会議
とある日、いつも通りに出陣の予定を組んでいると支給された端末からけたたましい音が鳴り響いた。驚いて肩を跳ねさせ慌てて端末を手に取ると画面には非常事態の文字が表示され爆音が鳴り続けていて、兎も角端末を操作して音を止める。政府から送られてきたメッセージを開くと緊急招集と大きく書かれており遡行軍ではない何かが現れた為、緊急会議をするとの内容だった。遡行軍ではない何かってなんだ?疑問は尽きないが呑気に考えている時間はなさそうで、慌てて清光へと声を掛けた。
二ヶ月に一度の定例会議ではなく、緊急会議。定例会議では当国の審神者のみが招集され情報交換を行うのだが緊急会議では他国の審神者の上位者のみを集めるものらしい。まあ、半年に一度は他国を含めた会議があるようだが。私はまだその会議には参加した事がないので、そういえば他国所属の審神者に会うのは初めてだったか。ディスプレイを操作して頭に叩き込むべきであろう情報を視線で追いながら暫しの現実逃避。身形を整えながら薬研を呼ぶ、会議とされる物は一振りの刀剣を連れて行く事になっている。審神者就任直後、本当は清光を連れて行くつもりだったが私が不在の間の本丸を預けるにはやはり清光が一番適していると思い直し、護衛ならばと室内戦に特化した短刀を連れて行くようにしている。初めて仲間になった短刀だから、薬研が同行するのがいつの間にか当然になっていた。
「大将、用意は良いか?」
「うん、大丈夫。それじゃ清光、行って来るね。」
「いってらっしゃい、主。薬研も一緒だし大丈夫だとは思うけど…呉々も気を付けてね。」
初期刀の顔をした清光を含めた数振りの刀剣たちに見送られながら本丸を後にする。原理は全くわからないこの装置は一体何なのか、そう思いながらも装置を起動させればあっという間に政府の用意された審神者会議専用の屋敷の前だ。薬研を引き連れて二度目の室内に足を踏み入れる。部屋に辿り着き、薬研が襖を開くとまだ二人ほど足りないようだ。居ないのは…槿と他国の一名。各国から十二人ずつと言えど、ここまで集まれば圧巻というか…刀剣を含めると人口密度が凄いな。とりあえず用意された席に腰を下ろすと隣の子はおどおどとした様子で何となく自分が落ち着けたような気もする。最初から恐怖も何も無いけれど。震える声で幾度も詰まったお久し振りですに適当に返事をしているとすらり、と再度襖が開く。まだ到着していない二名のどちらかだろう。そちらに目を向けるとそこには三日月宗近…と、それに抱えられた幼子。
「済まぬな、着替えに戸惑っておった。」
どうやらいつものことらしく、特に周りが慌てた様子もなくただ幼子達に頭を下げる者が多かった。三日月宗近、入手困難なんだっけ。どうでも良いけれど。見る限り打ち止め…こんなにも幼い子が采配を決めるのかと思うと少々気の毒ではあるがそうも言っていられない状況なので態々口に出すこともない。ただなんとなく視線で追うと空席は…相模?確かあの場所って、と記憶から引っ張り出し薬研を一瞥すると一つの頷きで返される。幼子は自分の足で歩くこと無くそっと充てがわれた席へと降ろされ、座る。…それにしても机、高そうだな。
三日月宗近はそのまま幼子の後ろへと腰を下ろした。その様子を見届けた後、槿が悪びれもなく軽く謝罪の言葉を並べて私の隣へと腰掛ける。相変わらず不快な程のあからさまな下心を含めた目線、後ろに構える薬研が発した痛い程の殺気のお陰で槿は伸ばし掛けた腕を引っ込めたようだが。いっそ触ってくれた方がブン殴る機会を得られそうで魅力を感じるけど私が手を出す前に薬研が斬りかかりそうなので微妙か。
全員が揃った所で政府の人間が現れた。どうやら進行はうちの国所属あの髭面らしい。興味はない、仕事ならちゃんとしてくれよとは思うがそれ以上もそれ以下の感情もない。上司のような立場ではあるようだが、そこまで敬う必要もないだろうし。
「諸君、今日は突然呼び出してしまって済まないね。何、直ぐに終らせる故少々お付き合い願いたい。…早速だが本題に入らせて貰おう。実は今朝方、遡行軍とは違う何かが出現したという話が出てね。」
いや、メッセージに書いてあったろ…とか思ってたら何故かざわつく他の審神者達。何となく幼子の表情を見ようと目を向けたらやっぱり机に隠れて表情まではよく分からなかったけれど、溢れそうな程の大きな目がこれ以上ないくらいに開いていた。何となくの、違和感。なんだろうか、この感覚。何かが可笑しいと分かるのに繋がり切らずに消化不良を起こす。
「静かに。…何かについては未だ此方も調査中だ。諸君も見知らぬ何かを見掛けたら下手に接触はせずに退避すること。それから…上位三位までの者達は少し残ってくれ。話がある。」
思考を巡らせて居るとそんな声が聞こえた。ていうか、その話だけなら態々集めた必要はあるのだろうか、と思ったけれど、どうやら四位から十二位まではまた別の話があるらしい。二つに分けるのは役割分担の為だろう、出逢ったことがある者達はまた別に情報収集にでも当たるのか…それか現地調査と別本丸への問い合わせに分けるとかか。何にせよ、私が思考を巡らせたとて四から十二までに割り振られる作業に関わることはないから構いやしない。両脇に鬱陶しさを感じながらもその場に留まる。薬研に目を向けると暇そうにして居る。流石に眠ったりとかはないだろうけれど退屈そうだ、私もさっさと本丸に戻りたい。
「なんだろうねえ、まあ私は藤姫が居れば良いんだけれど。」
