珍しく今日は本部に誰も居らず、緊急時以外は本部に最低二人は幹部を置くというマリアの方針により私とジェスタが残る事になった。
マリアの護衛があると私が言っても彼女は「ジューリオを連れてくから大丈夫よ」だと笑って本部を後にしてしまった。

そうして残された私とジェスタだが、もし何かあった時に自室にいては部下達が報告に部屋に行くのは憚られるだなんてアンナ越しに伝えられてしまい部屋に戻る事も出来ずに談話室で書類仕事を熟す。

時たま視線を感じるがこの部屋にいるのは二人しかいないから原因は明確だ、理由はわからないがジェスタは私があまり得意では無いらしい。
特に何かをした覚えもなければ言った覚えもない、苦手とされるであろう理由は単純に“根本的に性格が合わない“それか…いや、それはないだろう。

カタカタと使い込まれたノートパソコンのキーボードを打っているとそっと置かれるカップ。
カップを持つ手を辿ると案の定ジェスタがいて一言礼を言うと戸惑ったように「いえ…私も丁度飲もうとしてたので…」と言ってくる。

彼女の謙遜は美徳と取るべきだが人によっては過ぎたる傲慢とも取れてしまう難しいものだ。

一口カッフェに口をつけると何時も飲んでいるエスプレッソではなくカッフェ・デカフェイナートだとわかる。
私がエスプレッソかカフェ・コレットを好んで飲んでいるとファミリーの誰もが知っているのに違うものが入ったカップが渡されたことが不思議で近くのソファに座り少し大きなカップを両手で持っているジェスタを見ると彼女も不思議そうにこちらを見返してくる。


「何故エスプレッソではなくカッフェ・デカフィナートを?」
「えっと、気に入りませんでしたか?」
「いや、そうではないが…少しばかり不思議でね」

「最近ジュゼッペさんが頭が痛そうにしてたので…気圧も最近下がってるので、あまりカフェインを取らない方が良いかなって…カッフェ・デカフィナートならノンカフェインですし…」

「なるほど」
「もし嫌でしたら淹れ直しますから…すいません」

不思議そうな顔がみるみるうちに不安に染まる、
彼女の言葉で最近書類仕事が多く、目が疲れているが為の頭痛だと思っていたものがカフェインをが原因の物かもしれないと言う可能性に気づいた。
ジェスタのする細やかな気配りは素晴らしいものだ。それを押し付けてくるのではなく、疲れたから座る、喉が渇いたから水を飲むと同じように生活の中に当たり前にある動作のようにするから余計にこの世界には似つかわしくないほどに純粋で優しさに満ちた性格をしている。

これはジューリオが彼女を特別として心を動かされるのもわからないでもないな。


「いや、カフェ・デカフィナートは久々に飲んだが悪くはないな」
「なら、よかったです。」



短い会話もまた途切れ談話室に二つ分のタイピングの音が響く。
ふと、腕時計を見ると2時13分。
ふむ、と顎に手を当て考える。少しばかりドルチェの時間には遅くなるがまぁ構わないだろう。


「ジェスタ、少しばかり席を外す。何かあったら連絡してくれ、端末は持っていくから」
「あ、はい。わかりました。」

一言声をかけて談話室を後にする、向かう先はキッチン、この時間なら誰もいないだろう。
こんな仕事をしている連中だ、3時のドルチェのためにキッチンに立つような人間は幹部に数名くらいしかいないだろう。
その数名も外に出ていたり談話室で仕事をこなしている。

キッチンに着いてすぐジャケットを脱ぎ近くにあった椅子にかけシャツを肘のあたりまで腕まくりをする、ベストは脱がずとも邪魔にならないだろう。
適当に置かれていたカフェエプロンをつける。

キッチンに置きっぱなしにされたアマレッティの袋を見つけ、何を作るかが決まった。
鍋を一つ出し戸棚から砂糖、カカオ、ラム酒を出し調理台におき冷蔵庫に向かう、卵と牛乳、レモンを取り出し調理台に戻る。

鍋に砂糖、少しの水を加え、半分にしたレモンを絞りその果汁を鍋に入れ火をかける、スプーンでくるくると混ぜると砂糖がじんわりと色を変えたらカラメルソースが出来た証だ。
少しばかり粗熱をとり耐熱のカップにそそぎ入れる。
次の作業に入る前にオーブンのスイッチを入れ、丁度使う頃に適温になるよう調節する。

調理台の下から少し大きなボウルを取り出し砂糖を入れ卵を割り入れる、料理を始めたばかりの頃は卵を綺麗に割るのに苦戦をしたものだがいつのまにか片手で割れるようになっていた。
砂糖と卵をよくかき混ぜ、アマレッティを細かく砕き、牛乳、カカオ、香り付けのラム酒と牛乳をボウルに入れてまた混ぜる。
完全に混ざった頃にカラメルソースを入れたカップにゆっくりと注ぎ入れる。

耐熱のバットに氷をザラザラと入れそこにカップをいくつか並べて適温になったオーブンに入れ150度で60分ほど蒸し焼きにする。

焼きあがるまでの60分はほっといても構わないだろう、端末を弄りタイマーをセットする。
最新型にする必要性は感じなかったがレオネにいわれ使い始めた端末は思っていたよりも使いやすい。

