青い春の行方
あ、外走ってる。気が付いたらそちらにしか目が行かなくなるから外は見ないようにと思っていたはずなのに、聞き慣れた声が鼓膜を揺らして反射的に視線を外に向けてしまった。やっぱ同級生と並んでいると小柄だなとか、外はもうすっかり寒いのになんであんなに大汗かいてるんだとか、なんでサッカーの合間に跳躍勝負をしてるんだとか…思うところは沢山あるけれど。四限目に体育なら昼食が足りないかもしれない、私は午後に体育があるから少し分けて…とりあえず合流前に自販機に寄って水分を確保しておくべきか。そこまで過保護になる必要はないのだが、これは私の性質の問題とあの幼馴染のせい。
同じベッドで眠ったあの日から三ヶ月程。幼馴染は何も言わないし、私も何も言わない。毎日弁当を手渡して一緒に食べ、自由の部屋でバレーボールの話をして、客間に泊まる。あの晩の出来事は夢みたいなもので、それなのにふとした時に思い出すのだからタチが悪い。早いところマトモな恋人でも作ってくれればいいのになんて八つ当たりじみたことを考えていたらシャー芯か折れた、授業に集中しろってことか。意識しないとそっちに全部持っていかれるのは、不便だなと思うばかり。深く深く息を吐き出し、明確な意図を持って外から視線を外した。
「やっと昼飯だわー。」
「弁当足りる?」
「最悪購買行くか、放課後練前のおにぎり食う。」
「私の弁当半分食べて。午後体育あるからあんま食べたくない。」
「お前はもうちょっとちゃんと食え。」
今日も変わらず教室まで来て向かい合って弁当を開く。だし巻き卵とチーズインハンバーグ、ウインナーにブロッコリーの中華和え。自由の弁当にはメンチカツとナポリタンを追加してある。カツを揚げるならとついでに作った唐揚げはお握りの具にして三つほど。私の手だとあまり大きくは作れないが、最大限自由の胃袋に寄せてあるので良いだろう。大きな口で頬張り、美味いと笑う姿を見れば朝から揚げ物をするのも三人分程ある弁当を作るのも苦ではない。自由の弁当箱と比べたら三分の一にも満たない大きさの弁当を半分程食べ進めた辺りで自由の前に弁当箱ごと差し出す。丸々残ったハンバーグに困ったような顔をしていたがもう無理だと首を振ればそれ以上は何も言わずに箸を伸ばす。ちゃんと食えとは言うが、元々少食なのはこの幼馴染もよく知っているので咎められるようなことはなかった。こんなに美味いのに食わないのは勿体ないと、なんてことないように言われるのが一番心を乱される…気がする。
「悠の作るカボチャコロッケ、久々に食いてぇな。」
「メンチカツ食べながら言うこと…?」
「美味いじゃん、アレ。」
「なんでも美味しいって言うでしょ、あんた。」
作り手としては嬉しいことであるけれど。そういえばと自由がポケットからホットのレモンティーを取り出して渡してくるのでそれを受け取る。まだ温かいからスポドリを買うついでに買ったことを察し、ありがとうと短く礼を伝えて飲む。もう12月だしそろそろ弁当にスープでも付けようかなと考えながら自由を見れば丁度食べ終わったところだったようで、私の分を含め弁当箱には何も残っていない。あれだけ食べた筈なのにお握りを食べるか迷っている様子だったので、中身は唐揚げだと伝えたら一個食べてた。気に入ったらしいのでまた作ってやろうと思う。
「ごちそうさまでした!」
「お粗末さま。」
「そういや、今日予定あるか?」
「ん?あー…この間の練習試合の動画見返して計画立てるくらい?」
「じゃあ今日そっち行っていいか?俺も見たい。」
「いいよ、何時に終わる?」
「練習終わったらになるから19時くらい。」
「了解、美麗ちゃんには連絡しときなさいね。」
次体育だから、と残りのおにぎりを持たせて解散し更衣室へ向かう。行きと違って随分軽くなった鞄に弁当って重いなと再確認をした。
面倒な体育と眠気を促す現国を終えて放課後。帰り支度をして立ち上がった途端に声を掛けられた。委員会のことでと言われてなにかあったのかと着いていけば中庭で、告白をされた。一年の頃から気になっていただとかなんだか色々言われたけれど、目の前の人物が誰か全く思い出せない。男子生徒の言葉が終わったタイミングで、誰?と返したところ半泣きになってた。いや、だから、誰?なんか見たことあるような気はするけど…委員会と声を掛けられたからには同じ委員会だろうか。それにしたって仲睦まじく話すような異性の友人は居ないが。
