親友と家族

あれから四人で向かった保健室で家入先輩に手当てをして貰い、幼馴染二人と帰路についた。何故そんなことになったのかと問われたので掻い摘んで説明していると駿は顔を真っ青にしていて、空護は怒っているみたいな顔をしていた。正直、喧嘩している所に突っ込んだ自分が悪いからそこまで深刻に考えてはいないのだけれど。

「大丈夫なの、それ…。」
「まあ、大丈夫でしょ。」
「お前…変なとこ楽観的なんだよなァ。」
「別に頬にキスされたくらい気にしないよ、二人ともしてるじゃん。」
「幼稚園の時ね!?」

駿がそれは違うだろうと言わんばかりに突っ込んできたから少し面白くなってしまう。どのみちそう大差はないだろう、だって私が異性として意識していない。喧嘩をしていた野良犬の間に入って噛み付かれたくらいのもので、そんな事を気にしたって仕方がない。強いて言うなら赤くなってしまった手首をどう義兄さんに説明したものかと、それくらい。姉夫婦にはこれ以上の迷惑も心配も掛けたくない。出来るだけ優等生で、目立ち過ぎず高校生活を過ごしてさっさと働きに出たいくらいなのに。卒業後すぐに一人暮らしを予定していて、その為のお金と別に日常的に掛かる生活費を姉夫婦に渡すつもりだったけれど姉さんにも義兄さんにもバイトは却下されてしまった。…正直な話、今すぐに一人暮らしをするだけの貯金はある。未成年で契約出来るアパートがないだけで。こんな事なら全寮制の学校を選ぶべきだったか。いや、この辺りの寮がある学校が私立しかないからやめたんだった。

「いや、でもさァ。」
「ん?」

どんどん思考が逸れていった私に気が付いていたのかどうかは不明だが、空護は呟く。それを拾えばいつもと変わらない顔のまま首を傾げた。

「部活見学行った時、五条先輩ってヤバい人だから近寄らねェ方が良いって聞いたぞ?」
「…噂は噂だけど、今の喜雨の話を聞く限り否定はしきれないよね。」
「ヤバい人なのはわかってるけどさ、でもどうしようもなくない?明日休めば良い?」
「毎日来るだろォ、多分。」
「だよねぇ。」

私もそんな気がする。残り一年を切ってるとはいえ、毎日休むわけにもいかない。明日懇切丁寧を心掛けて断って、そのまま飽きてくれれば良いけど。諦めるとかじゃなくて飽きる。他の人間と違う反応をしたから面白がってるだけだろうし、飽きるが正しい筈だ。飽きるくらいのタイミングを見計らってケロッとOKしたら秒速で飽きてくれないかな。釣った魚に餌をやらないタイプの人間なら1日でも早くOKをすれば良い、が、それすらも分からない。ぶっちゃけ対処法がわからない。ないのかもしれない。家入先輩にさりげなく聞いてみたけれど、特定の相手が居るのを見たことがないと言われてしまえばそれ以上を聞くことは出来なかった。

「おれらで追い返すのは現実的じゃねェしなァ…。」
「ボク一分も経たずに気絶してそう。」
「人となりがわかんねェと対処の仕方もわかんねェ…どォするよ、喜雨。」

真剣に心配してくれている幼馴染達の存在は有難いのだが、何度考えたって解決策は思い付かない。敵の情報が少な過ぎてその時その時の正しい対処法なんてわからないのだ。だったら考えるだけ無駄だと結論を出して、二人の服の裾を握った。

「明日は様子見。断れそうなら断るけど、入学早々にこれ以上やらかすわけにはいかないし。そんな事よりちょっとスタバ付き合ってよ。」

新作飲みたい、と続ければ駿は困ったように笑う。空護は切り替えたのかすっかりフラペチーノのことで頭がいっぱいらしい。そろそろ幼馴染の一人は単細胞の類だと認識を改めるべきかな。


少しでも赤みが引くように、という目論見もあったが実際に新作のフラペチーノが飲みたかったのもまた事実。ショーケースに並んだサンドイッチに心を惹かれるがこのタイミングで食べたら夕飯が入るスペースがなくなってしまうので後ろ髪を引かれる思いでフラペチーノのみを購入する。

「エスプレッソアフォガードフラペチーノのトールサイズひとつ、それとコールドブリューコーヒーのトールサイズを氷抜きでひとつ。」
「畏まりました。店内でお召し上がりでしょうか?」
「はい。」

