二月の某日、男も女も何処か落ち着きなくそわそわと逸る気持ちを抱く14日のその日、俺も世論の人間と変わらずそわそわしていた。
 

 普段ならそんな姿ダサすぎて晒せないが…いや、今日の方が晒したくないんだが…
 そわそわするのも仕方ない、俺だって思春期男に違いはない。
 
 ありきたりな寝巻きのスウェットを脱ぎ学校の制服のワイシャツとスラックスを着て洗面所に向かう
 
 「よう、今日は随分早いな?」
 「うるせぇ…」
 
 無精髭にしか見えない髭を整える親父と鏡越しに目が合いニヤニヤと声をかけられ顔をしかめる 

親父は母さんに貰える事ができるから余裕なんなんだろうけどそこがまた腹立つ。
 
 「んで?」
 「あ?」
 「あ?じゃなくてお前は貰えそうなのかよ?」
 
 親父の余計な一言に無言になるとそれで察したのかまたニヤニヤとしてくる、そんな親父を無視して顔を洗う。 そんな俺に興味が失せたのかうねる髪をいつものように括ると親父は洗面所を後にする。


 
 
 顔を洗い身支度を済ませてリビングに行くとご機嫌な母さんがいつものように親父とイチャついてる・・・良い歳なんだからそろそろいい加減にしてほしい。
 
 「おはよ〜」
 「おはよう、母さん」
 「ハッピーバレンタイン!」
 
ご機嫌なまま紺色の包装紙に包まれた箱を渡される、バレンタインだし十中八九チョコだろう。
 
 「これ何?チョコ?」
 「ヘアパック」
 「なんて?」
 「ヘアパック」
 
 意味がわかんねぇ…
 ヘアパックと言われた物を見つめ頭を悩ませていると母さんがなおも良い募る
 
 「最近アンタ髪の手入れサボってるでしょ?んでアンタのヘアパック見てみたら案の定無くなってたからちょっと良いやつ買ってきてあげたのよ」
 
 チョコよりいいでしょ?何て言ってくる母さんはさすがに俺の事をわかってる・・・
 
 「というかあんた早くご飯食べちゃってよ遅れるわよ?」
 「あ、やべ・・・」  
 
 朝飯の朝に食べるには重いフレンチトーストを食べ、鞄を持つ。
 
 「いってらっしゃい、気をつけるのよ」
 
 そんな母さんの見送りの言葉を背に家を出ると丁度ガレージから相変わらずゴツいバイクを出す親父とすれ違う。
 親父曰く俺の生まれ年よりも古いバイクを乗りこなすのが良いらしい、俺には良くわからん趣味だ。
 
 「今から学校か?」
 「あぁ・・・」
 「駅まで送ってく」
 「そのゴツいバイクでか・・・?」
 
 少し引いて言うと親父はバァカ、バイクじゃなくてGSX1100Sだよ。何て言うけどわかんねぇよ・・・
 俺用らしいメタリックネイビーのヘルメットを被り親父の後ろに乗る
 
 「安全運転で頼む」
 「あぁ?聞こえねぇよ」
 「ちょ・・・ッ!!」
 
 乗った途端にエンジンをふかし大型バイク特有の轟音が響き渡る、コイツ近所迷惑なんて考えてねぇっ‼
 発進する車体と共に情けない声が出る、親父の背中にしがみつくと笑ってるような振動が伝わる、コイツ聞こえてねぇって言ったくせに聞こえてやがる‼
 
 朝から最悪なドライブを終えて駅のロータリーにつきヘルメットを取り親父につっ返す
 
 
「安全運転っていったろうが‼」
 「あぁ?安全運転だったろうが。お前怪我させたらくるみに殺されるわ」
 
 ふてぶてと言う親父に腹立ちながらも鞄を足元から取りため息を1つ吐き行ってくると一言。それにまたエンジンをふかせ手を緩く振りバイクを走らせて行く親父を見送り駅に歩き出す。
 
 改札を通り、ホームに立つと聞きなれた声
 
 「おはよ〜」
 「はよ、今日は随分遅いな?」
 「そっちこそ、今日は明ちゃん一緒じゃないの?めずらし」
 
 キョロキョロと周りを見て天音が言うがお前だっていつも遼と一緒じゃないか・・・
 鞄をゴソゴソと探し、何かを探す天音をみてるとこれまた包装紙にくるまれた小さな箱を渡される。
 
 「バレンタイン?」
 「そ、バレンタイン。中身そこまで甘くないからたべれるでしょ?」
 「ん、さんきゅ」
 「来月には倍返しだからね?」
 
 パチンッ✩と音がなりそうなほど綺麗なウィンクをしながら言う天音にハイハイと返すと目を限りなく細め不敵に笑う級生曰く“傾国の笑み”。
 俺にとっちゃとんでもなく不穏しか感じねぇ。
 