「野宮め…。」
「は?……あ、自由のクラスメイトか。」
「橋本です…。」
「ふうん。」
自由の知り合いなのか、誰とか言ったのが少し申し訳ないな。と言っても自由は別に気にしないだろうけど。私いつもこんな感じだし。
「菊川って、野宮と付き合ってんの?」
「幼馴染だけど、なに。」
「俺じゃダメかな。」
「ゴメンナサイ。…用事があるからもう帰らなきゃいけないの。」
「うん、そっか…聞いてくれてありがとう。」
哀愁漂う感じではあるが、不誠実な態度も取りたくないのでしっかりお断りする。中途半端な期待を待たせることはきっと何よりも酷だろう。なんかもっとふわふわしてそうな女子といい感じになってくれ、と見知らぬ誰か改め橋本クンに背を向けたタイミングで手首を掴まれ、反射的に殴りそうになったが何とか堪えた。今キミの幸せを願ったばかりなのにね、口にも態度にも出してはないけどさ。そんなことより離して欲しい。橋本クンが少し俯いて、それから縋るような目を向けてくる。そんな目で見られたって私の答えは変わらないのに。
「好きな人、とか…。」
「いらない。」
あの幼馴染以外、いらない。最後まで聞かずにそれだけ言って掴んだ手を振り払うようにして逃れた。自由の友達なら穏便にと思ったけれど勝手に触れてくるような男なら私が変に気を使う必要もないし、きっと自由もそれを咎めたりしない。中学時代に搾取されそうになった私を見て普段の温厚さをかなぐり捨て怒りを見せたあの男が、咎めるわけがない。そうしてまた何かを言われる前に足早に立ち去った。きっと彼は別に悪い人間じゃない、引き留めたのだって悪意からじゃないし、無理矢理組み敷こうとしたわけじゃないのだってわかってはいるけれど。
「悠?」
「……自由。」
「どした?」
部活に向かうであろうおにぎりを片手に持った幼馴染が近寄ってきたので、片手を伸ばす。歩きながら食うなと言いたい気持ちはあるがそれどころではない。自由は自由でなんだかわからない、とばかりに首を傾げているが手首を握ってくれと向こうからすれば意味のわからない要求をする。それでも自由はわからないまま残りのおにぎりを口に放り込んで差し出された手首を掴むように握った。嫌悪感はない、寧ろ安堵すら覚えた。
「なんの儀式?」
「消毒。」
「怪我…ではなさそうだな。」
なんとなく察したのだろう。こういうところは聡い。自由はやわやわと私の手首を握って、困ったように笑う。送って行くかと言いかねないので先に首を振ると自由の手が離れる。何故か鞄を漁り始め、そうして私の手首にサポーターが巻かれた。いや、本当になに?別に挫いたわけではないのだけれど…ていうかなんでお前手首用のサポーター持ってんだ、怪我してんのか。
「こないだ間違えて買った。」
「ポンコツじゃん。」
「肘用のところにあったのが悪い、俺は悪くない。」
「…それはいいけど、なんで私の手首にサポーター。」
「消毒?」
帰ったら外しておけよと笑う。同世代に混じったら小柄な癖に、手首に巻かれたサポーターはぶかぶかで、それが悔しいような照れるような。男が嫌いなわけじゃない、橋本クンとやらが悪人だったわけじゃない。私がこの幼馴染以外、ダメなだけ。
「橋本クンに謝っといて。」
「なんで?」
「いいから。」
「んー…まあ、状況次第で謝っとく。」
くしゃりと大きな手が頭を撫でた。それからまた幼馴染は太陽みたいに笑って、首を傾ける。大丈夫かの確認、分かってるんだから態々しなくていいのになんて思いながら頷きで返す。ぴかぴか笑顔で部活に向かった幼馴染の背中をぼんやり眺めて、やっぱり付き合う気もない相手に期待するようなことはするもんじゃないなと思いながら家へと戻った。
家に辿り着いたのが17時少し前。そのまま風呂に直行して洗濯籠に投げ入れるようにシャツとソックスを入れてその他は洗濯機の上へ。サポーターもカーディガンの上に置いてから下着を外してシャワーを浴びる。幼馴染のお陰で手首を執拗に洗う手間が省けたのでさっさとやること済ませて上がらなくては。19時に終わるなら夕飯の支度もしておいてやりたい。カボチャコロッケ…は、諦めてもらおう。今夜はその予定じゃないし、と風呂上がりの楽な格好でキッチンに向かったが野菜室にカボチャを発見。そりゃそうだ、今夜はカボチャのポタージュの予定だったんだから。ポタージュを作る、いつまでもあの幼馴染を甘やかしてたら将来アイツの妻になる女が不憫だし。いや、なんで私が自由の結婚相手のことまで考えなきゃいけないんだ。大体あのバレーバカが結婚するのか?優雅さんみたいにアッサリとアナウンサーと結婚するかもしれないか。優雅さんと美麗ちゃんの馴れ初めとか聞いてみるか…アホ、聞いてどうする。
