模索
夕餉を済ませてその日は早くに眠り、翌日。欠伸混じりに起きてからふとそういえば、と気が付く。瑠璃との話や槿の失脚に意識が向いていたが検非違使について結局調べてはいない。永日と事前に幾つかは決めたがそれだけで、対策をしなくてはいけないのに昨日はさっさと眠ってしまった。朝餉の後に第一部隊を集めて相談をして様子見…辺りが妥当か。布団を手早く片付けて時計を見るとまだ少し時間があるので会議での資料を開く。
目撃数最多は阿津賀志山、一つの時代…戦場に長期間の滞在をした場合に検非違使は現れる。時間遡行軍とも刀剣男士とも敵対する軍勢。ここまでは事実とし、まだ疑問点も残る。どれくらいの期間で現れるのか、そして相手の武力はどれほどなのか。ディスプレイを出して敵対したことのある審神者が残した編成記録を見る。直近二十のデータを見る限り刀種による問題はなさそうだ。短刀のみの編成や長物中心の編成など多種多様だが、何かが有利に働いたとは到底思えない。ならば、と一つずつ確認していくと思った通りの共通点を見つけた。
「練度、ね。」
朝餉を済ませ、清光に声を掛けてから部屋に向かう。大部屋とまではいかないが、十人程度なら問題ないくらいの広さのそこは会議室の一つ。必要とあれば部隊ごとに使っても良い部屋として解放してある。必要なデータを纏め終わった頃、長谷部が部屋へと入って来た。私を見て驚いたように目を丸めていたが、何故だろうか。
「主、雑務など俺がやります。」
「ありがと。でも今回のは私しか知らない情報込みだったから自分でやった方が早くてさ。次回からは事前に相談したりするからその時は頼むね。」
「何なりとお申し付けください。」
「まだ少し時間があるか…少し話そう、第一部隊の話を聞かせて?」
「報告ではなく、ですか?」
「うん、長谷部から見てどうかを知りたい。」
向かい合って座り、なんてことない話を聞く。報告の不備などではなく、単純に要望があれば聞きたかったし、部隊編成についても聞いてみたかった。今の編成はとりあえず育成するべきのメンバーでしかなく、改良出来そうならするべきだと思うし。折り合いが悪いということもなく、至って順調そうだ。同時期に鍛刀されたということもあってか、軽口の往復はあれど不仲だったりそういうのはないようで安心した。強いて言うなら国永と宗三が自由過ぎると、それくらいらしい。
「厚や燭台切が上手く纏めていると思います。」
「そっか、それなら良かった。」
「主、全員集まったよ。」
「ありがと、清光。この会議だけど清光も参加して貰うよ。」
「勿論。」
入口から入ってくる男士たちを一瞥し頭を下げてから列に加わる長谷部に笑みで返し、清光が私の隣へ腰を下ろした所で会議開始だ。
「さて、朝から呼び出してごめんね。昨日話した通り、検非違使についての調査を行う。それに伴い、第一部隊の編成を少し変える。」
「編成を?」
「これは仮定も含めるんだけど…ちょっとこれ見て。」
手元のディスプレイを操作してプロジェクターで壁に大きく反映させた検非違使との戦闘記録。編成された刀剣男士とその練度。それに対峙した検非違使の刀種と編成、分かっていることだけが残されている。
「どこの本丸も一振りから二振り程、練度の高い男士を連れていて残りは育成中…って感じの印象。うちも今はこうよね?」
「俺と厚が打ち止め、残りはそうじゃねぇな。」
「他の審神者からは歴史遡行軍とは比にならない強さだって報告も上がってる。で、検非違使の武力が一番強い刀剣男士に合わせた練度と編成で来るんじゃない?って思ったのよ。打ち止め間際の男士に合わせた強さでまだ育成中の男士と会えば…それは脅威じゃないか、って。」
成る程、とそんな感じの雰囲気だ。
「とはいえ確証はないの。純粋に遡行軍よりも脅威である可能性は捨てきれない。」
「主はこれ、どれくらいの確率だと思う?」
「うーん…八割くらい。実際練度の差がそこまで大きくない、数字にして十程度の編成だと多少の苦戦はした程度らしいの。」
そしてどれくらいの期間の滞在で現れるのか、に関しては全くわからないと足す。こうじゃないか、という推測はいくつか上がって来ていたが正しい数字とは思えない。期間に似た何かである可能性もあるからそこに関しては気を抜かないで欲しいとも付け足す。
「それで編成なんだけど…薬研と厚を抜いて長谷部、宗三、光忠、国永はそのまま。四振りに練度が近く、偵察と隠蔽を考慮して青江と今剣を加える予定。」
「お求めかい?」
「がんばりまーす!」
「で、部隊長は…長谷部に頼めるかな?」
「承りました。必ずや主のご期待に応えてみせます。」
