼んだ。


「加州清光、貴方を私の最初の刀に選びましょう。」

刀がカタ、と震えたかと思うとあっという間に目の前に細身で小柄な男が現れる。口元のホクロが色っぽい、黒髪の男だ。目がぱちりと開かれ綺麗な赤色の目と視線が合ってそのまま薄い唇が開かれた。

「俺、加州清光。川の下の子、河原の子ってね。扱いにくいが性能はピカイチ、いつでも使いこなせて可愛がってくれて、あと着飾ってくれる人大募集してるよ。」

ニコリと目の前で笑った男はどうしても幼く、何だかとても可愛く見えて…否、そんなことはどうでもいい。この瞬間から私は審神者…この刀の主となるのだから不要な感情を抱くのは間違っているだろう。彼は道具で私は彼らの持ち主なのだから。にこりと同じ様に笑みを浮かべて手を出した。

「私は藤…貴方の主よ。宜しく、加州清光。」
「此方こそ宜しく、主。可愛くしてるから大事にしてね?」

加州は花が咲く様な笑顔を浮かべて私の手をとってくれた。こうして二千二百五年五月六日、藤本丸稼働…私の審神者としての人生が始まったのだ。


私の審神者としての活動地である福岡、筑前国にある本丸に案内された。私たちの此れからの住処に着いてすぐに加州…否、清光が手紙に記載されていなかったことを説明してくれる。鍛刀と呼ばれる行為で仲間となる刀剣を増やすこと、傷を負えば手入れで治せること…また、様々なことに私の霊力を用いること。まずはどれだけの力を有しているか判断する為に鍛刀を行うべきだということ。やることは存外多そうだな、と用意された日本家屋を見渡す。鍛刀場と呼ばれる場所に行けば小さな…なんだこれ、妖精?

「ええと…?」
「鍛刀には資材と主の霊力が必要なんだ。主が打つわけじゃないから安心してね。」
「そう…じゃあ、よろしく。」

にこにこと笑っている彼?は言葉は交わせないらしい。とりあえず促されるままに資材を放り込み霊力を…いや、どうやるの?清光は名前を呼んだら良かったけど。とりあえず指示されるままに動けばあっという間にことが進む。確か、と左手を目の前で振ればそこにパソコンの画面のような物が表示される。これなんて呼べばいいんだ?わからないから空中ディスプレイとしよう。画面には3:59:48の文字が浮かんでいて…つまり四時間、ってこと?

「……あ、主…とりあえずこれ使って?」
「ん?ああ、はい。」

なんだか頬を引き攣らせた清光が差し出してきた木札には手伝い札と書かれている。これを使えばすぐに完成する…らしい。どんなテクノロジーなのか皆目検討もつかないが使った方が良いとのことでぺいっと放り込むと背の高い、長い白髪と黄色の和服に身を包む男が目の前に現れた。


「大きいけれど小狐丸。いや、冗談ではなく。まして偽物でもありません。私が小!大きいけれど!」
「へえ、太刀なんだ。」
「……うっそぉ…。」

空中ディスプレイに表示された情報を見てると清光が信じられない物を見る目で小狐丸と私を交互に見ている。そして目を瞬かせている私の千早を摘んで軽く引っ張って来るので耳を差し出せば、手で口元を覆いながらぼそぼそと言葉を紡ぐ。

「小狐丸って超レアで…鍛刀での入手率は1%以下で戦場でも相当稀にしか見れないの。それに一番最初の鍛刀は殆ど短刀が顕現するんだよ。」
「は?え、だって…。」
「俺も顕現されたばっかで詳しくは知らないんだけど、他の…先に稼働してる本丸だと小狐丸欲しさに相当資材注ぎ込んで鍛刀してたり、入手できるって噂の京都西陣に出陣しまくってるとか。」
「あー…なるほど……結構ヤバいな。」

ちらりと二人で振り返ると小狐丸はニコニコ笑ったまま。私の存在が嬉しいと言わんばかりの反応でどうしたらいいのやら、である。兎も角、レアだろうとなんだろうと関係はないだろう。ちょっと運が良かっただけ、手入れに必要な資材のことを考えれば短刀の方が理に適っているし。とはいえ折角初めから一定数の火力を手に入れたのだから嘆くことでもないか。清光にしたように右手を差し出し笑って見せると小狐丸は喜んでその手を取ってくれた。


「よろしく、小狐丸。」
「ええ、ぬしさま。」

まあ、こんなのは偶然だろうと言い聞かせた私と清光がこれから先もこの鍛刀という作業で悲鳴を上げたり頬を引き攣らせたりする日々が続くのだが、それはまた別の話。