「ああ、もう!」
「腹減ったー…。」
「先に言うことあるでしょうが。」
「ただいま!」
「………オカエリ。」
ここは野宮家ではないんですけど、と言っても良かったけど飲み込んだ。意味なんてない、ないったらない。強いて言うなら空腹時の自由に何言ったって右から左に流れていくのがわかってるだけだ。とりあえず手を洗えと洗面を指差すと洗濯を出していいか聞かれたので籠に入れとけとだけ返しておいた。帰る気あるのか、あいつ。程なくして手洗いとうがいを済ませ洗濯物を出したであろう自由がダイニングに戻って来た。いつも通り、丼に米をよそっているがあれを見てるだけで満腹になりそうだ。
「コロッケ!」
「余ったら明日の昼に食べるけど食べ切ってもいいよ。」
「明日休みだよな?」
「……弁当入れてやるから数個小皿に移しておきなさい。」
「やり!」
やはり泊まっていく気満々だったようだ、構やしないけども。美麗ちゃんにはもう泊まると伝えてあるならいい。流石に幼馴染とはいえ一人暮らしの女の家に無断外泊は外聞が悪い。今更誰が気にする外聞なのかはわからないけど。結局食卓に並んだのはカボチャコロッケで、勿論それ以外もあるけど、カボチャのポタージュにはならなかった。ポタージュの予定が偶然生クリーム使い切っていただけで、別にこの幼馴染が食べたいと言ったからでは…あるけども。こうやって甘やかすから良くないんだよなとは思うが喜ぶ顔が見たいのだから仕方ない。カボチャがポタージュでも喜んでた気がするけど。
結局殆どを平らげた自由と二人で少し話をしてから風呂に促し、その間に洗濯を回した。乾燥まで自動で済むので後は放置するだけだ。ふと制服をハンガーに戻す際にサポーターを部屋に持って行ってしまったことを思い出して取りに行く。序でにひと作業を挟んでからリビングに戻りソファ前のローテーブルにノートと一纏めにしてからお湯を沸かす。寒いから温かい物を飲みたい、自由は多分冷たいのでも良いと言うけど私は無理だ。基礎代謝も筋肉量も違うのだから当たり前、無理。自由は風呂上がりは冷たい牛乳を飲んで、後はやっぱり冷たいお茶を飲んでいた。
試合を見返し、改善点を書き出す。柔軟に付き合いながらまた場面を戻す。効率的なんてものはない、こういうのは何度も見返していくしかないのだから。足の裏をくっつけた自由の両膝を後ろから抑えて鎖骨辺りで背を押していたら、一瞬自由の肩が跳ねた。今更胸が当たったくらいじゃ動揺しないだろうに、なんて思いながら気が付かないフリをした。そうして自由が体勢を戻すのを見守っていたら片手がひょいと取られる。多分、消毒云々言い出した私が過剰に洗いすぎていないか確認がしたかったんだろう。さっき肩が跳ねたのもそれを忘れていたからかもしれない。
「結局なんだったんだよ、アレ。」
「ちょっと掴まれただけでなんもない、嫌だっただけ。」
「橋本に怒っとくか?」
「引き留めたくてちょっと掴んだだけだよ、さっき見た時だって赤くなったりしてなかったでしょ。」
「そもそもなんで掴まれんだよ。」
「告白されて断った、その時にちょっと。」
「ふうん?」
硬くなった指の腹が労るように手首を撫でる。痛い思いをしたわけでも怖い思いをしたわけでもない、ただ本当に不快だっただけで、自由以外に触れられたくないと再確認したに過ぎない。いらない、自由以外なんて。でも自由が私を求めるなんてことはないから結局この気持ちの行き先は変わらない。紙を丸めて屑籠に放り込むみたいに、この気持ちもどこかに捨ててしまえたらきっと楽だろう。でもそんなことが出来るようになったとしても私はずっとこの気持ちを手放すことなんかない。この愛は憎しみに変わることもなく、ただ死ぬのを待つばかりなのだ。そう考えたら好きだと、付き合ってくれと口に出した橋本クンって凄いな。私には出来る気がしない、そこは尊敬する。するりと自由の手から逃れて時計を見れば22時も近い、明日も弁当を作ることを考えたらもう眠る準備に入っておきたい時間だ。
「そろそろ寝よっか。」
「おー。」
「自由がベッド使って、シーツとか変えておいたから。」
