能力

無事に違反者を政府へと引き渡し瑠璃と共に事情聴取を受け、本丸に戻れた頃にはとっくに陽が傾いていた。先に戻って説明をしておいて貰おうとも思ったが三振り共に傍に控えると言い、薬研は兎も角新参である二振りもそう言ったことに驚きはしたが跳ね返す必要もないので残ってもらうこととなった。政府側の対応からは酷い焦りが伝わり、上位を保つ審神者の違反が珍しいものであったことが確定しそこは安堵する。槿は審神者としての立場を失い、政府内で隔離となった。あんなんでも霊力はそこそこあるらしいので、政府が管理する訳あり刀剣の為に使うとのこと。無論、どういった使い方かは知りはしないし知る気もないけれど。事実上の幽閉だが、私が気にする必要を微塵も感じないので深くは聞かなかった。

「主!」
「ただいま、清光。」

飛び出すようにして駆け寄ってきた清光に無事なことを伝えつつ、安堵させる為にも抱き寄せる。私が不在の間は清光が指揮を取るのだから精神を尖らせる必要があり、そこに予定より遅い帰宅はこちらの想像よりも大きく心労をかけたに違いない。艶のある柔らかい髪を撫でていると体が離れてもう大丈夫だと笑顔を見せてくれたので頷きで返し、清光の手を取る。

「少し清光に話しておきたいことがあるの。」
「うん、分かった。」
「薬研たちもお疲れ、各自部屋に戻って楽にしててちょうだい。」

長谷部が深く頭を下げ、薬研は片手をひらりと振り、宗三がゆったりと背を向けるのを見守る。あまりの性格の違いに清光と顔を見合わせて笑い、三振りと別れて執務室へと向かう。あとで薬研にも個別で話をしなくてはとも思うが、最優先は清光だ。執務室までの道のりで本丸の様子を聞けばいつも通りの日であったことがわかり、安堵する。何かが起きても問題はないだろうが、問題はない方が良い。襖を引き部屋へ通してくれた清光に短く礼を告げて順に入り、私の席の向かいを指す。


「それで?」
「会議の内容に関しては全員に共有が必要だから夕餉の時に伝えるけど、それ以外の話はとりあえず清光の意見を聞こうと思ってさ。」

鶯丸が用意したお茶セットを引っ張り出して茶を入れ、清光の前にも出してから腰を下ろす。そうして私が会議後の瑠璃とのやりとりから政府による事情聴取までの話を時系列順に、主観が入らぬようにと伝えれば清光は度々真っ赤な目をこれ以上なく見開いて唖然としていた。私の言葉が止まるまで相槌以外を挟まずにいてくれたおかげで詰まることなく話すことが出来たので安心である。主が無事で良かったと困ったように笑った清光が今度は表情を引き締める。

「えーと、色々聞いていってもいい?」
「なんでもどうぞ。」
「加護ってなに?」
「ああ…見せた方が早いな。ちょっと待って。」

永日用にと用意していた瓶覗色ホリゾンブルーの御守りを懐から出して机に乗せ、自分用は瑠璃に渡してしまったのを思い出しどこかに予備があるはずと記憶を探り無事箪笥の中から発見された唐紅色の物も並べる。見た目の差は色くらいなものだろうが、清光は宿された私の霊力の有無がわかるだろう。瞬きを繰り返し、御守りと私で視線を往復する。

「害するものから護る為の物。害の基準…判断は持ち主にもよるけど、時間遡行軍は勿論、そうあって欲しいと思えば自分に下心を持つ異性とかも弾くらしい。」
「らしい…。」
「あと重ね掛け出来る。」
「重ね掛け…。」
「特定の物を強く拒絶したい、とかを追加付与みたいな感じ?」
「因みに弾くって、どれくらい?」
「人物相手なら強めの静電気くらいだと思う。拒絶が強くなればスタンガンくらいになるかもしれない。」
「主も全部は理解してないんだ?」
「試してないからなんとも…とりあえず下心ありきで触れてこようとした人間が勢いよく手を引っ込めたからある程度の性能は保証するよ。」

唐紅色の御守りを掌に乗せて加護を乗せる。霊力を流すだけなので別に光り輝くだとかそういった派手な演出はない。思春期からすれば地味でつまらないと言いそうだが、やろうと思えばいつだって出来るので私は利点だと思う。そのまま清光に手渡すと暫く眺めていた。見たことない物を目にするような顔をしていて可愛いなと思っていたら再び私に帰ってきたので懐に入れておく。


