ぎしり、と体が軋む感覚に眼を覚ます。ぼやけた視界をクリアにする為に目を擦りゆっくりと起き上がれば脚を無理に開いたせいか股関節が痛いし腰は怠いし尻にはまだ違和感がある。大きく溜息を漏らしてから隣を見れば頭まで布団を被った恋人が居て、そろりと布団を持ち上げると幼い寝顔が見えて自然と口端が緩んだ。薄く開いた唇がやけに色っぽくて思わず昨日の情事が頭を過ぎりそっと布団を元に戻した。それから中々いう事を聞かない体に鞭を打ってベッドから降り、乱雑に放置されたままの衣類を拾い上げて手早く身に付ける。ふと時計を見れば六時前で変わらない自分の生活習慣に感動した。昨日眠りに就いたのは何時だったか分からないけれど結構な時間をベッドで過ごした気がするから睡眠時間としてはそんなに長くはないんだろう。まあ、もう大学も長期休みに入っているしバイトも今日は休み。眠気に負けたとて困らない。


ちらりとベッドに目を移すとこんもりと盛り上がった布団だけが見える。恐らく昼頃まで目は覚まさないだろうから飯は昼食分から作ればいいだろう。ペタペタと足音を鳴らしながら寝室を抜けてキッチンでコーヒーの用意をする。コーヒーメーカーに砕かれた豆を入れて水を注ぎスイッチを入れてマグカップを用意してからカーテンを開くと部屋に光が入り眩しいくらいだ。洗面所で顔を洗って歯を磨き戻ってきてもまだコーヒーは完成している様子はないので何となくリモコンを手に取りテレビを点けてニュースをぼんやりと眺める。最近は物騒なニュースが多い、なんて考えていたらコーヒーメーカーが鳴らしていた音が止まったのでマグカップに熱いコーヒーを注ぎそこに少量の砂糖を入れてよく混ぜてから牛乳を足して口に含む。僅かに温くなったがこれくらいじゃないと飲み難いし朝は甘いコーヒーの方が何となく良い。マグカップを手にしたままソファに腰掛けてコーヒーを飲みながら1時間程ゆっくりと過ごす。


画面の向こうでアナウンサーが七時を知らせたのを合図に立ち上がり洗濯物を始める。とは言っても特に何かをする程でもない、ただ衣類を洗濯機に入れて洗剤と柔軟剤を用意してスイッチを押す程度。洗濯物は洗濯機に任せてキッチンに戻る。冷蔵庫を開けば特に買い出しに行く必要もなさそうでそのまま扉を閉じる。何となく腹が減った気もするけど何かを用意するのは面倒で結局甘いコーヒーだけで済ませた。ピー、と音が鳴ったのでテレビを消して洗濯物を籠に入れてからハンガーや洗濯バサミの入った籠を持ってベランダまで足を進める。今日は天気が良いからすぐ乾くかもな、なんて主婦みたいな事を考えながら洗濯物を干していく。サイズはそんなに変わらないけれど着る服の系統は全然違うから一人暮らしの時とはやっぱり違う。

洗濯物まで終わるとさて、何をしようか。掃除でもしようかと思ったがこの家は余り荷物もないし小まめに掃除をしているから特にやる事もなさそうだ。いつもならバイトとかがあるから一人になると途端に何をすればいいのかわからなくなる。テレビはニュースくらいしかやっていないだろうし似たような事件ばかりで見る気もしない。映画でも観るか?いやでもどうせならアイツと一緒に観たい気もする。ぐるぐると思考を巡らせてみるものの結局名案と思うようなものは思い付かず、ほぼ無意識に寝室へと戻ってしまった。


ベッドに腰掛けて追加したコーヒーを飲みながら起きないかな、なんて淡い期待が頭を占める。背を向けた俺に抱き着いてくるとか、そういうのを求めるわけじゃないけれど。少し掠れた声でおはようと、そう言ってくれるだけで十分なんだけど。だがいくら願ったところでこの男は起きやしないだろう。昼頃には起きるだろうけれどそれでもあと四時間後の話だ。二度寝出来るならしたいところだけれどすっかり目は覚めてしまったし上手く寝付けたとして外に干したままの洗濯物がある。夕方に取り込んだところで夜露を含み折角乾いた洗濯物が湿るのも嫌だ。さて、どうしたものか。起こしてもいいんだろうけれど乃愛は寝汚いから起きろと声を掛けたところで起きるかわからないし、コイツがいつ寝たのか知らねぇし寝たばっかとかだったら可哀想だし。