「は?悠は?」
「そこのソファで寝る。」
「客用あったろ、俺がソレで寝りゃいいじゃん。」
「この間叔父さんが来て酒ひっくり返してどうにもならなかったから捨てたの忘れてたんだよ…。自由の見送り済んだらちゃんとベッドで寝直すから大丈夫。自由は朝から部活あるんだからしっかり休まないとでしょ?」
沈黙である。この男が大人しくじゃあそうするとは言わないのは百も承知だが、弁当作って送り出したらもう予定のない私と朝から晩まで体を動かす自由ならベッドを使うべきは自由だ。こういう時に私が折れないのなんて三ヶ月前のあの日にわかっているはずだろうに。
「それともなに、また一緒に寝る気?」
「ん、それでいい。」
「………は?」
「よし、寝んぞ。」
手首が掴まれてそのまま歩き始める自由の後ろを歩くことしか出来ない。前回引っ張った側の私が言うのもなんだけど抵抗とかないの?大抵のことに関しては今更だしなぁ的なところがあるのは否定しないけれど、というか一人暮らしで異性を招いて泊まらせてる時点でなんだけども。とはいえ、お互い頑固なのは今に始まったことではないし、自由がそうすると決めたのなら従うだけだ。寝室に足を踏み入れ、特に抵抗もなくベッドに上がったので隣へ。枕は一つしかないんだよな、クッション持ってくれば良かったかも。まあ、なくても寝れるからいいか。
「私枕なくても寝れるから自由使っていいよ。」
「じゃあ使う。」
「…その腕はなによ。」
「コレした時お前よく寝てたじゃん。」
「……筋肉カイロがあったかいからであって、腕枕に安眠効果あるわけじゃない。」
「文句言うのに来るのかよ。」
深い意図なんてない広げられた腕の中に潜り込むと笑いながら肩まで布団で包まれる。ここで照れたり騒いだりする方が微妙な雰囲気にもなりそうというのもあるが、実際あの日はよく眠れた。普段3時間寝れたらよく寝たなと思うところが倍以上眠っていたんだから驚いたなんてもんじゃない。片思いの相手ではあるが、それと同じ期間一緒に過ごした幼馴染なんだから安心したって不思議じゃない。暖房器具と違ってじんわり暖かく、そして腕の重みが丁度良い…気がする。兎も角、よく眠れるなら良いじゃないかという開き直りだ。
「お前足冷たすぎだろ。」
「冬場なんてこんなもん…は?なんであったかいの?人体?」
「この場合人体か疑わしいのはお前だわ。」
「…今は暖の取れる抱き枕でしょ、お互い。」
「俺奪われてるだけな気がすんだけど。」
お互い小さく笑いが溢れる。緊張感が全くないと言ったら嘘になるけど既に一度経験しているからかすんなり眠れそうですらある。あったかいけどちょっと硬い…私のボディソープの筈なのに自由が使うと違う匂いみたい、変なの。不意に背に回った腕が抱き寄せるように引かれる。首元に顔が埋まる形になって少々眠気が飛んだのだが一体何だと問いかけを飛ばす前に眠い、と呟く声が聞こえた。抱き枕と言ったのは私だし咎めるのも違う気がしたので背中に手を回して軽く弾ませる。
「お前半分くらい…内臓…ない……。」
「全部足りてるし、寝る間際の言葉それで合ってる?」
「ないぞうが内臓……、内蔵…、」
「わかった、もう寝てるのは分かったから。」
「ぺらい…、」
「……自由が分厚いんだよ、アホか。」
もう寝かしつけた方が良いなと一定のリズムで掌を弾ませ
続けていればアッサリと眠りに落ちた。早い、流石健康優良児。おやすみ、と小さく声をかけるも想像通り返事はなかった。眠いような眠くないような、そもそも初恋拗らせた相手の腕の中ですこんと眠っていいものか。三ヶ月前には何も言わせなかったくせに、どうしてこうも自由奔放というかなんというか。全く期待出来ないことに変わりはないんだけど、こうも分かりやすく他と扱いが違うと勘違いしそうになる。でも二人で築いてきた信頼の結果だし悪いことではないんだもんなぁ。私が普通に幼馴染としてこの男を見れたら…とは思うが、恋愛対象として見ているからこそ尽くしたいという発想になるわけで。考えるだけ無駄な、いつもの問答だ。眠っているのをいいことに胸元に鼻先を擦り寄せてみると髪が肌に触れたのか擽ったそうに身を捩った。そろそろ切りに行かなきゃかな、これ以上はセミロングになってしまう。あーあ、ロングに戻したい、なんて…絶対に自由には言わないけれど。
「……なんとも思ってない男の為には、こうは出来ないよなぁ。…好きよ、自由。」