これで練度差は四、これ以上数を減らすことは出来ないが今ある手持ちとしては最適の筈。勿論打ち止めである清光たちを向かわせることも考えたが、それでは他の本丸との比較が難しくなってくる。実際未熟な審神者の方が遭遇率は高いのだから様子見の練度としては六十半程度のこの編成が最適解だと思う。
「清光は私と共に調査部隊からの報告や他本丸からの情報の整理を。」
「任せて。」
「調査部隊は準備が出来次第、出陣を。何かあればすぐに連絡、状況に応じては退避を。」
「はい。」
「薬研、厚は必要とあればまた編成に入ってもらうから一応出れる準備だけは済ませておいて。」
「了解だ、大将。」
「よし、解散!」
阿津賀志山の戦い。装備を整えた調査部隊からの情報を共有し打ち込む。賽の目の導くまま歩みを進める部隊は細かな情報をもこちらに上げてくれるのでこれなら統計や比較などに役立つだろう。長谷部はいつも細かな情報すらも報告として私に伝えてくれる、だからこその調査部隊隊長。何度も歴史遡行軍との戦闘があり、物資の不足や受傷状況が来る。書き留めながら進軍を続け、ボスを屠る。そんなことを繰り返していた、その時。激しい雷鳴を轟かせ、なにがが過った。
「主。」
「……気を抜かないで。…清光。」
「オッケー、任せて。」
次から次へと出現する時間遡行軍。だが、鍛え上げた刀剣男士たちには、それも時間稼ぎにしかならない。
そんな時、眼前の敵が、一刀のもとに切り伏せられた。その背後から出現したのは、今までと違う軍勢。
そして、彼らの殺意に満ちた眼光が示すのは、彼らが決してこちらの味方ではないということだ。
第一部隊、目標である検非違使と対峙。私の一声と共に、動いた。
「おかえり、お疲れ様。」
「ただいま戻りました。」
「怪我した子たちは手入れ部屋へ。長谷部は手入れが済んだら報告に来て。部隊に編成されてた子たちも何かあれば長谷部に伝えておくか私の部屋へ。」
結果として軽傷二振の被害で収まった。刀装の少ない今剣、一歩前に出ていた長谷部が軽傷を負った程度で残り四振りは刀装が剥げたくらいで済んだので苦戦とまでは行かなかったと思う。手入れを済ませて清光、長谷部と記録したディスプレイを確認しながら纏めていく。
「相手の編成は槍、大太刀、太刀、槍、槍、薙刀ね。」
「銃兵を積んでたよね?」
「ええ、それで俺と今剣が。」
「刃を交えた感覚としては?」
「遠戦が加わるので負傷が出る程度ですね、問題なく勝利を収めることが出来ます。」
「んー、あとは比較で練度差ありで組むのが手っ取り早いか。」
「編成どうする?」
「打ち止めの中に一振り入れるのはどうでしょうか。」
「そっか、上に合わせて来るなら…上の数を増やすのが一番被害はないかも。」
「俺らが出るよ、安定たちも戦出たいって言ってるしね。」
「じゃあ元第一部隊に誰かを加えよう。小狐丸が確か遠征出てるからその部分に…。」
「俺が出ます。」
え?と目を丸める。打ち止めの中に加えるのだ、練度が七十から八十程度の子を編成するつもりだったのだが…と長谷部の練度を確認したが七十一。先程の周回である程度まで練度が上がっていたのか。確かに問題はないが…ああ、いや、でも。
「そうね、長谷部に入ってもらおう。」
「部隊長は?」
「清光に任せたい気持ちもあるけど…でも、」
「うん、俺らは打ち止めだから長谷部に経験積ませた方がいいと思う。でも、俺の指示にはちゃーんと従ってよね。」
「ああ、主の決定だからな。」
「では長谷部を部隊長のままで、清光は全面的なサポートを。安定、薬研、厚、蛍丸を加えて再度検非違使の調査へ。」
検非違使調査に関しては長谷部を中心に動く、そう宣言した私に清光は頷きで返し、長谷部は蕩けたような笑顔で胸に手を置いた。
「必ずや主のご期待に沿う結果を残してみせます。」
ディスプレイを表示、指先を滑らせて操作をしたら切り替わり、永日が写る。聞こえる?と手を振り動作確認をしてから本題へ。
「こっちが阿津賀志山での調査結果。打ち止め五振りに七十一の長谷部を入れたらやっぱり長谷部の攻撃だけ通らない…逆に練度差がない編成だと問題ないって感じだったよ。」
「こちらも同じく目撃証言の多い墨俣を中心に四から五の戦場を打ち止め済や間際の男士たちで回りました。相手の編成及び刀装はこのような形でした。」
槍、大太刀、太刀、槍、槍、薙刀…編成は変わらないが銃兵だけでなく厄介な盾兵まで追加されている。こちらはうちの打ち止め部隊とも同じだからやはり練度の差で向こうの編成は一定のようだ。二人で情報の擦り合わせをしながらふと永日の編成を見る。
「岩融、江雪、山姥切国広、青江、平野、前田…?」
「ええ…江雪や青江はその、内番を楽しんでおりまして…前田と平野は僕の補佐などをしていた関係でまだ打ち止めではなかったんです。打ち止めではない刀が一部隊分揃わず苦肉の策でした。」
