スーツを脱いで
月星ごちゃまぜif
ふわっとしたペウ(→?)←マリ
ふわっとしたペウ(→?)←マリ
均衡を保つ努力は向こうには必要ない、圧倒的な力を持つファミリー。だからこそ彼らの内側にいる事が出来ればある程度の平和は守られる。ボスという立場からすれば誇れる事ではないのだろうけれど、それでも、大切なファミリーを守る為ならそれも悪い事ではないでしょう?
「ボス、そろそろ着くぞ。」
「…ええ、今行くわ。」
飾り立てても意味はない。車内で皺にならないようにと脱いでいた白いジャケットに再度腕を通して腕時計を確認する。約束の時間の十分前。どんなに早く着たところで彼らを待てた記憶はないのだけれど、不必要に待たせるわけにはいかない。私たちだって忙しい身で、彼らの方が余程時間の都合なんて取れないだろうし。緩やかに車が停車してジュゼッペによって扉が開かれ、差し出された手を取り足を下ろした。レオネは車を置きに行くと言っていたのでそのまま指定された会合場所へと足を進める。…嗚呼、楽しみだ。場違いな感情を胸に留めて軽やかにヒールを鳴らした。
「…やっぱり貴方たちのが早いわねえ。いつもお待たせしちゃってごめんなさいね?」
「丁度前の予定が早く片付いたから早かっただけだよ。ごめんね、遠くまで。」
「いえ、時間の指定をしたのはこちらですもの。お忙しい中都合つけて頂いただけでも頭が上がらないわ。」
にこにこと人当たりの良い笑顔を浮かべる優男、ペウディリケ。凡そ3ヶ月でイタリアのファミリーの半分以上を手に入れた男。…ファミリーネームは知らない。もしかしたら彼の中では不必要だと切り捨てられたのかもしれない。この世界では珍しい話ではないから不思議だとも思わないけれど。用意された席に腰を下ろしたタイミングでレオネが来たのでそのまま僅かばかりの談笑をして、そして幹部たちを下げる。ちらりと見たさつきとエドはなんだか楽しそうな表情だったしジュゼッペもなんとなく口元が緩んでいたように感じて少しだけ笑ってしまう。
「ふふ、可愛いなあ。」
「そうねえ。会合とは思えないくらいよ。」
月に一度の定期会合とは名ばかりで、この会合はただの交流会のようなものだ。敢えて全員を下げさせるのもこれの為で、あくまで協力者としてお互いを受け入れる為の時間。部下たちはこの数時間、私と彼が大層な話をしていると思っているようだが実際はコーヒーを楽しみながら談笑をしているだけ。確かにくだらない近況報告に混じって別ファミリーの話にもなるがそんなに長い間は話の種にならない。ボス同士として話さなくてはならない事も話すけれど案外この時間は平和的で穏やかな空間だったりする。
「ジュゼッペとアオイは少し拗れたみたいだけれど無事付き合うようになったみたいだし、コウとさつきもそうなったらしいわね。」
「レイテッドとジェスタもだね。ふふ、みんなまとめて僕の子供にならないかなあ。」
にこにこ、掴めない笑顔。でもこの言葉はきっと本心だ。だが勘弁して欲しい。うちの子達まで引き込まれたら本当に下るしかなくなるだろう。ジュゼッペは割と前科持ちなので歯向かう間も無くアローロファミリー自体が消されてしまう。否、あの男に限ってそれはないだろうけれど。あの男の忠誠心は確かだし。それに私まで娘にされては困る。
「相変わらずなのね。」
「うん?」
あ、本当に分かってない顔だ。あどけない表情は少なくとも年上には見えない。まして、イタリアンファミリーの頂点に最も近い男には到底見えそうもない。だけど、だから良い。全く読めなくて、掴めない彼だからこそ私は彼が欲しいと思っているのだから。トン、と指先で机を叩くとそちらに目線が行く。
「この間の事なのに忘れるなんて酷いのね。言ったでしょう?私は娘になりたいわけじゃないわ。…ファミリーには父と母が必要、って。」
「相変わらず情熱的だねえ。僕、ドキドキしちゃうや。」
「んもう、誤魔化さないで頂戴。何も貴方にハニートラップなんてしやしないわよ。これでも純粋な好意なのよ?」
これでもと自分で言う辺りがキミだなあ、なんてまた笑う。今日も進展はなさそうである。長期戦になる事は覚悟の上だし別に良いのだけれど。ただもう少し期待の出来る反応が欲しいものだ。勿論、彼が私に好意を寄せる事が確定しているわけではないのだから必ずしも期待の出来る反応が返ってくるとは限らないけれど少しばかりは夢が見たい。夢も希望もないような世界に長らく身を置いて居たのだから今更期待だなんて無意味な事はわかってるが、あくまで仕事は仕事でプライベートはプライベート。少しくらい夢を見るのが女の恋心。仕方のないことで自然の摂理だ。そんなわけで今日も一つの淡い期待を含んだ恋心に蓋をしたところで彼が少し考えるような仕草を見せる。珍しいなあ、なんてその様子を見ながら少し温くなったコーヒーを口に含む。黒く苦味のある物を嚥下したところでペウディリケは薄い唇を開いた。
「キミはさ、例えば僕がとてつもない田舎とかで牧場やるよって言ったとして、それでも僕が好きなの?」