惚れた方が負けだ。ここまで来たなら貫くしかないな、なんて思って小さく笑って瞼を伏せた。明日の弁当は何を詰めてやろうか。そんなことを考えながら温もりが与える睡魔に従い、ゆっくりと意識を手放す。
小さな小さな、私の罪の告白を幼馴染が聞いていたなんてこの時は全く思いもしなかった。
同じベッドで眠ったあの日から三ヶ月程。幼馴染は何も言わないし、私も何も言わない。毎日弁当を手渡して一緒に食べ、自由の部屋でバレーボールの話をして、客間に泊まる。あの晩の出来事は夢みたいなもので、それなのにふとした時に思い出すのだからタチが悪い。早いところマトモな恋人でも作ってくれればいいのになんて八つ当たりじみたことを考えていたらシャー芯か折れた、授業に集中しろってことか。意識しないとそっちに全部持っていかれるのは、不便だなと思うばかり。深く深く息を吐き出し、明確な意図を持って外から視線を外した。
「やっと昼飯だわー。」
「弁当足りる?」
「最悪購買行くか、放課後練前のおにぎり食う。」
「私の弁当半分食べて。午後体育あるからあんま食べたくない。」
「お前はもうちょっとちゃんと食え。」
今日も変わらず教室まで来て向かい合って弁当を開く。だし巻き卵とチーズインハンバーグ、ウインナーにブロッコリーの中華和え。自由の弁当にはメンチカツとナポリタンを追加してある。カツを揚げるならとついでに作った唐揚げはお握りの具にして三つほど。私の手だとあまり大きくは作れないが、最大限自由の胃袋に寄せてあるので良いだろう。大きな口で頬張り、美味いと笑う姿を見れば朝から揚げ物をするのも三人分程ある弁当を作るのも苦ではない。自由の弁当箱と比べたら三分の一にも満たない大きさの弁当を半分程食べ進めた辺りで自由の前に弁当箱ごと差し出す。丸々残ったハンバーグに困ったような顔をしていたがもう無理だと首を振ればそれ以上は何も言わずに箸を伸ばす。ちゃんと食えとは言うが、元々少食なのはこの幼馴染もよく知っているので咎められるようなことはなかった。こんなに美味いのに食わないのは勿体ないと、なんてことないように言われるのが一番心を乱される…気がする。
「悠の作るカボチャコロッケ、久々に食いてぇな。」
「メンチカツ食べながら言うこと…?」
「美味いじゃん、アレ。」
「なんでも美味しいって言うでしょ、あんた。」
作り手としては嬉しいことであるけれど。そういえばと自由がポケットからホットのレモンティーを取り出して渡してくるのでそれを受け取る。まだ温かいからスポドリを買うついでに買ったことを察し、ありがとうと短く礼を伝えて飲む。もう12月だしそろそろ弁当にスープでも付けようかなと考えながら自由を見れば丁度食べ終わったところだったようで、私の分を含め弁当箱には何も残っていない。あれだけ食べた筈なのにお握りを食べるか迷っている様子だったので、中身は唐揚げだと伝えたら一個食べてた。気に入ったらしいのでまた作ってやろうと思う。
「ごちそうさまでした!」
「お粗末さま。」
「そういや、今日予定あるか?」
「ん?あー…この間の練習試合の動画見返して計画立てるくらい?」
「じゃあ今日そっち行っていいか?俺も見たい。」
「いいよ、何時に終わる?」
「練習終わったらになるから19時くらい。」
「了解、美麗ちゃんには連絡しときなさいね。」
次体育だから、と残りのおにぎりを持たせて解散し更衣室へ向かう。行きと違って随分軽くなった鞄に弁当って重いなと再確認をした。
面倒な体育と眠気を促す現国を終えて放課後。帰り支度をして立ち上がった途端に声を掛けられた。委員会のことでと言われてなにかあったのかと着いていけば中庭で、告白をされた。一年の頃から気になっていただとかなんだか色々言われたけれど、目の前の人物が誰か全く思い出せない。男子生徒の言葉が終わったタイミングで、誰?と返したところ半泣きになってた。いや、だから、誰?なんか見たことあるような気はするけど…委員会と声を掛けられたからには同じ委員会だろうか。それにしたって仲睦まじく話すような異性の友人は居ないが。
「野宮め…。」
「は?……あ、自由のクラスメイトか。」
「橋本です…。」
「ふうん。」
自由の知り合いなのか、誰とか言ったのが少し申し訳ないな。と言っても自由は別に気にしないだろうけど。私いつもこんな感じだし。
「菊川って、野宮と付き合ってんの?」
「幼馴染だけど、なに。」