「結界に関してはー…ううん、審神者全員が保有する能力だったと思うから、大丈夫かな…。」
「相当適正がないって場合は難しいだろうし、得意かどうかは性質によるけどね。」
「……薬研を呼び出した、が、一番知りたいかな。状況的に出来なかったら危ない場面だよね。加護みたいにやったことあったの?」
「やったことはない、やる必要もなかったし。ただ出来るだろうなとは思ってた。」

少し温くなってしまったお茶を啜って、薬研藤四郎を机に乗せる。

「薬研に御守りがてらって渡されてから本丸の中にいる時でも常に持ち歩いてたの。薬研もこうなることが分かっていて渡したわけじゃないと思う。ただ、何かあった時に手ぶらよりかは一つくらい、ってだけで。」
「うん。」
「依代となるんじゃないかと気が付いたのは結構前。受肉を通して個体としては別になるけど薬研藤四郎に変わりはないのだから、こっちに私の薬研を呼べるんじゃないかって。」

実際にやったこともないが、やり方はなんとなく分かった。霊力を流し、その名を呼ぶだけ。いつだかに伝え漏れに気が付いて薬研を探そうと思ったら呼ばれた気がしたと顔を覗かせたこともあったから。呼び出す数に制限はあるのか、また、呼び出す為の条件などは不明瞭だ。

「でも、薬研と清光は依代がなくても呼べる自信あるよ。」
「心臓に悪いからその呼び方は経験したくないなぁ。」
「調べてみたけど前例はなかった…いや、刀剣自体の協力を得て無機物を介して召喚はあったな。私みたいに強制的にっていうのはなかった、が正しい。」

現代に戻る際に紋を刻んだ無機物を所持し、本丸外に出る審神者の自衛手段として用いられることはあったらしい。刀剣からの協力は勿論、政府に許可を得る必要もある。縛りありきの召喚ならということだ。そういうものを全てすっ飛ばすことが出来る。無論、緊急時以外に使うつもりはないし私の刀剣がそんな状況にするとも思わないのでこの力を使うことはないだろうが。清光はうんうん唸りながら状況を整理している。基本的に私の決定に否とは言わないが、それでも最後の問いをかけるのは清光で、私も清光もそれを譲るつもりはない。

「薬研には、聞くべきだと思う。」
「うん、急に呼んだ謝罪もする予定。」
「アイツにとってそれは誉だから謝らなくていいと思うけどね。」

確かに槿を引き渡した直後に謝ろうとしたが笑顔で首を振られた。俺は大将の懐刀だからな、とそれだけ言ったあの小さな男前に流されたが清光が言うのなら間違いはないのかもしれない。刀とは、短刀とはそうなのだと言われれば納得する自分は想像に容易いので下手に謝罪するよりかはこれからもよろしくと伝えた方が存外喜ぶのかもしれない。


「ん?」
「どしたの?」
「槿が失脚したから私繰り上がり一位?」
「…そうなるね。」

面倒くさいと顔を顰める。確かに引き摺り降ろしてやるとは思っていたが審神者として活動し始めてから三ヶ月しか経っていないというのに。確かに戦歴以外はアレに勝っていた自負があるが突然すぎる。初っ端から二位を賜ったのに何を言うのかと言われてしまうとそれまでだが。一番上になったら雑務が増えるとかあるのだろうかと考えたが、槿がそういったことをしていたとは到底思えないのでそこは心配する必要はなさそうだと結論つける。というか、あの気持ちの悪い男の名を継ぐことが一番嫌だ。藤の名は気に入っているし。清光が眉尻を下げて笑うのを見て深く溜息を吐き出す。後で政府に槿の名を継いでたまるかと抗議をしようと心に決め、とりあえず薬研に話をしに行くかと切り替えると襖越しに呼ばれる。入室を促せば薬研が顔を出すので丁度呼ぼうとしていたと言えば、やっぱり薬研は呼ばれた気がしたと笑った。

「薬研だけなのかな、これ。」
「勿論大将の持つ薬研藤四郎が介す役割を果たしてる可能性はあるが、呼ばれてる気がするくらいは他のヤツにも出来ると思うぜ。」
「……あ、でも確かに主が俺のこと探してる?ってことはあったかも?」
「…依代があれば関係なく、本丸内なら全員呼べるのかもしれない。私の霊力で満ちてるから伝わりやすいとか、そういう感じかも。」

