本丸
審神者になってからというもの、中々に忙しい日々が続いていた。発足したての新参本丸ということもあってかやることは尽きず、あれもこれもと大忙しではあるものの自分の性質のお陰かそこまで苦労はしていないのが不幸中の幸いだった。現在は初期刀である加州清光、初鍛刀で仲間に加わった小狐丸、初陣で入手した薬研藤四郎…その他に得た蛍丸と大和守安定、厚藤四郎が主戦力として動いて出陣を重ねている。皆が出陣中に調べて見た所、小狐丸以外にも蛍丸や厚なんかも中々入手が困難らしい。最初こそ清光が何に驚いているのか分からなかったが納得出来た。というか、色々と理解し始めた今なら確かに異質だと自覚せざるを得ない。まあ、私がどうこうという問題ではない気がするので気にしないけれど。気もそぞろに政府に提出する書類へ目を通し筆を滑らせ、ふとディスプレイを覗き見れば桶狭間に出陣していた第一部隊が帰還したらしい。
立ち上がり、凝り固まった体を動かしながら玄関まで迎えに行けば全員がこちらを見てただいま、と口を揃えて笑った。最初は態々主が来なくても、と言っていたが最近だと書類に集中し過ぎて出迎えに行かないと全員で執務室に駆け込むようになったので習慣ってのは凄いなと思う。元気だから安心してくれ。
「おかえり、早かったね。」
「主の采配が上手なお陰だよ。」
「ありがとね。怪我してるのは…居ないか。着替えておいで。」
話していると後ろからパタパタと軽やかな足音が聞こえて来て私の横を通り抜けて秋田、五虎退が薬研と厚に飛びついた。薬研と厚は笑いながら私に挨拶するように促していて、二振りは慌てたように私に頭を下げる。構わないよと声を掛けて低い位置にある頭を軽く撫でると嬉しそうに笑うからちょっとホッコリした。ここの兄弟は仲が良いから見て居て微笑ましい。まだ練度が足りない秋田と五虎退は短い遠征を熟している所で、この後二人に今日の出陣での話が聞きたくて仕方がないのだろう。仲良きことは美しきかな、なんて年寄りみたいな事を思っていればふわりと鼻腔に食欲を唆る匂いが届いた。
「今日の厨当番は歌仙だったか。出陣したら腹が減ったぜ。」
「其の様で。御揚げが有ると良いのですが。」
「お腹減ったー。」
ぞろぞろと上り込む彼らを見ながら一振り残った清光の方へと目線を向けた。清光は花が咲くように笑うと一段低い場所からそっと私に頭を下げる。何の戸惑いもなくその艶やかな黒髪を撫でてやるとふわり、と桜の花弁が舞う。誉を取った時に現れるこの花弁だが、刀剣たちの感情に起因してこうして散ることもあるらしい。喜びをこうして目にするのがなんだか可愛く思えて来るから私は存外気に入っている。
こうして撫でるのは帰還時に部隊長である清光にだけやる一つの儀式みたいなもので、接点の少ない刀達を上手く纏めてくれる清光に与える褒美のような…そんな感じ。
「また安定と喧嘩してない?」
「うーん…戦場に行っちゃえばそんなに?だけどあいつすぐ突っ掛かって来るからさあ…。」
身形に気を違う子なのは重々理解しているが控えめにしたら拗ねたような表情をされてからというもの、こうして整えられた髪を掻き乱すようにわしゃわしゃと撫でながら雑談をすることに落ち着いた。何時ものやり取りで大切な時間だ。最初にこれが始まった時、清光に主に頭を撫でられるの好きだ、と言われたのが懐かしい事のように思えて感慨深い。そこから彼らに変に一線を引くのをやめて刀剣達のことを銘で呼んだりスキンシップを取るようになったんだっけ。勿論向こうは神であり、私は人間だが…それと同時に彼らは道具で私が持ち主。道具を長く使えば愛着が湧くのと同じで、だからこうして接するようにしている。
「よし、着替えておいで?あ、その後鍛刀やるから少しだけ付き合って。」
