定例会議

政府から手紙を受け取ってから早くも一週間が経過した。様々な時代へと出陣を繰り返したが、結局「何か」について書き留めることもなくこの日が来てしまった事に若干の頭痛は感じるものの、考えたって仕方のないことである。この一週間、何をして居たかと言われれば新参である四振りの育成である。空いた時間に少しずつ永日とは連絡を交わしたが結局これだという結論は出なかった。深く溜息を吐き出して手早く緋袴を身に付けて千早を羽織り、胸元の藤色の紐を結ぶ。軽く姿見の前で確認した所で障子の向こうから私を呼ぶ声が聞こえた。この声はきっと長谷部だろう。

「主、準備が出来ました。」
「今行く。」

障子を開けば膝を付いた長谷部が居る。二人足りないな、なんて辺りを見回せばすかさず玄関に。と声が掛かり一人納得した。何時もは薬研のみだが今日は連れ出す人数が多いし彼が代表として迎えを買って出たのだろう。


一週間前の夕飯の際、同行を希望する者を問うた所それはもう多くの刀がその手を挙げた。大凡が行ったことがないからと口を揃えて言って居て薬研が豪快に笑い飛ばして居たのは少し面白かったな。良いだろう、と自慢げに言う薬研に狡いと言っているのを見ているとぴん、と伸びた手に目が行った。先程顕現したばかりのあの藤色の男である。じっとこちらを見る目から反らせずにいると耳慣れた低く、心地よい声が広間に響く。

「まあ、落ち着けや。大将の御指名に逆らうヤツなんて此処には居ないだろうよ。つーわけだ、大将。希望するヤツしか居ないってんならあんたから指名した方が良いと思うぜ?」
「うーん…その方が効率的っぽいな。取り敢えず清光含めて練度が上がり切ってる子達は本丸を任せたい。審神者不在の本丸は防御面で心配だし…それに、何かあった時に対処出来るでしょう。」

途中少し不満そうな声が上がったが、最後まで聞けば納得したようだ。それから…

「此処に来て長い子達は私が居ない間に遠征や出陣を。私の指示が無くとももう動けるだろうしね。薬研にはついて来て貰うし…今回はあまり練度が高くない子を連れて行こうと思う。まあ、勿論ある程度は練度がないと連れて行く意味はないだろうから…有事の際に動くのは室内ってことも加味して今日鍛刀された打刀のふた振り…長谷部と宗三を練度上げして、かな?勿論練度が足りなければ他の子を連れて行くけど。」
「…だそうだ。まさか大将の采配に異論なんてないよな?」

異論のある者は居なかった。みんな納得した様子で今度は連れてってくれ、なんて口々に言いながらも夕食へとありついて行ったのである。


そんな事があり、例の部隊を捜索がてら練度上げを行った。特に長谷部の誉の取る確率は非常に高く、あっという間に練度は打ち止めの半分を超えたのでこうして会議へと同行するに至ったのである。あの時手を上げていたけど、まさかこんなにやる気満々とは。そういえばそういった個体が多いと書いてあったな…主人の役に、ね。随分と忠義に厚い刀剣がいたものだ。長谷部の前を歩きながらふと後ろを振り返ると長谷部はにこやかに笑いどうしましたか?と、問うてくるのになんでもないと返して再度足を進める。なんだかこの男は不思議だ。前の主に固執してないようで固執しているような、だが、私の物である自覚は人一倍。彼の思う忠義は恐らく現在の持ち主と考えるのが妥当か。…不思議だが、面白いなと思う。

玄関まで行けば退屈そうな宗三とそれを笑い飛ばす薬研が居る。私に気がつくと二人は軽く頭を下げたのを見届けてからじゃあ行こうか、と声を掛けて何時ものように屋敷へと移動した。


会議室へと着いて何時もの席へと腰を下ろすと左斜め後ろに薬研、その後ろに長谷部と宗三が膝を付く。勝手はよくわからないがある程度の広さを設けられた席だし別に良いか、とそのままにしておく。薬研が一番近くに居る、それで私の身は保証されたも同然だ。その時、するりと戸が開いてそちらに目線を向けると見慣れない姿。腰まで流れる黒髪は美しく、白い肌を引き立てる。薄い青の着物に包まれた体は華奢で男か女かすら分からない。ただ、圧倒的な美。…だが、私はその顔に見覚えがあった。