「俺じゃダメかな。」
「ゴメンナサイ。…用事があるからもう帰らなきゃいけないの。」
「うん、そっか…聞いてくれてありがとう。」
哀愁漂う感じではあるが、不誠実な態度も取りたくないのでしっかりお断りする。中途半端な期待を待たせることはきっと何よりも酷だろう。なんかもっとふわふわしてそうな女子といい感じになってくれ、と見知らぬ誰か改め橋本クンに背を向けたタイミングで手首を掴まれ、反射的に殴りそうになったが何とか堪えた。今キミの幸せを願ったばかりなのにね、口にも態度にも出してはないけどさ。そんなことより離して欲しい。橋本クンが少し俯いて、それから縋るような目を向けてくる。そんな目で見られたって私の答えは変わらないのに。
「好きな人、とか…。」
「いらない。」
あの幼馴染以外、いらない。最後まで聞かずにそれだけ言って掴んだ手を振り払うようにして逃れた。自由の友達なら穏便にと思ったけれど勝手に触れてくるような男なら私が変に気を使う必要もないし、きっと自由もそれを咎めたりしない。中学時代に搾取されそうになった私を見て普段の温厚さをかなぐり捨て怒りを見せたあの男が、咎めるわけがない。そうしてまた何かを言われる前に足早に立ち去った。きっと彼は別に悪い人間じゃない、引き留めたのだって悪意からじゃないし、無理矢理組み敷こうとしたわけじゃないのだってわかってはいるけれど。
「悠?」
「……自由。」
「どした?」
部活に向かうであろうおにぎりを片手に持った幼馴染が近寄ってきたので、片手を伸ばす。歩きながら食うなと言いたい気持ちはあるがそれどころではない。自由は自由でなんだかわからない、とばかりに首を傾げているが手首を握ってくれと向こうからすれば意味のわからない要求をする。それでも自由はわからないまま残りのおにぎりを口に放り込んで差し出された手首を掴むように握った。嫌悪感はない、寧ろ安堵すら覚えた。
「なんの儀式?」
「消毒。」
「怪我…ではなさそうだな。」
なんとなく察したのだろう。こういうところは聡い。自由はやわやわと私の手首を握って、困ったように笑う。送って行くかと言いかねないので先に首を振ると自由の手が離れる。何故か鞄を漁り始め、そうして私の手首にサポーターが巻かれた。いや、本当になに?別に挫いたわけではないのだけれど…ていうかなんでお前手首用のサポーター持ってんだ、怪我してんのか。
「こないだ間違えて買った。」
「ポンコツじゃん。」
「肘用のところにあったのが悪い、俺は悪くない。」
「…それはいいけど、なんで私の手首にサポーター。」
「消毒?」
帰ったら外しておけよと笑う。同世代に混じったら小柄な癖に、手首に巻かれたサポーターはぶかぶかで、それが悔しいような照れるような。男が嫌いなわけじゃない、橋本クンとやらが悪人だったわけじゃない。私がこの幼馴染以外、ダメなだけ。
「橋本クンに謝っといて。」
「なんで?」
「いいから。」
「んー…まあ、状況次第で謝っとく。」
くしゃりと大きな手が頭を撫でた。それからまた幼馴染は太陽みたいに笑って、首を傾ける。大丈夫かの確認、分かってるんだから態々しなくていいのになんて思いながら頷きで返す。ぴかぴか笑顔で部活に向かった幼馴染の背中をぼんやり眺めて、やっぱり付き合う気もない相手に期待するようなことはするもんじゃないなと思いながら家へと戻った。
家に辿り着いたのが17時少し前。そのまま風呂に直行して洗濯籠に投げ入れるようにシャツとソックスを入れてその他は洗濯機の上へ。サポーターもカーディガンの上に置いてから下着を外してシャワーを浴びる。幼馴染のお陰で手首を執拗に洗う手間が省けたのでさっさとやること済ませて上がらなくては。19時に終わるなら夕飯の支度もしておいてやりたい。カボチャコロッケ…は、諦めてもらおう。今夜はその予定じゃないし、と風呂上がりの楽な格好でキッチンに向かったが野菜室にカボチャを発見。そりゃそうだ、今夜はカボチャのポタージュの予定だったんだから。ポタージュを作る、いつまでもあの幼馴染を甘やかしてたら将来アイツの妻になる女が不憫だし。いや、なんで私が自由の結婚相手のことまで考えなきゃいけないんだ。大体あのバレーバカが結婚するのか?優雅さんみたいにアッサリとアナウンサーと結婚するかもしれないか。優雅さんと美麗ちゃんの馴れ初めとか聞いてみるか…アホ、聞いてどうする。
「ああ、もう!」
