好きだよって、言えたら多分違うんだよなあ…。そんな事をふと思った。せめて態度に出せればまた違う結果があるのかもしれない。けれどなんだか上手くそれが出来ないのだ。彼を目の前にすると冷静では居られない。これが恋だからだと言えば可愛いものなのかもしれないけれど我ながら素直になれないとかのレベルじゃない気がする。正直ヨハンの方が可愛いんじゃないかとすら思う。


「レイテッド、あのさ。」
「っ、どうしたの?アオイちゃん。」

びくっと震える肩にまたずきりと心臓が痛む。そんなに怯えなくたっていいじゃないか。理不尽にも似た感情を上手く咀嚼できずに表情に出してしまうからまた怯えさせる結果になると分かっているのに。ああ、もう。ストレートな愛情表現は擽ったくて、何より受け入れてもらえるか分からない恐怖心は中々拭えずにまたいつもと同じように可愛げのかけらもない言葉たちが口から漏れ出した。



「…………死にたい…。」
「どうしたの?」
「あ、デレデレ二号。」
「…一号はボスかな?」

ご名答、と答えれば目の前の男は笑った。コウ・アーネスト。恋人なんだか幼馴染のままなんだかよくわからない関係をしているうちのファミリーのデレデレ野郎。裏の顔、というか任務をこなす姿からは全く想像出来ないけれど。相談…してみるか。脳筋とはいえ仮にも年上だし私がしたい事をさらりとやってのけるんだから参考にはなるだろう、多分。

「恋人に優しくするとかさ、好意を伝えるってどうすればいいの?」
「…うん?」
「レイテッドを前にすると素直にこう、好きとか言えなくてさ。行動で示すとかもなんか出来ないし。」
「うーん…参考になるかなあ。」

ソファの向かいに腰を落ち着けるのを見ればどうやら今は暇らしい。大方、ポラリス待ちか何かなんだろうけど。いやでもいっそ暇つぶしでもなんでもいいから有益な事を言ってくれ。

「ほら、僕はさ?素直にガンガン、ストレート愛情表現!ってしないと伝わらないじゃない?」
「否定はしない。」
「まあ、ちゃんと恋人として…って受け取ってくれてるかは分からないけど。」
「………ノーコメント。」
「悲しい事に言い切れないけども。でも、僕だって見返りを求めるよ?」

それは意外だ。この男は尽くす事や与える事に幸福感を得るタイプだと思って居た。コウはいつもみたいに眉尻を下げて困ったように笑う。

「勿論、僕はポラリスが好きで好意を伝えるのは僕の自己満足だけどさ。見返りが無くてもいいって言い切れる程大人じゃないし格好良くもないよ。こっちを見て欲しいし僕の名前を呼んで欲しい。だから何度だってポラリスを呼ぶし、傍に居るからねえ。」
「…ふうん?」
「アオイちゃんか僕の事をどう思ってるか分かんないけど実際は計算してる所もあるし。」

意外過ぎる。計算なんて出来たのか。というかそういう計算が出来るなら脳筋物理ゴリ押しじゃなくて偶には頭使ってくれと密かに思ったけれど流石に相談に乗ってもらっている身なのでその言葉達は飲み込んだ。好意を伝えるのは自己満足、か。

「例えば、私が…レイテッドに向かってさ、好きだって言ったら拒否されるかな?」
「ええ、付き合ってるのに拒否はしないんじゃないの?」
「今までの態度なんだったんだよ!とか思われそうでさあ…ビビってんのかも。」

好きなんだけどなあ、と本音と溜息を吐き出してソファに背を預ける。柔らかなクッションに包まれて心地良い。ぐるぐると始まったネガティブな感情を少しだけ口にしてみるとコウはくすくすと笑う。ムッとしてそっちを見れば慌てたように謝罪の言葉を口にしてからうーんと考えているみたいだ。ところでそれは口に出るものなのか、25歳よ。

「伝えてみたら?」
「それが出来れば苦労しないっつーの、この脳筋。」

おっと、思わず本音が飛び出た。でもコウは気にして居ないみたいで顔の横で人差し指を立てる。

「そもそもアオイちゃんが素直じゃないなんてファミリー全員が知ってる事だし今更だよ。」
「コウ…あんた暫くポラリスと行動出来ると思うな?」
「それはだめ!無理!」

無理ってなんだ。でも、そうやって素直に口に出来るのは羨ましいと思う。私とレイテッドはやる事が違うから二人で過ごす時間は短いし、三日くらい顔を合わせない事も良くある事だ。まあ、ボスたちの手前会えない辛い〜とか絶対言えないけど。いや、言う気もないけども。酒に酔った勢いとか、そういうキッカケがあればせめて口に出来るのになあ…。ごめん、記憶ないわみたいな。そう言うのあればまだ頑張れる気がする。実際記憶にあったら絶対恥ずかしくて避けてしまう自信はあるが。だが、実際ああだこうだと考えているだけでは現状何も変わらないし行動するしかないのもまた事実。

