選択肢
繰り上げ一位が確定し、政府との話をしてから三ヶ月が経過した。政府から頼み込んだと話を持って行ったが、政府の役人はあの男だけではない。数多いる政府の人間たちが一人の審神者、然も新参者にそんな権限を渡して良いのかと揉めて幾度か会議が繰り返されたらしい。正式な返事が来るまでは当区画は一位不在のまま、割り振られる雑務を熟した。幸い、槿の雑務を肩代わりしていたという瑠璃が率先して手を貸してくれたので別段苦労することもなかった三ヶ月。データを増やす為に検非違使との戦闘を繰り返していたら長曽根虎徹と浦島虎徹を手に入れた。その二振りもすっかり本丸に馴染み、練度も打ち止め。現状手に入るとされる刀剣男士は全て顕現させることが出来たのはいい収穫だったと思う。永日に漸く渡せた御守りがどう効果しているか気になるところだが、あの加護が反応するより先に彼の愛刀たちがなんとかしてしまいそうだ。
「主、失礼します。」
「はいよ。」
「政府より文が届きました。」
「ありがと。」
すっかり近侍に慣れた長谷部から手紙を受け取る。開いてみれば想像通り、十一の審神者を再度調査した結果我が本丸はなんの違反もなく区域内での成績を加味した上で無事第一の位を得たらしい。そんなことはどうでも良いんだけど、と思っていたら紙がもう一枚同封されていることに気が付く。担当者からのようで、違反本丸取締役の肩書きに則り政府の保有する情報の閲覧制限が与えられたという旨が長ったらしく不要な言葉に埋もれるようにあった。閲覧権限があるのは私のみで、所有する刀剣たちは勝手に見れないらしい。私と同時に見るか再度資料を作るか、まあそんなもんだろう。別にうちの男士たちが見る必要もないだろうしそこは構わないのだけれど。確認しようと掌を滑らせディスプレイを表示すると確かに私の知らないデータが増えている。操作すれば膨大なデータの数々。
「……ふむ。」
「主?」
「長谷部、少し長くなりそうだからお茶用意してくれる?」
「直ぐに用意します。」
「ああ、長谷部の分も。場合によっては動いてもらうことになるからこの部屋に居て。」
「主命とあらば。」
先ずは当区域の審神者たちから。残った上位六名の審神者のデータを流し見、どうやら殆どの審神者が号の固着を望んだらしい。私の他は瑠璃、深緋、支子、雪色、黒橡か。瑠璃は付き合いがあるが他の審神者たちは余り関わりがないのでデータを流し見する。卯の花が雪色になったこと、支子は新たに加わったことくらいか。黒橡は…女性審神者だったのか。あまり印象にないが線の細い男だと思っていたので少し申し訳ない気持ちになったが、飲み込む。そうしてデータを流し見していると槿の記録を発見し迷わず開く。あの男の保有する刀剣男士の内、汚染されていなかった個体は全体の数%で殆どが刀解処分とされたらしい。槿に与えられた処罰は…あまり気持ちの良いものではなかったが、同情はない。長谷部に差し出されたお茶を飲んでからまた次のフォルダへ。
規律違反者リストを見てタブを一つ増やし少しずつ纏めていく。急いだ方が良いであろう所、まだ情報が少ない所、優先度順に書き出して行く。あとで違反本丸へ出向く際に連れて行く部隊も編成するべきか。薬研は確定として…長谷部と宗三は既に経験がある。この二振りも編成した方が良いかもしれないな、と一度画面から目を離して長谷部に向き合う。
「後で特殊部隊を組むわ。」
「承知致しました。」
「長谷部と薬研と宗三と…あとはまだ未定、清光と一緒に考えるつもりだけど長谷部も意見があれば言ってね。」
「加州は加えますか?」
「ううん、清光は留守中任せたいから。情報共有って感じかな。」
画面に視線を戻して指を滑らせる。資料を適当に流し見していたら気になる記録があった。就任期間十二日、二週間にも満たないなんてことあるのかとフォルダを開く。備前国所属第壱参本丸、号はない。所有刀剣は打刀四振、太刀一振、槍一振。内政府にて保管されているのが二振、破壊されたのが三振、行方不明が一振。期間を考えても所有刀剣の数が合わない…というか、行方不明ってなんだ。更に情報を見ようとするが閲覧に制限が設けられていることに気がつく。元々政府しか見ない物に制限、というのもよくわからないが少なくとも情報開示出来ないようなことが起きたことだけはわかる。眉根を寄せながら操作をすると筑前国第一位と違反者取締役の権限を用いてみれば読み込み画面から変わり、開いた。