「腹減ったー…。」
「先に言うことあるでしょうが。」
「ただいま!」
「………オカエリ。」
ここは野宮家ではないんですけど、と言っても良かったけど飲み込んだ。意味なんてない、ないったらない。強いて言うなら空腹時の自由に何言ったって右から左に流れていくのがわかってるだけだ。とりあえず手を洗えと洗面を指差すと洗濯を出していいか聞かれたので籠に入れとけとだけ返しておいた。帰る気あるのか、あいつ。程なくして手洗いとうがいを済ませ洗濯物を出したであろう自由がダイニングに戻って来た。いつも通り、丼に米をよそっているがあれを見てるだけで満腹になりそうだ。
「コロッケ!」
「余ったら明日の昼に食べるけど食べ切ってもいいよ。」
「明日休みだよな?」
「……弁当入れてやるから数個小皿に移しておきなさい。」
「やり!」
やはり泊まっていく気満々だったようだ、構やしないけども。美麗ちゃんにはもう泊まると伝えてあるならいい。流石に幼馴染とはいえ一人暮らしの女の家に無断外泊は外聞が悪い。今更誰が気にする外聞なのかはわからないけど。結局食卓に並んだのはカボチャコロッケで、勿論それ以外もあるけど、カボチャのポタージュにはならなかった。ポタージュの予定が偶然生クリーム使い切っていただけで、別にこの幼馴染が食べたいと言ったからでは…あるけども。こうやって甘やかすから良くないんだよなとは思うが喜ぶ顔が見たいのだから仕方ない。カボチャがポタージュでも喜んでた気がするけど。
結局殆どを平らげた自由と二人で少し話をしてから風呂に促し、その間に洗濯を回した。乾燥まで自動で済むので後は放置するだけだ。ふと制服をハンガーに戻す際にサポーターを部屋に持って行ってしまったことを思い出して取りに行く。序でにひと作業を挟んでからリビングに戻りソファ前のローテーブルにノートと一纏めにしてからお湯を沸かす。寒いから温かい物を飲みたい、自由は多分冷たいのでも良いと言うけど私は無理だ。基礎代謝も筋肉量も違うのだから当たり前、無理。自由は風呂上がりは冷たい牛乳を飲んで、後はやっぱり冷たいお茶を飲んでいた。
試合を見返し、改善点を書き出す。柔軟に付き合いながらまた場面を戻す。効率的なんてものはない、こういうのは何度も見返していくしかないのだから。足の裏をくっつけた自由の両膝を後ろから抑えて鎖骨辺りで背を押していたら、一瞬自由の肩が跳ねた。今更胸が当たったくらいじゃ動揺しないだろうに、なんて思いながら気が付かないフリをした。そうして自由が体勢を戻すのを見守っていたら片手がひょいと取られる。多分、消毒云々言い出した私が過剰に洗いすぎていないか確認がしたかったんだろう。さっき肩が跳ねたのもそれを忘れていたからかもしれない。
「結局なんだったんだよ、アレ。」
「ちょっと掴まれただけでなんもない、嫌だっただけ。」
「橋本に怒っとくか?」
「引き留めたくてちょっと掴んだだけだよ、さっき見た時だって赤くなったりしてなかったでしょ。」
「そもそもなんで掴まれんだよ。」
「告白されて断った、その時にちょっと。」
「ふうん?」
硬くなった指の腹が労るように手首を撫でる。痛い思いをしたわけでも怖い思いをしたわけでもない、ただ本当に不快だっただけで、自由以外に触れられたくないと再確認したに過ぎない。いらない、自由以外なんて。でも自由が私を求めるなんてことはないから結局この気持ちの行き先は変わらない。紙を丸めて屑籠に放り込むみたいに、この気持ちもどこかに捨ててしまえたらきっと楽だろう。でもそんなことが出来るようになったとしても私はずっとこの気持ちを手放すことなんかない。この愛は憎しみに変わることもなく、ただ死ぬのを待つばかりなのだ。そう考えたら好きだと、付き合ってくれと口に出した橋本クンって凄いな。私には出来る気がしない、そこは尊敬する。するりと自由の手から逃れて時計を見れば22時も近い、明日も弁当を作ることを考えたらもう眠る準備に入っておきたい時間だ。
「そろそろ寝よっか。」
「おー。」
「自由がベッド使って、シーツとか変えておいたから。」
「は?悠は?」
「そこのソファで寝る。」
「客用あったろ、俺がソレで寝りゃいいじゃん。」
「この間叔父さんが来て酒ひっくり返してどうにもならなかったから捨てたの忘れてたんだよ…。自由の見送り済んだらちゃんとベッドで寝直すから大丈夫。自由は朝から部活あるんだからしっかり休まないとでしょ?」
