為すこと

薬研と共に門を潜れば政府の施設が目の前に現れ、無駄に大きな施設だなとぼんやり思った。さっさと報告を済ませたら鍛刀作業に移ろうと施設内に踏み入り顔布を当てた女性職員へと声を掛けて促されるままに会議室へと足を踏み込んだ。用意されていた座椅子に座り、目を閉じる。斜め後ろの薬研が平静さを繋いでくれることに安堵し、考えを巡らせる。報告と交渉、それから…。扉の外に感じた気配にゆっくりと目を開いた。

「待たせてすまないね。」
「いいえ。」

担当者が正面に座る。それから茶が机に置かれて、二人のスーツの男が担当者の背後に控えるのを確認してから指を弾き、結界を展開する。動揺した様子のスーツの男たちに目もくれず書類を机に置き滑らせる。検非違使についての報告書だ。ただこれを外部に漏らさぬよう結界を張ったわけではない。それを分かっているのか、担当者はその紙を一枚ずつ捲り目を通していく。退屈だから茶でも飲もうかと思ったが、一足先に薬研が湯呑に触れて一口含む。問題ない、と耳元に吹き込まれたので湯呑みを受け取って茶を啜った。鶯丸が用意して平野が淹れた茶の方が美味いな。


「確かに。ところで永日殿は?」
「たかが報告書の提出に二人もいりませんし、こういった面倒ごとは新参である私の役目でしょう。」
「そうかな、位だけで言うのなら…、」
「何よりそちらがあの・・三日月宗近を刺激したくないかと思いまして?」

鼻で笑うように言うと担当者は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたが気にしない。永日の所有する三日月宗近がただ数多ある刀剣の一振りだとは思えない。数度しか会ったことのない私ですらあの刀の執着心は異常だ。なにかしらの辻褄合わせであの本丸に預けられた可能性だってある、という推測でしかないが。詳しくは分からないが、やはりあの三日月は少し異なるようだ。刀剣男士たちにはそれぞれ大なり小なり個体差がある、なにせうちの三日月宗近はぽやんぽやんしてる。不意に底知れぬものを感じることはあれど、私に対して無害と断言していい。けれどあの三日月は…まあ、今はいい。その話は今日するべきではないはずだ。

「……前一位の槿が規約違反により失脚。君にその名を授けたいと思っている。」
「はあ。」

互いに口を閉ざす。向こうからすれば光栄です、精進しますの言葉を待っているのだろうがそんなことを言うはずがない。それを分かっているからか、瞳が左右へと揺れる。深く溜息を零して湯呑みを置いた。

「お断りします。」
「何故。」
「前一位である槿は度重なる違反行動によりその席を降りた。違反者の名を継ぐなんて絶対に嫌。そもそも一位というその肩書き自体に頓着もない。私はただ審神者としてやるべきことをやるだけなのだからそんなもの必要ない。なによりあの名は嫌いよ。」


そもそも十二の位自体、何をもってして決めているのか。あんなのが頂点に達していた時点で政府の位付け自体に信用がないとまで話す。これに関してはずっと思ってきたことだ。才能があるから、それだけで二の位を与えられたが血の滲むような努力をしてきた瑠璃はどうなる?そもそも、最初からあの男の審査をきちんと行なっていれば良かっただけの話だ。そうすれば若い娘があんな風に搾取され自分を蔑ろにすることはなかったはず。時の政府の怠慢、拒否権がないだけでなくそこから救う努力も寄り添うこともしなかったのだ。そんな組織にニコニコ笑って全て従うつもりは毛頭ない。それでもこのまま一位不在のままではいけない、そう食い下がる政府に溜息で返し、条件があるとだけ返して指を一本ずつ立てていく。

「ひとつ、私の名は藤として変更しないこと。ふたつ、一から十二までの審神者を洗い直しを行う。みっつ、規律には従うことは約束するから私に対しての余計な手出しや口出しをしない。よっつ、政府の所有する情報の可能な限りの開示を求めるわ。」


一つ目、これは私が藤の名を気に入っているからというもの大きいが…名を改めると少し不都合が起きるのでこの名を一貫したい。二つ目、これは単純に適性審査をしたりなどして正しく定めて欲しい。賜る名の固着や順位変動などは当人と相談すればいい。三つ目、これは加護の付与された御守りの所有・譲渡や緊急時の依代を用いての強制召喚などの事柄に口を出すな見逃せという主張。四つ目、これは正直賭けだが手に入れたいものとしての順位は高い。永日について調べておきたいのだ。詳しい経緯というよりかは前例の有無や対策、負担があるのならその対処法など知りたいことは多々ある。そして永日のように不条理な就任を余儀なくされた人間がいるのならば区域を問わず話を聞いて今後に活かしたい。

詳細は伏せたが、なんとなく私の求めていることがわかったのだろう。担当者は何かを言葉にしようと口を開いては閉じると繰り返している。それを急かすこともなく、ただその唇の動きを眺めた。そうして暫くの沈黙の後、ゆっくりとその唇が開かれる。