ドリンクと一緒に、と軽食やクッキーなどを勧められたがそれは断って会計を済ませる。受け取り口へと流れれば空護が見えた。いつも通りダークモカチップクリームフラペチーノのチョコレートソーストッピングだろう。あ、ワッフル2つ買ってる。なんてぼんやり眺めていたら私の後ろへと来た。

「なんで二つ?」
「一個だと逆に腹減ンだよ。ひと口食うだろ?」
「貰うけどさ。」

大食らいのことはよく分からない。この店のワッフルは一つ食べたら十分お腹を満たせると思うけど。いや、駿だったら一つ食べた時点で夕飯はいらないと言うだろう。想像に容易い。駿より20cm近く身長が低い空護に「蹴り飛ばしたら折れそう」と言われるのはその細さが原因だ。筋肉が付きにくいのは何となく分かっているけど、その筋肉になる為の脂肪がないのだからどうしようもない。本人にも思う所があるらしく、昔に比べたら食べるようにはなった。空護とだらだらしていたら呼ばれたので先程までの思考の中心にいた、席の確保の為に別行動してくれた駿の元へと向かう。

「お待たせ。」
「ううん、本読んでたからそんなに。空護は?」
「もう少しだと思うよ。」

ソファ席の真ん中に腰を下ろしていた駿が奥へと詰めてくれたので隣に座る。目の前へプラスチック容器に入ったコーヒーを置くと、コーヒーを持っていた手に百円玉が四枚渡される。手に持っていた長財布へとやや適当に入れたらトレーを持った空護が目の前に座った。ワッフル、テロみたいな匂いするな。なんて考えながら三人で各々に口を付ける。エスプレッソと言うだけあって結構苦味が強い、駿は好きそうだけど空護には少しキツそうかも。なんて考えながら容器ごと駿に差し出せば駿はそれを受け取りひと口含んだ。フラペチーノは甘いと思っていたからか、少し意外そうな顔をしていた。多分好みの苦さだったんだろう。返ってきた物をそのまま手に持って空護に飲ませ、…苦いだろうか。


「ほい。」
「ん。」

そんな事を考えていると私のひと口サイズに切られたワッフルを目の前に差し出されたので、そのまま齧り付く。ここのワッフルは変な甘さがなくて食べやすい。というか、私は好きな味。素朴なお菓子は素朴であるべきなのだ。うまい、と親指を上に立てれば空護は満足そうに笑い、私の時と同じくらいのサイズになったワッフルを駿に差し出していた。良く食べる空護はひと口も大きい。でもコレらは人にあげるから、と小さく切ったわけではない。空護は寧ろ美味しいものは共有したい派の人間で、本当は三等分にして渡したいくらいなのだ。しかも自分の口に入るのが一番小さな物で良い、美味しい物はみんなで食べるから美味しい。とのこと。だがしかし、あのひと口と同じ大きさを差し出されても私は口に収まらないし、駿は満腹に片足を突っ込むどころか両足を膝まで突っ込んでしまう。

つまり、この大きさは私たちお互いの最適解とやらである。折り合いがついた、というか。みんなで食べたい空護と同量は不可という私と駿の丁度良いバランスがこれ。長い間一緒に居るから、これがいつ始まったのかもよく分からないけれど。

癒し空間、なんて言葉が頭に浮かぶ。男二人の筈なのだが、私の癒しはこの二人なのだから仕方がない。手に持ったままで少し溶けてしまったフラペチーノをストローで軽く混ぜてから口に含む。…あれ?甘い?目の前の高さまで持ち上げる。嗚呼、そうか。バニラアイスが溶けて甘味が強くなったらしい。飲みやすい、これなら空護でも問題なく飲めるだろうと差し出すと駿の瞳が心配そうに揺れる。自分の好みなら空護には、というのが透けて見えるけど大丈夫だと一つ頷く。空護は私たちのやりとりを不思議そうにしていたけど私の手を包んで、ひと口含む。パァッと輝く笑顔に今度は駿の方が不思議そうな顔。やっぱ、癒し。

「これ美味い!ちょっと苦ェけど!」
「ええ?僕が美味しいって思ったから空護にはだいぶ苦いでしょ?」
「ンあ?これそこまで苦くなくねェ?」

どういう事だ、と二人が私を見る。空護の手から解放されたのでそのまま口元にストローを持っていて飲み込む。うん、やっぱり甘い。

「アフォガードなんだよ、これ。中のバニラアイスが溶ける前だとエスプレッソの味の方が濃いから駿好み、アイスが溶けたら甘味が増すから空護好みになったんじゃない?」
「はー、成る程なァ…おれはもうちょい溶かしてからのが好みかもしんねェや。」
「ボクは溶け切っちゃうと飲めないかも。」