「ん、りょーかい。ささっと着替えて来ちゃうね。」
最後に頬を撫でて、肩を叩く。清光は上機嫌そうに安定との相部屋に向かったようだった。余談だがこの本丸では一応一振りに一部屋ずつ与える事にしているのだが、関係の深い者たちは自然とどちらかの部屋に赴く事が多くてどうせなら少し広めの部屋に相部屋、という形に落ち着いた。粟田口は人数が多過ぎるので大部屋を一つ用意していて、薬研や厚が他の兄弟の面倒を見ているらしい。脇差の二振りは相部屋にしているが長兄らしい一期一振にも別の部屋を用意した方が良いのか?なんて考えつつも、まだ来てない刀は良しとする。来たら本人の意見を聞いて反映させよう。
一つ欠伸を噛み殺しめ鍛冶場に足を進める。さてさて、次はどんな刀が来るのやら。
鍛冶場について少しすると身軽な格好をした清光が慌てた様に小走りで来た。私より先に着きたかった、なんてぼやいていたけれど流石に無茶だろうと笑ってしまう。適当に玉鋼などの数を指定して鍛刀を始める。本丸として活動するのに余裕を持ったから思い切って増築したが、四振り同時に鍛刀が出来るのは思っているよりずっと楽だった。遠征部隊のお陰で資材にも余裕もあるし今回は少し多めに使ってしまうかな。
「じゃ、始めよっか。」
清光の一言に反応してどんどん鍛刀が始まった。四振り終わったところで左手を滑らせディスプレイを表示させる。ええと、必要時間は…。
「三時間二十分と三時間…一時間半と四十分か。」
「主ほんとすっごいよね…。」
「そ?さーて、開いていきますか。」
用意していた手伝い札を放り込めば忽ち四振りの刀が出来上がる。そして先ずは…脇差へと手を伸ばして触れ、霊力を流す。次の瞬間には一人の男が目の前に居た。こうして鍛刀していくことに最初こそ驚いたものの人間は慣れていくものなんだと頭の片隅で思った。もう思考を巡らせたり意識せずとも霊力を流せる、原理は相変わらずよくわからないけど。
「すいません、こっちに兼さん……和泉守兼定は来ていませんか?僕は堀川国広です、よろしく。」
「よろしく、堀川国広。えっと和泉守兼定…はまだ来てないな。ちょっと待ってね。」
ディスプレイで確認するが該当の刀は本丸内に存在無し。和泉守兼定…確か三時間だったはずだ。ならば、その対象になる刀に触れる。和泉守兼定、ね。眩い光に目を瞑り、そして目を開くと目の前に大きい男。さらさらと流れる黒髪は見事なものだ。羽織ってるのは…浅葱色、新撰組の刀で間違いなさそう。
「オレは和泉守兼定。かっこよくてつよーい最近流行りの刀だぜ?」
「か、兼さん!」
「わあ…さっすが主…。」
時々、こういう事があるのだ、私は。触れる前の刀剣はそれがどんな刀なのかはわからない。刀自体は見えていてもそれに色は無く、拵えやらは見えない。分かりやすく伝えるのならそれは黒く塗り潰し、一定の形をしているのだ。刀種に関係なく、黒い太刀の様な…そんな感じの見た目。触れて霊力を流す事でその姿が現れて手にはきちんとその刀が残る。不思議だなあ、と毎度の事ながら思った。はしゃぐ堀川国広たちを横目にもう二振りに目を向けた。三時間二十分は確かレア度の高いものだったはず。ならばもう一つから。
「やあやあこれなるは鎌倉時代の打刀!鳴狐にございます!わたくしはお供の狐にございます!」
「………よろしく。」
なんともまあ、面妖な。喋る狐は腹話術ではないと騒いでいるのを撫でる事で黙らせ寡黙そうな少年、のような姿の彼はただ何も言わずにそれを見ていた。彼も確か粟田口に属していた筈だ。大部屋問題にまた一つ追加されたが本人に問えば良い。さて残るは…時間的に太刀である事は明白。四振りと一匹に見守られながら手を伸ばした。眩い光の後の、目を細める程に鮮やかな空色。