「それならば、規則違反の取締役を請け負って欲しい。」
「はあ?」
「本来は元槿に頼む予定だったんだ。だが君も知る通りの状態で…彼が頷くことはなかったし、こちらも彼には無理だろうと判断していた。君は既に規約違反者を捕らえている、適性があると判断していい。」
「位に拘りはないと言った筈。このまま藤の名の下第二位でも構わないわよ。」
「規約違反者の取り締まりだと此方が頼み込んだ形ならば、政府の所有する情報を開示することも可能なはずだ!逆に言えば、そうでもない限りは情報開示は難しい。私の独断では…。」

焦った様子の担当者、その瞳に嘘はない。元々四つ目に関しては大分無茶を言った自覚もあり、交渉の後一定の権限が与えられればそれで及第点としていた。だが…規約違反者の取締役を請け負うことにより政府所有の情報はほぼ開示せざるを得ないだろう。なにせ、過去のデータを見て本丸に目星を付けるのだ。必要情報だけを審査して私に回すとなれば手間も増えるしそれはしないだろう。それならば私の欲しい情報は手に入るだろうし、一定の権限では手に入らない記録も見ることが出来る。政府が何をしていたかなんてのはわからないが、清廉潔白とは言えないだろうなと永日を見ていればすぐに結論は出る。


「…権限使用の履歴は残る、君がなにを見たのかはこちらに共有される。」
「構わない、それと貴方たちのしてきたことに騒ぎ立てるようつもりはないから下手な制限はやめて。過去になにをしたかなんて今言っても仕方ないこと。戦争とはそういうものでしょう?」
「ああ、わかった。君の閲覧権限は最上級まで引き上げると約束しよう。」
「それと、規約違反者の件は引き受けるけれど洗い直しに関しては私も審査される側だからそこに助力は出来ない。隅々まで調べてどうぞ。報告書に上がっている以上のことはないわ。」

ぱちん、と指を弾いて結界を解く。先に立ち上がった薬研の伸ばされた手を取って扉に向かうとなにかを問い掛けたいであろう担当者が口を開くが、結界を解いた今話すようなことは何一つとてない。一瞥で済ませ足早に本丸へと戻った。


「良かったのか、大将。」
「なにが?」
「取締役の件だ。大将が有能なんてのは俺らからすれば疑う余地もねぇが新参だろ?やっかみが増えねぇか?」
「情報を得るためには手っ取り早いからね、お陰で想像より収穫は多い。」
「ならいいけどよ。」

差し出された手を取ったまま本丸へ戻り、出迎えてくれた清光に鍛刀するよと声をかければ笑顔で頷いたので薬研と解散し一度部屋まで私の向かう。なにせ暑いので千早だけは脱ぎたい。清光が千早を受け取り掛けてくれたのでそのまま鍛刀へ。結界を張ったくらいじゃ空腹も眠気も感じないが、鍛刀したら少しどちらかが出そうだ。

「そういえば鍛刀するって聞いてたから厨番に一応声掛けておいたよ。」
「本当?眠気の方だったら国永にでもあげようか。」
「歌仙がだし巻き卵でも作ろうかなって言ってた。」
「それは何がなんでも私が食べるわ。」


くすくす笑いながら一仕事。無事目当てである大倶利伽羅を始めとした四振りの鍛刀を終えて清光に後を任せ、空腹に身を任せて厨を覗きに行くと歌仙が出迎えてくれてだし巻き卵と南瓜の煮物、肉団子と小さめの明太子のおにぎりが乗った皿を出してくれた。どうやら今夜は私の昇進祝い
として宴を行うらしく、大皿の余りらしい。ちらりと見たけどだし巻き卵はないのでわざわざ作ってくれたことが分かり表情が緩む。歌仙の作るご飯はいつでも美味しいし目で見ても楽しい。けれどこうして私の好きな物を手間をかけて用意してくれるのがなにより嬉しい。空けてくれた椅子に座り両手を合わせて頂きますと呟いてから箸を伸ばす。

「美味しい。」
「夕餉もきちんと食べておくれよ。」
「歌仙のご飯も光忠のご飯も美味しいからいくらでも食べられるよ?」
「主って実は凄く食べるよね。」
「んー、霊力がね、生命力みたいなものじゃない?だからだと思う。ここに来るまでは人並みくらいしか食べなかったもの。」
「食欲があるのは良いことだよ。それにいつだかのように半日近く眠っているのは少し不安だからね。」
「あ、ありがと。」

差し出されたお茶を一口。うん、美味しい。光忠は目を丸くしている。それこそ就任直後くらいは小さめのお握り一つに余ったおかずを少し貰えたら満足していたが、最近は普通に一食増やしたようなものだ。慣れて効率化出来るのではないか?と思ったのだけれど、所持する刀剣が増えたから霊力の消費は激しくなっているのではないかというのが清光と歌仙から出された結論だった。そう言われたらそうかもしれないなと納得しているのだが、実際は仮定の域を出ていない。それにしてもこの明太子美味しいな。