「今日は早いね、永日。」
「藤御前は流石ですね。良くお気付きで。」
「褒められてるって事にしておくよ。相変わらず三日月も一緒みたいだし、普通に気付くと思うけれど。」
「そういうものでしょうか?」

口元に着物の裾を添えて笑う永日は中性的というよりかは女性的な美しさがある。完成された美のような、洗練された動きは何も知らない人間が見れば女だと勘違いして口説くだろう。見た目はもちろんのこと、仕草が美しいのだ。そういや初期刀は歌仙って言ってたっけか。あの刀の言う雅は武力のことだと思っていたがそんなことはないらしい。帰ったら勘違いを謝罪しようと心に決めていたら周りがざわつき始めた事に気が付く。辺りを見回すと永日の所属する国の審神者たちが随分と好き勝手を言っているようだ。

「化け物…!」

その中でも引き攣ったような声が耳に入る。小さな声だったけれど、そういう悪意の塊みたいな発言はよく通ってしまうというのに。下位ランカーなのか?いや、上下関係の分からない阿呆のようだ。馬鹿だなぁと独りごちたその時、低い声が騒がしい部屋に響く。

「誰だ?」

あーあ、ご愁傷様。

「誰が…俺の主を汚す言葉を吐いた?名乗りをあげよ、誰であろうと俺がただではおかん。」

ひやりとした空気が流れ、先程まで騒いでいた声は一切聞こえない。ただ、そこにあるのは抑揚がない、行き過ぎた怒りを孕んだ三日月宗近の声のみ。

「さあ、どうした。早く。」

止めてやるべきか、否か。少なくとも首を突っ込まない限りはこちらに被害はないはずだとそっと手を背後に向け本体に触れている三振りを止める。が、手を離す気はないらしい。流石にあの刀が無差別に刃を向けることはない筈だが、私への忠義とはまた別物か。さて、どうしたものかなと細く溜息を零せば、今まで沈黙を貫いていた永日が口を開く。

「化け物と言われようとも私は結構です、私は永日。命芽吹く春に昇る永き日の輪、歴史修正主義者との戦を終わらせこれまで紡がれた歴史、これから紡がれる歴史全てを守る陽光が並の人間と同じとでも思われましたか?」


三日月宗近とはまた違う、感情のないようなそんな声音。美人が怒ると怖いとはこのことか。永日の後ろに構えた三日月宗近を含む三振り…今剣、鯰尾からはまだ怒りを感じる事が出来る。だが、こればかりは永日たちには非がないのでやっぱり私は関わらないことにしよう。薬研たちに手を振り片肘をついた私に三振りは意図を汲んだのか本体から手を離す。喧嘩を売った筈の別部署の審神者は恐怖に染まった瞳を左右や上下に揺らしながら謝罪を口にしようとするが、どうやらその声は喉に張り付いたままのようだ。無論、あのなんとも考えなしの台詞に同調した脳足りんたちも似たようなもの。何がしたかったんだろうと、その魂の抜けたような審神者たちに思うがそんなことはもうどうでもいいか。会議前に永日と話せる僅かな時間だ、ある程度の結論は出すべきだと何かについて考える。目撃情報を元にして出陣したというのに、と取っ掛かりを思考に出すと小さな違和感のような何かが引っ掛かり、思わず口に出た。

「会ったことないんだよね…。」
「僕もありません。聞いた所ではまだ未熟な審神者の前に現れる多いようですね。」
「…なにかの条件があるのかも。」
「僕や藤御前と違うところがあるのでしょうか?」

感情の無いように見えた永日が薄い笑みを浮かべて、静かにこれまた美しい動作で私の目の前に腰を落ち着けるのを視界の端で確認して、報告書に可能性を書き殴る。条件有り、新人審神者…あとは、場所?

