怖いものなんてない
非番が被ると何となく、空護の部屋に集まるのが常になってきた。最初はベッドに座る事すら遠慮していたけれど、いつの間にか三人でベッドに乗り上げる事が増えて…というか、九割を占めている。壁に背を預ける駿の太腿を枕に寝転んだ空護の胸板に頭を預けながら端末を操作している自分がなんとなく滑稽に思える。でも居心地がいいから離れられずに居る。くあ、と最初に欠伸を噛み殺したのはどっちだろう。影響を受けて眠くもないのに漏れた溜息に駿が小さく笑った。
「眠そうだね、二人とも。」
「お前らあったけぇンだもん。」
「欠伸うつっただけだし。」
空護が持っていた携帯が枕元に置かれ、私が腰まで被っていた毛布に指を差す。取れってことかな、と引き上げて空護の手元に寄せれば私の肩まで引き上げた。やめろ、私まで眠くなる。抗議するように視線を向けたけど空護は何も気にしてない様子で私の髪を撫でてくるから唇を尖らせる。
「駿は?」
「ボクは眠くないから。」
枕にしていていいよ、と続けた駿は読んでいた本に栞を挟み、空護の髪を撫でる。いつもはワックスで固まった彼の髪も今日はふわふわと柔らかさを保ったまま、撫でつけられる方向に沿って流れていくのをぼんやりと見つめる。眠っている人間が重くなることを知っている空護が駿を気遣って軽く頭を上げるけれど駿が軽く空護の額を押して元に戻す。枕が揺れる、なんて軽口を叩けば二人は楽しそうに笑った。
「ほら、眠いんでしょ?」
駿の大きな手が私の背中に触れ、あやすみたいに一定のリズムを保って叩かれる。ただでさえ空護の筋肉カイロで眠気を促されているというのにも関わらずの追撃である、信じられない。とはいえ、昨日の任務は深夜まで続いたし、正直眠い。とろとろと瞳を蕩けさせていれば二人が低く笑っておやすみ、と掛けられた声に抗うことなくゆっくりと目を瞑った。
_____
「寝た?」
「ン、寝た。」
胸元ですやすやと眠る喜雨の頭から手を離さずに頷く。駿はほっとしたような顔をして背中に当てた手を止める。正直おれもちょっと眠かった筈なんだけど、何故か頭はスッキリしていた。胸の上で眠る喜雨から視線を外して駿を見上げると不思議そうに首を傾げたから小さく笑う。普段はピリつきやすい同期が眠っていたり、どちらかと言えば手を引かれることの方が多い同期が長男みたいな顔してるのも、なんだか酷く擽ったい。おれらってバランス良いよなぁと呟けば、駿は目をまんまるにした。目ん玉落ちそう。
「バランス?」
「なんかこォ…表現出来ねーけど。」
「得手不得手、とかかな?」
上手く言葉に出来ない、おれはこういう言葉選び?表現力?が弱い。けど、その分駿がこうして適正な言葉を選んでくれる。
「おれが苦手なモンは駿が得意だし、駿が苦手なモンは喜雨が得意だし、喜雨が苦手なモンはおれが得意…とか、一人が無理でもどっちかは得意、じゃね?」
「…確かにそうかも。」
勿論それだけじゃねェけど。好きな食い物はバラバラだし、眠くなるタイミングだってバラバラだ。三人で同じ、みてェなの、パッと出てこない。駿は納得したように何度か頷いた。眠ったばかりの彼女を起こさないようにと声を潜めて話を続けていたら喜雨が身動いで、思わず二人で動きを止める。喜雨はンンン、って唸ったあと、おれの胸に鼻先を擦り付けて手を彷徨わせたから駿が背中を撫でていた手でその手を握った。頭に置いていた手を背中に伸ばして離れてしまった駿の手の代わりに背を撫でてみると満足したのかまた静かに寝息を立てる喜雨に二人で細く息を吐き出して、視線を合わせて小さく笑った。
「コイツ、こンな甘えただったっけ?」
「少なくとも一年の頃はこうじゃなかったね。」
仕方ないなぁ、みたいな顔して重ねた手を握ったり緩めたりしてる駿も、最初はもっとツンケンしてた気がすっけど。二人とも気が抜けたみたいな顔するようになったし、気を許してると思うけど。コイツらはおれみたいに人懐こいタイプじゃねェしな。なんて思ってたら駿は「空護も変わったじゃないか。」と続けた。
「こんなに面倒見良くなかったと思うよ?」