「厨番たちには迷惑かけちゃってごめんね。」
「僕はもう滅多に出陣しないからね、楽しくやっているし問題ないよ。主はよく食べるし作り甲斐もある。」
「僕も楽しいよ、みんなが喜んでくれるのは嬉しいしね。」
「あ、そういえば大倶利伽羅の鍛刀成功したんだ。あとで挨拶してあげて。」
「伽羅ちゃんが!?」

パァッと明るくなった光忠に、大倶利伽羅は光忠と国永の相部屋に放り込むことになりそうだなと思う。あれでも相州伝だっけ。長谷部と同じ部屋のがいいのか?いやそもそも、一人部屋が良いと言う可能性の方が高いな。光忠と国永の部屋の隣くらいに一人部屋を設けてやるべきか。とりあえず光忠がソワソワしていたので、清光が本丸内を案内しているから挨拶に行ってあげてと伝えてやれば大きく頷いて厨を出ていった。あの刀のことだ、配膳の時間までにはキッチリと戻ってくるだろう。

「やれやれ、慌ただしい。」
「雅じゃない?」
「昔馴染みに会える喜びは分かるからね。それに、喜びを素直に出せることは美点だと思うよ。」
「歌仙も小夜と兼定が来た時嬉しそうだったもんねぇ。」
「…その話は内密に。」
「美味しいご飯に免じて。」
「ほら、早く食べてしまいな。」
「はーい。」


サクッと平らげて自室に戻る。永日に報告が済んだ旨を連絡、それから資材の在庫確認や編成の見直し、政府から送られた資料の確認なんかをしていたらあっという間に時は過ぎる。呼びに来てくれた安定と清光に手を引かれて夕餉に参加した。あ、煮付けある。歌仙め、さっき教えてくれたらいいのに。大倶利伽羅は光忠と国永に挟まれてげんなりしていたけれど微笑ましい雰囲気だったので良しとしよう。陸奥と兼定の飲み比べが始まったのを皮切りに騒がしくなる大広間、浮かんだ笑みをそのままに手を合わせた。



「こちらにいらしたのですか。」
「あ、長谷部。」

縁側でぼんやりと空を眺めていたら不意に声を掛けられて振り向けば長谷部が目を丸くしている。何かあったのかと聞いたが私が見えなくて探していたらしい。手間をかけてしまって申し訳ないな。一応近くにいた鶯丸に声を掛けてから出てきたが、あの刀が誰かに伝えたとも思えないからあの声掛けは無意味だったかもしれない。

「長谷部って飲める?」
「はい。」
「じゃあ月見酒付き合ってよ。」

清光が持って来てくれた盆に乗せられた酒を指差すと頭を下げる。手招きで呼んで隣に腰を下ろさせて猪口に注いだ酒を差し出す。清光が猪口を二つくれたお陰で取りに行く手間は省けた。誰が来るだろうなと思ってたのか、誰か来た時に手間を掛けないようにと思ってくれたのかは謎だが後で礼を言っておこうと思う。乾杯、と二人で酒を煽る。日本酒は飲み慣れないなと思っていたが、本丸に来てからは他の酒をあまり飲まないので慣れた。長谷部はどうだろうかと話を振るとどうやらなんでも飲めるようだった。そんな風に他愛もない話をしていたら長谷部が徳利を持つ。神様に手酌させるってどうなんだろうと頭をよぎったが、主は私だからいいのかな、なんて。

「あ。」

ふわり、と桜の花弁が浮かぶ。桜の時期じゃない、ともすれば。視線をそちらに向けると長谷部が慌てたように徳利を盆に戻し、立ちあがろうとする。

「すぐに替えを用意します。」
「いや、このままでいいよ。気になるってことなら…そうだね。」

長谷部に猪口を持つように指示して掌を上に、そのまま霊力を込めて細く息を吹く。そうすれば藤の花が舞って、花弁が長谷部の猪口にふんわりと落ちる。よし、上手くいった。

「お返し。」
「…これ、は。」
「ただの霊力を可視化してるだけ。取り込んで全く問題ない物ではあるけど嫌だったら私がそっち飲むよ?」
「…いえ。此方を有り難く頂戴します。」
「ふふ、月見酒が花見酒になったね。」
「主はどちらがお好みでしょう?」
「どっちも好きよ。」

美しい物は好きだ。勿論芸術品も好きだが自然の豊かさや時期が限られた物なんかにはつい心を惹かれてしまう。水面で揺れる桜の花弁をぼんやり眺め、そのまま煽る。猪口にも私の口にも何も残らない、そこにあったかすらわからないけれど。

「悪くないなと、思うわ。」
「……では月を見ながら花も愛でましょう。」
「藤と桜、どちらが咲き誇るか勝負しましょうか。」

そう言って笑えば、長谷部は困ったように…それでも嬉しそうに双眸を細めて笑った。ほんのり熱を訴える体が、酒のせいなのかその笑顔を見たからなのか。酒の入った頭では上手く処理出来ないけれどそれもやっぱり悪くないなと思うのだから困ったものだ。決して触れることのないその手と距離、それでも示される好意が今はただ心地よい。それだけでいい。