仮定として提示し、それとする。あくまで仮定なので全員に共有はせず、必要性を感じれば伝えることにした。私生活に入り込むような感覚に近しい気もするし不快だろうとも思うのでやっぱり意図してやろうとは思わないのだけど。そういえば、と呼ばれた時に不快感や恐ろしい思いはしなかったかと問いかけると畳に胡座をかいたまま手を口元へとやり首を傾げて視線を明後日の方向へと投げる。暫く唸ったのち、手を外してから首を振った。

「特にねえな。大将に呼ばれて、行かなきゃならねえと思ったらもう手元にいたって感じだ。」
「体感的にはなにもない、ってことね。」
「大将が斬りつけられそうな場面に吃驚したくらいだな。」
「やっぱ心臓に悪い!」

負担もない、今後も何かあれば気楽に呼んでくれとこちらが拍子抜けするくらいに簡単に言うのでそれならばと頷いた。清光も薬研と同じく、私の身に何かあるのなら余計なことは考えずに状況に適した刀剣をすぐに呼んで欲しいというので了承する。それなら他の刀剣たちに説明をしなくてはとも思ったが、現状零と言って良いほどに情報が足りないので追々の説明にと纏まった。この二振り以外を手元に呼ぶこともないだろうと判断もある。少なくとも、私の霊力を身に宿す刀なのだから大きな不具合は出ないと思いたい。


「お腹すいた……。」
「…あ!」

ぽつりと小さく呟いた私に清光が勢いよくこちらを見る。もしかしてと言わんばかりの目に、隠すことでもないからと素直に頷きで返すと慌てたように私の頬を撫でて、顔色を心配してくれる。

「ごめん、主。眠くなさそうな時点で気が付くべきだった。」
「報告優先したかったし気にしないで。」
「大将、今日かろりぃの日か。」
「そろそろ夕餉だと思うけどなにか摘むもの貰ってくる?動くのしんどかったら俺が持ってくるよ。」
「あ、そういやこれ。長谷部から預かってたんだ。」

薬研が白衣のポケットから差し出されたラムネ。九割がブドウ糖のあの、瓶型のプラスチックに入ったあのラムネである。何故これを?と首を傾げる私に薬研は笑ってから低血糖には一番良いからと言う。過去を含め別に不調にまでは至っていないが、予防ということだろうか。受け取って一つ口に放り込むと懐かしいような気持ちになる。舌の上で数度転がしてから噛み砕くとラムネ独特の食感と甘さ。なんとなく掌に収まったボトルを見ていると細い付箋が貼ってあることに気が付く。文字に目を通した瞬間に笑った私に二振りが首を傾げる。

「なんて書いてあったの?」
「ご自愛くださいとかじゃないのか?」
「ふふ、…お納めください、だって。」

資材か、と口に出さなかっただけ褒めて欲しい。一度ボトルを机に置いて手帳と並ぶ一冊のアルバムを取り出し、折れないように付箋を剥がしてフィルムを捲り貼り付けておく。彼らしい、少し細くてハネの強い文字だ。なんの変哲もない、事務用の淡い桃色の付箋と少しアンバランスだな。一連を見ていた二人が何かに気が付いたようにアルバムを覗き込んだ。

「あ、俺が書いたのもある。」
「俺のもあるな。」
「なんか嬉しくてついね。」

早めに寝ること!と少し丸さのある文字で書かれた桜の絵が描かれたメモ帳、やけに達筆で書かれた起きたら呼んでくれと書いてある紙の切れ端。他にも光忠からの食事が足りなかったら声を掛けてね、蛍丸からの一緒にご飯を食べよう、安定からのおすそわけ!など。軽食に添えてあったり報告書に貼ってあったりと様々ではあるが、私宛に残された言葉が嬉しくてこうして纏めている。最初は手帳に挟んだり貼ったりしていたのだが剥がれてしまったり落としてしまったりするのでフォトアルバムとして売られていた物を購入した。フィルムを捲れば接着面で、糊を使わずに済むし配置の変更も出来るので気に入っている。疲労を感じた時にふと見返していたりするのだが、それはなんとなく照れ臭くて言わないでおく。アルバムを閉じて定位置へと戻し、立ち上がる。

「さて、ご飯食べに行こうか。」
「今日俺のおかずあげる!」
「じゃあ、俺はでざぁとだな。」
「自分で食えー?」


両手を取られて上機嫌に歩き始める二振りに仕方ないなぁと言葉だけで返して続く。今日の夕餉はなんだろうか、分けられるような物だと良いんだけど。机に置きっぱなしにしてしまったラムネ、それを選んでくれた彼に何かを分けられるといいなと考えながら、それでもやっぱり歌仙と光忠の作るお味噌汁と炊き込みご飯が食べたいなと、そう思った。