「アー?」
まあ、おれは兄弟も居ないし…つーかずっとばあちゃんと二人だったから、面倒見云々はなかったかもしんねェ。自分が実際にされるだとかのそういうのは気が付けるけど自分の変化って気付けねェなって思う。
「人って一人じゃ生きてけねェんだって。だから苦手なモンがあるって。」
「…それ喜雨が言ってたでしょ。」
「やっぱわかるか。」
「言いそうだもん。」
二人で小さく笑う。駿の視線が続きを促すからなんて言ってたっけなァ、なんておれの空っぽの頭の中からあの時の言葉たちを、喜雨の背中で手を弾ませながら思い出す。
「苦手なモンがあるから得意があって、それは誰かと生きてく為に必要で。頼ることは生きること、人に生かして貰うんだから、自分も誰かを生かす必要があって…だから、一人じゃ生きてけない。みたいな。」
「ふふ、それ随分言葉が抜けてない?」
「多分めっちゃ抜けてる。」
駿が喜雨と繋いでいた手を軽く揺らす。おれらよりちっさい手が色んなモンを抱えて、戦って、そうやって守ってきたのをおれらは知ってる。なんとなくそうしたくなって、もう一個のおれの手を駿の手に重ねる。
「本当は一人でも生きてはいけるんだ。」
「それも喜雨が?」
「おん、別に一人で生きていけるけど…それは人間である必要がなくなるから、生きていけるけど生きてけないって。こいつまた難しい事言ってんなァって思ったんだけどさァ…今は、ちょっと分かる。」
喜雨も駿もおれよりずっと色々頭を回しててるんだろう。今だって駿はおれの話を聞いて埋め合わせるためかなんか、考えてるみたいだった。思考の邪魔をしないように胸の上で爆睡してる喜雨の表情を覗き込む。唇が薄ら開いて、そこから規則正しい寝息が聞こえてくるから起きる気配はない。
「喜雨はさ、哲学みたいな話をよくするよね。きっとボクだったら"二人に迷惑を掛けた"で終わって、空護だったら"助けてくれてありがとう"で終わる。でも喜雨はそうじゃない、というか。」
「得意と苦手ってだけだろ?もうちょい単純に考えりゃ良いのにな。」
「うーん、育って来た環境かなぁ。」
「まあ、おれはお前らが考え過ぎだと思うけどなァ…。」
「こればかりは…でも補う為に、人と生きていく為に不得手があるっていうのは目から鱗だったかも。」
おれの拙い穴だらけの説明でも汲み取ってくれたらしい。頭が良いヤツらってすげェ。
「その話ボクも聞いてみたかったや。」
「聞けば教えてくれっと思うぞ。おれが理解出来なかったから何回も砕き直してから話してくれたし。……それでこのザマなんだけどよ…。」
「あはは…。」
もぞり、と動く気配がしたと思ったら喜雨が眠そうな顔のままこっちを見てた。やべ、起こしちゃった。確認はしてないけど多分駿も同じような顔をしてると思う。謝ろうと口を開いたけれど喜雨の方が少しだけ早くて、寝起きの掠れた声が鼓膜を揺らす。
「…そもそも、一人で生きてくなら、得意も不得意もないんだよ。」
「へ?」
「比べる対象があるから、そう思うってだけ。」
「……あ。」
駿は何かに気が付いたみたいだ。おれは、いまいちピンと来ない。それが表情に出てたのか喜雨は面倒くさそうにも見える顔で欠伸を一つ零した。
「一人で生きてくってつまり自分一人の事しか知らないって事でしょ?体力も学力も、他の人と比べるから平均があって、平均より低ければ不得意で高ければ得意になる。テストで私が80点、駿が60点、空護が40点なら平均は60点。私は得意で空護は不得手になる。でも、空護しかテストを受けてなければ平均は40点、得意でも不得意でもないでしょ。」
「お、おお?」
「…空護、理解出来てる?」
「たぶん。」
寝起き数分だとは思えないくらいスラスラ言葉が出てくるのは、本当は寝てなかったからか。それとも、普段からそうやって考えてるから寝起きだとかそういうのは関係ないからなのか。後者だろうなぁ。
「……二人はそのままで良いよってこと。」
そう締めくくった喜雨はこれ以上話すことはないと言わんばかりにもう一回欠伸をすると、またおれの胸元に潜り込んだ。まだ眠いままらしい。