 ホームに入ってきた電車に乗る、二駅隣には俺たちの通う“桜刀高校”、桜の刀と書いて“おうか”だなんて読み方する当て字が酷い学校だが親父と母さんが通って恋人になった思い出深い高校らしい。
 
 
 駅から少し歩き、無駄に金のかかった校門を超え、やりすぎだろうと感じる数年前に改修工事の行われた真新しい校舎に入り教室に向かう、教室は廊下側が一面ガラス張りで他のクラスのヤツ等が見える、こうして他の奴らとの交流を深めるとかそんな理由。
 俺たちからすると廊下を歩く生徒が気になって集中しずらい不便な教室。
 教室に入り自分の机に荷物を置き勉強道具を適当に突っ込む、空になった鞄は教室の後ろにロッカーにしまい椅子に座る。
 隣の席の明はまだ来ていないらしい、いつも俺より先に着くか俺と一緒に着くのに珍しい。
 
 そんな事を考えていると近くの席の同級生が来て雑談をする。
 
 「お前もうチョコもらったか?」
 
 そう言ってくるのはサッカー部エースの佐渡、最近彼女が出来たらしくニヤついた顔で笑ってる、どうせ彼女から貰ったとかの自慢だろう。
 
 「俺はまだ母親と天音からしか貰ってねぇよ」
 「母親はノーカン…てかお前三日月さんから貰ってんのかよ!」
 
 佐渡が度肝を抜かれたような顔をして言うがお前俺がアイツと仲がいいなんて覚えてるだろ…
 
 「マジかよー…俺まだ母親からすら貰ってないや」
 
 美術部の佐伯が羨ましそうに言ってくるが渡すと同時に三倍返しを要求してくる女に貰って嬉しいんだろうか…?
 
 「おはよー」
 
 授業開始30分ほど前に教室に明が入ってくる、今日は随分遅かったんだな。
 
 「はよ、今日随分遅かったけどなんかあったのか?」
 「んー…ちょっと家で色々やってて遅くなっちゃった」
 「もしかしてバレンタインのチョコ作ってたとか?」
 
 挨拶する俺と明の会話に佐渡が茶々を入れてくるがそんな関係じゃねぇよ。
 
 「えー…と、そういう事じゃないよ?」
 
 “それに学校にチョコ持ってくるの禁止されてるでしょ?”と佐渡に言ってるがそういやそんな事担任が言ってたな。
 
 「えー、隠して持ってくるっしょ。もしかして本命にはもう渡したとか?」
 「それもないかなー?」
 
 佐渡と明の話してる内容を聞いてるうちに腹の中が少しだけ胸焼けのようにもやもやする。
 幼馴染で小さい頃に“明は俺が守るから”と菜津未さんに誰にも内緒で啖呵を切った事があるが告白する勇気もなくぼんやりと仲のいい幼馴染をしてる俺はもし義理だとしてもチョコを貰ったらホワイトデーに告白するのを決めていたのに、明の様子だと本気でチョコを学校に持ってきている様子はない。
 
 天音から貰った無駄にハイブランドのチョコレートと母さんから貰ったヘアパックだけってのは不服だし、朝から靴箱に突っ込まれた無数のチョコを持って帰らなきゃいけないなんて憂鬱すぎる。
 なんで直接渡す勇気がないからって土足を入れる所に食品入れるんだよ馬鹿か食品衛生考えろよ。
 
 「おら席付けー」
 
 ガラリと空いたガラスのドアから担任が入って来てHRが始まり授業が始まる。
 
 いつもの様に昼休みを俺、明、天音、遼で食ったが天音がもったいぶって遼に無駄に気合いの入った細長い四角の箱に入ったケーキを渡していた。遼は嬉しそうにそれを見たあとに天音に向かって礼をいう。
 
 「素敵なケーキです、もしかしてこれは天音さんの手作りですか?」
 「勿論!本命に既製品は失礼でしょう?」
 「うわー…お前頑張るな、チョコレートケーキ作るなんて。」
「チョコレートケーキだけどちょっと違うのよ、オペラって種類なの!」 
 「何が違うんだよ…」
 
 天音曰く“オペラ”はコーヒー風味のシロップを染み込ませた薄い生地の間にコーヒー風味のバタークリームとガナッシュを交互にはさんだものらしい、ミルフィーユのチョコケーキ版か。
 遼は丁寧にそのケーキを箱から出して箱に入っていたプラスチック製のナイフで4等分に切り分けて俺たちにも渡してくる。
 
 「お前が貰ったんだからお前が食えよ」
 「いえ、幸せのおすそ分けです。それに天音さんのケーキを独り占めなんてしたらきっと何時か後ろから刺されちゃいますよ。」
 「あら、私をなんだと思っているの?」
 