お互いの好みを知っているからこそ、二人は各々で飲む事は諦めたようだ。空護は溶かしたら飲めるけど待ては苦手だし、駿はアイスが溶けない時間が短過ぎて現実的ではないだろう。

「じゃあ飲みたくなったら三人で飲もうか。」
「おう!」
「ふふ、コーヒーはショートサイズにしないとね。」

簡単な話だ、三人で一つを飲めば良い。駿は常温に近いアイスコーヒーを好むから最初は駿、私が駿には甘くて空護には苦さを感じる中盤、甘くなった辺りで既に自分のフラペチーノを飲み切っているであろう空護にパスすれば全員好みの味を楽しめる。私も普段はホットを注文するし問題ない。

「期間限定らしいから、また近々来よう。」

そんな約束をして、私には少し甘くなったアフォガードを飲み切った。



二人に家まで送って貰い、無事帰宅する。赤くなった手首には湿布を貼ってもらっているので薄ら残った手形は見えないだろう。玄関の扉を開けば中からふわりと夕飯の匂いがする。今日は姉さんの好きなグラタンだと言っていた。玉葱をバターで炒めた、あの美味しそうな匂い。ローファーを揃えて端に寄せてスリッパに履き替え、リビングへと足を進めると姉さんがソファに座ったまま、此方を振り向いてくれる。白く濁ったようにも見える瞳、それでもその柔らかい白が私は好きだ。多分、義兄さんも。

「ただいまぁ。」
「おかえりなさい、喜雨ちゃん。」
「今日は何をしていたの?」
「映画を観ていたのよ。これ面白いわねぇ。」

姉さんは弱視だ。暗い場所であれば白いものが薄らと見える程度だと聞いていたけれど、実際に姉さんが何を見ているのか、理解しようとしても体験が出来ないので全てを理解する事は出来ないので分からない。姉さんの膝に掛けられたブランケットは見た事のないデザインで、また義兄さんが新しく買ってきたのだと察しがつく。まだ肌寒いけれど冬用だと暑過ぎるかもしれない!と家中のブランケットを吟味した上で新しく調達したのだろう。姉さんは見えない分、手触りが優先される。姉さんが苦手だった物を何個か譲って貰ったけれど、それでもこの家にはブランケットが数え切れない程あって。それは、義兄さんの愛だと思う。

「へえ、これ音声ガイドあったんだ。」
「そうなの。潔高くんが見付けてくれて。ふふ、きっとまた色んな場所で睨めっこしたのね。」
「想像出来る…これ私も観たよ、義兄さんが帰ってくるまで二人で感想会しよっか。」
「本当?じゃあそうしましょ。着替えてらっしゃいな。」
「うん、着替えたらお茶淹れるよ。冷えちゃったでしょ?」


スクールバックを抱えたまま部屋へと戻り、制服とカーディガンをハンガーに掛けていく。キャミソールはそのままにして上に部屋着にしているTシャツを着てざく編みのドルマンニットカーディガンを羽織る。中途半端な長さを選ぶと訳の分からない事になるので諦めて選んだショートパンツを履いてシャツと靴下はそのまま丸めて脱衣所に持って行き、籠に放り込んで足速にリビングへと戻る。スリッパの音で分かった姉さんが穏やかな笑顔を浮かべたまま此方を見たのを確認して、ケトルに水を注いで沸かす間に茶葉の用意。

「姉さん、今日何が良い?」
「そうねぇ、紅茶が良いわ。この間淹れてくれたチョコレートの匂いがするの、好きだったの。」
「ん、マルコポーロか。」

沸いたお湯を一度ポットに流し入れてもう一度沸騰させる間にポットを温め、お湯を捨てる。茶葉の上から静かにお湯を注いで義兄さんが買ってきてくれた砂時計をひっくり返した。姉さんが気に入ってるカップを取り出してローテーブルに置き、砂が落ち切った事を確認して紅茶を注ぐ。ふわりとチョコレートの甘い香りがして、姉さんの顔が綻ぶ。

「お砂糖は?」
「じゃあ、一つだけ。」

ぽちゃん、と間抜けな音がしてカップの中に沈んだ角砂糖をティースプーンで軽く混ぜる。姉さんはいつもミルクは入れないのでこれで完成。自分の分はそのまま、軽く口を付けたけど熱湯同然の熱さだったから少し冷めるのを待とう。

