きっかけは他愛のない事。女性向けファッション雑誌の特集ページのインタビュー、デカい大会だのオリンピックだのの時期になれば練習時間も取れないほどに来るありきたりな仕事。
正直言うとインタビューを受けて雑誌に載るくらいならその時間を練習に当てて優勝だの何だのしてスポーツ新聞に載る方が俺としては嬉しいんだけどな。
けれどこれも仕事だから仕方ない、早いとこ終わらせて練習するかなんて考えて受けた仕事だった。


俺と同じようにインタビューを受ける為に集められた別ジャンルのスポーツ選手達の中にその娘はいた。
たまたま同じ雑誌の特集の、同じ号に載るってだけの偶然の産物、たまたま同じ部屋に集められて隣に座った偶然の奇跡、それがたまたま親友の大学時代の後輩だったっていう凄まじい確率。
そんでその娘がプロデビューする前からの俺のファンだったっていうまた偶然。

そんな重なった偶然に俺は面白さを感じてその娘……早川実に都合のいい日を聞いて食事に誘った、早川ちゃんはその誘いに大慌てで恐れ多いだのなんだの色々まくし立ててたけど俺の
「行かねぇ?」の一言に顔を真っ赤にして頷いてくれた。
悪いね、オッサンは昔っから狡い生き者なんだ、社会勉強になったろ?…なんてな。

そんなこんなで約束した8月の最終火曜日、約束の三十分前、待ち合わせ場所の駅前で煙草をふかす。待ち合わせ場所に来るには少し早い時間、もう少し後に来る予定だったが練習が思ったより早く終わったのと、道が空いてたからっていうこれまた偶然。
早川ちゃんとの約束はくどい程に偶然が重なっている、運命を感じるなんて言ったらオッサンに片足ツッコンだ親友は“ポエミー過ぎんだろ、遅く来た中二病か?”なんて言うんだろうな。
約束の時間の十五分前、最近変えたばかりの使い慣れない端末でチームメイトに始めるように言われたSNSを巡回する。
SNSのタイムラインには親友や親友の嫁、ファンの子達がそれぞれの生活を楽しんでるらしい呟きが流れる。
そんな中に一つ呟きを投下して端末をポケットにしまい、吸いかけの煙草を携帯灰皿に押し付けて消す。

携帯灰皿を鞄にしまった所で近寄って来る足音に顔を上げると今日の約束の相手がこちらに歩いて来るのが見える、俺にはまだ気づいてないようだ。
そんな相手に片手を上げてひらりと手を振ると気づいたようで早足でこちらに来る。

「すいません、遅れました…」
「いや、俺が少し早く着いただけで遅れてないぞ?」

にっと笑って気にすんなと言うと早川ちゃんは気まずそうに眉を下げる、そんな顔をさせるつまりじゃなかったんだけどな。

「勝手に俺が店決めちまったけどアレルギーとかないよな?」
「はい、アレルギーとかは何もないです。」
「嫌いなもんは?、こういうのもっと早く聞いとくべきだったんだけど忘れてたわ、ごめんな?」
「いえ!そんな事無いですよ!嫌いなものもないです」

俺の不手際を謝ると仰々しく首を振って否定してくる、ころころ変わる表情は憧れの選手を前にしたファンって感じで嫌な気はしないんだけど折角食事に来てるのに少しばかり他人行儀だな…今日の食事でちょっとは俺に慣れてくれりゃいいんだけどなぁ…?

「ん、好き嫌いもなし、アレルギーもなしな。健康で良し。」
「あ、ありがとうございます…」

んん…俺が何言っても赤くなるのはなんか俺が悪い事してるみたいな気分にさせられるんだな、初めて知った。

「んじゃ店に向かうか?」
「はい…今日はよろしくお願いします…」

眉を下げはにかむ早川ちゃんに一つ頷き店に行くために車に案内する、今日行く店は美味いけど徒歩では遠過ぎるしタクシー使うにはわかりづらい場所にあって一番良いのが車で行く事。

俺が車を走らせるのが一番都合が良い、駅に待ち合わせ場所を指定したのは初対面じゃないにしてもそこまで親しくもない男に家の場所を知られるのは女の子としては防犯面で危ない、だから一番行きやすい駅の場所を聞いてそこにした。
愛車のレクサスの助手席に座らせ運転席に腰掛ける、その際にチラリと気づかれないように横目で相手の服装を確認する。
袖にスリットの入ったオフホワイトのブラウスにネイビーの硬過ぎないパンツ…タックパンツか?それに赤いダブルベルトの赤いミュール、ヒールが高い、6p以上だなあれは。良くあんな高いヒールでちょこちょこ歩けんな女の子ってのは。

