きみのハジメテをちょうだい
現パロっぽい
※悟喜、傑駿前提
※悟喜、傑駿前提
ひたり、と触れた掌はいつも燃えるように暑いくせに、今日だけは酷く冷えていた。目の前の男が緊張してるのか、それとも私の顔がこれ以上ない程の熱を持っているのかもうわからなくて、空護の掌に覆われた唇が小さく震える。空護は何かを我慢するように、言葉を選ぶように、心音で掻き消されてしまいそうな声で小さく囁く。
「ごめん、欲しいって、思っちまった。」
「な、にを?」
「お前らの、"ハジメテ"」
おれからは、何も渡せねェのに。そんな風に続いた言葉に目を丸くしていれば空護は眉尻を下げて困ったように笑う。ゆっくりと距離を詰めて、厚い掌越しに唇が触れる。ちゅ、と軽い音がして、燃えるように顔が熱い。ぱくぱくと金魚みたいに口を開閉していると空護が手を滑らせて真っ赤になった私の頬に触れる。
「お前らが良いよ。」
誰にも聞かれまいと押さえ付けた消えそうな声で男は言う。ずっと兄の背中を追い掛ける駿も、結婚相手が居る私も、彼は欲しいと言う。手が届かないことが当たり前で、与えられることがないと分かりきっていても、それでもなお欲しいと言う。喉が干上がって声が出ない。そんな私に呆れることなく空護は笑って今度は目尻に唇を押し付ける。思わずぎゅうっと目を瞑ったら空護の両腕が背中に回って強く抱き締められた。私より背が低いくせに、それでも男であることを主張するみたいにその腕は力強くて。
「ハジメテって、どれ、」
「初恋でもファーストキスでも、処女でも童貞でもなんでもいい。いっこくれ。」
「……とりあえず童貞は無理かな。」
飲み物買ってくる、と席を外した駿が戻ってくるまでどれくらいだろうか。こんなの見られたら絶対に勘違いされる。否、確かに口説かれている。だが、この言葉は私だけに向けられたものではないのだからやはり勘違いになるし、いやそんな事より早く帰ってきてくれ、いつ心臓が壊れても可笑しくない。ぴったりと体を合わせて体温を共有するのはいつもと変わらないのに、明確な意図を持つ体は妙に熱くて、心臓がぎしぎしと音を立てて今にも壊れそうだ。
「ただい、」
扉が開くと同時に響いた続く筈の言葉は途切れ、代わりにへ?と漏れた駿の声に慌てて空護の肩を押した。無意味だったけど。空護はおー、なんていつも通りの声音で返して、そうして片手で駿を手招く。訝しげに眉根を寄せ、真意を測るような視線も気にせず空護は駿の手首を掴んで引き寄せた。倒れ込む駿を空護と二人で受け止めたら駿はいつもの戯れ合いか、と安堵の息を吐く。それが打ち砕かれるのを私は知っていたけれど、悔しいから口を噤む。逃がさないように、と私より一回り半くらい大きな駿の手を指を絡めるようにして繋ぐと大きな手が小さく跳ねた。
「え、なに?どうしたの?」
「駿もおれに初恋かファーストキスか童貞か処女くれ。」
「何言ってんの!?」
酔ってんの!?と声を荒らげる駿に空護は首を振って真剣だけど、と返す。駿も、って私が既にあげたみたいな言い方するのやめて欲しいなーなんて思いながら二人の胸元に顔を埋める。駿の心臓は壊れそうなくらいけたたましく鳴っていて、…空護も、そうだった。馬鹿だわ、ほんと。
「私ほぼ選択肢ないんだけど。」
「やっぱ処女じゃねえとダメそ?」
「10の頃には決まってたし難しいでしょ。」
「だよなぁ。」
「喜雨もなんで前向きに検討してんのさ!?」
明日のお昼ご飯でも決めるみたいに話していたら駿に怒られた。正直駿がパニックになってくれてるお陰で私は少しだけ冷静さを取り戻せてるんだけど、それを言ったら怒られそうだからそっと飲み込む。慌てる駿を見上げる空護の目はきっとさっきみたいに凄く真剣で、だからこそ駿は息を飲んだ。
「初恋と、処女は…無理。」
「じゃあ童貞かファーストキス。」
「えええ……。」
