織田の刀
昼下がり、昼食を済ませたばかりで満腹感から思わず漏れ出た欠伸をなんとか噛み殺して歩く。今日の歌仙作の天ぷらうどん美味しかったなー、二つ程添えられた稲荷寿司まで含めて完食してしまったので満腹感が凄まじい。これから鍛刀をと知っているから少し多めにしてくれたと思うので、彼なりの気遣いだ。さて、今日は特に忙しいとも言えないような日でうつらうつらと午前中を過ごしていたのもあるのか、なんだか体が重い。だが、戦略的にも鍛刀をさぼる訳にも行かず、こうして向かっているのだが。終わったら少し仮眠でも取ろうと考えていたら清光が正面の曲がり角からひょこりと顔を出す。
「あ、主此処にいた!」
「清光。」
「俺も今から向かおうとしてたんだー。一緒行こ?」
にこにこと笑って私の隣を歩く清光は午前中は確か内番だったか。汚れるのは嫌だと言いながらも畑仕事中は案外楽しそうにしているから嫌だとしても嫌いではないんだろうな、なんて思う。安定と二振りだったしある程度は楽しく出来たのだろう。それでも土埃ひとつ付いてないところを見れば早めに切り上げて着替えてから来たのだろうと簡単に想像がつく。私の前に来るならばといつも身なりに気を遣っているこの刀を可愛いと思うのは自然なことだろう。柔らかい髪を軽く撫で、戯れるようにくだらない話をしながら鍛冶場へと足を運ぶ。がらり、と戸を開けて資材の数を見るとまだ余裕はあるようで、遠征部隊に感謝が絶えない。あとで礼をしようと決めつつ四振り分の資材を用意し、鍛刀を始めた。
表示される必要時間は二時間三十分、三時間二十分、三時間、一時間三十分。なにやらまた入手困難を出したらしい。清光はぱちぱちと後ろで手を鳴らして笑っていた。最近は驚きではなく流石主!に切り替わったらしい。別に何も特別なことはしていないつもりだが、与えられた位を考えれば多少なにかがあるのかもしれない。今度政府の人間に因果関係があるのか問うてみるか。兎も角、札を用意し上から順に開いて行くことにして刀剣へと触れる。
「へし切長谷部、と言います。主命とあらば、何でもこなしますよ。」
現れた男に一瞬だけ目を奪われる、なんて綺麗な藤色の目。背が高い刀剣も多々存在するので飛び抜けて大きいとは思わないが、バランスの良さそうな体躯で、なんだか耳に落ち着く声で話すなとぼんやりと考える。ハッとして短く挨拶をするが清光にも目の前の男にも別段不思議そうな顔はされなかったので良しとしよう。気を取り直して次々に刀剣へと手を伸ばし、触れた。
「よっ。鶴丸国永だ。俺みたいなのが突然来て驚いたか?」
「僕は、燭台切光忠。青銅の燭台だって斬れるんだよ。……うーん、やっぱり格好つかないな。」
「……宗三左文字と言います。貴方も、天下人の象徴を侍らせたいのですか……?」
…キャラが、キャラが濃い。レフ板とホストと未亡人にしか見えない。どれをとっても美しくて整った顔ではあるのだがそれはそうとして雰囲気が独特過ぎる。いや、今更なのかもしれないけれども。頬が引き攣りそうになるのを必死に堪えながら清光に目配せした。清光が空気を締めるように手を鳴らし、いつものように膝を付く。それに即座に倣う三振りと少しだけ億劫そうに動いた一振りに今度こそ苦笑が滲んだ。
「へし切長谷部、鶴丸国永、燭台切光忠、宗三左文字…今日から貴方たちの主は私です。分からない事は清光に聞いて。本丸内での生活についても…、」
「取り込み中悪いな、大将。ちょっと良いかい?」
「薬研?」