 “まごうこと無く女王様”だろ良くもまぁこいつと遼は付き合えるもんだ…
 切り分け終わった遼は一足先にケーキを食べ始めている 
 
 「美味しいです、ナッツ系の風味がします」
 「本当だ、なんだろう…アーモンド?」
 「正解!生地に使う小麦粉の大半をアーモンドパウダーで作ってるの“ビスキュイ・ジョコンド”って言うのよ」
 「そうなんですか、俺のため大変そうなケーキを作って下さりありがとうございます。」
 「本当にこれ美味しいよ」
 「ありがと、頑張ったから嬉しいわ」
 
 へぇーなんて頷く二人を尻目に一口オペラとかいうチョコレートケーキを頬張る、甘いがその中に交じる苦味に少しだけ同意できる気がした。
 甘い二人に楽しそうに混ざれる明に少しだけ苦いものを噛んだような気持ちになった。
 
 昼飯の後の退屈な授業をぼんやりと受け放課後まで結局明からチョコレートは貰えずにいた、このまま帰ったら盛大にからかわれる。それが更に憂鬱にいつもの様に帰りは明と帰ることになった。
 最寄り駅で降りて二人の家の方向に歩く、母親の“子供たちを同年代で幼馴染にしたい!”の少女漫画みたいな展開にしたかったらしく先に建ててた明の両親の家の真横にうちの家を建てたらしい、そのせいで立派な日本家屋と日本庭園がある屋敷の隣に南欧風のでかい洋風建築の家が立つという違和感の多い並びになっている。
 並べて建てるっていうなら母さんも少しは並びを考えて建てればいいものを趣味をふんだんに散りばめている。
 
 外観は南欧風、リビングや家族の共有スペースは南欧風で済んでるが母さんの部屋はネオクラシックとかいうロココ調の新種みたいなゴテゴテした部屋だし二人の寝室なんで完全に何世紀のどこの国だよの様相をしていて親父が本当に浮いていて哀れだ…
 
 そんな事を考えながら明と話しながら帰っていると家のすぐ側まで着いた、明が不審者に悪戯されそうになっている所に遭遇してから家に入るまで家の前で見送るのが習慣で、明の家の前まで送る。
 
 「樹、こないだ着てきた服洗って乾いたからもってくるからちょっと待ってて」
 「直ぐに泊まりに行くことになるんだからそのまんまでいいよ。」
 「ちょっとまってて!」
 
 今度でいいという俺にそのまま待てと言ったっきり家の方にぱたぱたと小走りで行き急いで家に入る明の姿に少しだけ期待してしまう。
 明の家を囲むブロック塀に背を預け待っていると五分もせずに出てくる、その手には言っていた俺の着替えの他に少し大きなピンクのリボンの結ばれた白い箱。
 
 「はい、これ着替え。あとHappyValentine's-Day!」
 「あ、おい。」
 ぐいっと着替えと箱を押し付けられ向かう時とは全く違う全速力で玄関に向かい入ってしまう、チラリと玄関のドア越しに明はこちらを見る
 
 「返事は来月聞くからそれまで絶対言わないでね!!!」
 「お、おい!だからまてよ!」
 
 バシン!と明がやるとは想像がつかないほどに荒く閉められた引き戸を少しの間見つめ押しつけられた箱をチラリと見る。
 ハッピーバレンタインデーなんて言うくらいだからそういう事なんだろう。返事は来月とも言っていたしこれは確定だろう。
 じわじわと湧き上がってくる実感に頬が緩む、箱を落とさないようにしっかり抱えて自分の家に向かう。
 
 家に帰りすぐ自分の部屋に向かい渡された着替えをベッドの上にほおり箱をテーブルの上に丁寧に起きリボンを解き開けるとその中に真緑のケーキが鎮座している。
 ほわりと香る抹茶と生クリームの甘い匂いに頬が緩む、一番上に抹茶パウダーが振られた真緑のケーキに小さな赤いハート方のチョコレート。
 チョコレートを食べると口の中に少しだけ柚子の香りがした。うまい。
 
 ホールケーキで渡されたがよく見ると6等分にカットが入れられていて1切れ食べたあとは家族と食べようとしていた俺に気を使ったのだろう。
 本当にアイツは俺のことを良く分かっている。
 一切れを食べ終わりまた箱を閉じ階段を降りてリビングに持っていくとお気に入りのティーセットで紅茶を飲んでたらしい母さんが手元にあるケーキの箱を見て。
 
 「あら、ちゃんと樹にもユノは微笑んでくれたじゃない。良かったわね。」
 
 そういうとまた優雅に紅茶に口をつけた、言われた言葉の意味は分からなかったが照れくささがはしり、俺は頭をがしりとかいた。


たると