沈黙である。この男が大人しくじゃあそうするとは言わないのは百も承知だが、弁当作って送り出したらもう予定のない私と朝から晩まで体を動かす自由ならベッドを使うべきは自由だ。こういう時に私が折れないのなんて三ヶ月前のあの日にわかっているはずだろうに。
「それともなに、また一緒に寝る気?」
「ん、それでいい。」
「………は?」
「よし、寝んぞ。」
手首が掴まれてそのまま歩き始める自由の後ろを歩くことしか出来ない。前回引っ張った側の私が言うのもなんだけど抵抗とかないの?大抵のことに関しては今更だしなぁ的なところがあるのは否定しないけれど、というか一人暮らしで異性を招いて泊まらせてる時点でなんだけども。とはいえ、お互い頑固なのは今に始まったことではないし、自由がそうすると決めたのなら従うだけだ。寝室に足を踏み入れ、特に抵抗もなくベッドに上がったので隣へ。枕は一つしかないんだよな、クッション持ってくれば良かったかも。まあ、なくても寝れるからいいか。
「私枕なくても寝れるから自由使っていいよ。」
「じゃあ使う。」
「…その腕はなによ。」
「コレした時お前よく寝てたじゃん。」
「……筋肉カイロがあったかいからであって、腕枕に安眠効果あるわけじゃない。」
「文句言うのに来るのかよ。」
深い意図なんてない広げられた腕の中に潜り込むと笑いながら肩まで布団で包まれる。ここで照れたり騒いだりする方が微妙な雰囲気にもなりそうというのもあるが、実際あの日はよく眠れた。普段3時間寝れたらよく寝たなと思うところが倍以上眠っていたんだから驚いたなんてもんじゃない。片思いの相手ではあるが、それと同じ期間一緒に過ごした幼馴染なんだから安心したって不思議じゃない。暖房器具と違ってじんわり暖かく、そして腕の重みが丁度良い…気がする。兎も角、よく眠れるなら良いじゃないかという開き直りだ。
「お前足冷たすぎだろ。」
「冬場なんてこんなもん…は?なんであったかいの?人体?」
「この場合人体か疑わしいのはお前だわ。」
「…今は暖の取れる抱き枕でしょ、お互い。」
「俺奪われてるだけな気がすんだけど。」
お互い小さく笑いが溢れる。緊張感が全くないと言ったら嘘になるけど既に一度経験しているからかすんなり眠れそうですらある。あったかいけどちょっと硬い…私のボディソープの筈なのに自由が使うと違う匂いみたい、変なの。不意に背に回った腕が抱き寄せるように引かれる。首元に顔が埋まる形になって少々眠気が飛んだのだが一体何だと問いかけを飛ばす前に眠い、と呟く声が聞こえた。抱き枕と言ったのは私だし咎めるのも違う気がしたので背中に手を回して軽く弾ませる。
「お前半分くらい…内臓…ない……。」
「全部足りてるし、寝る間際の言葉それで合ってる?」
「ないぞうが内臓……、内蔵…、」
「わかった、もう寝てるのは分かったから。」
「ぺらい…、」
「……自由が分厚いんだよ、アホか。」
もう寝かしつけた方が良いなと一定のリズムで掌を弾ませ
続けていればアッサリと眠りに落ちた。早い、流石健康優良児。おやすみ、と小さく声をかけるも想像通り返事はなかった。眠いような眠くないような、そもそも初恋拗らせた相手の腕の中ですこんと眠っていいものか。三ヶ月前には何も言わせなかったくせに、どうしてこうも自由奔放というかなんというか。全く期待出来ないことに変わりはないんだけど、こうも分かりやすく他と扱いが違うと勘違いしそうになる。でも二人で築いてきた信頼の結果だし悪いことではないんだもんなぁ。私が普通に幼馴染としてこの男を見れたら…とは思うが、恋愛対象として見ているからこそ尽くしたいという発想になるわけで。考えるだけ無駄な、いつもの問答だ。眠っているのをいいことに胸元に鼻先を擦り寄せてみると髪が肌に触れたのか擽ったそうに身を捩った。そろそろ切りに行かなきゃかな、これ以上はセミロングになってしまう。あーあ、ロングに戻したい、なんて…絶対に自由には言わないけれど。
「……なんとも思ってない男の為には、こうは出来ないよなぁ。…好きよ、自由。」
惚れた方が負けだ。ここまで来たなら貫くしかないな、なんて思って小さく笑って瞼を伏せた。明日の弁当は何を詰めてやろうか。そんなことを考えながら温もりが与える睡魔に従い、ゆっくりと意識を手放す。
小さな小さな、私の罪の告白を幼馴染が聞いていたなんてこの時は全く思いもしなかった。