よ、と片手を上げて現れた薬研に目を丸くしていると清光の目が鋭くなり薬研を睨む。鍛刀場は普段、誰も踏み込まない。どれだけの刀剣が増えようと練度を重ねようと私と清光で行うから、暗黙の了解のようなものなのだ。一括すること、そしてこの本丸において私の次に権力を持ち、刀剣内では加州清光が最も発言力があり確固たる立場であることを知らせる為でもある。そしてこれを決定したのは他でもない私。なので、この場に来た薬研に清光が不満を抱くのも仕方がないことである。とはいえ、それをよく知る薬研が悪戯にこの場に来たとも思えないので掌を清光に向けると一先ず眼光は落ち着いたようだ。
「どうしたの?」
「いや、政府からの文が来ていてな。なるべく早く目を通すようにと伝えられたもんでよ。悪かったな、加州の旦那。…っと、随分懐かしい顔触れじゃねえか。」
差し出された手紙をやや雑に開くと、どうやら定例会議の予定らしい。それから、「何か」についての報告書を纏める点での注意点なんかの紙が入っていた。確かに早めに目を通しておくべきだったらしい。一通り目を通してから清光にも見えるようにと差し出せば内容を理解し、そして薬研の方を向いて謝罪を口にしていた。取り敢えず手紙を清光に一旦預け、辺りを見渡す。薬研と四振り…何かどこかで見た気がするな。ええと…確か、
「…君たち、織田信長の刀か。」
「そうだ。見知った顔が並んでて驚いたぜ。」
未だかの武人が所有したとされる刀は多々在るはずだが一旦置いておく。久しいな、なんて会話をする四人を見てふと一つの考えが頭を過り、清光の方を見れば清光は首を傾げてなあに、と問うてくる。
「……清光じゃなくて薬研に頼もうかと思って、四振りの世話係。」
「へ?」
「ほら、今まで清光に任せてたじゃない?上下関係を教えるにも丁度良いしって。でも薬研ならこの本丸に長いし傾向も清光の次に詳しい筈。見知った顔ならある程度気心の知れた仲だろうし。なにより、清光はまだ三条の世話係してるでしょ?」
「まあ、そうだね。」
「今更だけど出陣してお世話してって清光に頼りっぱなしだったしさ。良い?薬研。」
「俺は構わないぜ。」
「…まあ、主がそう言うなら。」
「とはいえ清光の立場もよく理解している薬研だから任せることだし、四振りの世話係が薬研だったとしても清光の立場は揺るがない。私が主で、私が使い物にならない事態に陥れば全員清光の指示に従うこと。これに一切の異論は許さない。」
少し不満そうな黒髪を撫でてやり、言葉を重ねれば納得したようだったので薬研の方を見る。薬研も私の決定に異存ないらしくいつものように豪快に笑って頷いた。
「薬研は弟達の案内とかしたから一通りわかるよね?」
「嗚呼、任せてくれや。罷り間違っても謀反なんて起こさせないように教育しておくからよ。まあ、大将に謀反を企むような馬鹿は居ないだろうけどな。」
こちらの話で放ってしまっていた四振りに改めて伝えると特に不満も無かったようなのでそのまま薬研に案内を任せてしまうことにした。部屋分けに関しては宗三は既に江雪と小夜が居たのでその部屋に、燭台切と鶴丸は所縁を見越して大きめの部屋へと同室を希望したのでそのように。長谷部は一振りを希望したので空き部屋もあるしと採用した。そこまで案内してやってくれと薬研に頼んでおく。そうしてこっちだ、と四振りを引き連れて行った薬研を見送り、清光に手を伸ばす。
「じゃ、ちょっと近侍のお仕事付き合ってくれる?清光。」
「勿論。主のお願いだもんね。」