「それで、映画なんだけど…、」
「喜雨ちゃん。」
「……どうしたの?姉さん。」
「喜雨ちゃんが帰って来てから湿布の匂いがするの。どこか怪我をした?」

姉さんは視界が不自由だ。五感の八割を担う感覚がその役目の殆どを機能していないのだから、他の感覚が鋭いのは少し考えれば分かる。が、それを知らなかったわけではないのだから焦る必要もない。

「嗚呼、今日先輩とぶつかった拍子に転んで、受け身を失敗して少し手首を挫いちゃったの。大したことないんだけど…申し訳ないからって先輩が湿布を貼ってくれたんだよ。」
「まあ、そうだったの。…もう痛くはない?」
「大したことないんだって、先輩があまりにも申し訳なさそうだったから貼ってもらっただけだから。」
「それなら良いんだけれど…触っても平気かしら?」
「はい、どうぞ。」

姉さんの手を取って右手首に触れさせる。力を入れたら折れそうな細い指が湿布を辿るのが少し擽ったい。そんなに恐る恐る触らなくても平気だよ、と言ったけど姉さんは心配そうな顔のまま。眉尻を下げたその顔が、今から怒られる子供みたいで。手を重ねて軽く撫でたらそろそろと視線が向く。

「平気だって、後でテーピングもしておくし。」
「喜雨ちゃんはすぐに平気って言うんですもの、頼ってくれないのも心配なのよ?」
「助けて欲しい時はちゃんと言うよ。だから今此処に住ませて貰ってるでしょ?」
「此処に住むのは私や潔高くんだって助かっているわ。」
「うん、こうして姉さん達と過ごせる時間は私も嬉しいし楽しいよ。」

大丈夫、と繰り返せば姉さんは今にも泣き出してしまいそうで。ううん、どうしたものか、と考えていたら姉さんがぴくりと反応した。それから間もなくして玄関の扉が開く音がして、義兄さんが帰って来たらしい。

「ただいま。」
「おかえりなさい、義兄さん。」
「おかえり、潔高くん。」
「私が最後でしたか。」

お待たせしました、と、朗らかに笑う義兄さんに姉さんの表情が柔らかいものに変わる。安堵したのも束の間、義兄さんの視線は自然と私の手首に向かって青褪めた顔をするから今度はこっちか、と苦く笑う。

「びっくりさせてごめんなさい。でも転んでしまっただけだから安心してください。」
「……そうですか、今日は少し問題があったので、何かに巻き込まれたのかと…。教師を呼んだのは女生徒の声だったらしいので。」
「え?」

ぎくり、とした。姉さんが触れていた手も少し弾んでしまったのか姉さんが勢いよく此方を捉える。それに色んな感情が湧き出そうになったけれど手を握り直すに留める。

「保健室に向かう途中で教師の声を聞いたの。その"なにか"で怒ってたのかと思ったら驚いちゃった。」
「見遥には少し話しましたが、少し三年にヤンチャな子達が居まして。大きな問題にはなっていないので安心してくださいね。」

巻き込まれていなくて良かった、と二人の表情が安堵に包まれている。嘘を吐いてる罪悪感がじわじわと胸を埋めて行くが、今日の出来事を吐露しようものなら優しい二人が卒倒してしまいそうで、喉まで出そうになった謝罪の言葉たちを飲み込む。そして二人に笑って見せた。

「二人とも心配性なんだから。ほら、姉さん紅茶冷めちゃうよ?義兄さんも、ご飯温めてる間に着替えて来て。」
「そうですね、それではその言葉に甘えさせて貰います。見遥、少し待っていてください。」
「ええ、折角喜雨ちゃんが淹れてくれたんですもの。ゆっくり飲んでいるわ。」
「…週末、三人で映画観ようよ。感想会はその時にしよう?」
「ふふ、はぁい。」


キッチンに戻り、深く息を吐いた。ちらりと手首を見ると視界に入るのは湿布だけで、痛みももうない。大丈夫、あの人との事はバレてない。

あー、別れたばかりだけど二人が恋しい。癒しの幼馴染二人を脳裏に浮かべ、今日したばかりの約束を思えば自然と笑みが漏れた。今度は義兄さんと姉さんとも飲みたいな。週末の映画鑑賞の前に買いに行って飲みながら映画を観るのもいいかも。楽しい事を考えれば少しだけ気分が晴れる。単純でも持ち直せれば良いのだと、機嫌を良くしたままヘルパーさんが作ってくれた夕飯を温める事に意識を移した。
タルト有馬す。