「……やってみるか。」
「流石アオイちゃん。男前だね。」
「それ褒めてんの?」
「ところで後ろでレイテッドさん固まってるけど大丈夫?」

「は?」


くるり、振り返ってみると確かにレイテッドがそこに居た。真っ赤な顔で硬直している。なんで赤いとか今考えるだけ絶対無駄だ。それより聞かなくてはならない事はある。いつから居た、そしていつから黙ってたコウ。

「………レイテッド。」
「っ、お、おれ呼ばれてるから…!」

話し掛ければビュンッと物凄い勢いで逃げていく恋人。ああ、もう。ソファから立ち上がって恋人を追い掛ける為に扉へと向かう。でも、その前に。くるりと振り返ってニコニコと笑うコウをひと睨み。

「失敗したら本気でポラリスと離すからね。」
「出来るの?」

駆け引きしてる時の顔。此処数分で漸く理解したので確定ではないが案外計算高いこの男の事だ。鉄砲玉である自分たちを切り離せる訳がないとタカをくくっている。だが残念、頭脳戦ならヨハン以外に負ける気は無い。

「…本当は私とレイテッド、コウとポラリスで行く予定だった一月の任務があるんだよね。そこ、私とポラリスにすれば良いだけでしょ?そっちにはヨハンに指示出してもらうから解決。」
「ごめんなさいやめてください。1ヶ月も離れたら死んじゃう。」
「じゃ、私レイテッド追うから。」
「ちょ、ま、嘘だよね!?嘘って言ってから行ってよお!」

背後でなんか騒いでる男がいるけど無視して扉を閉めた。さて、この広い館の中から探すのは至難の技…って程でもない。正直何処にいるかは想像がついているから一直線にそこに向かって足を早める。途中ポラリスとすれ違ったけど一言のやりとりで終わった。ポラリスのこういうサッパリしてる所は案外好きだ。用件だけの会話でもそこに気まずさとか険悪な感じはなく、疑問が解決した!満足!みたいな。いや、子供かよって思うけどそれが彼女の良点である。素直で純粋、それはきっとコウではなくポラリスなんだろうな。見習うべきはあっちだった。次回からはあっちに相談しよう。

そんな事を考えていたら目的地に到着。射撃室とされるこの部屋はレイテッドが考え事する時や一人になりたい時によく使う場所だ。彼の存在を知らせるように室内からは発砲音が聞こえる。扉に手を掛けて一つ深呼吸。よし、いける。自分に言い聞かせてドアノブを下ろせばあっさりとその扉は開く。まだこちらに気が付いていないレイテッドを良い事にちらりと的を見ればいつもの彼らしくない程にバラバラに当たったみたいだ。取り敢えず落ち着くまで待つか。静かに扉を閉めて設置されたベンチに腰を下ろして真っ直ぐに伸びた背中を見つめる。


この部屋に時計はないから正確な時間は分からないがある程度の時間が経って、レイテッドが一つの穴に弾を当て始めたので落ち着いた事が分かる。そろそろ声を掛けようと口を開いたタイミングでレイテッドがこちらを振り向き、硬直した。一気に赤くなる顔。…前向きに捉えよう。赤面している内は多分嫌われていない。

「あのさ、今いい?」
「え、あ…その、」
「呼ばれたの終わったから此処にいるんでしょ?…そんなに長くは、時間取らせないから。」
「わかっ、た。」

エリーナだか何だか忘れたけどそんな名前の銃を置いて目線をあっちこっちにしながら私に向き合う。ううん、どうしたものか。とりあえず立ち上がって扉に付いていた鍵を閉めた。その音は静かな部屋にやけに響く。

「……さっきの、どこから聞いてたかわかんないし聞く気もないけどさ。」
「…うん。」
「その、私…素直じゃないから、上手く言えるかわかんないんだけど。あのね、」

緊張からか、恐怖からか。じわじわと目頭が熱を持つ。泣きたい訳じゃないんだってば。純粋に、素直に好きだって言いたいだけなのになんて不便な体なんだろうか。もっと素直になれないのか。…なれないからこんな事になってるんだけど。あのね、その先が言えない。伝えるって決めたんだからちゃんと言葉にしたいのに喉に張り付いたみたいに何も言えない。悔しい。