「……起きろっつーの。」

ぽつ、と呟いた言葉は静かな部屋に響いた。けれどすぐに吸い込まれたみたいに虚しさを残す。此処にいる辞めよう。なんだかコイツが居ない部屋に一人よりも寂しい。空になったマグカップを持って立ち上がろうとベッドに手をつくと、くん、とTシャツを掴まれる感覚。驚いて振り返ると布団から出た手首、服を掴む指先。


「乃愛?」
「………。」
「起きたんか?」


声をかけてみるものの返事はない。寝惚けてるだけかとも思うがなんとなく様子が可笑しい気がして布団を捲りあげる。するとじっとこちらを見る乃愛と目が合ってどきりとした。見てるというか睨んでるというか、なんとなく拗ねてるみたいな顔。全くもって心当たりはないがもしかして怒らせたか?

「…あんだよ。」
「どこ行ってたんだよ。」
「は?」

何故かぶすくれた恋人。普段から俺の方が起きるのは早いし起きたら俺が居ないは割と何時ものことの筈なのになんで拗ねてるんだコイツ。上手く理解が出来ずに首を傾げていると返事がない事に焦れたのか長い腕が伸びてきてあっという間にベッドに引き込まれる。腕の中に閉じ込めるみたいにぎゅうぎゅうと抱き締められていよいよ状況が分からなくなってきた。とりあえず落ち着かせようと背を叩いてみるが特に効果は得られそうにない。どうしたものかと途方にくれる。起きたのは嬉しいけれど機嫌が悪いようだしなんとも言えない。


「洗濯してたんだよ。」
「……ふうん?」
「何怒ってんだよ、言わないとわかんねぇ。」

もしかして嫌な夢でも見たんだろうか。八つ当たりのようなものだとしても不安だというのならば仕方ないから今だけは受け入れてやろう。度を過ぎたらブン殴ろう、と思った所で腕の力が緩んだので身動ぎして下から見上げると相変わらず拗ねたみたいな顔をしている。

「…休みつってたし、起きたら居ると思うじゃん。」
「いやだって俺起きたの6時前だぜ?お前眠ぃべや。それともあれか、ベッドで6時間大人しくしてろってか?」
「起こせばいいだろー。」

あ、いつもの顔になった。やれやれって言うみたいな顔をするからイラッとして鼻をつまんでやると痛いと嫌がるから直ぐに手を離す。なんだ、コイツ。休みだし今日はゆっくりベッドで過ごしましょうっつー事だったんか?よく分からないヤツだ。

「セックスして寝て起きてさ、ベッドでごろごろ戯れるとかなんか良くね?」
「お前この間の映画の影響受け過ぎだろ。」
「ぶー。」

仕方ないヤツ、と思うけど可愛いとか思ってしまうからダメだ。バカな子ほどなんとやらってやつか。とりあえずそのまま寝転んでくっついてやれば満足そうに目を細めた。デカい手が伸びて擽ぐるように首筋に触れる。擽ってぇ、と漏らすけど聞いてるのかイマイチ判別がつかない返事をして俺の首筋を見ている。なんだ、なんかあんのか。乃愛が動いたと思ったら俺の首筋に唇を寄せてべろり、と舐められた。生温い濡れた舌の中にある少し冷たい金属にゾワリと肌が粟立つ。喉が引き攣ったみたいな声が出て乃愛の肩を反射的に掴むと楽しげに笑う声と振動が伝わってくる。お前マジ何したいの!?

「ここ、キスマークめっちゃある。」
「お前が付けたんだろうが!」
「ふは、そうなんだけどさ。」

舌先が触れた位置から少しズラしてまたじゅ、と吸われちくりとした痛みが首筋に走る。また増やしやがったらしい。キスマークの上から与えた痛みを労わるように舐められてまたゾクゾクした。マジ、舌ピ辞めろ。恐怖にも似たような感覚なのに腰に響くみてぇな、そんな感じ。やべぇ、これ以上やられたら普通に勃つ。乃愛はそんな俺を知ってか知らずか首筋に軽い口付けを何度も落とす。嗚呼、もう!

「勃つから!やめろ!」
「んー?いんじゃね?まだ柔こいでしょ?」
「ッ、お前なぁ!?」

くつくつと喉で笑う乃愛に苛立ちと、また別の感情が沸く。何だかんだで惚れてるんだと思い知らされてまたちょっと悔しい。結局許して絆されて、この身を預けてしまうんだろう。頼むから昼までには解放しろよ、とか何とか。色々思う事はあるけどなんかもうどうでもいいか。寂しかったらしい恋人を甘やかすのも俺の仕事の内だし。押し倒され、目の前に迫る恋人の首に腕を回してこっちからキスしてやった。


きなこ