「私は、一期一振。粟田口吉光の手による唯一の太刀、藤四郎は私の弟達ですな。」
此処に来るまでに思考を埋めた…とまでは言わないけど、それでも確かに片隅にあった粟田口一派の長兄を得たらしい。鳴狐と共に本人の意見を聞いてからにはなるが恐らくこの長兄は弟たちと同室を選ぶだろうから大部屋の意味が生まれそうである。ともあれ、全てが顕現し揃うと清光がぱちん、と手を鳴らし私の横で膝をついた。四振りも慌てた様にそれに倣い私の目の前に膝をつく。頭を垂れる、じゃないけれど不思議な光景だ。本当に。こんな小娘に頭下げるの嫌じゃないのかとも思うが、清光にそれはない!と断言されてから態々別の刀へ問うこともしていない。霊力を用いているからか、私が主だとしっかり刷り込まれてそうだなというのが私の見解であるが。
「堀川国広、和泉守兼定、鳴狐、一期一振…今日から貴方達の主は私です。こっちは私の初期刀の加州清光。分からないことがあれば彼に聞くように。清光、あと宜しく。」
「任せて、主。」
清光は立ち上がり四振りへと声を掛けに行った。大方、此処での生活の仕方なんかを軽く話して本丸内の説明に今から行くのだろう。一期一振は兎も角、鳴狐と一期一振は粟田口部屋に入るか、隣室に相部屋にするかと問うて清光が上手いこと纏めてくれるだろう。私が一人で悩むよりそちらの方が良い。和泉守と堀川は…そういえば、とディスプレイを見ればやはり元の主が一緒だ。清光と安定の話を聞けばきっと同室を希望するだろう。案外同室を希望する刀が多くて本丸を増設し過ぎたか、なんてぼんやり考える。まあ、過ごしやすいのが一番だから好きにすれば良いけれど。
ちらりと時計を見れば夕餉までは時間がある…が、空腹感が凄い。今日は食欲の日か、と溜息を零す。一定数の霊力を使用するとこうした微妙な不具合が出るのがどうにも不快だが…まあ、眠気が強くなったり空腹感を抱いたりするくらいだから支障はない。清光には勿論厨番にも伝えてあるので厨に行けば夕餉の摘み食いをするくらい許して貰えるだろうと歌仙の待つ厨へ赴いた。
「歌仙、ごめん。なんか余り物ない?」
「ほうれん草の白和えが少し余っているよ。いつものかい?」
「そうそう。眠くなるよりはマシだけどちょっと面倒。」
「霊力を与えるということは体力を削ると同じだよ、ほら、そこに座って。立ったままの食事だなんて雅じゃないことをしないでおくれよ?」
空きスペースに腰を下ろすと小皿に盛られた白和えと…だし巻き卵の切れ端。それから箸置きに箸を置いてお茶を淹れてくれた。いただきます、と両手を合わせてからほうれん草の白和えを口に含む。やっぱり歌仙の作る和食って段違いに美味しい。卵焼きも歌仙の作るやつは出汁に少しだけ塩を入れただけのシンプルな作りだが、それ故に難しいはずなのに。
「夕餉に支障がない程度だからね?」
「はぁい。」
そう言いながらも私の間食サイズの小さな俵結びまで付けてくれる。とりあえずまだ調理を続ける歌仙の邪魔をしないように静かに食べていたら視線を感じて、そちらを見れば歌仙が横目で私を見ていた。声をかけようとしたらそっぽを向かれたが…成る程、人見知りの歌仙らしい。卵焼きを小さく切って咀嚼し飲み込んで名前を呼ぶ。
「いつもありがとう、やっぱり私は歌仙の作る和食が一番好きよ。」
「…主の口に合ったのなら良かったよ。ああ、そういえば豆腐を作るのに豆乳も作ったんだ。後で飲んでみてくれるかい?」
「本当?それは嬉しい。楽しみにしてる。」
なんだか花弁が舞ったような気がするけれど、これを伝えたら折角の手作り豆乳がお預けになりそうなので触れずにもう一度美味しい、と伝えた。照れ臭そうで、それでいて嬉しそうな歌仙に思わず溢れた笑みが言及される前に最後の一口を口に放り込んだ。