「アオイちゃん、泣かないで。」
「っ!泣いてない!」
「でも声震えてる。」

大丈夫?なんて聞かない。大丈夫じゃないって、分かってるから。少し離れていた距離が少しずつ近寄って目の前に大きな影が出来る。情けない顔をしているのは自分でも痛いほど分かっていたから顔を見られたくなくて俯くと大きな手が頭に触れて、優しく撫でる。…狡い。普段そんな事してくれないのに。

視界に入るレイテッドの左手を両手で包む。でもレイテッドの肩は震えなくて、優しい声でどうしたの?って聞くからさっきまで張り付いてた言葉たちがどんどん押し寄せてきて自然と口から漏れた。

「…好き、大好き。素直になりたいのに…いっつも、怒っちゃうし…ほんとは、恋人みたいに、したい。」
「うん。」
「なのに、レイテッドと話すってなると、冷静になれないし、怯えさせちゃうし…も、やだ…っ、」

言葉を零した分、涙まで溢れた。なんで素直になれないんだろう。なんで優しく出来ないんだろう。本当は大好きなのに、いつだって抱き締めて欲しいのに。

「俺、確かにビクビクしちゃうけどアオイちゃんの事怖いなんて思った事ないよ?」
「じゃ、なんで、いつも目合わないの、」
「………緊張しちゃって…。」

ずび、と鼻を鳴らす。レイテッドの掌が優しく私の顔をあげさせて親指で左目から溢れた涙を拭う。眼帯が涙を吸って気持ち悪いな、なんて思ってたらレイテッドの手が動いて私の眼帯をゆっくり外した。ちかちか、光が眩しくて思わずぎゅうっと眉間に皺が寄るけどレイテッドはごめん、と小さく謝って自分の体で蛍光灯の光を遮るようにする。緩やかに私の手から抜け出す大きな手、それはごく自然に背中に回り抱き締められる。

「…好きだよ、アオイちゃん。」
「ほん、とに?怖くない?」
「怖くないよ。可愛い女の子だって、恋人だって、ちゃんと思ってるから。」

頭一つ分違う身長差、お互いの顔は見えない。でも私ももう怖くなくて、彼の肩に顔を埋めて少しだけ泣いた。少ししてゆっくり体を離すとぱちりと目が合う。少し迷ったけど瞼を閉じるとレイテッドの手が肩を優しく掴んで唇が重なった。手入れなんてしてない乾燥した唇、肩に触れている手が震えていないだけでこんなにも素直になれるのか。数秒にも満たない口付けだったが胸が一杯になって彼の服を掴む手に思わず力がこもってしまう。は、と吐息を漏らしてレイテッドを見ればその顔は酷く穏やかで、優しい目。空色の瞳に映った私の顔は真っ赤で少し恥ずかしい。

「今夜…、」
「ん?」
「一緒に、寝たい。…だめ?」
「お風呂入ったらアオイちゃんの部屋、行くね。」


嗚呼、単純な事だった。諦めて意地を張ってた私が間違っていたのだ。こんな風に自分たちもなれるんだと思ったら嬉しくて、思わずその厚い身体に抱き着いた。

「わっ!」
「ふふ、好き。大好き、レイテッド。」


優しく髪を撫でられて束の間の幸せを堪能する。非常に腹立たしいがコウには今度お礼をしなくては。ポラリスを着飾ってやってデートにでも行かせてやろうか。それくらいの日程調整は幾らでも可能だし、ポラリスを丸め込むのなんて赤子の手を捻るよりも簡単だ。彼女はとても優しいから、今回ばかりはその優しさに漬け込む事にする。まあ、コウの名前を出せばあっさりと受け入れるんだろうけど。

「アオイちゃん、」
「なあに?」
「…ありがとうね。」


どういたしまして、私こそありがとう。言葉にはしなかったけれど彼の首に腕を回して引き寄せて精一杯背伸びをして、その薄い唇を奪っておいた。慌てたみたいな、照れたみたいないつもの反応に少しだけ安堵したけどでももう怖くない。ちゃんと愛されてる、んだよね。じゃあもう大丈夫。目一杯、あなたを愛して生きていこう。偶には素直になれないかもしれないけれどでもその時はこうして甘やかしてね?愛しの恋人さま。


/ きなこ