「ああ…永日の就任期間じゃそうなるか。」
「こればかりは、ですねぇ。」
就任して三ヶ月程度の私と違うのだ。詳しい話は聞いたことがないが、大まかな経緯は知っている。文字通り桁違いなので、最初から永日が打ち止め部隊で数箇所を周り、私が阿津賀志山に集中して練度の違う部隊で調査をすると決めていた。お陰で大体のことは分かった。あとはこれを提出すれば一旦この調査は私達の手元から離れるだろう。一度検非違使に目を付けられた時代の戦場では今後も刃を交える事となる。永日には少し負担が大きかったなとは思うが、逆に練度差さえなければなんの問題もないということも分かったので大目に見てもらうこととしよう。
「どのみち明日政府に顔出ししなきゃいけないから報告は私が上げておくよ。」
「ありがとうございます。」
「主、まだ寝ていなかったのか?」
「三日月。」
画面の向こうで三日月が永日の髪に触れる。なんというか、距離感が独特…というか、恋人同士のそれな気がするのだが。三日月宗近の持つ執着心はなんとなくだが理解しているつもりだ。だが、刀剣男士の全てが持つ感情なのか、個体差なのか、それとも独自の感情かまではわからない。幼児の頃から見守り育てた親心からなのか、それとも愛なのか。私に威圧してくるくらいだから愛情なのかもしれない。三日月の強烈な片思いだったりするのかな。受け入れているから永日も…いや、余計な詮索はやめよう。本人の口から聞いてもいないのに勝手に想像して騒ぎたてるような人間にろくなヤツはいない。そんな風にはなりたくないからやめよ。永日の綺麗に編み込まれた髪を止める紐を解く指先が見えてなんかちょっと気まずいけど気にしないこととする。
「呼びに来たみたいだし今日は終わろう。何かあれば昼までに連絡くれれば政府に伝えておくから。」
「すいません…。」
「ううん。三日月もごめんね、夜更けに。」
「なに、構わぬ。」
「それじゃあまた。あ、次会う時に渡すね。」
「はい、楽しみにしていますね。」
おやすみ、と声を掛け合ってディスプレイを閉じる。検非違使についての情報は清光の手助けもあり終わっているし追加分も特にないようだったからもう眠るだけだ。明日は少し忙しい日になる。昨日からずっとバタバタしているから少し疲れたなぁ、とごろりと畳に寝転ぶ。こんな姿誰にも見せられないが、今は私一人だ。
「検非違使、第一部隊の編成、資材の残量確認、清光と打ち合わせ、薬研の同行頼むのと…政府への報告、順位の抗議か。」
一つ一つ指折り数える、やらねばならないこと。永日や槿、瑠璃のこともあって政府に無条件で従う気にはならないから幾つかこっちの要望を通さなくては。守るべき人を守るには今のままじゃ足りない、そして足りない分を埋めるには手っ取り早く力を付けるしかない。その為の明日の交渉だ。明日までにその辺は纏めておかなくちゃ。欠伸を一つ零して起き上がる。立ち上がって襖を開くとぬるい風が頬を撫で、冷たい物を飲んだらさっさと寝ようと厨に向かう途中で真っ白な男…国永と鉢合わせた。
「主?」
「国永、こんな時間にどうしたの?」
「いやぁ、腹が減ってしまって。」
「細いのに大食漢よねぇ。」
「主こそ、夜食か?」
「ううん、冷たいお茶飲みたくて。」
並んで厨に向かう。今日は問題なかったか、本丸での生活に不満はないかを聞いたら何も問題はない、楽しく過ごしているさと笑顔で言われる。昔馴染みと過ごす日々は楽しいと言われれば、そうかと安堵するだけだ。そういえば光忠と国永は織田でもあったが伊達の方でも同じだったような気がする。そこにはもう一振、居たはずだ。確か大倶利伽羅…明日にでも鍛刀してみようかな。来てくれるかはわからないけれど、まあ、来る気もする。
「あれ、主に鶴さん。揃ってどうしたの?」
「お茶飲みたくて。」
「俺は夜食だ。」
「用意するよ、少し待っててね。」
厨には光忠がいて、明日の朝餉の下準備をしていたらしい。氷を二つ程グラスに入れてから冷たいお茶が注がれて差し出されたものを受け取り喉に流し込む。光忠が幾つかの半端な食材を手に取って手早く調理を開始したのを眺めながら国永の時と同じように問い掛けを投げると、やっぱり楽しいよと笑みで返される。元の主である伊達政宗も料理を嗜んでいて、自分もやってみたかったからと続く言葉にそういうこともあるのかなんて思う。
明日は煮付けが食べたいなと呟いて、歌仙くんに伝えておくよと笑った隻眼の男の背中をぼんやりと眺め、やっぱり明日にでも大倶利伽羅は呼んでやりたいなと。やることが一つ増えたがそんなことを心に決めて夜食のタコライスに添えるプチトマトを一つつまみ食いした。