初恋も処女もきっとあの人にあげたいんだろう、とぼんやり思う。空護もそれをわかってたみたいで即答したから駿はううん、と唸る。私はとりあえず童貞と処女は無理だなーなんて思いながら二人の胸元から顔を出す。
「じゃあ私はファーストキスあげる。」
「正気!?」
「ちゃんとハジメテだってわかってるし。キスなら五条さんと出会う前の…幼稚園の頃にしてたとか言えるし。」
それに初恋はとっくに、と頭を過ったけれどそれは口にするべきじゃないから、最もらしい言葉たちで終わらせる。空護はン、と短く答えたけれど駿は未だに理解が出来ないと慌てふためく。このままだと埒が明かなそうだから駿の手を絡めたまま、顎を上げて目を瞑る。布ズレの音が小さく聞こえて、そうして唇に何かが触れた。ちょっとだけかさついた、柔らかくて湿った感覚に口付けなんだとどこか他人事みたいに思っていたら唇が空気に触れてひんやりした。目を開けたら満足そうに笑みを浮かべる空護と溢れそうな程目を見開いた駿が見えた。唇を舌で湿らせてからまた二人の胸元に顔を埋める。壊れそうなくらい脈打つ心臓に気が付かないふりをして、熱を逃がすように息を吐く。
「………じゃあ、ボクも、ファーストキス、で。」
変にカタコトになった言葉は震えていたし、この距離じゃなければきっと聞こえなかっただろう。可哀想だから見ないでおいてあげよう、と駿に凭れるように動けば二人も少し動いて、頭上から柔らかいリップ音が聞こえた。二人分のファーストキスを貰った空護は満足そうに笑って私たちをまた強く抱き締める。
「ンへ、満足。」
「ほんっっっとに、きみは…!」
「いいじゃん、私は特に後悔してないよ。」
キスくらい、犬に噛まれたみたいなものだ。勿論他の人間なら絶対にくれてやらないし寧ろ地面と熱烈なキスをさせてやるところだけれど駿と空護なら良い。言ってしまえばその程度でこれから先も一緒に居てくれるなら安いものだと思うくらいには。そこまで考えてからふと、顔を上げる。力を弛めてくれた空護はきっと私が何をするのか分かっていたんだろう。絡めた指を解いて両頬を掴むと逃げられないからかパニックみたいになってる駿の唇の端に、自分のソレを押し付けた。セカンドくらいはあの人に取っておいてあげるべきかなって、それだけ。駿はまた目をまん丸にして、そこからあーだのうーだの唸った後、頬に触れる私の手を今度は駿から絡め取って引き寄せ、私の唇に自分の唇を合わせた。
「っ、ン…」
「女の子が、そういうことするもんじゃないよ。」
咎めるように掛けられた言葉よりも駿の行動の方が余程衝撃的で何度も瞬きを繰り返す。空護は楽しそうに笑っていて、なんだか悔しい。一瞬しか触れなかったけれど、駿からっていうのに凄く、びっくりした。流される訳じゃなくて、自分の意思だったから。解放された手をぼんやりと見つめてしまう。
「駿のファーストキス、されるのはおれ、するのは喜雨じゃん。」
「きみねぇ…!」
「アンタ、ほんっとバカ。」
恥ずかしさと怒りを堪えるみたいな駿にも、呆れた私の声にも空護は逆に満足そうに笑った。こういうところが、本当に悔しい。憎めないのを分かっていてこうやって笑うんだから本当にずるいよなぁ、って思う。全部くれって言ったって、私たちが絆されるのをわかってたんじゃないかとすらと思う。何も考えてないように見せかけて、策士だったりするのかも。深く息を吐き出すと二人が私の顔を見る。怒ってる?と瞳に覗かせていて、少し笑いそうだけどなんとか堪える。
「アンタたちで良かった。」
そう言った私に二人は笑って返してくれた。どちらからともなく、おれも、ボクも、と重なった言葉に込み上げた感情のまま、二人に向けて両手を広げれば、なんの躊躇もなく体が体温に包まれた。若気の至りでも、この感情が間違いだったとしても構わない。
初恋の男の子たちにキスした、私がきっと一番得をしているのだから。
きなこ