「なぁ、そのヒール随分高いけど何センチなんだ?」
「えっ?…えっと、11pだったかな…?」
「11pって、よく歩けるなぁ…女の子ってのは大変だなぁ…」


11p…俺が思ってた高さと倍くらいの高さに驚いて言うが少しオジサン臭かったか?
関心しつつ言ったら早川ちゃんがアッと何かに気づいたようにした後勢い良くこっちを見て結局何も言わずに下を向いて俯く。

「どうした?」
「いえ…すいません…」

突然謝られ、訳がわからず考える。
11pのヒールの話題をして突然謝られる…?そんな気まずそうにされる話題をした覚えがなくて戸惑う。

早川ちゃんの気まずそうな雰囲気が車内を流れる、そうしているうちに店が見え、駐車場に車を停め二人で降りる。
降りて二人で並んだ時に早川ちゃんの気まずさの理由に気付く、俺は男にしては身長が平均よりずっと小さい。それに比べると早川ちゃんは平均よりは少しばかり大きい、そんな子が11pのヒールを履いて平均より小さい男の横に立つのは気まずいんだろう。

「やっぱアレだな、スポーツするだけあって身体締まってんな。モデルさんみたいだな。」
「えっ、?」
「セクハラだったか?ゴメンな?」

いえ…と言ってくれる早川ちゃんを引き連れて店に入る、食事に行くには少しズレてるが気心しれた奴の経営するバー“宴-utage-、酒も美味いしそれなりに飯もある、何よりここにはメディアが入らない。
経営者の拾い子がモデルを始めたらしく、触れられたくないところに触れて来るメディアを完全にシャットアウトしてるから俺達みたいにメディアに撮られたくない奴が来るにはうってつけの店。

派手な赤い髪の店員が申し訳程度に出迎え、その奥からこの店のオーナーが歩いて来る。

「いらっしゃい、準備できてるわよ。ゆっくりしていってね。カンナ案内してあげて。」
「ん…。こっちだ。」

カンナと呼ばれた店員に案内される、この男がモデルやってるって言う店主の拾い子か。
案内された席に2人で向かい合わせに座ってメニューを渡される、この店は二人連れで来たら大概女の子側に渡されるメニューには値段は書かれて居ない。
“女の子は値段を気にせずに食事や酒を楽しむべき”ってスタンス、そんな所も俺は気に入ってる。

「食事にはちょっと向かないかもしれないけどな、ここの店結構美味いんだ。」
「そうなんですか…」
「何食うかな…」

メニューを眺めつつ2人での会話を楽しむ、最初は緊張なのかよそよそしかった早川ちゃんも料理が来る頃には多少慣れてくれたのかポツポツと自分の話をしてくれるようになった。

「そういやさ、早川ちゃん俺がプロデビューする前から俺のファンって言ってくれたけど俺プロになるまでそこまで目立った記憶ないけど何でだ?」

スパニッシュオムレツを口に運びながら聞くと早川ちゃんはんぐっとマリネを喉に詰まらせたのかむせる。慌てて水を差し出すとそれを飲み一息つく。

「その…私には兄がいるんですけどバレーやってて大会に出るからって応援に行ってそこで野宮選手の学校の試合を見てて…どんなギリギリなボールやみんな諦めてしまうようなボールも諦めず拾いに行く所とかを見てて…チームの中で一番小柄なのに誰よりも逞しく見えて憧れて……あっ、すいません!本人にそんな事言うなんて…」

恥ずかしそうに目線をそらし頬を片手で抑えるが熱く自分の事を語られてしまい照れ臭さに柄にもなく顔が熱い。

「そんな事言われたの初めてだ、なんか照れるな。今じゃすっかりおじさんになっちまったけどな。」
「そんな事ないです!野宮選手は全然おじさんじゃないですし…」

もにょもにょと口籠る彼女にまたにっと笑うと、目線を右下にやり誤魔化すようにポークソテーを口に含む。

「野宮選手はどうしてバレーをやろうって思ったんですか…?」
「俺か?バレーを始めるきっかけねぇ…」

思わぬ問いにふと考える、始めるきっかけはインタビューなどでは定番だけどそういや記者達のその問いに答えた事は無かったっけ。

「きっかけは叔父だったよ、いろんなスポーツ初めてはある程度の所までいけるようになったら辞めるってこと繰り返してた俺の中学入学祝いにってバレーボールを持ってきたんだ。」

“お前いろんなスポーツやれるだけの運動神経あんだからバレー向いてんだろ!やってみろ!”そんな言葉ととも渡されたバレーボール。叔父の言葉のままに初めて楽しさにのめり込んだ。