「そうですか。光栄です、槿様。」
それにしても本当面倒くさいな、この男。目線が胸に行ってんの分かってるからな、阿呆めが。この顔だけが取り柄の女好きナルシスト野郎はさっさと引き摺り落としてより良い労働環境作りに勤しもうと心に誓った。いやでも槿の名前を引き継ぐの嫌だな…どうにか藤のまま繰り上げられないものか。とはいえ今そんなことを考えている場合でもないのでこの件に関しては後回しだ。それより…そっと机の下で端末を開き、目的の情報を確認する。会議が終わったら、かな。
四から十二の位の者たちが退室し切ったのを確認してから政府の役人が見渡し、ディスプレイを操作してメッセージが飛ばされる。内容を目で追い切った所で役人が声を上げた。
「残って貰った諸君には少し任務を受け持って貰いたくてね。任務内容はこの未確認の者についての調査だ。先ずは二人一組となりこの何かがどのタイミングで出て来るか、その調査を手伝って貰いたい。集計等は此方で請け負うが、何にせよ政府側からの接触は難しくてね。力を持った君達になら可能だろう?」
「…藤姫、勿論私と、」
「質問宜しいでしょうか。」
馬鹿がなんか言っていた気がするけれど聞こえなかったことにして右手を顔の高さまで上げて声を掛け、役人から発言の許可を得てから軽く会釈し手を下ろす。
「二人一組と仰いましたがそれは此方で希望を出しても?」
「嗚呼、構わないよ。藤は誰か希望があるのだね?」
「……当国ではありませんが、永日殿を。」
先程確認した彼…恐らく男児の名を上げる。違和感の正体、それを確かめたかった。
「ほう?何故永日殿を?」
「…当本丸は新参であり、経験も少なく未だ不明点等があります。審神者として月日の長い者の元で実戦経験から学ばせて頂ければ幸いです。」
これは賭けでもある。相模所属とはいえまだ幼子の経験が長いかどうかは明確になっていないし、流石に別本丸の情報なんて此方に開示されることはないけれど、直感を信じる事も時には大切だろう。ただ此処で不安そうな表情や声音を出すのは得策ではないので、あくまで知っているという程で話を進めなくてはならない。これで予測が外れていれば…否、外れていても幾つかの逃げ道は残してある。それに外れていて欲しい気持ちも少しばかりあるが。
「此方は問題無い。永日殿、宜しいか?」
「かまいませんよ。」
愛らしい声だった。目が合うと幼子はにっこりと笑い掛けてくれたので彼には頭を深々と下げる。そして私の中の疑問が解け、予想が形になっていくような感覚。とりあえず隣の馬鹿がぽかんとしているのをまたも気が付かないフリをして正面を見据えるに徹し、再度会議へと意識を向けた。
その後、二名ずつの組み合わせで別室を用意されたので薬研達と共に移動し、先程の会議中に送られてきたデータを見るフリをして正面を見据える。幼子…永日殿はデータに目を通し終わったのかディスプレイを閉じている。やっぱり、そうだよなぁ…なんて気が付かれない程度に細く息を吐き出す。高さが合わぬだろうと三日月宗近の膝に乗せられていて何だか少し不憫だとすら思う。私も左手を滑らせてディスプレイを閉じ、姿勢を正す。
「…不躾な質問を宜しいでしょうか。」
「はい?なんでしょうか?」
「…実年齢はお幾つで?」
永日殿はぱちぱちと目を瞬かせており三日月宗近から確かな敵意を感じたが、そのまま大きな目だけを見据える。薬研は何も言わないでただ大人しく私の後ろに控えたままだった。
「…おどろきました。いつお気づきで?」
「政府の者から未確認の軍の話をされた時、他の者と違う動揺を受けていたように思いまして。それから…見た目通りの年齢ならば先ず話の意味が分からない筈では、とも。資料も控えの刀剣に意見を聞くことなく正しくお見受けしてる様子でしたし三日月宗近も既に打ち止め…所属は初期より存在する相模ですから審神者になってから日が長いのではないか、と。そこから導き出したに過ぎません。」
「すごいですね、藤御前。その通りです。」
疑問から紐解いていき、改めて声に出せばそうとしか思えなかったのだが、間違いはないようで胸を撫で下ろす。位の問題だけならば私が下手に出る必要は無いがそれだけではない。年長者である可能性はまだ拭えないし、自国なら兎も角別国ともなると話はそこまで簡単ではないだろう。にこにこと笑う永日殿から敵意は感じず、寧ろ喜んでいるかのようにすら感じた。
「ああ、質問に答えなくてはなりませんね。ぼくは二十一になります。」
「……同い年、ですね。」
見た目からは想像が付かない。だが、こんな世界だ。自分で導き出した答えもあり今更驚きやらそんなものはなかった。そして、そこから導かれた答えに胸が少し傷む。けれど私が興味本位でこれ以上の詮索をするのは間違いだろうから込み上げた言葉を飲み込む。
「…未熟者ではありますが、宜しくお願い致します。先輩?」
「ふふ、任せてください。それから…もっと砕けた話し方でかまいませんよ。ぼくの方がくらいは低いでしょう?」
どうやら一連の流れで気に入って頂けたらしい、三日月宗近からの敵意もなくなった。そっと手を伸ばしてにっこりと笑ってみせる。
「それじゃあお言葉に甘えて…宜しく、永日。」
「はい、宜しくお願いしますね、藤御前。」
「私も別に砕けた話し方で構わないけれど?」
「こちらの方が落ち着くので。」
握手の際に触れた掌は幼子の見た目からは信じられないほど冷たくて。それでもなんだか楽しくなりそうだ、そんな事を漠然と思ったのだった。