やっと何かを話したかと思えば酷く突拍子もない話だ。だが、思わず少し考えてしまいそうになる。この優男が動物と共存して生きていく事に関しては特に疑問は抱かないが今の彼とは何かが違う。でもすんなりと答えは出た。
「今のファミリーに囲まれている貴方なら、好きなままなんじゃない?」
彼はきょとん、とした表情を浮かべた後、その頬を緩めた。そっかあ、なんて笑う。どうやら彼の中で合格点以上の回答をすることが出来たようだ。…この気持ちはハニートラップでも何でもない。つまり彼がボスという立場であるかどうかは私の中では大きな問題ではないのだ。強いて言うなら私が好きになったペウディリケという男を形成させたのは彼の守護者達だろう。つまり、彼女らの居ない彼は私が求める男ではなくなってしまう。そんな彼に恋心なんて感情は抱かない。想像しただけで百年の恋も冷めそうだ。それは彼ではない、どこかの牧場のお兄さんだ。誰だと問いたいくらいである。
「キミって本当に僕が好きなんだねえ。」
「ふふ、今更?」
「今更だけど初めて知ったよ。」
カップを傾けて上機嫌にコーヒーを飲む。どうやらやっとスタートラインに立てたらしい。良い方向なんじゃないかな?なんてぼんやり思う。少なくともこれでふざけている言葉ではないと認識して貰えたのだから今日の収穫としては十分。
「そういえば、キミはシャツは着ないんだね。」
「ああ…こっちの方が楽なのよね。」
ちらり、と視線を下に向ければオレンジのチューブトップ。こうした会合でもシャツは身に付けない。首元が詰まった服は苦手だから自然とこういった服を選んでしまう。下手に広げたシャツよりから幾らか整っているようにも見えるだろう、という理由も少なからずあるが。ふと目の前の男が腰を上げて私の胸元に揺れるネックレスに触れた。ドキリ、と胸が高鳴る。彼がこうして私に手を伸ばすのは初めてで少しばかり動揺してしまう。
「うん。でもこのネックレスを出すにはシャツは向かないよねえ。」
「ふふ、ありがとう。」
なんて事ないように彼の手は離れる。一瞬だな、本当。けれど感情を出さない努力は怠らない。だが私の大切な初めての家族と揃い代わりに用意したこのネックレスを褒められるのは悪い気がしなくて結局弾んだような声音になってしまった。ちゃり、と揺れるトップチャームに触れるとそこからじんわりと熱を持っているような錯覚すらある。それだけ大切な思い出で、少しばかり手元を離れても大切だと胸を張って言える事に変わりはない。
「……ふうん。」
彼の目からは感情が読み取れない。けれど何となくその声音は面白くなさそうに感じる。そうだったら良いという希望もあるからそう聞こえるだけかもしれないけど。なあに、と聞いてみたらいつもの笑顔を向けられてしまった。残念。
「貴方はアクセサリーの類いはしないのね。」
「そうだねえ、しないかも。慣れてないから偶に付けると違和感凄くてさ。」
中指に収まったファミリーの証以外の金属類は見当たらない。時計くらいはしているかと思ったけれど彼の手首には何もなかった。右腕とされる少女が居るからか。彼女の手首には確かに細身の時計がいつもあった気がする。
「……今度、」
「うん?」
「スーツじゃない貴方に会いたいわ。」
誤魔化す必要もない、これは嫉妬だ。誰よりも彼の傍に居る少女と、誰よりも彼を知る普段は見ない男に対する嫉妬。少しくらいは許されて欲しいもの。貴方を愛している事に違いはないのだから。じ、と彼を見つめればまた笑う。でもその笑顔は、なんだか見た事がないような気がした。いつもと変わらないはずなのに、でも何かが違ったような不思議な感覚。
「都合は僕が決めちゃっていいのかな?」
「え、ええ…勿論。」
なんという事だ。自分から言っておいてなんだが流されると思って居た。いつかね、とか…じゃあ次の会合は私服にしようか、とか。その辺の返事が来ると思って居ただけに一瞬反応が遅れかけた。男は少し間の空いた私に不思議そうだったけれど言及はされない。有難いけれど。
「じゃあ、都合良い日を数日纏めて送るからキミの都合が合う日にで。」
楽しみだなあ、なんて無邪気に笑う。単純に休日に何処かに出掛けるのが楽しみなんだろう。そんなことは分かっているけれど、それでも喜ばない筈もなく思わず頬が緩んでしまう。だらしのない顔になっている自覚はあるけれど仕方ない。とりあえず彼の送られてくる休みはなんとしてでも休暇を取る事をそっと決意しておく。
「…その時は、僕にもアクセサリーを選んでね?」
「え?」
「なんでもないよ。さて、僕はコーヒーおかわりしよっかなあ。」
小さく聞こえた声。幻聴かと思うくらいには私に都合の良い言葉に聞こえた気がするんだけれど、結局はぐらかされてしまう。こういう所はずるいと思うわ。期待させるだか期待させて、なんてのは絶対に嫌よ。そろそろ本腰入れてアピールしないとかしらね。
「ふふ、貴方はブレスレットかしらね。」
聞こえたのか彼は少し照れくさそうに笑った。
スーツを着てる間はいつもと同じ。ふわふわ、ゆらゆら、掴ませない。でもそれはお互い様。けれど、この服を脱いだら?一人の男と女として貴方に接してもいいのだろうか。それを知る為にも早く貴方に会いたい。眩いオレンジと白ではない、ありのままの貴方に。