「そのまま、なァ。」
「……ボクたち二人が出来ない、無理だって思ったとしても、喜雨が助けてくれるんだって。」
「ふは、らしいなァ。」
おれらのリーダーは、心強い。二人が居るなら怖いモンなんてねェなあ、なんて、ふたりの手を握り直した。
「眠そうだね、二人とも。」
「お前らあったけぇンだもん。」
「欠伸うつっただけだし。」
空護が持っていた携帯が枕元に置かれ、私が腰まで被っていた毛布に指を差す。取れってことかな、と引き上げて空護の手元に寄せれば私の肩まで引き上げた。やめろ、私まで眠くなる。抗議するように視線を向けたけど空護は何も気にしてない様子で私の髪を撫でてくるから唇を尖らせる。
「駿は?」
「ボクは眠くないから。」
枕にしていていいよ、と続けた駿は読んでいた本に栞を挟み、空護の髪を撫でる。いつもはワックスで固まった彼の髪も今日はふわふわと柔らかさを保ったまま、撫でつけられる方向に沿って流れていくのをぼんやりと見つめる。眠っている人間が重くなることを知っている空護が駿を気遣って軽く頭を上げるけれど駿が軽く空護の額を押して元に戻す。枕が揺れる、なんて軽口を叩けば二人は楽しそうに笑った。
「ほら、眠いんでしょ?」
駿の大きな手が私の背中に触れ、あやすみたいに一定のリズムを保って叩かれる。ただでさえ空護の筋肉カイロで眠気を促されているというのにも関わらずの追撃である、信じられない。とはいえ、昨日の任務は深夜まで続いたし、正直眠い。とろとろと瞳を蕩けさせていれば二人が低く笑っておやすみ、と掛けられた声に抗うことなくゆっくりと目を瞑った。
_____
「寝た?」
「ン、寝た。」
胸元ですやすやと眠る喜雨の頭から手を離さずに頷く。駿はほっとしたような顔をして背中に当てた手を止める。正直おれもちょっと眠かった筈なんだけど、何故か頭はスッキリしていた。胸の上で眠る喜雨から視線を外して駿を見上げると不思議そうに首を傾げたから小さく笑う。普段はピリつきやすい同期が眠っていたり、どちらかと言えば手を引かれることの方が多い同期が長男みたいな顔してるのも、なんだか酷く擽ったい。おれらってバランス良いよなぁと呟けば、駿は目をまんまるにした。目ん玉落ちそう。
「バランス?」
「なんかこォ…表現出来ねーけど。」
「得手不得手、とかかな?」
上手く言葉に出来ない、おれはこういう言葉選び?表現力?が弱い。けど、その分駿がこうして適正な言葉を選んでくれる。
「おれが苦手なモンは駿が得意だし、駿が苦手なモンは喜雨が得意だし、喜雨が苦手なモンはおれが得意…とか、一人が無理でもどっちかは得意、じゃね?」
「…確かにそうかも。」
勿論それだけじゃねェけど。好きな食い物はバラバラだし、眠くなるタイミングだってバラバラだ。三人で同じ、みてェなの、パッと出てこない。駿は納得したように何度か頷いた。眠ったばかりの彼女を起こさないようにと声を潜めて話を続けていたら喜雨が身動いで、思わず二人で動きを止める。喜雨はンンン、って唸ったあと、おれの胸に鼻先を擦り付けて手を彷徨わせたから駿が背中を撫でていた手でその手を握った。頭に置いていた手を背中に伸ばして離れてしまった駿の手の代わりに背を撫でてみると満足したのかまた静かに寝息を立てる喜雨に二人で細く息を吐き出して、視線を合わせて小さく笑った。
「コイツ、こンな甘えただったっけ?」
「少なくとも一年の頃はこうじゃなかったね。」
仕方ないなぁ、みたいな顔して重ねた手を握ったり緩めたりしてる駿も、最初はもっとツンケンしてた気がすっけど。二人とも気が抜けたみたいな顔するようになったし、気を許してると思うけど。コイツらはおれみたいに人懐こいタイプじゃねェしな。なんて思ってたら駿は「空護も変わったじゃないか。」と続けた。
「こんなに面倒見良くなかったと思うよ?」
「アー?」
まあ、おれは兄弟も居ないし…つーかずっとばあちゃんと二人だったから、面倒見云々はなかったかもしんねェ。自分が実際にされるだとかのそういうのは気が付けるけど自分の変化って気付けねェなって思う。