私の手を取り立ち上がる清光と共に鍛冶場を後にして執務室に向かう。渡り廊下を歩いていると短刀達が和泉守と一緒に鬼ごっこをしていて清光が頭を抱えているのを見て少し笑った。同じ新撰組の刀だ、思う所があるのだろう。ただ遊んでいるようにも見えるが、偵察と隠蔽を鍛える為に始めた隠れ鬼。それにいつのまにか打刀達…和泉守や吉行、あと獅子王なんかも参加するようになっていて随分と楽しそうである。楽しく遊びつつ能力の向上に繋がるのだから大目に見てやってほしいところ。私も今度息抜きに混ぜて貰おうかな、なんて清光と話していると執務室に到着し、清光が襖を開けて中に入る。清光は一礼してから部屋に入り、適当な場所に腰掛けさせて預けていた政府からの手紙を受け取って机に乗せておく。
「編成、そろそろ変えようと思うんだよね。」
「あー…俺達もう打ち止めだしね。」
刀剣達には練度というものが存在していて、一定数まで戦に出ると練度はそれ以上上がらなくなる。元々一軍として動いて居てくれた六振りは殆どが打ち止めとなっている。場所によっては編成を変えていた事もあり、今うちの本丸にいる刀剣達は殆どが練度を上げているから今日鍛刀した四振りは必然として組み込むことになる。つまりあと二振り、誰かを組み込まなくてはならない。補助に回りつつ、統率を取れる刀…か。
「薬研には入って貰おうと思うんだよね。あと一振り、誰にしようかなと思っててさ。」
「うーん…短刀とか小回り効く方が良いかも。太刀と打刀だしあんまり長物入れちゃうと偵察と隠蔽が怖いかな。」
「だよね。引率してもらう事考えるとあまり練度が低いと心配だし…厚かなとは思ってるんだけど。」
「そうだね、厚なら元々俺らと動いてたし薬研の手助けもしてくれるだろうし。」
ぺらり、と刀剣達の繋がりが纏めてある冊子を開くとどうやら長谷部と厚は繋がりがあるらしいし丁度良いかもしれない。まだ四振りの性格やらは分からないけど厚は弟が多いから面倒を見る点では申し分ない。決まりかな。
「じゃあ、次の部隊の編成は薬研、厚、長谷部、宗三、光忠、国永…で良いかな。」
「問題ないと思うよ。」
「何かあればその都度編成、だね。」
編成を紙に書き留め終わりぐっ、と体を伸ばす。背筋からちょっと嫌な音がしたけど聞かなかった事にして、ふと手紙に意識が向く。手に取って再度何かについて少しだけ考えてみる。少なくとも清光含めてうちの本丸内で何かを見た、接触したという話は出ていない。全員に確認を取ったので間違いないし、そんなものに出逢えば私だって記憶しているはずだろう。それがないとなれば、本当に私たちの本丸は見たことがないということになる。何かの条件がある?……分からないな。そもそも判断材料が少なすぎる今の状態で幾ら思考を巡らせても思い込みとなって、後々良くない影響を与えそうだし一旦置いておこう。
諦めて紙を捲り、もう一枚の定例会議について書かれた紙に再度目を通す事にした。定例会議に参加するのは初めての新参本丸であることは間違いないのだからある程度は理解しておかなくてはならない。普段の自国内の会議とは違い、他国からも人が来るらしい。とはいえ、先日の緊急会議で顔を合わせたメンツと思えばそこまで警戒する必要もないか。私のように位が高い者はある程度の優遇を受ける事が出来るらしいし、そこら辺は安堵出来る。千早は必ず着用するようにって…いつも身に着けてるからこれは関係ないとして。報告書の類は持って行かなくてはならない、それ書く必要あんのか?子供か?とも思ったが持って来ない人がいるから書かれたんだろうから良しとする。いつも通り薬研に側近は頼もうかと思っていたが、三振りまでの同行は許可されているらしい。人口密度よ…。
「清光、今度の会議さー…誰連れてこう。」
「夕餉の時にでも聞いてみたらどう?」
「そうだねえ。」
取り敢えずは仕事しよっか、そう言えば清光は任せてとまた笑うのだった。