「叔父もさ、プロバレー選手だったんだ。怪我で引退したんだけど丁度そん時くらいに中学で部活にバレーがあるってわかってたからかもな、それが俺のきっかけ。」

こくこくと頷きながら真剣にこちらを見てくる目は純粋で、特ダネ探しに奔走する記者とは大違いで聞かれた事に答えてよかったと思う。
特に大したことでは無いんだろうが、何となく俺の人生を捧げようと決めた競技の一番最初の思い出で、俺にとっては何よりも大事な思い出だった、これを話したのは本当に数少ない人数だ。

そこからは早川ちゃんが聞きたい事を話してくれて俺が答えるという事を繰り返してるうちにいい時間になり、年若い女の子が一人で男と過ごすには遅い時間になりつつあった。
丁度早川ちゃんのグラスが空っぽなのを確認し、俺もグラスを空にして近くにいた赤毛の店員を呼び止める。

「早川ちゃん、飲み物空っぽだが何飲む?」
「えっと…ではシャーリーテンプルをお願いします。」
「俺はフロリダを、あと最後にエンジェルショットをロックで。」

「エンジェルショットを…?」
「あぁ、彼女に。」
「…なるほど、かしこまりました。」

店員は一つ頷きカウンターの方に向かう、これでタクシーも呼べたし後はタクシーが来るまでの短い時間を楽しめばいい。
頼んだ飲み物が半分になる頃に早川ちゃんが時計を気にし始めたのを見て、タクシーを頼んだ店員を見ると小さく頷いたのを確認して。早川ちゃんに話しかける。

「そろそろ遅いし出ようか?付き合わせちゃって悪かったな。」
「はい、今日は本当に誘ってくださってありがとうございます…野宮選手に誘っていただけるなんて本当に嬉しかったです…」

「またそう遠くない内にまた飲みに行かないか?今度はもう少し気軽な所にでも行くか?」

本当ですか?とキラキラした目でこっちを見る彼女の警戒心のなさと、彼女の目に浮かぶ少し申し訳なさそうな所に少し笑みがこぼれる。
この年になると甘え下手な年下に弱いのはオジサンの性なのかねぇ…

「んじゃ、タクシーも呼んであるし行くか。」「えっ、いつのまに…?」
「色々あんのよ、オジサンにはね。」

早川ちゃんが鞄を探り財布を出す前にサクッと 会計をカードで済ませ、タクシーを呼んだ店員に隠し手で少しばかりのチップを渡し店を出る、すぐ前に止まったタクシーのドアが開きそれに早川ちゃんを乗せる。

「え、あのお会計…っ!」
「いーからいーから、気にしないの。俺だってそれなりに稼いでるしな、ありがたく受け取っといてくれ、な?」
「申し訳なさすぎますって!」
「運転手さん、彼女の家まで。これでお願いします。」
「ちょっ、野宮選手!聞いてくださいっ!!」

わーわーと慌ててこちらに言って来る早川ちゃんはなるべく失礼にならない程度にスルーする、その間に運転手に目的地を伝え料金代わりに数枚の万札を渡す、何処に住んでるかは知らないがこれだけ渡しておけばまにあうだろう。

「お釣りは半分彼女に、後は運転手さんが受け取っといてください。」
「野宮選手!!」
「はいはい、俺に甘えとけって、な?。んじゃ次はどっかで酒でも一緒に飲もうな。今日は楽しかったありがとうな?」

“出してくれ”とドアを閉め、走り出すタクシーを見送る。窓から早川ちゃんが何か言ってるのが見えるが笑顔でごまかし手を振る。
多分帰った後すぐに苦情と謝罪、ちょっとのお礼を含んだ連絡が来るだろう。

その時は軽くまた行こうとだけ言って真剣に次の約束をするのは二週間から三週間後、これがこれまでの経験上一番断られにくい期間。
例外は一つだけ、“相手の方から誘いの連絡が来る事”だけ。
多分あの子の性格上これはない。
バックライトも見えなくなったタクシーの走って行った方を見つめつつ確信する。

きっと俺はあの子に惚れて、あの子も俺を悪いようにはおもわない。
付き合えるか付き合えないかは俺の技量次第、年甲斐もなく少しだけ燃える状況。

ごめんね、早川ちゃん。
俺はオジサンだけどリベロだから、狙ったチャンスは落とさない生きもんだから諦めてな。

なんて、ガラにもなく意地の悪い事を考える。
若さって凄いね、こっちまで若々しい気持ちになるんだからな。


たると