最初から最後まで資料に目を通し、嫌悪感に苛まれながらも読み切ると大きく溜息を吐いて髪を掻き乱す。長谷部は少し肩を揺らしたが、何か言葉をかけることもなく待っていてくれる。その気遣いか忠義かわからないものに甘えさせてもらう。要約すれば、適正のない人間に審神者をやらせるという実験だった。まだ政府も対応出来ることがなく、審神者自体が数える程しか存在しなかった頃に様々なことを試してその母数を増やそうとした結果起きたことだ。そしてその実験の最初の被害者が彼だったというだけ。幾つか実験は重ねたようだがどれも成功とは言えずに打ち切りとなったようだ。寧ろこの結果が出たからこそ審神者に選ばれた人間は拒絶出来なくなったとそう考える方が自然である。これは戦争なのだ、戦力になる者に拒否権なんて与えられる筈がない。辟易しながら再度画面へと視線を向ければ資料には当事者への申告や死に際が詳細に綴られていて、非人道的の権化かと思うくらいには胸糞悪い記録。正当性を求める方が可笑しいのだろうか。
舌を打って実験記録に絞り情報を集めると審神者と刀剣男士の契りという物を見つける。所謂神隠しと呼ばれる、神である刀剣が人間と交じった場合どうなるのかという実験らしい。目を通す限り、こちらも成功例はない。永日のことを考えればこういうことがあったとしても可笑しくはないと思う自分にもまた腹が立った。そして、永日がこれに当て嵌まっている可能性が高い。未だ情報が足りないので可能性の一つとして頭に残しておく必要はあるが、絞り切るにはまだ早いと言ったところ。
「長谷部。」
「なんでしょうか?」
「私のこと神隠し出来る?」
「……何故俺に?」
「清光は出来ないから。あの子は私の自慢の愛刀で、私が最も信頼している刀でもある。けれどきっと、あの子には出来ない。薬研も無理ね。……恐らく、神隠しと呼ばれる契りには必須の条件があって二振りはそれを満たさない。私の中で一番可能性が高いのが長谷部かなって思ったのよ。」
考えられる条件や得られるメリット、負うデメリットを考え愛刀はきっと不可能だと判断した。絶対に無理だとは言わないが恐らくあの二振りがそれを実行しようとすればこの実験結果と同様の終わりを迎えるのだと直感的に思った。何故長谷部ならと思ったのかに関しては上手く言語化は出来ない、ただの勘だ。長谷部は少し考え、居住まいを正す。
そうして必須条件は同意である、と言う。僅かでも他に未練があれば器が耐えられないとも。その乖離は精神や身体に異常をきたす。人間以外の何かになることを正しく理解していないといけない。この戦争が終わったとしても家に帰ることも家族に会うことも出来ず、人間でも神でもない生き物になる。どうなってしまうのか、そう不安に思って親の顔でも思い出そうものならそれが未練となり、失敗するのではないか。そうして失敗した結果、器が耐えられず気が狂ってしまったり抜け殻になってしまったり最悪命を落とす結果となる…そんな感じか。神側から分かっていることはそんなところなのだろう。ただ、器という点において私の中でもう一つ条件の仮説が立つ。おそらく、容量。私は霊力が多い方で鍛刀や出陣を繰り返しても空腹や睡魔を覚える程度だが、そうではない審神者の方が多い。キャパシティ、とでも言えば良いのか。なんにせよ、神と混ざる際に受け止めることが出来ずに器が耐えられない場合もあるのだろう、ということだ。聞いた話と己の仮説は資料を再度見ればなんとなく整合性が取れている気がする。まだ此方も断定は出来ないけれど。
「現状成功率は半分程度かと。」
「ありがとう、それだけ聞ければ十分よ。」
「…いえ。主はそれを聞いて如何なさるおつもりなのでしょうか。」
「なにも。弔い、悼み、そうして人間の醜さに辟易とするだけ。」
ディスプレイを閉じて深く息を吐く。政府に求められたことのみをするべきで、それ以外のことをやる必要もなければやったところで面倒ごとになると分かってはいる。それでも、どうにもこの状況をそのままにしていいだなんて思えない。出陣、違反者取締、情報収集。それだけでやるべきことは山積みでそれ以外に時間を割いている余裕はないと理解はしている。神隠しについて調べていけば永日の体についてだって分かっていくだろう。だからきっと、こんなことに意味はないのだけれど、墓を暴くだけなのだろうけれど。