「人って一人じゃ生きてけねェんだって。だから苦手なモンがあるって。」
「…それ喜雨が言ってたでしょ。」
「やっぱわかるか。」
「言いそうだもん。」
二人で小さく笑う。駿の視線が続きを促すからなんて言ってたっけなァ、なんておれの空っぽの頭の中からあの時の言葉たちを、喜雨の背中で手を弾ませながら思い出す。
「苦手なモンがあるから得意があって、それは誰かと生きてく為に必要で。頼ることは生きること、人に生かして貰うんだから、自分も誰かを生かす必要があって…だから、一人じゃ生きてけない。みたいな。」
「ふふ、それ随分言葉が抜けてない?」
「多分めっちゃ抜けてる。」
駿が喜雨と繋いでいた手を軽く揺らす。おれらよりちっさい手が色んなモンを抱えて、戦って、そうやって守ってきたのをおれらは知ってる。なんとなくそうしたくなって、もう一個のおれの手を駿の手に重ねる。
「本当は一人でも生きてはいけるんだ。」
「それも喜雨が?」
「おん、別に一人で生きていけるけど…それは人間である必要がなくなるから、生きていけるけど生きてけないって。こいつまた難しい事言ってんなァって思ったんだけどさァ…今は、ちょっと分かる。」
喜雨も駿もおれよりずっと色々頭を回しててるんだろう。今だって駿はおれの話を聞いて埋め合わせるためかなんか、考えてるみたいだった。思考の邪魔をしないように胸の上で爆睡してる喜雨の表情を覗き込む。唇が薄ら開いて、そこから規則正しい寝息が聞こえてくるから起きる気配はない。
「喜雨はさ、哲学みたいな話をよくするよね。きっとボクだったら"二人に迷惑を掛けた"で終わって、空護だったら"助けてくれてありがとう"で終わる。でも喜雨はそうじゃない、というか。」
「得意と苦手ってだけだろ?もうちょい単純に考えりゃ良いのにな。」
「うーん、育って来た環境かなぁ。」
「まあ、おれはお前らが考え過ぎだと思うけどなァ…。」
「こればかりは…でも補う為に、人と生きていく為に不得手があるっていうのは目から鱗だったかも。」
おれの拙い穴だらけの説明でも汲み取ってくれたらしい。頭が良いヤツらってすげェ。
「その話ボクも聞いてみたかったや。」
「聞けば教えてくれっと思うぞ。おれが理解出来なかったから何回も砕き直してから話してくれたし。……それでこのザマなんだけどよ…。」
「あはは…。」
もぞり、と動く気配がしたと思ったら喜雨が眠そうな顔のままこっちを見てた。やべ、起こしちゃった。確認はしてないけど多分駿も同じような顔をしてると思う。謝ろうと口を開いたけれど喜雨の方が少しだけ早くて、寝起きの掠れた声が鼓膜を揺らす。
「…そもそも、一人で生きてくなら、得意も不得意もないんだよ。」
「へ?」
「比べる対象があるから、そう思うってだけ。」
「……あ。」
駿は何かに気が付いたみたいだ。おれは、いまいちピンと来ない。それが表情に出てたのか喜雨は面倒くさそうにも見える顔で欠伸を一つ零した。
「一人で生きてくってつまり自分一人の事しか知らないって事でしょ?体力も学力も、他の人と比べるから平均があって、平均より低ければ不得意で高ければ得意になる。テストで私が80点、駿が60点、空護が40点なら平均は60点。私は得意で空護は不得手になる。でも、空護しかテストを受けてなければ平均は40点、得意でも不得意でもないでしょ。」
「お、おお?」
「…空護、理解出来てる?」
「たぶん。」
寝起き数分だとは思えないくらいスラスラ言葉が出てくるのは、本当は寝てなかったからか。それとも、普段からそうやって考えてるから寝起きだとかそういうのは関係ないからなのか。後者だろうなぁ。
「……二人はそのままで良いよってこと。」
そう締めくくった喜雨はこれ以上話すことはないと言わんばかりにもう一回欠伸をすると、またおれの胸元に潜り込んだ。まだ眠いままらしい。
「そのまま、なァ。」
「……ボクたち二人が出来ない、無理だって思ったとしても、喜雨が助けてくれるんだって。」
「ふは、らしいなァ。」
おれらのリーダーは、心強い。二人が居るなら怖いモンなんてねェなあ、なんて、ふたりの手を握り直した。