使った調理器具を洗い元にあった場所に戻し、ジャケットを羽織りカッフェを二つ入れキッチンを後にする。
私のはカッフェ・デカフィナート、ジェスタのものはカッフェ・ラッテ。
甘いものが嫌いではないジェスタには丁度いいだろう。

談話室に戻るとジェスタはソファに横になりうたた寝をしていた、彼女にしては珍しく警戒心のない姿に苦手とされてはいるが警戒はされていないとわかり少しだけ頬がゆるむ。

近くに置いてあったさつきの触り心地が気に入っていると言っていたブランケット取りジェスタにかける。
談話室に置いておくくらいなんだ、主に談話室を使うメンバーに使われることに文句はないだろう、もし文句が来たとしても置いたままにするほうが悪い。

淹れてきたカッフェ・ラッテは無駄になったが仕方ない。
テーブルに置いてあるノートパソコンを開き彼女のために入れたカッフェ・ラッテを一口口に含む。
ミルクによってまろやかになったカッフェの苦味と甘さに少し眉をひそめる。
やはり、私には甘すぎた。いつかマリアに“苦いのはカッフェだけでいい”と言ったが“甘いのは彼女との関係だけでいい”ようだ。

ちびりちびりとカッフェ・ラッテを呷りながら仕事の続きをしていたらカッフェ・ラッテが無くなるより先に仕事が終わってしまった。

仕方なくカップに残った全てを呷り飲み込みすぐにカッフェ・デカフィナートで口直しする。
甘さに慣れた味蕾には少し苦かったが致し方ない。

談話室などの共有スペースでは煙草が碌に吸えないのが難点だが非喫煙者の多い上に寝ているジェスタのいる談話室で煙草を吹かす気分にも慣れずソファから立ち上がり談話室からベランダに出て吸い慣れた煙草に火をつけ煙を吸い込む。
煙草を吸いながら次の仕事の算段をつけていると胸ポケットに入れた端末がタイマーでセットした時間を告げる。
灰皿に煙草を押し付けキッチンに向かう。

火の落ちたオーブンを開きミトンをつけバットを取り出す。
カップの中身を見ると丁度よく焼きあがっているのを確認し、粗熱を冷ましてから皿にカップをひっくり返し盛り付ける、出来上がったブネットの上にアマレッティを乗せ飾り付ける。

さて、ジェスタは寝てしまっているがどうするか…
起こすのは忍びないが彼女はわりと規則正しい生活をしていたはずだ、あまり寝ていても夜に眠れなくなるだろう、なんて理由をつけて起こしてしまおうと決める。

粗熱を取っている間に淹れたエスプレッソ二つと一つのブネットをトレンチに乗せ、余った6個のブネットを冷蔵庫にに入れまた談話室に戻る。

談話室に着き、テーブルの上にトレンチを置いてからジェスタにそっと声をかける。

「ジェスタ、そろそろ起きないと夜に眠れなくなるぞ」

もぞもぞと動いた後にばっと起き上がるジェスタを見て、うたた寝をしたのは彼女の本意ではなかったのかと悟る。

「大丈夫か?」
「はい…」

気恥ずかしそうに額に手を当てるジェスタの前にエスプレッソとブネットを置く。

「少しばかり遅れたが3時のドルチェにしよう。」
「わぁ…ブネットですか」

置かれたブネットに控え目に目を輝かせるジェスタに悪い気はせず食べるように進める。
小さなスプーンでブネットを食べるジェスタを横目に眺めながら煙草を吸う為にベランダに向かう。

もう暫くしたら出払っていたファミリー達も戻ってくるだろう、そうしたら冷蔵庫に入ったブネットを食べさせよう。
ジューリオは食べれるか怪しいが少量でも胃に入ればいい、余ったとしても誰かしらが食べるだろう。

ふと自分のジャケットから香る甘い移り香に口角を上げる。
よもや私が誰かの為に好んでいないドルチェを作るとは数年前の自分に言って聞かせたらきっと信じないだろう、このファミリーに出会うまでは自分本位に生きてきた、そんな自分が眠っている人間にブランケットを掛け、副流煙を気にして煙草を吸う為に移動するなんて。
人生は予想外で人は変わるものだ。

きっとこの人としての甘さはマリアに貰ったものだろう。
人を愛する事はマリアに、軽口を叩く楽しさはレオネに、恋人の隣に立つ為に身形を整える楽しさはアンナに、対等である為にまっすぐと見つめるところはエドアルドに、戦いに身をやつし命を削るリスクに楽しみを見出すのはさつきに、人を気遣う優しさはジェスタに、 騒がしいファミリーを遠目から眺める事に安堵を覚えるのはジューリオに。

それぞれこのファミリーで出会った人間に、大切だと思う者達に影響され変わったのだろう。

影響され、過去の自分が見る影もないほどに変わってしまったが、そんな自分が悪くないと思ってしまうのも。

全てはささやかな私の愛情表現の一つといっても良いんじゃないだろうか、なんて。

吐き出され、消えていく煙を見つめながら思ってしまうのも、ファミリーの誰かに影響された私でしかないんだろう。



たると