耳に痛い怒鳴り声が聞こえたとおもった瞬間のことだった。
頬を打つ派手な打音と一緒に衝撃が来て少しよろめく、私の頬を打ったクラスメイトが大声で何かを叫んでいるけれど私の真っ白になった頭では何を言っているのかが理解出来ずにただ立ち尽くして頬に手を添える事しか出来ずにいた。

昼休みの廊下で突然に起こった事に偶然居合わせた学生達は皆同じ顔でこっちを見ている、驚いたように見てその後嫌そうな顔をしてそっと目をそらす。
私は何も悪いことをしていないのに何でそんな顔をされるのかわからずまた呆然としてしまう。

「どうせアンタが身体使って誑かしたんだろ!?幼馴染みだか知らないけど調子乗ってんじゃねぇよ!」
「違っ…そんなことしてない!」

「一度ヤッたくらいで恋人面して隣に立つなよ!片親の癖に!!」


あまりにも酷い言い掛かりに反論しても興奮しているクラスメイトは聞く耳も持たずに私を強く押す、押された拍子によろめき近くにいただろう人にぶつかってしまった。

ただ偶然に居合わせただけなのにぶつかってしまった事に対する謝罪の前に追い打ちのように飛んできた言葉の酷さに顔が熱くなる、この熱さは怒りなのか恥ずかしさなのか自分でもわからない。

反論したくてもあまりの事に言葉が出てこなくて俯く事しか出来なかった。

「へぇ…一度ヤッたくらいで恋人面しちゃ駄目なんだ?」

温度のない言葉が上からふってきた、
正確には俯く私の後ろ…私がぶつかった上に現在進行形で支えてくれている人から、降ってきた声にばっと後ろを見上げる。

「え、あ…七沙くん…」
「…答えろよ面倒な奴だな、一回ヤッたくらいじゃ恋人面するのが駄目なら何回ヤレばいいのか言ってみろよ。」

私に怒りをぶつける原因になった人の登場に私を突き飛ばしたクラスメイトが戸惑いの声を上げる、そんなクラスメイトに七沙はもう一度温度のない声で聞いてる…。

今までずっと一緒に育ってきた中でも聞いたことのないくらい冷たい声に荒い口調、明らかに怒ってる。

殺気すら感じれそうな程に冷たい声で話す七沙の服の袖を引きクラスメイトから気を逸らそうとするけど軽く頭を撫でられ他の人に聞こえないような小さな声で大丈夫だと言ってくる。
絶対大丈夫じゃない…!

「だ、大丈夫だから七沙…ね?」
「何が大丈夫なんだよ、頬腫らして‘私は何も問題ありませんよ’とでも言うつもりか?」

頬の痛みなんてこの際どうでも良くなるほどに七沙の怒っている所は衝撃的過ぎた。
こんなに口数の多い七沙を見るのは小さい頃の喧嘩以来だ…なんて現実逃避にも程があることを考える程には今この状況を直視したくない、どうしたら七沙の機嫌が元に戻ってくれるのかだけを考える。

「ちが、だって…!私悪くない!ソイツが七沙君と付き合ってるって嘘言ったから私…私悪くない!」

怒ってる七沙に言い訳のような事をクラスメイトが叫ぶように言うけれど今だけは…このタイミングだけは本当にやめて欲しかった、今の七沙には火に油どころかガソリンに着火剤混ぜて火薬で割ったものを投下するような愚行だ。

どうしよう、本当にどうしよう。七沙はよくも悪くも男女平等だ、気に入らなかったら老若男女問わず排除するし手も上げる。
この人が七沙に叩かれでもしたら男女平等にどっちも悪いなんて世論は許してくれないし学校も当たり前に許してくれるわけがない、人が多かろうが七沙には何も関係がない…!
良くて停学最悪退学だ…どうしよう、どうしようどうしよう!

「……おい、大丈夫か」
「へっ?」

ぐるぐる考え込む私の頬に無骨なひんやりとした体温が触れる、はっと前を向くと七沙がいつもと変わらない無表情で私を見ている。
いつもと変わらない無表情、いつもと違うのは気怠そうに周りを見ている目が心配の色を湛えている所…

「大丈夫だから、怒らないで。
ね?私は本当に平気だから。」

私の大丈夫という言葉を聞いて七沙は初めて顔を歪めた、不愉快そうに寄せられた眉を見て失言だったかと焦ると大きなため息一つ。
ため息一つ吐いて何も言わずに私の手を引き歩き出す、さっきまで堪えきれない程の怒りを抱いていた筈のクラスメイトの事なんてまるで存在してないみたいに無視をしてどんどんと歩き出す。

「どこ行くの七沙くん!私の話ちゃんと聞いてよ!!」


「……いい加減にしろよお前、さっきからべらべら人の名前呼んで人の女殴るわ人の女嘘つき呼ばわりして何がしたいんだよお前。」
「え…?」
「次に俺の名前馴れ馴れしく呼んでみろよ、その大して良くない顔さらに酷いことになるぞ」

クラスメイトに名前を呼ばれた七沙は少しだけ足を止め、振り返らずにそれだけ言うとまた歩き出す。
この方向は保健室だ、あんなに怒ってたのに多分私のために保健室に向かってくれているんだと考えると少し嬉しくなって掴まれた手を少しだけ握り返すとそれに返すようにまた少し握られる。

あぁ、そうだ。私は七沙の人に興味が無い癖に優しい、そんな素直じゃない所が好きになったんだって改めて思った。
二人分の足音に消えてしまいそうな程に小さい声で言われた言葉に私は笑顔を浮かべて小さく頷いた。

いたくないか…?


貴方って本当に素直じゃないね



/たると