目敏いお前の事だから。
9月の第4木曜、天気は土砂降りの大雨。ザーザーと窓を打ち付ける雨の音を聞きながら手元のいずれ数百万するアクセサリーにする予定のアメシストの原石をルーペで不純物や傷の有無を再確認する。
原石の状態でも虎の毛皮のように縞状の内包物が見える、色も十分に濃い。これをブラジルで売人に見せられた時は珍しく僕にしては興奮した、これは紛れもなく上物だと。
「コーヒーここに置いておくね。」
「あぁ、ありがとう。 」
邪魔にならないようデスクの隅に置かれたコーヒーを尻目に水樹に礼を言うと一つ頷き、ソファに座りローテーブルに置かれたパソコンを膝の上に置きカタカタと文を打ち込む。
いつも思うんだがあれは打ちにくくないんだろうか?。
僕も鑑定書を作ったりする際にパソコンを使用するがデスクやテーブルの上にパソコンを置かないと安定せずに打ちにくくて仕方かがない。
あいつはやはり変わって居るヤツだ、そんな彼女と相性が良いと言うことは僕も他の人間からすると変わって居るのだろうが。
アメシストの確認を終わらせ、柔らかなベルベットで作られたトレーの上に原石を置く。
近くの本棚から鉛筆とクロッキー帳を取り広げる、これから考えるのはこの原石をどのようなアクセサリーにするかだ。
フレンチカーブのドロップにしてカットはアメシストに合うダブルカボションが良いだろう。
葡萄酒から生まれたなどと神話で言われる石だ、今日の天気のような土砂降りではなく穏やかに落ちる雨粒のようにコロリと首元を飾るペンダントトップにしよう。
シャッシャッと音を立て鉛筆を走らせる、雨音に混ざり聞こえる音にパソコンのキーを打つ音が聞こえない事に気付く。
僕が集中して居る間にどこか買い物にでも行ったのだろうか、少しだけ気になりソファの方を向くと膝にパソコンを乗せたままソファの背もたれにもたれ懸かりうたた寝をする水樹が見えた。
ふ、と息を漏らし笑い鉛筆を置く。9月の終わりと言えどこの天気と窓辺にある僕のデスクだと体を冷やすからと、その他にもあるわけがないと知って居るのに宝石を取り落とした時にブランケットが受け止めてくれるからと水樹に贈られたシトロングリーンの大判ブランケットを水樹にかける。
その際に膝に置かれ、放って置かれたパソコンを持ち上げディスプレイに表示される文章達を見ずに保存し、スリープモードにしてローテーブルに置く。
これはお互いがお互いの仕事に出来うる限り干渉しないと言葉はなくともいつの間にか決まっていた取り決めの一つだ。
エアコンの電源を入れ少しだけ設定温度を上げる、この天気だ。僕が気に入って買った革張りのソファでは身体を冷やす。
こんな風に人の身体を気にするのはこいつ位だろうか。人とあまり関わりたくなかった僕が珍しいと性格の正反対な兄が喜んでいたのを思い出す。
人に興味がないわけではないが、友人を多く持ちたいかと言われるとそうではない僕が無条件に気にし、心配するなんて…不思議な心地だが悪くないと思ってしまうのも惚れた弱みと言うものだろうか。
そんな風に珍しいく考えてしまうのは雨だからだろう。エアコンのリモコンを起きた水樹が気付けるようわかりやすくローテーブルの上に置きデスクに戻る。
描き途中のデザイン画とは別のページを開きまた鉛筆を走らせる、これは僕が一人か水樹が寝ている時にしか描けないデザインだ。
これは最初からリングにするつもりだ、センタージュエリーはトリリアンカットのアクアマリン。そのサイドに透明度の高い小ぶりのダイヤを2つ置きアクアマリンの晴れ渡った空のような透明度の高い青を引き立たせる。
それを支えるリングの本体はVラインの逆甲丸、これは本当に悩んだ。
どれが宝石を引き立たせ、それ以上に水樹に似合うかと。無駄にブライダルジュエリーのサイトを見たりもしたが、結局大多数のために作られたブライダルジュエリーは気に食わず余計悩む結果になった。
リングの内側には小さなハートシェイプブリリアントカットのエメラルドを埋める、リングの本体に埋め込むために本当に小さなエメラルドをハートシェイプブリリアントカットにするのは内包物が多いエメラルドでは本当に苦労した、いくつか失敗もしたがやっと納得のできる石が出来た。
これを埋め込む場所は宝石のための光取りの穴もつけず、つけた時にもわからないように完全にフラットになるよう埋める。そうデザインを描き込み、やっとちまちまと書いていたデザインが完成し、クロッキー帳を閉じ本棚に並べる。
水樹の入れてくれたすっかり冷めてしまったコーヒーを一口飲み、ふと昔の事を思い出す。宝石の買い取りに国外に出る時に一度だけ水樹に一緒に行きたいと言われ連れて行った時に良いエメラルドが手に入り、その時に水樹にした
“エメラルドと人間に傷のないものは無いと言われるほどにエメラルドは傷が多いものなんだ。硬度が8近くと高いにもかかわらずロシア産であることを示す竹の節状のものや、多彩内包物を含んでいるために傷つきやすいんだ、硬いくせに脆くて取り扱いに困る”
という僕の言葉に水樹は頷き、僕の目を見て行った言葉を今でも鮮明に覚えている。
「エメラルドって頑固な癖に意外と傷つきやすい是平みたいだね。」
それを言われた時は笑ったが、忘れられずにいた。
水樹にこの石の存在を気付かれなくて良いと思っているが、僕が少しでも気分が沈んでいる事を隠していても目ざとく気付いてそっと寄り添うような奴だ、きっと気付くのだろう。
それでもいい、彼奴だけ僕を知っていればいいんだ。
僕が水樹の言うように意外と傷付きやすい人間でエメラルドに似ているのだと言うのならそっとその指に触れ誰の目にも触れられないようお前が俺を傷付かないよう守っていればいい。
何のために僕が苦手なハートシェイプブリリアントカットに苦心しながら傷付きやすく、脆いエメラルドを加工したと思っているんだ。
柄にもなく、性分に似合わないとわかっていながらお前が僕に似ていると言った石をその象徴として唯一を象徴する指に触れている為だ。
そんな事、お前は気付かなくていい。
きっと、お前は気付くんだろう?。
目敏い、お前の事だからな。
たると