「良く目撃されるのは阿津賀志山だったよね?何回かは行ってみたんだけど、でも会わなかったんだよね。」
「僕も何度か赴いてみました。僕たちとの違いであれば彼処は苦戦を強いられる事が多いようです。…藤御前も直ぐに終わったと思います。」
「別段苦戦するような場所でもないでしょ。あ、あの場所は三日月宗近が発見される事があるんだっけ?確率が低いけどって清光が言っていた気がする。二回目くらいに来たからそんな印象はないけれど。」

難所と呼ばれる阿津賀志山、そしてその土地で入手可能とされる三日月宗近…もしかして、

「長い間、その場所に留まるから…でしょうか?」
「そうだ、そうだよ!私も永日も阿津賀志山に苦戦を強いらせていない。寧ろ、私たちはどこか一つの場所に留まることはなかった…だから出会った事がない。けれど、遡行軍と苦戦した刀剣、三日月宗近入手の為に敢えて長く滞在した刀剣の前に現れたんだとすれば。」


二人で目を合わせて確信を得た瞬間、政府の男が現れた。今良いところだったのにと舌を打ちそうになるが、いつのまにか他の審神者は揃っていたらしいので文句は飲み込んだ。永日が軽く頭を下げてから自席へと向かうのを見送ってから手早く資料を纏めておく。会議が始まり、近況報告を経て何かについての話が出た。コレが今日の本題なのだから当たり前だけれど。他の審神者達は報告出来るようなものはないと諦めた表情で言うか、適当に口から出まかせを言うか二択だ。…余談だが私たちより位の高い筈の槿は後者である。お前本当やる気ないならその立場降りろ。

順番が来て、永日と二人で報告を始める。

「相模国の永日殿、筑前国の藤による報告です。まだこれは仮説でしかありませんのでご了承くださいませ。永日殿と仮説を重ねた結果、彼らは歴史を変えようとする遡行軍の味方でも、その時代に在るべきではない物である我々の仲間でもない存在なのではないか、と言うことです。」
「誰の味方、と言う訳ではないかと思われます。長くその時代に存在する事で彼らは現れ、非違である全てを敵とみなし、攻撃してくる…故に僕達は彼らを仮に検非違使、と名付けました。」

「検非違使…?」

たしかに呟かれた小さな疑問。複数人が検非違使、と言うものを知らないらしい。仕方がないので補足をしておこう。無知に対しての溜息は許されたいところだ、勿論先程の永日への対応にお前はないぞというアピールでもあるが。

「…検非違使とは元々、日本の律令制下の令外官の役職です。非違…非法、違法とも言いますが、それらを検察する天皇の使者を意味する物です。つまり…、」
「全てにおいて中立、反する者は全て敵、と?」
「そうです。私たちの仮説が正しい物とするならば、彼らを避ける為には私達は同じ時代、場所に留まる事を避けるしか手立てはない、という事です。」


そこまで言い切れば、周りから感心の声が上がる。そして政府の男からは軽い拍手が送られ、二人で頭を下げた。

「素晴らしい。君たちを組ませて良かったよ。」

…なんで上から目線なんだ、この男は。いつか泣かせてやろうと心に決めた。私はこの国に所属したのであってお前に従うべきだとも忠義を尽くすとも決めたわけじゃない。勘違いするなよ、この髭。

ともあれやりきった、と安堵の息を吐いて腰を下ろす。後ろからお疲れさん、と薬研が声を掛けてくれたので笑って見せた。良く見えなかったけれど長谷部と宗三がなにかの意図を含んだ目で私を見ているような気がするが、ここは少しは主らしい所が見せれたかな、なんて呑気に思っておく。永日の方を見て机の下でピースして見せれば永日はまた裾で顔を隠して美しくも無邪気に微笑み、小さく手を振ってくれた。……なんというか、傾国って感じだった。なるべく用意したコレを早めに渡そうと心に決め、前へと向き直った。


その後、私達の仮説を実証する為の役割が振られた。私達はその役目からは外れて、これまで通りで良いとの事。だが、検非違使に対する対処法についてまた二人で考えて欲しい、と次の命令が下る。面倒だな、なんて口にはしないけれど。

兎も角、初めての定例会議は上手くいったようだ。背後に感じる三振りの安心感に眠気を誘われつつ、残りの会議が始まった。