「頼みたいことがあるの。」
「主命とあれば、なんなりと。」
「二十五年前に行方不明になった刀剣を探すわ。」
行方不明の刀剣、刀種は唯一の太刀である一期一振。
清光にも極秘にと、続ければ長谷部は考える間もなく、頷いた。
「では、特殊部隊の編成はこれが仮部隊としよう。」
「この編成で練度は問題ないと思うよ。」
「大将、この編成…ちぃと偏ってねぇか?」
長谷部と清光と話した結果、集められた五振り。薬研、宗三、光忠、鶴丸、大倶利伽羅は背を伸ばしたまま私の話を最後まで聞いた。区切りのついたところで薬研が片手を上げる。長谷部がじとりとした視線を向けるのを手で制してから首を振る。
「薬研は私の懐刀として一緒に行動してもらう、長谷部と宗三は実際に槿粛清の際に同席していたから。残り三振りがどうしてこの編成なのか、って疑問かな?」
「ああ、問題はないのかと思ってな。」
「……まあ、最初の候補が辞退したからってのもある。」
「へえ、誰に声かけてたんだ?」
「安定と堀川、それと愛染ね。」
「そっちの方が確かに良さそうではある。」
「全員同じように断ったわ。無理強いするつもりもなかったし、下手なことしたくなかったから。」
三人共頭を下げて口にしたのは同じ言葉だった。所縁の深いものと同じ見目をした男士に刃を向け、切り捨てることが出来ないと。もちろんこの話は私しか聞いていないので清光と長谷部も知らない。ただ、辞退について二振りが食い下がることも問い詰めることもなかった。なんとなく察したのかもな、とは思うが二振りが聞かずにいてくれるので私もその先を口にすることはなかった。三振りと同様にこの場に居る男士たちは一対一で話をした後だ。ただ断ったものがいると分かれば判断を変える可能性もある、だから、
「もう一度問う。お前たちは相手がどんな見目でも切り捨てることが出来るか?」
「俺は大将の傍に在ることが誇りだ。その誇りを超えるものはない。」
「例えそれが兄様や小夜の見た目をしていても僕の兄弟は此処に住まう二振りだけですから。」
「成すべきことをするだけさ、退屈しなさそうだしな。」
「主に頼って貰えるなんて光栄だからね、格好良くこなしてみせるよ。」
「……どうでもいいな。」
「主命とあらば。主に仇なす全てをこの手で切り捨ててみせます。」
「……それではへし切長谷部、宗三左文字、薬研藤四郎、鶴丸国永、燭台切光忠、大倶利伽羅。以上六振りを規律違反本丸への調査及び粛清部隊に任命する。」
六振りが頭を下げたところで詰めた息を細く吐き出し、清光を見る。にこりと笑みを浮かべて胸に手を当て頭を下げたのを見て小さく笑みで返してから両の手を合わせて音を鳴らす。
「勿論これは仮部隊だから、なにか問題が発生すれば再度編成とするわ。気が付いたことがあればなんでも言って。やってみて合わないと感じたらすぐ再編成するからすぐに報告すること。無茶だけはしないで。」
「主、俺はどうしようか?」
「清光はいつも通り…かな。私が本丸を空けるのならばやっぱりここを守って欲しい。」
「りょーかい。」
私に何かあったとしても清光ならば何とか出来るだろうしね。勿論、この子が悲しむようなことをするつもりはないし傷付けることは避けたいんだけれども。清光に控えて居て欲しい気持ちがないわけではないのだが、本丸を空けるとなればやはり清光以外に任せられるとは思えない。清光と薬研の立ち位置が変わることは、恐らく無い。何方が力不足だと言うわけではなく、適材適所。薬研に私の代わりを務めることは出来ないし、清光が常に極秘に私の身を守ることは出来ない。ただそれだけの話。長谷部は…何だろう。このふた振りの何方とも異なるような気がする。やはりこれも言語化は出来ないけれど。細く息を吐いて長谷部以外を下がらせる。清光が少し不安そうに赤い瞳を揺らしたけど笑みで返す。大丈夫、きちんと話すから。
「主。」
「…この資料の中から探し出すのは無理があるだろうけどね。」
「無論簡単ではないでしょうが…俺も共に動きます。主の思うまま、使ってください。」
「頼りにしてる。」
掌を滑らせ画面を出す。さてさて、欠片ばかりの情報を掴むのは何時になることやら。